09 初めての接触
森の奥に隠れた小さな集落を発見。
遠目にパッと見て、大きめのテントにとりあえず葉っぱを括り付けてカモフラージュしました的な住居が三つ。三家族で10人くらいって感じ。
薪割り台とか、獲物の解体台とか、台所とか共用で野外に並んでる。
チラリと見える住民の着ている衣服も、麻っぽい貫頭衣とか毛皮のブーツで、本当に野性味溢れるスローライフをしているみたい。
接触……は無理だよね。共用言語は脳インストールしてあるけど、私って人語が発音出来ないし。それに、今の私ってプレイヤー達はともかく、普通の動物や人類種NPCから怖がられるっぽい。まぁ【悪魔種】だから仕方ないけど。
でも、もう少しだけ観察してみよう。
あの農村は近寄れなかったけど、あんなバリアみたいなのは多分ないよね?
この常時ザワザワする感覚や現実と違いすぎる異様な違和感でささくれだった心に、私は何か『癒し』が欲しいのです。
今の感覚に少しずつ慣れてはきたけど、本当に慣れてしまったら、現実に戻った時にまた違和感で精神がおかしくならないか不安。
それにしてもこの集落はどうしてこんな場所にあるんだろう?
あまりに世界がリアルすぎて、VRMMOの中だと忘れそうになるけど、NPCだからこんな場所にいるのも理由があるのかな? こんな森の奥にまでプレイヤーがやってくる事を想定しているの?
何かイベントでもあるのかとギリギリまで集落に近づいてみると、少しだけ理由が分かった。……ここに住んでいる人、エルフだ。
そういえば世界樹の九十九本の若木の周りに、99の“人族”の国があるって案内人が言ってた。
つまり、人族以外はこんな処に住んでいるのかな? 人族は列車があったり結構文化的な生活をしているっぽいけど、随分と格差があるんだね。
地球と同じ広さがあるって話だから全部手作業で作ってないのなら、自動的にランダムで生成された集落かもしれない。
あ、子供が居る。5歳くらいの男の子。他に子供は他の家族の赤ちゃんくらいで、その子は少し寂しそうに一人で遊んでいた。
……すっごく接触したいっ!
大人や同年代の子供には良い印象はないけれど、小さい子は別です。
何か警戒心を持たれないように出来ないかな……無理だよねぇ。あ、そうだっ。あのプレイヤーがドロップした物が使えるかも。
古びた生成りの外套が一着。
小さな銀貨っぽいコインが3枚に、銅貨っぽいコインが数枚。
肉を焼いたみたいな木の串1本。
それと元から持っていた【鑑定水晶5/99】と赤黒イモムシの牙1個。
………変装する? 怪しい人に。
とりあえず物は試しに、外套を着られるかどうか試してみる。……ちょっと…この…ドライアイスの煙のような身体を、手のように使うのがかなり難しい。
指が使えないから細かい作業が出来ないと気付いたのが数分後で、広げた外套を身体に被せるまで小一時間かかった。
ストン……。外套がガストのガス体をすり抜けて地面に落ちる。……なんで?
私の身体は物を持てる。実際は包み込むようにして持ち上げるんだけど、鑑定水晶とかコインとかの小物は、身体の中で包むようにしていれば一応落ちない。
感覚的には、ずっとカバンの柄を握っている感じ。(ビックリすれば落ちる)
外套は大きいんだけど、半分包むようにすれば、トレーの上でスープの入った皿を運んでいる感じで、何とか持ち上げられた。(何かあっても普通に落とす)
だから一応外套を持ち上げられるのだから、羽織るくらい出来るんじゃないかと思ったのに、その外套があっさりすり抜けた。精神磨り減らした私の1時間を返せ。
本当に……この魔物アバターって、キーで操作するような、基礎的な動作しか設定されてないんだね。
今まで私でもVRを何回か使う機会があったけど、その場所によって泳げない人が泳げるようになったり、ド素人が剣術や武術を使えたりするのは、そう言う動作設定がされていたんだ……。
ひょっとしてこのゲームの製作会社、魔物アバターの適切な動きまで、私達裏αテスターに検証させようとしているのかも。
……少し落ち着こうか。両足で長さ3メートルのマジックハンドを使って編み物したような苛々感を、大自然の光景で落ち着かせようとして、360度フルスクリーンの視界に脳が目眩を起こして動けなくなったりしながら、数時間後、ようやく現実を受け入れた。
そういえば、ガストって様々な形に変化できるって説明に書いてたよね?
もしかすると“人型”みたいに変形できないかな?
今の身体は、前のトロロボディより動かしやすい気がする。強くなって体積も増えたし、小さい子供ぐらいの形になれるかも。
では早速トライっ。
…
………
………………
……………………………朝になりました。おはよう。
確かにトロロの時と同じように、身体の一部を伸ばしたり縮めたり、広がって包み込んだりしたり出来た。だから自在に身体を変形できるかというと、そうでもない。
集中して形状を変えようとすると、集中してない部分がボコンと歪む。
1センチずらそうとして1メートルずれる。
ガス体が流動しているので、徐々に形が変形していく。
そんな感じでかなり長い時間、身体がドロドロになったような錯覚に精神が苛まれながらも、極度に集中していると人は痛みを感じなくなるのか、朝焼けの中にあのエルフの男の子と同じくらいの『人型』が出来た。
見た目は真っ白な蝋人形。ただし、表面はドロドロに溶けている。
……何ですかこれ。新種のモンスターですか? これでどうやって人間種と接触するのか自分でも想像出来ない。
とりあえず動いてみよう。現実の身体のように動かせばいいのだから簡単簡単。……なんて考えていた自分は、このゲームを甘く見すぎていた。
どういう状況になったのかと簡単に説明すると、机の上に砂鉄で丁寧に人型を描き、それが崩れないように裏から10本の腕で磁石を使って動かしている感じ。
これは酷い……。あり得ない。
人型に近くなったのに人型として動けないので、脳が『違和感』に悲鳴をあげて視界がぐるぐる回っている。
【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(下)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。脆弱な精神生命体。
【魔力値:160/160】10Up
【総合戦闘力:176/176】11Up
【固有能力:再判定】【簡易鑑定】【擬人化(最低)】
……気が付いたら、奇妙なスキルが生えていた。
なにこれぇ……。
【擬人化(最低)】
・人ではないモノを人型に近い造形にする。
鑑定してみたら、そのまんまの意味が出てきた。
この(最低)っていうのは、能力的に最低なのか、それとも私の造形センスが最低だとツッコミを受けたのか悩みどころ。
とにかく造形センスに関しては徐々に向上するとして、まずは歩けるようになろう。現状だと1歩進むのに1分以上掛かるから。
それから日が沈むまで嘔吐感と戦いながら練習していたけど、造形センスは向上しなかったので、結局また朝までかけて外套を羽織れるように特訓することになった。
……何やってんだろう、私。
*
「……だぁれ?」
集落のすぐ近くで木の実と枯れ枝を拾っていたエルフの男の子は、怯えた顔をしながらも逃げ出さずに誰何の言葉を口にした。共用語で良かった。
良し、第一目標完了。逃げ出されたり悲鳴をあげられたら、即座にガス状に戻って離脱するつもりだった。
とりあえず今の状態なら、彼は恐怖は感じないみたい。
今の私の格好は、男の子と同じ背丈でダボダボの大人用の外套を着て、フードで顔を隠している状態。我ながら怪しい。私だったら確実に逃げている。
でも、ここに来るまで1歩進むのに10秒も掛かっているから、本当に男の子の勇気に感謝しよう。……NPCだからそんなものかもしれないけど。
「……僕に用事?」
そんなことを聞かれて、私は今更ながらこの子に何の用事も無かったと愕然とする。とりあえず小さく首を傾げて……難しい。でもここで歪んだら男の子にトラウマ与えそうなので頑張って首を傾げると、男の子は困ったような顔をする。
「喋れないの?」
私はコクンと小さく頷く。すると男の子が一歩前に踏み出したので、私が慌てて首を振ると、男の子は脚を止める。
「近づいちゃダメ?」
肯定。コクンと頷くと、男の子はまた困った顔になった。
困るよねぇ。喋らない近寄らない顔も見えない奇妙な子供なんて、どう反応していいか分かんないよねぇ。
そして私も、ただ男の子を間近で見たかっただけで、接触してどうするのか全く考えていなかった。
「…………僕ねぇ、お母さんのお手伝いしてるんだ」
何か自分で折り合いを付けたのか、男の子は考え込むようにして頷くと、突然自分のことを話し始めた。
「お父さんは狩りに行くんだけど、偶に魔物を狩ってくるんだ。黒いイモムシだけど、美味しいんだよ」
へぇ……アレ、食べられるのね。10メートルくらいの距離を置いて、男の子は枯れ枝を拾う作業を続けながら、自分達のことを教えてくれた。
しばらくすると粗方拾い終わり、枝や木の実を入れた篭を背負い直した男の子は、少しモジモジしながら私を見る。
「……あのね、僕もう帰るけど、明日も会える?」
嬉しいご提案に私も頷くと、男の子はニカッと嬉しそうに笑った。
「じゃあ、またねっ! 僕たち、『どれいがり』から逃げてきたから、帰るの遅くなると叱られるんだっ」
そう言う男の子に、私も頑張って手を振ると、男の子も嬉しそうに手を振り返して集落の方へ走っていった。
最新のAIって凄いなぁ。本当に生きている人と話しているみたいだった。
それにしても、奴隷狩り…か。やっぱりあの農村で見た首輪を付けたエルフや獣人は奴隷なのかなぁ。
男の子の姿が見えなくなった瞬間、擬人化する限界を感じて、ガス体に戻って急いで森の奥に飛ぶ。
普通、スキルを得たら【ゲームシステム】が代わりにやってくれるんじゃないの? 私の脳が【システム】の代わりに色々やってる状況なんだけどっ。
ふぅ……。面白かったけど結構キツかった。でも色々分かって良かった。
NPCでも黒イモムシを狩れるんだね。大人エルフの人はそんなに強そうに見えなかったけど。
【大人エルフ】【種族:エルフ族♂】【村人?】
【魔力値(MP):50/50】【体力値(HP):60/60】
【総合戦闘力:63】
黒イモムシと同じくらいか。それでも進化したての私と同じくらいだから、こんな森でも生活出来るんだね。
それにしても……アレが食料になるんなら、私がこの辺りで動物や獲物を狩るのは気が引ける。丸二日ほど擬人化に費やしてきたからそろそろ狩りに行きたいんだけど、遠くに何かいないかな?
最近、危機感から必要に迫られて慣れてきた【索敵】が、遠くに幾つかの纏まった魔力反応を見つけた。
これって……人間? まさか、『奴隷狩り』って単語で、フラグイベントが発生したんじゃないよね?
ようやく意思疎通が出来ました。
次回、奴隷狩り。




