89 逆恨みの勇者
残酷な表現がございます。
マーリーン? ブライアンと一緒になってフィオレファータを呼び出した勇者か。
そいつが何を考えて今頃出てきたのか知らないけど……
「……足をどけろ」
マーリーンが踏んでいる足の下には、そいつが殺して、さっきまで私と一緒に戦ってくれていた風竜の遺体が横たわっている。
「はぁ? 関係ないことを言っているんじゃないわよっ!」
マーリーンはそう言うとハイヒールの踵で風竜の遺体を蹴りつけた。
その瞬間、ぞわりと寒気のするような殺気が空を舞っていたドラゴンたちから放たれ、もう一体の風竜が飛び出して急降下をするようにマーリーンに襲いかかると、その風竜も空中で爆発するように吹き飛ばされ、街の外に墜落していった。
いったい何がっ!?
唖然として一瞬動きを止めた私にもマーリーンが奇妙に構えた杖を向け、その瞬間、強烈な衝撃が足下で炸裂して私も数十メートル吹き飛ばされた。
「ちっ、目標が小さいと命中率が悪い」
マーリーンが吐き捨てるようにそう言うと、杖の先端に素早く何かを詰め込んでまた私に向ける。
アレは杖じゃない……マスケット銃? 現代の銃器と形が違って木製だから杖かと思っていたけど、形状はよく見るとライフルのようにも見える。
そのマスケット銃自体からはあまり魔力を感じない。でも、さっきあいつが銃に込めた“モノ”からは尋常じゃない魔力が感じられた。
「……その弾はなに?」
私が瓦礫の中から立ち上がると、その声が聞こえたのかマーリーンがバカにするような歪んだ笑みを浮かべた。
「亜人のくせに“魔銃”を知っているの? ブライアンの奴はやけに性能の良い奇妙な銃を持っていたけど、これはカランサンクで開発していた魔銃よ。特殊な魔術で圧縮した魔物の魔石を使っているの。これを使えばいかにあんたが魔王でも死ぬでしょ?」
そう言いながら胸元から取り出した一発の銃弾からは、先ほどの奴よりも強い魔力が感じられた。
「竜の魔石から作った弾丸よ。威力は見ての通り、竜でも一撃で殺せる、魔素兵器を超える威力があるわ。私が十年近くかけて集めていた魔石を使ってあげるんだから感謝しなさいっ!」
その銃弾――竜の魔石を見たドラゴンたちが一斉に咆吼をあげ、それを聴いたマーリーンが魔銃を空に向けた。
「やめろっ!!」
私は咄嗟に手を向けて拳を握る。
「キャアッ!?」
マーリーンの悲鳴が聞こえた。でも因果改変で行った攻撃はマーリーンの表面で帯電するように弾けて、パラパラと護符のようなモノが剥がれ落ちただけだった。
「あんたの攻撃なんてとっくに対策はしているわっ! 身代わりさえ用意すればあんたなんて怖くない」
マーリーンが見せびらかすようにアミュレットの一つを私に見せる。
魔道具的な御守り? でも私の攻撃を防ぐ御守りなんてどれほどの魔力が必要なのだろうか?
「……私と戦え。1対1だ」
「良いわよ。勇者の…【聖女】の力を見せてあげるわっ」
私はドラゴンたちに視線だけで下がるように言って、近づいていく私にマーリーンが魔銃を向けた。
「あなたは何故、邪妖帝と戦わないの? あなたが呼び出したのでしょ?」
「……煩いわね。あんなの個人で何とかなるはずないでしょっ」
「勇者なのに? 責任は感じないの?」
「煩いっ煩いっ!!」
聴きたくない言葉だったのだろうか、マーリーンは突然ヒステリックに声を荒らげた。
「私のせいじゃないわよっ! ……そう、ブライアンが全部悪いのっ! このままだと私だけが悪者にされるじゃないっ! だからあんただけでも私が一人で倒さないといけないのよっ!」
「…………そう」
その程度で悪評が消えるとは思えないけど、彼女にとって“勇者”としての名声は何よりも大切なものなのだろう。
他者の命よりも、この世界の命運よりも……。
私には彼女のことは理解できないけど、ただ一つ分かることは、これ以上、この女の戯言で無駄な犠牲を出してはいけない。
「滅びよっ、魔王っ!!」
ダァアアンッ!!
魔銃が火を噴き、咄嗟に飛び避けた私も余波で数メートル吹き飛ばされた。
範囲が広くて避けにくいっ。私は地面を転がるように受け身を取ると、マーリーンに広範囲の冷気をぶつけた。
「無駄よっ!」
またバチバチと魔力が弾けて護符が剥がれると再び魔銃を私に撃つ。
「くっ」
「避けるな、兎っ!!」
【マーリーン】【種族:人族♀】【聖女の勇者】
【魔力値(MP):757/800】【体力値(HP):293/300】
【総合戦闘力:14590】
「…………」
勇者としての戦闘能力は他の勇者と変わらない。
それでも戦闘力2万以上もあるドラゴンを一撃で殺せるのなら、あの魔銃の攻撃力が2万を超えているのだと推測する。
その源が魔銃本体にないとしたら、やはりあの魔石を使った銃弾のおかげだろう。
あれを連打されたら私もさすがにマズいけど、マーリーンは一撃放つと必ず戦果を確認して、外れると異様に苛立ちを見せた。
……もしかして、弾数が少ない?
あれがドラゴンやそれに準じた強い魔物の魔石を使っているとしたら、十年かけて集めたとしてもそんな大量にあると考えるほうが不自然かも。
それなら防御面も同じかもしれない。
使い捨てとは言え、あんな高性能な御守りが無数にあるとは考えにくい。
「なに? ようやく諦めたの?」
突然棒立ちになった私に、マーリーンは一瞬戸惑いながらも素早く魔銃を向ける。そんな彼女を挑発するように指で手招きすると、一瞬眉を吊り上げた彼女が私の顔面に向けて魔銃を撃った。
迫り来る銃弾。私はそれから目を逸らさず、弾丸の軌道を確認してギリギリの範囲で首を傾げるように銃弾を避けると、背後に飛んでいった銃弾は残っていたソーサンセットの城を吹き飛ばした。
「なっ! よ、避けるな、兎がっ!」
続けて二発三発と銃を撃つマーリーン。同じように顔面を狙ってくる銃弾をまたギリギリで避ける。
避け損なえばかなりのダメージをもらうけど、銃弾くらいなら来ると分かっていれば何とか避けられる。
そしてやはり、彼女は“勇者”であっても“軍人”ではない。
地球の軍隊と戦った時、爆発系の武器を使っていた人は私を直接狙わず、足下に当てて爆発力そのものを威力にしていた。
マーリーンにそれをされていたら面倒だったけど、私が動かず挑発したせいで上ばかり狙ってくれた。
「く、なんで…っ」
何度か外れると、次の弾を込めようとしたマーリーンの顔色がわずかに変わる。
もう弾が残り少なくなったのか、それともこれ以上使うとドラゴンたちに対処できなくなると考えたのか。
その瞬間を逃さず私は両手をマーリーンに向けて、“何か”を握り潰した。
「キャアアアアアアアアアアアッ!!?」
全身で魔力の火花が迸り、護符が剥がれ落ちた。
どれだけの護りを持っているのか知らないけど、それなら直接叩いてしまおうと前に出ると、マーリーンは魔銃を構えようとして一瞬躊躇し、私に魔術を放ってきた。
「――【ライトニング】――っ!」
マーリーンの指先から一直線上に稲妻が奔り、それが追尾系ではないと感じた私はそれをサイドステップで避けると、また懲りもなく構えた魔銃が火を噴くと同時にマーリーンの懐に飛び込んだ。
ドォオオン……ッ。
「がはっ、」
魔銃の銃身を私は右手で逸らし、膝がマーリーンの腹に食い込んだ。
銃から手を放し、蹴りを受けた衝撃で護符を撒き散らして、マーリーンが血反吐を吐きながら蹲る。
これで終わり……でも、こいつはどうしようか?
放っておいても人族に捕まれば処刑されると思うけど、この魔導防御の技術をフィオレファータに使えないだろうか? そんなことを考えて落ちた護符を拾うと、思わず鑑定したその内容に気付いて絶句する。
「……お前っ!」
「うぐっ」
蹲るマーリーンの襟首を掴んで釣り上げた。
「どういうつもり……」
【身代わりの護符】【防御アイテム】
・生き物の魂を封じて、受けた即死系攻撃の身代わりとする消費系アイテム。
・素材【エルフの乳児】
「……それでも、人のつもりかっ!」
「あ、あんたが…変な攻撃…するからよ……」
苦しげにしながらも血塗れの顔で、マーリーンは悪びれもなくそう言った。
「人族って……人間ってなんなのっ!?」
「ぐがっ!」
私は一度マーリーンを地面に叩きつけてからまた首を掴んで釣り上げる。
「向こうで亜人の子供守って死んだお爺さんがいたっ! 私だって人間には無償でそういうことができる人がいるって知ってるっ! なのに名誉や名声のために同族を殺して、お前のように平気で他の命を冒涜するっ! 何故だっ!」
「……し、知らない……私は…悪くない……」
「………あ、そう」
私はマーリーンをもう一度地面に叩きつけると、その胸元から例の一番強い魔石の弾丸を探し出して、見よう見まねで落ちていた魔銃に込めた。
『魔王よっ! 邪妖帝が近づいてきているっ! 離脱するぞ、急げっ!』
上空から金竜がそう警告してくる。
私はフィオレファータが近づいてくる方角へ顔を向けると、そちらを一度睨んでから上空のドラゴンたちへ声をかけた。
「先に離脱してっ! 私は一度攻撃をしてからすぐに追いかけるっ!」
『難しいぞ? 大丈夫か?』
「大丈夫……行ってっ!」
五体のドラゴンが逡巡するように上空を舞いながらも徐々に離れていった。
私はまだ這いずりながらも逃げようとしていたマーリーンを捕まえると、魔銃を持ってフィオレファータの居る方角へと飛ぶ。
「……な、何を…する気?」
「お前には最期に役に立ってもらう」
私が冷たく言い放つと、マーリーンの顔色が目に見えて悪くなった。
人間が分からない。人間の心にはまるで悪魔と天使が住んでいるようだ。
でも一つだけ理解したことがある。
人間は弱い。他の生物に比べて圧倒的に。だからこそ怯えるように力を求め、弱いからこそ、他者に優しくできるのだと思った。
人間は“力”を持ったらいけないんだ。
だから私は、……力を持つ人間を排除するっ。
フィオレファータの姿が見えてくる。確認できたその姿からは、魔力はほとんど減っているようには見えなかった。
フィオレファータも私を確認すると、笑うように震えてから、まるで挨拶でもするように特大の魔力攻撃を撃ち放った。
その攻撃は私を掠めるようにして、大陸の森と人族の都市を一つ消滅させる。
挑発されている……。逃げ回らずに自分と戦えと。
「まだダメよ。もう少ししたら相手をしてあげる……今はこれで我慢して」
「ひっ」
私の魔力を感じてマーリーンが怯えた声をあげた。
因果改変で強引に護符に囚われていた魂を解放し、その残滓と残った銃弾を魔力に変換してマーリーンそのものを“爆弾”に変える。
「や、やめ…」
そして次元干渉と因果改変を使って、ジタバタとするマーリーンを数㎞先のフィオレファータに向けて全力で投げ放った。
「――――っ!?」
風を切り唸りをあげ、声にならない悲鳴をあげて飛んでいくマーリーンに、フィオレファータが手を伸ばした瞬間、私は魔銃を構えて、因果改変の確率操作で爆弾と化したマーリーンを撃ち抜いた。
ドォオオオオオオオオオオッンッ!!!!
フィオレファータの間近で巨大な爆発が発生し、数㎞離れた私さえも吹き飛ばす。
あ~、マズい。……魔力を使いすぎてる。
爆風に翻弄されながらも視線を向けると、爆発の中からほぼ無傷のフィオレファータが現れた。……でも少しはダメージあったかな。
そのフィオレファータから再び魔力衝撃が放たれ、空中で避けられない私が防御態勢を取った瞬間、真っ白なドラゴンが私を咥えるようにして全力で離脱しはじめた。
「……あなたは…」
『無茶をするな、魔王よ。私は邪妖帝を引きつける役目を負っていた最後の一体だ。無茶だったが、あれでしばらくは我らだけを追ってくるだろう。これからは私が翼となろう。まだ戦いは終わっていないぞっ』
「うん……行こうっ!」
聖女脱落。
シェディは人類から力を奪うことにしました。
現実では抑止力としての武力はありますが、イグドラシアではシェディの存在が抑止力になります。
他の勇者は……これからの行い次第ですかね。
次回、人族の動き。世界の状況が変わってきました。




