94 魔物たちの援軍
異界から顕れた邪神“邪妖帝”と、魔王“白兎”率いる魔王軍との戦いは一層激しさを増していた。
正確には魔王軍という組織はなく、魔王の“戦う理由”に共感した亜人や魔物たちが若木のある都市を襲っているだけで、邪妖帝と戦っているのは魔王ただ一人なのだが、その戦いは人が介入できる段階を超えて、邪妖帝討伐に乗り出した西方大陸艦隊と中央大陸の戦闘強硬派による艦隊はどちらも全滅するという結果になった。
亜人のレジスタンスは数を増し、さらにドラゴンが参戦したことで東方大陸中部のサークサント・メルセット・ガルバンドの三カ国が陥落。西方大陸北部ではオークの残党軍により二つの小国が落ちている。
それにより、学都サンクレイ・自由都市シース・海洋都市ヴァーテアンの若木放棄派は勢いを増し、さらに薬都ラントーラがそれに加わったことによって、ついに亜人と和解して若木解放を条件に国民の安全を求める国家まで出始めた。
それでも諦めきれない(世論感情を抑えきれない)国家は強硬に戦闘で決着することを求めていたが、最後の准魔王級オーガロードの脅威があったため、軍を出せる国は少なかった。
***
真っ白の少女が海の上でクルリと舞うと、そのギリギリを掠めていった光線が海を引き裂き、沸騰した海水が大量の水蒸気を噴き上げる。
「はあっ!!」
私は気合いを入れて息を吐きだすと、空を覆う水蒸気を霧で凍らせ、氷の矢を豪雨のようにフィオレファータへ叩きつけた。
『◇≠∬§§†‡∝』
それをフィオレファータの黒い障気がまた一瞬で蒸発させる。
その一瞬後を天から流星雨が降りそそぎ、見える範囲全ての海に巨大な水柱を打ち立てた。
「――【極界】――」
限定的な極低温で空気の断絶を作ってダメージを緩和する。
爆発を自爆で緩和するような手荒な手段だけど、フィオレファータの攻撃を直接食らうより遙かにマシだ。
私とフィオレファータはここ半日ほど、中央大陸への海を渡りながらずっと戦い続けていた。
戦いと言っても、力にまだ差があるので、銃を持った歩兵を軍用ヘリが追い回しているような感じでしかないけど、これまでと違って私はフィオレファータの攻撃を躱すことができるし、私の攻撃もアレに少しはダメージを与えられるようになっている。
蒸発と氷結を繰り返す荒れ狂う海の上で、私の目が遠くに黒い線を捉えた。
「……見えたっ」
ついに中央大陸が見えてきた。
世界樹を巻き込む危険があったので、一番近い島国である海洋都市ヴァーテアンから逸れて、北部からの上陸になる。
中央大陸に近づいたことで、またどこかの国から飛空戦艦が出撃してきた。
それでも今までと違って戦艦の数はかなり少なくなっている。人族の保有する戦艦もそろそろ尽きてきたのかもしれない。
大陸から飛来してきた三隻の戦艦は、近づいてくると先を飛ぶ私に魔素兵器の攻撃を仕掛けてきた。
「っ!」
それと同時に背後で強大な魔力の高まりを感じると、フィオレファータが巨大な魔力球を生みだした。
『――∴≠∬†‡∝∮――』
「――【餓喰】――」
前方と後方から同時に放たれる攻撃。
私は戦艦の砲撃に自ら身を曝すと、その砲撃から魔素を吸収しつつ、フィオレファータの攻撃に合わせて溜め込んだ魔力を破裂させるように、パンッと手を合わせた。
「――【真・極界】――」
巨大な壁のように迫るフィオレファータの魔力衝撃を、極低温の魔力が穴を穿つように相殺する。
そのぶつかり合う魔力と衝撃に巨大な嵐が巻き起こり、海面が数㎞の範囲で数百メートルもたわむと、その余波に巻き込まれた三隻の戦艦は、嵐の中の小舟のように翻弄されて海へと落ちていった。
……まだ三割しか相殺できない。でも三割も相殺できるようになった。
諦めない。世界中でゴールドや亜人たちがフィオレファータに対抗するため、若木を解放してくれている。
「……来た」
また世界樹が白い魔石を送ってくれた。
私はそれを取り込みながら広範囲の霧で荒れ狂う海を凍らせ、フィオレファータを氷の中に閉じ込めた。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.56】
【魔力値:156,000/190,000】18,000Up
【総合戦闘力:175,000/209,000】19,800Up
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
【魔力値:495,000/600,000】
【総合戦闘力:555,000/670,000】
まだ遠い……でも、確実に差は詰まっている。
フィオレファータが本気になったことで、回復する魔力よりも消費する魔力のほうが多くなっていた。
凍りついた海原に背を向けて私は遠くに見える中央大陸を目指す。
飛びはじめて数秒もしないうちに氷の中から数百もの光線が放たれて凍りついた海原が一瞬で砕け散る。
キラキラと砕け散った氷が海に落ちて、姿を現したフィオレファータから数条の光線が薙ぎ払うように放たれた。
私はそれを宙返りするように空中で避ける。数本なら受けられるかもしれないけど、私はカリメーロのように剣で受けるような度胸も技量もない。
中央大陸に突入した私は、そのまま小国タンシスに突入する。
思ったよりも人が少ないのはさすがに避難でもしたのだろうか? 街を歩く人影は兵士だけで、城までの道には一人も人はいなかった。
「――【極界】――」
何の抵抗もなく都市の中央まで侵入し、冷気球を放って城の半分を凍結させた瞬間、フィオレファータの魔力衝撃が残り半分を吹き飛ばして、また世界樹から白い魔石が送られてくる。
簡単に最初の国を落とせたけど、この次には大国がある。
中央大陸の大国は、これまでの大国のように力業で落とすことは難しいと思う。人口も戦力も他の大陸よりも桁違いに多いはずと考え、また多くの命を奪う覚悟を決めた。けれど――
「……え?」
中央大陸の大国ヴァーレンが確認できる位置まで辿り着くと、そこで見えたのは私を待ち構える軍隊ではなく、破壊された街並みだった。
……何が起きたのだろう? 街の上空に入ると市街地には大量の兵士の死体と、それと折り重なるように鬼のような魔物たちが死んでいた。
この魔物たちが街を襲ったのだろうか? ほぼ相打ちのような形で双方全滅していたけど、そのまま街の中心部に向かった私は、その落ちた城の上に立つ、一際大きな鬼の魔物を見つけた。
もしかして……オーガ?
【オーガロード】【准魔王級】
【魔力値:1215/1250】【体力値:3640/3700】
【総合戦闘力:38800】
准魔王級…オーガロード。
もう戦闘力ならほとんど魔王級と変わらない。ヴァーレンを落としたらしいオーガロードに思わず警戒して速度を落とした私に、オーガロードは大剣を肩に乗せたまま顎を使って『先に行け』と合図を寄越した。
「…………」
『…………』
そのまま城の上を飛び抜ける私と、オーガロードの真っ直ぐな視線が交差する。
彼もこの世界に生きる一人として、カリメーロと同じように命を懸けてフィオレファータの力を削ってくれようとしている。
一度だけギュッと目を瞑ってオーガロードのために祈ると、私は彼に任せてその先へと進んだ。
その数分後……遙か後方でヴァーレンの首都が爆発するように消滅した。
オーガロードのためにまた少しだけ目を閉じると、世界樹から白い魔石が送られてくる。
「……え…」
白い魔石が……今度は3個送られてきた。
魔石の反応から、解放されたそれが中央大陸の若木だと分かった。一個はさっき通り過ぎたヴァーレンだとしても、残り二つはどこだろう……。
***
その同時刻、中央大陸の西部の二つの小国が弱い魔物たちに襲われた。
結界で消滅しかねない弱い魔物たちであったが、その魔物のあまりの多さに小国では対処できず、津波のように押し寄せる魔物によってついに若木が破壊されてしまう。
その魔物たちとは――
ポニョンっ!
『ムッキーッ!』




