96 最後の魔石
『爺……賛同してくれた国家はどれくらいになった?』
『およそ半数と言ったところですな』
『ここまできてまだ半数が勝てると思っているのか……』
『小国はほぼ頷きましたが、軍事の強い大国はそう簡単に諦められないかと』
『この国もそうなのだがな? まぁそれはいい。この件は軍部の強硬派には気付かれていないな?』
『誓って…とは言えませんが、軍の強硬派はそれどころではないでしょうな』
『どちらにしろ時間はあまりない。準備を進めてくれ』
『かしこまりました』
隠し部屋の中から一人の気配が消え、残された男は椅子に深く背を預けて、息を漏らすようにその名を呟いた。
『……シェディ』
***
中央大陸に突入した私はフィオレファータの追撃をかわしつつ、北側から回るように若木を破壊しながら移動する。
『――∴≠∬†‡∝∮――』
フィオレファータの魔力が迸り、夜空の星が降るように広範囲で流星が降りそそいで森や大地の形を変えた。
「――【真・極界】――っ!」
私が撃ち放つ極冷気が吹き飛ばされた大地や木々を凍らせ、その魔力をフィオレファータが弾くようにして吹き飛ばした。
「くっ!」
二つの力がぶつかり、数㎞先から押し寄せる衝撃波を私は腕をクロスにするようにしてガードする。
ダメージはあるけど以前ほどじゃない。吸収が進化した餓喰は、ダメージの一部さえも魔力として吸収して、私にまだ戦う力を与えてくれる。
ほぼ無人になっていた小国ディセルドの若木を解放して、その次に向かったカーンズ王国は何度も戦艦を差し向けてきた大国だったけど、そのせいかまともな戦力が残っておらず、私とフィオレファータの戦いに巻き込まれて都市ごと消滅していった。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.70】
【魔力値:218,000/232,000】12,000Up
【総合戦闘力:241,200/255,200】13,200Up
その時、私の広がった知覚に数隻の飛空戦艦が感じられた。
……四隻? 方向からすると、カーンズ王国と一緒に何度も攻撃してきたヴァンイットとバトロールの戦艦か。
この状況でまだ人族で何とかなると思っているのだろうか……。戦艦の甲板に増設されたバリスタから鉄製の矢が放たれる。でもフィオレファータはもちろん、今の私でもそんなモノはもう効果はない。
そんな戦艦を無視するようにフィオレファータが私を攻撃する。
私もバリスタや魔素兵器を無視して空中機動でフィオレファータの攻撃だけを躱していると、その流れ弾が戦艦の一隻を撃墜した。
「お前たちは下がれっ!!」
今の人族の戦力では邪魔にしかならない。声に魔力を乗せて叫ぶと残りの戦艦の動きが一瞬止まり、そのうちの一隻が焦ったように全速で突っ込んできた。
彼らは彼らなりに『人族のため』とはいえ、戦う理由があるのだろう。放たれたバリスタの矢が私を掠めるようにしてフィオレファータへと流れ、偶然にもフィオレファータの頭部を直撃する。
今更その程度の物理攻撃ではフィオレファータには何の痛痒も与えられないだろう。でも、何の力も持たない人間の攻撃を受けたことで、フィオレファータの何もない顔がゆっくりとその戦艦に向けられる。
『‡∴*∋◇∮!』
「っ!」
フィオレファータより放たれた数百もの光線が集束され、薙ぎ払うようにレナード山の山肌と山頂部を削る。
私はそれをギリギリ躱せたけど、その場にいた戦艦は全て巻き込まれて切り裂かれるように爆散していった。
フィオレファータの攻撃はそれだけに留まらず、横薙ぎに振るわれたその光線はもはや私の目にも見えない遙か数千㎞彼方の大地までも切り裂き、そのまま横に流れて遙か南の方角に微かに見える世界樹の結界に触れて爆発するような火花をあげた。
「やめろぉおおおっ!!!!」
それを見た瞬間、頭の中が真っ白になり、強引に空間をねじ曲げて転移した私はそのままフィオレファータの顔面に拳を叩きつけた。
ゴォオオオオンッ!!!!!!!
私とフィオレファータ、二つの魔力が直接ぶつかり合って数十㎞に渡って大気の雲と塵を吹き飛ばす。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.73】
【魔力値:233,000/241,000】9,000Up
【総合戦闘力:257,100/265,100】9,900Up
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:475,000/600,000】
【総合戦闘力:545,000/670,000】
私たちは数メートルの距離で睨み合う。フィオレファータの顔面に微かだけどはじめて罅が入り、まるで戦いを喜ぶように裂け目のような笑みを浮かべていた。
でも互角じゃない。フィオレファータの顔面にわずかなダメージを与えた代償に私の右腕は潰れて、呪詛を受けたように灰色に染まっていた。
『◇∝ヾ!』
「ぐっ!」
ゴッ!!
間近に迫ったフィオレファータが蹴りを放ち、私は咄嗟に呪詛を受けた右腕を犠牲にして受け止める。
はじめて受けたフィオレファータの直接攻撃に私は数百メートルも吹き飛ばされ、右半身を粉砕されただけじゃなく魔力が万単位でごっそりと減っていた。
「………ッ」
せっかくギリギリで保っていた均衡を自分で壊してしまった。世界樹が攻撃された瞬間に頭が真っ白になって、気付いたら突っ込んでいた。
世界樹だけは護らないといけないから……ううん、それだけじゃない。私には世界を守る理由がある。
――大丈夫――
――一人じゃないよ――
「え……」
世界樹からまた白い魔石が送られてくる。それも一つや二つじゃないっ。さっきもそうだけど、フィオレファータの長距離攻撃で巻き込まれた国があったのだろうか?
違う……新しい若木からは何かに襲撃された情報が出てこない。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.81】
【魔力値:254,000/281,000】40,000Up
【総合戦闘力:282,100/309,100】44,000Up
復活した魔力で霧化してから人化し直して右半身を再生する。
知らない誰かが、世界中で世界のために戦い、協力してくれる生物たちがいる。
『∝◇!』
「はあっ!」
その瞬間、数百メートルの距離を一瞬で詰めてきたフィオレファータと空中で激突して、威力を相殺しつつもまた私だけが吹き飛ばされた。
でもその攻撃を受けたダメージは受けても、魔力でガードした腕は潰れていないし呪詛も受けていない。
戦える……まだ遠いけど、決して届かない距離じゃないっ!
「――【真・極界】――」
『――∴≠†‡∝∮――』
私の極冷気とフィオレファータの魔力衝撃が炸裂して、数十㎞の範囲で破壊と衝撃が吹き荒れた。
また世界樹から白い魔石が送られてくる。
……何かが…視える。頭の中にどこかの景色が浮かんでくる。これはタマちゃん? パンくん?
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.83】
【魔力値:282,000/287,000】6,000Up
【総合戦闘力:310,700/315,700】6,600Up
亜音速で飛行しながら殴り合い、その衝撃波がレナード山の上半分を吹き飛ばした。
また白い魔石が送られてくる。そしてまた知らない景色が頭に浮かんだ。
今度は、プレイヤー? アイザック…? ウィードやサンドリアも…え? この魔物はジェニファー?
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.88】
【魔力値:287,000/302,000】15,000Up
【総合戦闘力:317,200/332,200】16,500Up
世界中で亜人たちや魔物たちが若木を解放している。その姿が視えるっ! 人族の中には自分から亜人たちを受け入れた国もあった。
戦いで減っていく魔力も世界樹が魔石と一緒に魔素を送って回復してくれる。
私はまだ戦えるっ!
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.92】
【魔力値:296,000/314,000】12,000Up
【総合戦闘力:327,400/345,400】13,200Up
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
【魔力値:452,000/600,000】
【総合戦闘力:522,000/670,000】
力の差は詰まってきた。接近戦もできるようになっている。でも【大悪魔】の私では、【悪魔公】であるフィオレファータの魔力を削りきる“決め手”に欠けていた。
魔力では計りきれない“格”の差が大きく立ち塞がる。分かってはいたけれど、若木を全部解放しても追いつけないかもしれない。
それでも私は最後まで諦めないっ!
「――っ!」
戦いながら大陸の中央部へ向かっていると、西の方角から十隻近い戦艦が飛んでくるのが目に映る。……また人族かっ。
この方角にあるのは……トゥーズ帝国? ティズの治める国……。
結局、ティズも人族の権力者にすぎなかったのか……。少しだけ落胆しながらも私は戦艦を無視してトゥーズ帝国へと向かう。
迫り来る十隻の戦艦。フィオレファータの攻撃を躱しながら、まず邪魔なそれらを殲滅しようと私が手の平を向けると――突然、全ての戦艦が空中で機関を停止してゆっくりと墜落しはじめた。
「何が起きたの……?」
次元干渉を起動してトゥーズ帝国の方角へ目を向けると、大きなお城の中庭で、ティズが何やらスイッチのようなモノを握っていた。
「ティズ……あなたがやったの?」
その瞬間、私の手元にまた数個の魔石が一気に送られてくる。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.99】
【魔力値:328,000/335,000】21,000Up
【総合戦闘力:361,500/368,500】23,100Up
人族が……残りの若木を持っていた人族の国が、一斉に若木を解放した。
人族も全員が腐っているわけじゃないんだ……。
残りの若木はあとひとつっ! その場所も分かる。すぐそこっ! トゥーズ帝国のお城――ティズの後ろっ!
トゥーズ帝国のお城の結界が消滅して、ティズの背後にあった扉が開いて最後の若木が姿を見せた。
私は転移を使うことさえもどかしくて、魔力を直接吹き出すようにして若木のところへ飛ぶ。その途中にあった建物の屋根が吹き飛び、皇帝を護衛する近衛騎士達さえも吹き飛ばされる中、暴風の中で膝をつきながらも退きもせず私を迎え、ティズは腰の剣を抜き放ち真上に放る。
「使えっ、シェディっ!」
アレは確かティズが大事にしていた魔剣だったはず……。
宙を舞う抜き身の魔剣を挟んで、一瞬だけ私たちの視線が交差する。
ティズの真上を飛び抜けるようにして魔剣を掴み取った私は、魔剣に魔力を込めてそのまま最後の若木を一刀のもとに斬り裂いた。
半ばより斬り飛ばされた大木が光の粒子となって消えると、その光の中から最後の白い魔石がこぼれ落ち、私はそれを飛びつくようにして掴み取った。
気がつくと“白い世界”にいた。
そして、最後の白い魔石を掴み取ったその手は、いつの間にか10歳くらいの見知らぬ女の子の両手に握られていた。
少しだけ濃い色の肌をした眼鏡をかけたインド系の女の子。彼女は真っ白の世界の中で、本当に嬉しそうに微笑んだ。
――やっと会えた。私は【№99】…みんなであなたを待っていた――
次回、裏αテスターとの邂逅。――最後の贈り物――




