92 進化する力
遅くなりました。
戦いを剣聖カリメーロに任せて私は三体のドラゴンたちと共にソンドーズ共和国を目指した。
「…………」
ズズズンッ…と、チラリと振り返った背後からフィオレファータの魔力の高まりと爆発音が響く。
カリメーロはまだ戦っているのか? それとももう倒れてしまったのか……
『魔王よ、どうかしたか?』
「……ううん」
金竜の言葉に首を振る。カリメーロとは色々あったけど、勝てないまでも彼があっさり死ぬ光景が思い浮かばなかったので、私は進むために前を向く。
「…ん?」
その瞬間、私の手元に世界樹からまた白い魔石が送られてきた。
この感覚は……ソアントル王国にあった若木? ソアントルはここから西に数千㎞の地点にある大国だ。その若木を解放したのが誰か知らないけど、彼らはそのままその東にある小国サンテサンクを目指すのだろうか。
それなら、私がこれから向かうソンドーズ共和国の若木を解放して、それから彼らと合流して一緒にサンテサンクを攻略する?
……ううん、それはダメだ。
そこでフィオレファータに追いつかれたら、サンテサンクの住民と協力者の双方が全滅するかもしれない。
どうするのが正解なんだろう? この大陸は彼らに任せる? それが多分、一番被害が少ない。でも、私が『悪』となることで終わらせる争いだったのに、それに他の存在を巻き込むことが心のどこかに引っ掛かっていた。
『魔王っ! 同胞より思念波が届いた。中央の大陸から人族の空飛ぶ船がこちらに向かっているっ!』
「っ!」
金竜の焦りの混ざった声に私も急いで世界樹にアクセスすると、海洋に近いカンヌーフの新しい若木から、遙か遠くの海上を飛行する十数隻の飛空艦隊の映像が送られてきた。
あの角度からすると真っ直ぐこちらに向かってくる。
それがフィオレファータ討伐の艦隊ならいいけれど、その一部がドラゴンたちを襲撃したのなら、こちらに来ても私や協力者を率先して襲う危険がある。
「予定を変更っ! この大陸の若木は協力者に任せて、私は人族の艦隊のところへ向かうっ!」
『人族と戦うのか?』
「……まず、真意を聴く」
私は人族の過ぎた文明は破壊すると決めた。でも、彼らが本当に世界の危機だと理解して、人族の利益のためではなく世界のために戦うというのなら……私は彼らの真意を確かめたかった。
戦闘になると感じたのかドラゴンたちは私に付いてきてくれると言った。無理をして飛んできた彼らは限界が近いはずだけど……本当にドラゴンは融通が利かない。
進路を変更して中央大陸方面へと向かう。
飛空艇もドラゴンも地球の旅客機くらいの速度は出せるから、人族の艦隊と接触するのはこの大陸になるだろう。
私たちが進路を変えて動き出すと同時に、フィオレファータの魔力も私たちを追ってくる。……今の距離は30分差くらいか。それほどの差はないけど直接攻撃されるような距離でもない。
この世界でも太陽は東から昇って西に沈む。西方大陸からずっと西に飛んでいるので暗くならない空の下、少し南寄りの空に十数隻の飛空戦艦が見えた。
『魔王っ、人族が何かを攻撃しているっ!』
「急いでっ!」
少しずつ聞こえてくる魔素兵器の砲撃音。遠くに見えるのは陥落したばかりのソアントル王国だったはずだけど、飛空戦艦はそこから離れた地点から都市を攻撃していた。
「っ!?」
それが見えた瞬間、私は息を飲む。
飛空戦艦が攻撃しているのは……同じ人族の難民だった。それを守っているのが亜人のレジスタンスだと気付いて、私はドラゴンの背から空間転移も利用しながら全速力で飛び出した。
「――【極界】――」
射程範囲に入ると同時に艦隊の中心で極低温の空間を創る。直撃した船はなかったけど、気流が乱れて体勢を立て直すために砲撃がやんだ隙に、私はそのまま亜人レジスタンスがいる地表に飛び降りた。
「ま、魔王様っ!」
「あなたたち、何がどうなってるの? どうして人族が難民に攻撃を?」
「それは――」
エルフの一人が顔を顰めながらそれに答えようとすると、大きな人影と小さな人影が声を挟む。
「名目上はレジスタンスを攻撃しているだけ、らしいですわ」
「……あなた」
その少女は、あのオークションで解放した双子のエルフの片割れだった。その隣に居るのはあの時のエルフの少年ではなかったが、私はその人物もよく知っている。
「…勇者?」
「……そうだ。久しぶりだな、魔王」
最後まで民のために戦った人族の勇者。確か…ゴールドだったか。その彼が亜人のレジスタンスと一緒に居るということは、彼なりの“真実”を見つけられたのだろうか。
でも今は、そんなことをしている場合じゃない。
「あなたたちと一緒に居るから難民も攻撃しているってこと?」
「……そうだ。難民の受け入れをするように願い出たのだが、彼らは突然、我らごと市民を攻撃してきた」
「ここにはもう、レジスタンスしかいないって認識なのですって」
「…………」
人族の上層部はそんな人ばかりなのか……
「私が人族の戦艦を押さえるわ。あなたたちはその隙に森へ逃げて」
「一人で戦うというのか……? 馬鹿を言うな、俺も行くぞっ」
案の定、剣に手を掛けて前に出ようとするゴールドを、私は肩に手を掛けて片手で止めた。
「あと30分くらいでフィオレファータもここに来る。分かるでしょ? できるだけ早くここから離れて」
「……わかった」
私の片手だけで完全に動きを封じられたゴールドは、力の差を感じて引き下がってくれた。
遠くの上空では飛空戦艦が体勢を立て直して、再び砲門を向けようとしていた。
私は目を惹き付けるように全身霧化して上空に飛び出し、それを追って砲門が動いたのを確認してから、空間転移を使って距離を詰め、一番大きな戦艦の結界を引き裂くようにして艦橋へ突入する。
「ひっ!」
「狼狽えるなっ! 武器を下ろせ」
騒ぎはじめた船員を怒鳴りつけて艦長らしき老人が前に出る。
「私がこの艦隊の責任者、カーンズ王国軍提督ロードンです。もしかしてお嬢さんが魔王かね?」
「……そうよ」
その老人、ロードンからはとても落ち着いた温和な印象を受けた。
この人が? どうして同じ人族の難民を撃ったのか? そのまま殺すつもりで突入したのに、受ける印象のちぐはぐさから思わず会話に応じてしまうと、ロードンは辛そうな顔で首を振る。
「おそらくあなたは、私がしたことを批難しに来たのでしょう。でも仕方なかったのです。この船に難民を招き入れて、もし亜人が紛れて船の機関部を壊したら、邪妖帝と戦うことが出来なくなる」
「…………」
彼らは彼らなりに、世界のために他を切り捨てる覚悟をしたってこと?
「それはいいわ。フィオレファータとは私が戦う。あなたたちは難民を助けてあげて。亜人には言っておくから」
「おお、それは素晴らしい。ならば全力で人命救助をさせていただきましょう。それこそ我らの本分ですからな」
私の提案に、ロードンは好々爺のような笑顔を浮かべて何度も頷いた。
……本当に彼らは世界のために来ただけなのか?
「なら、難民を誘導してここから離れて。すぐにフィオレファータが来るわ」
「分かり申した」
私は艦橋から甲板に出て、迎えに来てくれた白竜の背に飛び移る。でもその背に着地しようとした時、
『あぶないっ!』
突然白竜が身を捻って私を包み込んだ瞬間、強烈な衝撃で吹き飛ばされた。
「くっ!」
視界が戻るとすでに事切れたような白竜が地面に落ちていく姿が見えた。
『魔王っ!』
ドォンッドォンッドォンッドォンッ!!!!
戦艦からの砲撃。空に浮かんだ私を守るように金竜ともう一体の竜が身を挺して守ってくれる。
何が起きたのっ!?
戦艦に目を向けると、ロードンが変わらず温和な表情で私を見つめている。
でも、さらに目を凝らすとその顔が微かにぶれて、下卑た歪んだ笑顔が一瞬だけ垣間見えた。
「【神子】か……」
おそらくあれはティズと同じような特殊能力者、【神子】なのだろう。人を信用させる能力か、本心を隠す能力か。……アイツめっ。
『……魔王』
「金竜っ!」
怒りに飲み込まれそうになった私にまだ生きていた金竜の声が聞こえた。
「ごめんなさい、私がっ!」
『…人族の悪意に飲み込まれるな。目的を見失うな……』
「……うん」
私を守ってドラゴンたちは全員死んでしまった。
目的を見失うな……世界を守れってこと? 私が油断したせいであなたたちが死んでしまったのに……。
……わかった。もう迷わない。……ごめん、金竜。もう『躊躇わない』から……一度だけあなたたちのために怒らせて。
その瞬間も雨のように、魔素兵器の砲撃が私に撃ち込まれる。
魔力がダメージで削られていく。でも……何かが私の中で“嵌まる”と、突然魔力が急激に回復していった。
「――【餓喰】――」
私が右手をあげると、そこに巨大な重力でも生まれたかのように全ての砲撃が集まって巨大なエネルギー球を形成する。
もう躊躇わない。
私がそのままエネルギー球を撃ち返すとその向こうでロードンの顔が引き攣り、大型戦艦が一瞬で消滅した。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.50】
・ラプラスの魔物・大悪魔の枠を超えた存在。
【魔力値:107,500/172,000】3,000Up
【総合戦闘力:124,400/189,200】3,300Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
次回、成長した能力




