99 最終決戦
「――LOADING――」
【因果改変】【次元干渉】【餓喰】【神霊語】――私の中にある進化した四つの力を並列起動すると、魔力が活性化して、右手が【悪魔】の力である仄赤い花びらの手袋に覆われ、左手に【神】の力である青白い花びらの手袋が顕現する。
『――∋∮‡∩∝‡――』
それに呼応するようにフィオレファータの全身から強大な魔力が迸り、ぶつかり合った私たちの魔力は中央大陸の大地と空を震わせた。
「はっ!」
息を吐き出すようにして大気を引き裂きながら飛び出した私が、その勢いで前転するように踵で蹴りつけると、フィオレファータはそれを枯れ木のような長い腕で鞭のように払いのけ、羽を微細に振動させた衝撃波で迎撃する。
「『炎華』っ!」
左手から霧が生まれ、フィオレファータの障気に触れると白い花びらが黒くなって炎を吹き上げた。
それでも相殺しきれなかった衝撃が再び私たちの間に距離を作り、フィオレファータの右腕が光線を撃ち放つと私もそれに合わせて右手を突き出す。
「『氷華』っ!」
右手から生まれた吹雪がフィオレファータの光線と交差する。
フィオレファータの魔力が氷の花びらとなり、光線が私の魔力を削りながら互いの間で炸裂すると、中央大陸全土に響くような爆発を巻き起こした。
その衝撃で周辺の木々が薙ぎ倒され、吹き荒れる暴風の中で大木が木の葉のように舞い、丘が削れて大地が均される。
ドンッ!!!
次の瞬間、受けたダメージを無視した私たちが再びぶつかり合い、フィオレファータの拳が私の腹を打ち、私の蹴りがフィオレファータの顔面を蹴り抜いた。
【シェディ】【種族:バニーガール】【――魔人――】
【魔力値:453,000/500,000】
【総合戦闘力:503,000/550,000】
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
【魔力値:431,000/600,000】
【総合戦闘力:501,000/670,000】
「…………」
フィオレファータは私の挑発に応えるように、生き物を襲って減った魔力を回復させることもなく、真正面から戦ってくれている。
最高位存在としての矜持か、悪魔としての残酷さがそうさせるのか……。
私の悪魔としての属性は『冷酷』だと思う。そして新しく得た神の属性は『冷徹』であると感じていた。
私とフィオレファータの戦闘力はほぼ同じでも、最高位として存在してきた経験の差か、微妙に私の受けるダメージのほうが多い。
だからこそ、悪魔のように冷酷に機械のように冷徹に計算して戦わないと、コレには勝利できないと感じていた。
そんな私の決意を感じ取ったかのように、フィオレファータが切れ目のような笑みを浮かべる。
……行くよ、フィオレファータっ!
パンッ!
「――【破極】――」
私が拝むように手を打ち鳴らし、転移した極低温の凍気が一瞬でフィオレファータを包み込んで全身に真っ白な霜を張り付かせた。
『――∋∮◆――』
それをフィオレファータが魔力で力任せに振りほどき、そのまま私に向けて光線を放ってきた。でも私はすでにそこにはいない。【破極】を撃った瞬間に突っ込んできた私に向かって、複数の光線が軌道を変えて襲いかかる。
「――っ!」
襲いかかる光線を掠めるように躱してフィオレファータに接近した私は、【神霊語】で生みだした五メートルほどの真鉄の鎖を、フィオレファータの左腕に鞭のように巻き付けた。
「始めようか……削りあいを」
『――ケ◆☆ズ‡◇リ――?』
私が自分の左腕に巻き付けた鎖を強く引きつけ、魔力を込めた右の拳でフィオレファータを殴りつける。フィオレファータも応じるように右腕を振るい、私はそれを左腕でガードした。
互いの攻撃に弾かれて離れかけても繋がれた鎖に引き戻される。
それを見てフィオレファータがすぐ鎖を切ろうとしたが、私は鎖に魔力を通して強化すると意識が逸れたフィオレファータの頭部に渾身の蹴りを叩き込んだ。
【シェディ】【種族:バニーガール】【――魔人――】
【魔力値:442,000/500,000】
【総合戦闘力:492,000/550,000】
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
【魔力値:418,000/600,000】
【総合戦闘力:488,000/670,000】
やっぱり接近戦なら勝負になる。多分……長い経験で何とかこなしているけど、元が邪妖精であるフィオレファータはあまり接近戦の経験はないと感じた。
真鉄は邪を封じ、魔力とよく馴染んで強化される。さすがに武器を作れるほど慣れてはいないけど千切れない鎖なら作ることができる。
「はあああっ!」
魔力を全開にしてフィオレファータごと鎖を振り回し、そのまま大地に叩きつける。地面に埋まったフィオレファータが鎖を引き、引き寄せられた私に地面の中から衝撃波が放たれた。
地面が爆発するように吹き飛び、ピンと伸びた鎖で繋がれた私たちも上空に吹き飛ばされる。
次の瞬間、互いに鎖を引き合い、拳が触れあうほどの至近距離でフィオレファータが光線を撃ち放った。
「『氷華』っ!」
相殺なんて考えず、私もフィオレファータを削るために右手の吹雪を解き放つ。
膨大な魔力が至近距離で破裂したように荒れ狂い、私とフィオレファータの魔力を削る。
「っ!?」
一瞬だけ防御体勢を取った私をフィオレファータが鎖を引いて投げ飛ばす。
鎖で繋がっているフィオレファータもそのままついてくると、体勢が崩れた私に鞭のようにしならせた長い腕を叩きつけた。
ガキンッ!!
フィオレファータの腕を最大強化した真鉄の鎖でガードする。
そのまま鎖をフィオレファータの首に巻き付け、私は引きつけるようにして顔面に膝を叩き込んだ。
『――‡◇――?』
ピシッ! 膝を叩き込んだフィオレファータの顔面に罅が入り、その首をわずかに傾げる。
ごめんね、フィオレファータ。たぶん、私――
「泥臭い戦いのほうが得意みたいっ!」
もう一度、フィオレファータの首に巻き付けた鎖を引いてそのまま肘を打ち込むと、またフィオレファータの顔面に罅が入り、罅の入った貌のまま切れ目のような笑みを浮かべた。
ガンッ!!!
「つっ!」
フィオレファータが私の顔に頭突きを喰らわせた。思わず鼻を押さえそうになるのを我慢して横薙ぎに蹴りを放つと、いつの間に陸から離れていたのか、私とフィオレファータは海面にぶつかるように墜落した。
激しい水柱を立てて水中深くに沈む私とフィオレファータ。水中はマズい。水中では身体を霧化させて攻撃を躱すことができない。
ガゴンッ!
何とか水中から上がろうと足掻いた瞬間、フィオレファータが水中にいた何かに食いつかれた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
海竜っ!? まだ助けようとしてくれている魔物がいる。
離れなさいっ! と叫びたいのに水中だと声にならず、海竜は鎖に繋がれた私ごと海上に飛び出してくれた。
ボボンッ!!
フィオレファータの攻撃で海竜の頭部が消し飛んだ。
その返り血を間近で浴びながら、その怒りをぶつけるように右手の『氷華』と左手の『炎華』を同時に叩きつけた。
バキンッ!!
フィオレファータの顔面の罅が太くなり、その負荷に耐えきれず真鉄の鎖が引きちぎれたフィオレファータが吹き飛んだ。
『……‡◆∮◆∋ヾ∬†――?』
海の上に浮かび、私とフィオレファータは再び距離を空けて対峙する。
フィオレファータは千切れた鎖を不思議そうに見つめると、ニタリと嗤って突然膨大な魔力を放出した。
『――∬ヾ‡――ジャマ――』
マズいっ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!
フィオレファータの全身から数千もの光線が放たれ、海中に潜んで様子を窺っていた海竜達が撃ち抜かれた。
フィオレファータは、今まで発していた意味不明の“音”ではなく、この世界の共用語で、『邪魔』と言った。
私もフィオレファータも防御を無視した戦闘でかなり魔力は削れている。
それでもフィオレファータは私と決着をつけるために、邪魔をしそうなこの世界の生き物を先に滅ぼすことを選んだ。
海中の大型生物を粗方殺すと、そのまま光線を大陸に向けて撃ち放つ。
パンッ!
「――【破極】――っ!!」
極低温の凍気がフィオレファータを包む。それでも瞬く間に凍気は打ち払われ、フィオレファータはまた亀裂のような笑みを浮かべて、大陸の攻撃を続けた。
私の見える範囲で、海竜と同じようにこちらを窺っていたドラゴンが翼を撃ち抜かれて海に落ちる。
本当にマズい。これまでこれをさせないために私にフィオレファータの意識を向けさせていたけど、フィオレファータは邪魔なのはこの世界だと気づいてしまった。
フィオレファータと同格になっても、進化したてで経験のない私では、フィオレファータの広範囲攻撃を防ぐ手段も、フィオレファータを止められるような強い攻撃手段も持っていない。
「…………」
私は自分の両手をジッと見つめる。
悪魔の右手と神の左手。さっきそれを同時に使ったとき、フィオレファータに強いダメージを与えるほどの攻撃ができた。
でも……この攻撃を使っても大丈夫だろうか?
確かに思っていたよりも威力はあった。でもそれは、私の想定していた安定して使える範囲を超えていた。
私の中の“悪魔”が、上手く使えばフィオレファータを倒せるかもしれない、と囁く。でも、私の中の“神”の部分が、下手をすればこの世界に深刻な傷を残してしまうかもしれない、とそれを止める。
でもこのままでは、この世界が――
――シンジテ――
その時、私の中に声が聞こえて、温かな“想い”が私を包み込むと、私の中から不安が溶けるように消えていった。
裏αテスターのみんなの声じゃない。この声は――
「――LOADING――」
再び能力を並列起動して力を高める。
うん、信じるよ――この世界を――この世界を守るあなたを――
世界樹を通して世界の光景が頭に浮かぶ。みんなが空を見上げていた。この世界が救われるように祈りを捧げている。
世界に攻撃を続けるフィオレファータに、私は両手にすべての魔力を込めて突っ込んでいく。
右手から噴き上がる悪魔の吹雪。左手から噴き上げる神の炎。バチバチと火花をあげて弾く二つの力を強引に纏め、天に祈るように手を合わせる。
「フィオレファータっ!!!」
名を呼ぶその声にフィオレファータの光線が私へ集中する。
全身を撃ち抜く光線を無視して突入した私は、神と悪魔の迸る力を体当たりするようにフィオレファータの顔面に叩きつけた。
ピシッ!!
あまりの負荷に私の両腕が砕ける。
それと同時にフィオレファータの貌にも罅が入り、その亀裂が瞬く間に全身まで広がってその端から崩壊しはじめた。
でもまだだ。まだフィオレファータは生きている。
フィオレファータの両腕に魔力の光が灯る。それを見た私は“神”の力でも“悪魔”の呪詛でもなく、戦い慣れた武器戦闘をするために無意識に“収納”へ砕けかけた手を伸ばした。
カタカタと空間が震える。これは――
「たぁあああああああああああああああああっ!!!」
気合いを込めて抜き放った“剣”を投げ放つ。
パキィインッ!!
ティズから借りてそのまま持ってきてしまった彼の魔剣が、フィオレファータの魔力と触れて激しい火花をあげて砕け散る。
フィオレファータの溜めていた魔力が拡散して、砕け散った魔剣の破片と一緒に宙で煌めいた。その煌めきに隠れるようにして最後の力を振り絞り、腰だめにした黒鞘の直刀を抜き放った。
――ブォン――ッ!
空間を引き裂くようにして抜かれた黒鞘の直刀が神化した私の魔力を吸い、飛び散ったフィオレファータの魔力や飛び散った魔剣の破片さえ吸収して、細く真っ白な長刀へと“進化”する。
「――【淡雪】――」
眷属化した長刀の名が心に浮かび、その刀身が罅割れたフィオレファータの顔面を斬り裂いて悪魔と神の魔力を注ぎ込む。
バキン……ッ!
フィオレファータの頭部が砕けて、それと同時に全身の亀裂から私の魔力が吹き出すと、そのまま砕けていくフィオレファータが最後に嗤うように一言呟いた。
『――ミゴト――』
……フィオレファータ。
フィオレファータの身体が崩れ去り、闇色の粒子となって消えていく。
さようなら……。あなたが、真正面から戦いを受けてくれなければ、私はきっと負けていた。
私は右手を天に伸ばして、フィオレファータが残した障気を全て吸収すると、左手を地に向けて、私たちの戦いで傷ついた世界に力を解き放つ。
私の霧が世界を覆う。生命の霧が傷ついた大地と生き物を癒して、その傷ついた大地から芽を吹くように、99本の世界樹の苗木が大きく育ち、傷ついた世界のすべてを癒していった。
亡くなった命は神の力でも生き返らない。でも、この世界は強く、新たに生まれた生き物が産声を上げている。
そうして私とフィオレファータの戦いは終わり、世界は守られ――
人を不幸にする『悪魔の子』と呼ばれた私は、異界を守る『神』になった。
次回、最終回。『欲しかったもの』
書き上げ次第、本日中に更新いたします。




