95 声
中央大陸西部の大国、セーズ王国。
邪妖帝の大規模召喚魔法陣の圏内に巻き込まれ、数十万もの邪妖精に襲われたが、さすがは大国と言うべきだろうか、その起点である国内の要所を強襲し、脱獄した犯罪者と起点である魔道具を破壊できたことで一時的に平穏を得ることができていた。
世界各地で起きている亜人や魔物の襲撃や、邪妖帝と魔王白兎の戦闘によって人族の国家は半数以上が陥落していたが、大国ゆえの誇りが邪魔をして市民の避難はまだ行われていない。
それでも情報はどこからか流れてくる。
軍事の弱い国では世界樹の若木を放棄することで戦闘に巻き込まれることを回避する動きがあり、市民たちはこのままでいいのかと貴族に陳情を行っていたが、市民たちも自分の生活が第一で、他の大陸以上に若木の恩恵に頼っていた人族は、貴族に逆らってまで恩恵を手放そうとはしなかった。
そんなセーズ王国の王都で、散発的な邪妖精の残党に対処していた兵士長は、城壁の上から見えたある光景を目にして、一服のために咥えていた煙草のパイプをポトリと口から落とした。
「……なんだありゃ」
迫り来る緑の山。目にしてそれが何かと問われればそう答えるしかない。
だが、それが近づくにつれ、それが山ではなく巨大なスライムだと気付いて、セーズ王国の住民はパニックに陥った。
「スライムっ!?」
「そんなのあり得るかっ!?」
「途中の街はどうなったっ? どうして今まで気付かなかったっ!?」
「途中の街は無事らしいが…」
「幻覚じゃないっ! 間違いないっ! 近づいてくるっ!」
「魔素兵器を使えっ! 早くしろっ!!!」
正に山のような質量で数㎞まで近づいたスライムに、城壁に備えられた魔素兵器から砲撃が放たれた。
ポニョンっ!
『『『……は?』』』
全高で数百メートル、全幅数㎞もありそうな巨大スライムが数十発の砲撃を飛び越えるように跳ね飛び、ズズンッ、と地響きを立てて着地する。
「……う、撃て、撃てっ!」
再び動き出した巨大スライムに唖然としていた司令官が再び攻撃を命じた。
それに対してスライムは、ペタンと地に伏せたり、びろんと変形して砲撃が通る穴を空けたり、またぴょんと跳び越えながら街へと迫る。
それでも近づけば近づくほどに被弾確率は増えていく。巨大スライムが街まで迫り、いよいよ攻撃が避けられなくなったとき、突然巨大スライムが分裂して、数億体もの小さなスライムが津波のように街へと押し寄せた。
巨大スライムは小さなスライムの集合体だった。おそらくバラバラにやってきたので途中の街では気付かれなかったのだろう。
それがどうしてここにきて、合体してキングスライムとも呼べる存在になったのか? だがそんなことはどうでもいい。あの巨大なスライムだからこそ危険視していたのだが、こんな小さなスライムでは結界を越えられるわけがない。
だが、そう高をくくっていた人族は、またとんでもない光景を目撃する羽目になる。
『『『……へ?』』』
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!
数億体のスライムが結界をものともせずに城壁に取りつき、城壁を溶かしながらそのまま街に侵入してきた。
『どわぁあああああああああああああああああああああっ!?』
津波に押し流される兵士や市民たち。そのスライムの一体が自分の手の平に乗りプルプル震える様子を見て、兵士の一人はその正体に思い至った。
「……ゼリースライム?」
気性は大人しく、生ゴミでも何でも食べるので人族の間ではかなり重宝されている魔物だった。だが、そのせいで一時期乱獲され絶滅寸前とまで言われていた。
どこにこれほどの数が残っていたのだろうか?
この魔物は攻撃力が低く弱すぎて脅威にならず、結界にも引っ掛からなかったのはその魔力の低さからだった。
ポニョンっ!
時計塔の天辺で、少しだけ色の濃い一体のゼリースライムが跳びはねると、それまで好き勝手に家をお掃除して、逃げ惑う市民の衣服をお洗濯していたスライムたちが一斉に城を目指しはじめる。
――こっちだよ――
――早くおいで――
その数時間後――大国であったセーズ王国は、脇目も振らずに城に押し寄せたスライムの群に埋め尽くされ、碌な抵抗もできないまま若木を破壊されると、ゼリースライムたちは統率されたようにどこかへ消え去り、後には怪我一つない呆然とした人々と、塵一つ残されてないピカピカに磨かれた都市だけが残された。
ポニョンっ!
***
大国セーズの陥落。それと似たようなことが、その北部にある小国ハルサンクでも起こっていた。だが、ハルサンクを襲ったのはスライムではない。かといって結界によって行動を阻害されるような魔物でもない。
ハルサンクを襲ったモノは、魔力をほとんど持たない犬や猫。家畜として飼われていた豚や鶏に似た動物たちであった。
それだけでなく山や森から野ウサギや猪や猿などが押し寄せる。それらに動物として以外の共通点はない。だがあえて共通点を捜すとしたなら、どの動物も口をモゴモゴと動かして“何か”を食べていたことだろうか?
首都に入り込み、太守の城を目指す数百万もの動物たち。
「獣どもを通すなっ!」
その先頭を駆け抜けるロバに兵士たちが弓や魔銃を持って駆けつけると、突然何もない場所でスッ転び、あっさりと動物たちの侵入を許してしまった。
その兵士の一人が転んだ場所に落ちていた奇妙なモノを指で摘まむと、不思議そうに首を傾げる。
「……バナナの皮?」
――こっちこっち――
――こっちに大人はいないよ――
動物たちが城へと迫るが、兵士たちも鶏や野ウサギに負けられないと必死の抵抗を見せる。そうなれば魔術や武器で傷つけられた動物もいたが、そんな動物たちはある場所に戻ると何かを食べて回復し、また城へと目指した。
市民たちもさすがに無傷ではない。
そんな中で迷子になったのか、転んで膝を擦り剥いた三歳くらいの女の子が泣いていると、通りかかった一体の猿が手に持ったそれを幼女に手渡した。
『ムッキー』
「……バナナ」
白と黒のモノトン猿からもらったミニバナナを食べると、擦り剥いた膝が治って泣き止んだ幼女が笑顔を浮かべた。
「ありがと、お猿さん」
『ムッキー』
幼女のお礼にモノトン猿は気にするなと首を振り、通りかかったロバに颯爽と飛び乗って去ると、その数時間後、ハルサンクの若木は解放された。
――がんばって――
――もう少しだよ――
***
「――【福音】――」
フィオレファータの【呪詛】と私の【福音】がぶつかり合い、その真下にあった大国ディズユートの城が巻き込まれて消滅した。
「……くっ」
相殺した。と言いたいところだけど、向こうが軽く放った一撃を全力で相殺しても、私は数千近いダメージを受けていた。
「……来たっ!」
今の攻撃で破壊されたディズユートの若木がどこかに再生されて、世界樹が白い魔石を送ってくれた。それだけじゃなくて、同時に世界樹も私の魔力を回復させようと魔素を送ってくれている。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.66】
・ラプラスの魔物・大悪魔の枠を超えた存在。
【魔力値:213,500/220,000】30,000Up
【総合戦闘力:235,500/242,000】33,000Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
――避けて――
「っ!」
フィオレファータが放った魔力衝撃を、私は咄嗟に手に魔力を込めて受け流すように攻撃を逸らす。
今のは危なかった……。睡眠も休憩も不要の身体だけど、こうして数日間も気が休まる暇もなく戦い続けていると隙が生まれてしまう。
それでも魔力が増えていることで少しずつ楽になっている。そして――大悪魔のレベルが50を超えた頃から、微かに『声』のようなものが聞こえるようになった。
レベルが上がるたびに少しずつだけどハッキリと聞こえてくる。
魔物じゃない。……誰の声?
でも今はそんなことを気にしている場合じゃない。残りの若木は約三割。それをすべて解放しても勝てるかどうか分からないけど……
「私は諦めないっ!」
――もう少しだよ――
眷属たちもご主人様のために頑張っています。
バナナ……
物語も佳境に入りました。
次回、ついに99本の若木が解放される?
シェディがそこで見た光景とは? そして声の正体は?




