98 神と悪魔
あけましておめでとうございます。
シェディの物語も残り数話となります。最後までお付き合いお願いします。
「……シェディ?」
ティズが城の中庭で破壊された若木の痕を見つめながら小さく声を漏らす。
最後の若木を魔剣で切り倒し、消えていく光の中から何かを掴み取ったシェディは、その光の中に、繭に包まれるように溶け込んだ。
それでも消えていない。彼女はそこにいる。魔王とまで呼ばれるようになった彼女の存在感……その巨大な魔力はまだそこに感じられていた。
でも、彼女は動かない。
その能力のように、雪のような白い姿のように凍りついてしまったのか? ティズがそんな不安を感じていた次の瞬間、ティズを含めたトゥーズ帝国内にまだ残っていた人間たちは、街の外から感じたおぞましい気配を感じて身を震わせた。
「……邪妖帝……」
邪妖帝フィオレファータ。人間の狂人たちが喚び出してしまった、邪神とも言うべき最高位の悪魔。その力は人族の誇る飛空戦艦を容易く払い落とし、街や国を簡単に滅ぼした。
人族の……人間の罪の象徴。
世界を支えるべき世界樹を我が物として、数多の生物を虐げ、世界を滅びの道へと進めていた人族の罪は、世界を巻き込む最悪の形で出現した。
無責任な話だが、人族ではもう対処できない。対処できる力があったとしても、人族はそれを自分のためだけに使うだろう。
民のため。人族の繁栄のため。そうしなければいけない部分もあったが、それはこの世界にとっては“罪”でしかなかった。
それに気付いたからこそ、ティズも皇帝でありながら国の要である若木を放棄してまで、唯一対抗できる可能性があるシェディに懸けたのだ。
「………」
街の上空に邪神フィオレファータが静かに浮かんでいた。
それが何もせずとも、その姿を見ただけで身体が震え、溢れ出る邪悪な障気を浴びた運のない生物は、瞬く間に生きたまま腐り果てた。
フィオレファータの何もない真っ黒な玉子のような顔が、シェディを包む白い光に向けられる。
『――∴≠∬†‡∝∮――』
膨大な魔力がフィオレファータの指先に集まり、百近い光線がシェディを中心として城に放たれた。
死が訪れる。そう覚悟を決めた瞬間、ティズの背後――若木痕にあった光から強大な魔力が噴き上がり、彼は待ち望んでいた“声”を聴いた。
「――『曲がれ』――」
声と同時に直径1メートルもある雪の結晶が複数現れ、一瞬で城の周囲に散らばると、フィオレファータの光線を逸らすように反射して何処かの空へと弾き飛ばした。
パリィン……。
砕け散った雪の結晶が空へ散る光線によってキラキラと輝き、結晶が白い雪となって舞い降りると、白い光の中に少しずつ“白い少女”を形作る。
雪のような肌と髪を持つ白い少女。
その閉じられていた目が静かに開かれ、鮮やかな赤い瞳が覗く。
癖がかった艶やかな白い髪にふわりと兎の耳が垂れ下がり、14歳程度だった身体も15~6歳まで成長し、顔立ちからも幼さが薄れて、それを目撃した生き残りの者達から思わず溜息が漏れた。
バニーガールを模した真っ赤なミニドレスは、たわめられていたスカート部分が解けて燕尾服のような形になり、長く伸びた裾の部分が足に絡みつき、角度によってまるでロングドレスのように見えた。
今までと質の違う強大な魔力が白い少女――シェディから噴き上がり、大気さえ畏怖するように震えた。
新たな『神級』の出現に、上空にいたフィオレファータが切れ目のような笑みを浮かべ、シェディと眼下の街に向けて巨大な魔力衝撃を撃ち放つ。
迫りくる直径数十メートルもある巨大な魔力球に、シェディは静かに白い左手の指先を天に掲げた。
「――『炎華』――」
【物質化】から進化した【神霊語】の力により、シェディの左手首より先が蒼白い花びらのような手袋に覆われた。
左手から噴き上がる真っ白な霧は、邪なるものに触れると邪を吸い取るように黒い花びらとなり、膨大な炎を吹き上げる。
邪を封じ燃やし尽くすことで浄化する白い霧。それがフィオレファータの魔力と鬩ぎ合い、相殺するように消滅した。
ブォン……ッ!!
歪んだ空間が広範囲で大気を震わせると、陽炎の中から一瞬で飛び出したシェディが真正面からぶつかるようにして、フィオレファータを真後ろから蹴りつけた。
その瞬間に前後が裏返ったフィオレファータがシェディの蹴りを腕で受け止め、ぶつかり合った魔力が雷のように火花をあげた。
その衝撃で互いに数百メートルも弾かれるが、膝を抱えるように回転して衝撃を逃がしたシェディは、空中で急制動をかけながら右手をフィオレファータに向ける。
「――『氷華』――」
その右手が仄赤く光る白い手袋に包まれた。
右手から吹き出した仄赤く光る吹雪が荒れ狂い、その空間に存在した全ての障気を氷の花びらに変えながらフィオレファータに襲いかかる。
『‡∴*∋**†』
フィオレファータの嗤うような唄う声。
羽が高速で震え、『全てを氷の花に変える』というシェディの“呪詛”を広範囲の衝撃波が吹き飛ばした。
神の慈悲である左手の霧は、生き物を癒し、邪悪なるものを花びらに変えて燃やし尽くすまで、永劫の苦痛を与える。
悪魔の滅びである右手の吹雪は、罪なき者に安らぎの死を与え、邪悪な力を花びらに変えて凍てつかせ、魂までも消去する。
神の左手と悪魔の右手。
燃やし尽くす慈悲の炎と、等しく死を与える滅びの吹雪。
神の力と悪魔の力。
神の力は罪を浄化するために永遠の苦痛を与え、悪魔の力は浄化することなくただ等しい滅びのみを与える。
人造の女神と魔界の悪魔。二柱の絶対者の戦いは、ぶつかり合った力が中央大陸の雲すべてを吹き飛ばし、二人は再びイグドラシアの空で対峙した。
*
【シェディ】【種族:バニーガール】【――魔人――】
・Dea Ex Machina. すべてを壊す【悪魔】の右手と、すべてを救う【神】の左手を持つ、電脳世界より生まれ出でた人造神。
【魔力値:489,000/500,000】
【総合戦闘力:539,000/550,000】
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《神霊語》】
【種族能力:《畏怖》《霧化》】
【簡易鑑定】【神化(愛され系)】【亜空間収納】
【大魔王】
【人造の女神】
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:445,000/600,000】
【総合戦闘力:515,000/670,000】
「…………」
雲一つないイグドラシアの空で、百メートル近い距離を空けて私とフィオレファータが対峙する。
進化したことで私の力は、ついにフィオレファータと並ぶことができていた。
……何か、例の如く奇妙な進化をした能力もあるけれど、最後の能力も進化して、存在が同格となることで私はアレを倒す力を得た。
でも……それは、タマちゃんやパンくん。散っていったドラゴンたち。たくさんの魔物や亜人。そして一部の人族が協力してフィオレファータの魔力を削ってくれたから、私はフィオレファータの前に立つことができている。
魔人――JOKER. 最後にして最強の切り札。
それが新しい私の進化した形。
神でありながら悪魔でもある、電脳世界から生まれ落ちた人造の女神――
Dea Ex Machina.
裏αテスターのみんなが……それだけじゃない。この世界がくれた私の新しい力。
存在は同格になっても、私はまだ進化したばかりで、力もどこまで使えるか分からないけど……
「フィオレファータ。行くよ」
魔力の回復はさせない。その前に削りきるっ!
次回、フィオレファータとの決戦!




