93 決戦の地へ
……餓喰? 自分の口から出た単語に自分で首を捻る。
私は【吸収】の力を使っていたはず……。【№17】から受け取ったこの力は、周囲の魔素を吸収するだけじゃなく、熱や運動エネルギー、そして、この世界の生き物が他者を倒してその魔力の一部を吸収するように、他者から魔力や生命力を奪い取って自分の力に変える能力があった。
でもその効果は、強制的に奪うには敵に直接触れるのが最も効率が良く、敵の魔法を魔素として吸収するような力はなかったはずだ。
それがまるで、自分の足で歩くように、息を吸って吐くように、戦艦の魔素兵器による砲撃を手の平に集めて、私はそのまま撃ち返していた。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.50】
・ラプラスの魔物・大悪魔の枠を超えた存在。
【魔力値:107,500/172,000】
【総合戦闘力:124,400/189,200】
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
……吸収の能力が進化している。因果改変や次元干渉と同じように。
それ以外にも注釈が少しだけ変わっていた。大悪魔の枠を超えた存在…? 進化ではなくてランクアップと似たような感じだろうか?
これらの変化がどうして起きたのか? レベルが50を超えたから? それともドラゴンたちを失った怒りから?
魔力値も総合戦闘力も、以前の進化やランクアップ時のような急激な伸びはない。でも、内側に“芯”のようなものが生まれていた。
今まで振り回していた丸太が、同じ重さの鉄製の武器に変わったような、油で燃やしていた物が火薬に変わったような……、上手く言えないけど、存在そのものが一段階強化された感じがした。
指揮官ロードンの船が墜とされたことで艦隊は一時的に混乱していたけど、再び隊列を整えた戦艦から一斉に砲門を向けられる。
それを見てスッ…と冷たく目を細めた私は、空に浮かんだまま無言で手の平を戦艦に向けて“何か”を握り潰した。
ギギギ……ッ!と空間が軋む音がした。
次の瞬間、二隻の戦艦が機関部から火を噴き上げて、片方は空中で爆発し、片方は空に浮かんでいることもできなくなって地表に激突して四散する。
魔術と魔法陣に頼ったこの世界で、新技術である魔導機関のような複雑な機械は常に不備や不安を抱えていたが、その魔術の部分が強引に機械を動かしていた。
それでも数十、数百といった不備が一斉に問題化すれば、こうなるのはある意味当たり前だった。因果改変の力を魔術結界越しに行えるようになった結果だけど、私としては思ったよりもちゃんと整備していた船が多かったことに驚いた。
ドォンッドォンッドォンッドォンッドォンッ!!!
戦艦が砲撃を繰り返す。砲撃の爆発自体は少し痛いけど、魔素兵器から魔力を回復できるのでダメージどころか受けるたびに私の魔力は回復している。
「余った分は返すよ」
余剰の魔力も爆発の衝撃ごと【餓喰】で手の平に溜めて、私の力を加えて魔力砲撃として撃ち返す。
その攻撃でさらに三隻の戦艦が火に包まれ、飛行することもできなくなって墜落していった。
「ん?」
風を切る音が聞こえて短距離転移を行うと、それまで私がいた空間を鉄でできた巨大な銛が飛び抜けていく。多分だけど大型生物の曳航用だろうか? 私が魔力を跳ね返すと理解した戦艦群は単純な質量兵器を使ってきた。
「…それだったら」
私は全身を霧化させて、高速で艦隊に接近する。実体のない霧状でも少しはダメージを受けるけど今の私なら気にするほどじゃない。
戦艦の一隻に接近するとその戦艦は慌てて回避するように舵を切りながら、私へ銛を撃ち放つ。
霧のままその銛を受けた私は霧で包み込むようにして人化すると、次元干渉で慣性を相殺し、餓喰で運動エネルギーそのものを喰らいながら、4メートルもある巨大な銛を抱えてその戦艦の艦橋を殴るように叩きつけた。
ヒュンっと頬の近くを矢が掠める。
破壊して更地になった艦橋部分に立つ私に、接近してきた船から甲板に出た兵士たちが矢を射っていた。
抱えた銛でその矢をはじき飛ばし、せっかく向こうから近づいてきてくれた戦艦に極低温の霧を浴びせかけると、凍りついた二隻の戦艦はそのまま一塊となって地上に墜ちていった。
その時になって、瞬く間に半数の戦艦を墜とされた艦隊が、撤退するように逃げはじめた。
撤退と言うよりバラバラに逃げ出したようにしか見えないけど、そんな奴らよりも私は一隻だけ残った、ロードンが乗っていたものと同型の大型艦に向き直る。
その甲板に数人の男たちが出てきて頭の後ろで手を組んでいた。
何を考えている? 私は手の中にある銛を艦橋の壁に投げつけると、ゆっくりと近づいてくるその船に冷気を纏いながら舞い降りた。
その瞬間、甲板にいた将校のような服を着ていた男たちが、頭の後ろで手を組んだまま頭を甲板に付ける。
まるで土下座に近い格好だけど、確か……言語と一緒に脳内インストールされた情報だと、この世界の人類種では降伏を意味するはずだと理解した。
「……何のつもり?」
「魔王殿っ! ここは怒りをお鎮めくだされっ! 我らは戦意はありませんっ!」
この船の艦長だろうか、壮年の男が必死な顔でそう捲し立てた。
「攻撃してきたのに? 何を言ってるの?」
「ろ、ロードンの命令でしかたなかったのですっ! 我らに敵対の意思は…」
「ロードンが死んだ後にも攻撃したのに?」
「そ、それは……、わ、我らがいなくてどうやって邪妖帝に対抗するおつもりかっ! 我ら人族の協力なしに邪妖帝を倒すことなどっ! ごふっ!?」
勝手なことを言い始めたその艦長の言葉を蹴り飛ばして止めると、それに驚く他の船員たちを見下ろしながら冷たく言い放つ。
「アレの相手は私がする。人族の力はいらない」
私がそう言葉にして手に冷気を纏わせると、甲板のあちらこちらから隠れていた兵士たちが武器を構えて飛び出してくる。
霧を解き放ってそれらを氷像に変えると、艦長も半分凍りつきながらも隠し持っていた短銃を私へ向けたが、その指が引き金を引く前に憤怒の表情を浮かべながら完全に凍りついた。
伏兵を隠して置いて降伏なんてふざけてる。でも、まともに降伏してきたとしても、もう人族の手を借りるつもりはない。
残りの逃げつつある戦艦はどうするか。どちらにしても最終的には私が壊すことになると思うけど、今はフィオレファータの相手をするのでそんな時間はない。
だけど、そんなことを考える私の目の前で、レーザー光線のような光が瞬き、逃げ出していた戦艦たちを次々と撃ち落とす。
もう追いついてきた……フィオレファータっ!
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:523,000/600,000】
【総合戦闘力:583,000/670,000】
……随分と魔力が減っている。カリメーロが頑張ってくれたんだ。
フィオレファータと私が東方大陸の深い森の上で、数㎞の距離をもって対峙する。
向こうも私の力が上がっていることを感じたのか、愉しそうにケタケタと嗤うように身体を震わせた。
「……っ!?」
ぞわりと背筋に寒気が奔る。
フィオレファータから漏れ出た障気が瞬く間に眼下の森を覆い、一瞬で真っ黒に腐った大地から大量の邪妖精が自然発生していた。
フィオレファータがついに本気になった。これからのアイツの攻撃は全てが即死級…ううん、破滅級の攻撃が来る。
それに対して私もフィオレファータに両手を向ける。
「因果改変・次元干渉・餓喰、並列起動っ!」
進化した三つの力を合わせただけで魔力が喰われるように減っていく。
「――【真・極界】――」
パンッと手を打ち鳴らすと同時に、極界の極低温の冷気がフィオレファータの目前に発生して、半径数㎞の範囲で真球状の極界が完成する。
数万の邪妖精が一瞬で氷の塵となり、フィオレファータも白い世界の中で冷気に纏わり付かれて“白”の中に消えていった。
けれど――
パキンッ!と極界の結界が破壊され、そこから放たれた無数の光線を、私は宙をクルクルと舞うように躱した。
極界の白い世界から、わずかに霜を纏わり付かせたフィオレファータが現れる。
「…………」
私ではまだ倒せない。……でも、今の私ならアレの攻撃を躱せる。
そして今の私の冷気なら、わずかだったけどフィオレファータの動きを鈍らせることができると分かった。
さあ、追ってきなさい。私かあなたが倒れるまで。
そして私はフィオレファータが動き出す前に海に出ると、最終決戦の地となるであろう中央大陸を目指した。
次回、中央大陸へ突入。




