88 魔物達
『ど、ドラゴンだっ!!』
今までニード山脈など人跡未踏の地に生息し、あまり姿を見せなかったドラゴン達が世界各地で現れ、人族国家の首都を襲いはじめた。
ドラゴン自体の襲撃は過去にもあった。強大な力を持ち常に単体で襲撃をするそのドラゴンを人族は孤高の生物として畏怖の対象としながらも、大型魔素兵器の開発を機にドラゴンの撃退を出来るようになっていた。
だが、人族はその日初めて、ドラゴンの本当の脅威を知る。
過去に人族の都市を襲撃していたドラゴンは、全長10メートル程で炎のブレスを吐く、戦闘力で1万程度の緑色や茶褐色の個体だった。
だがこの度襲撃してきたドラゴンは、青銅や黄銅、銀や白色、紅玉や翡翠のような、貴金属や宝石を思わせる美しい鱗を持ち、体長も15~20メートル程もあり、高速で飛び抜けながら熱線や稲妻のブレスを浴びせかけた。
その総合戦闘力は、准魔王級に匹敵する二万や三万近い個体もいて、人族は今まで戦っていた個体が、ただの竜の子供だという事実に戦慄する。
それにより東方北部の小大陸は、大国トルバセットとその周辺国である小国二つが陥落した。そして南方大陸でラーセット王国とサルカーンの小国二つでもドラゴンに襲われ、大国二つが対処に動き出した隙を突かれて、亜人レジスタンス達によって小国ルートルが落とされる羽目になった。
そして動き出した魔物達はドラゴンだけではなかった。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
西方北部大陸では、今まで動きのなかった准魔王級――オークキングが率いる3万のオークが一斉に動き始めた。
これまでオークキングが大人しくしていたのは、ランシーズ帝国・トールドーラ・セシール王国という三つの大国がその動きを牽制していたのと、動き出したとしても魔都カランサンクにいた【聖女】の勇者が即座に対処していたからだ。
逆に、オークキングがそれだけの戦力に囲まれていまだ生き残っていたのは、オーク達が強かったのではなく、その数が尋常でなく多かったせいで攻めきれなかったというのが正しい。
そして聖女マーリーンが自分の手柄として討伐するために、わざと大国が参加する作戦では倒さなかったという裏の理由もあった。
べきべきと木々を薙ぎ倒し、押し寄せる大波のようなオークの大軍が巨大な森さえ震わせた。
オークという魔物は、人型に近い二足歩行をする猪のような存在で、個体として見るのならそれほど脅威ではない。一般のオークでその戦闘力は300~700程度。その上位種であるハイオークで1500前後しかなく、部隊を纏めるオークジェネラルでも3000程度しかない。
戦闘力だけで見るのなら、他の准魔王級が率いていた一般トロールが500程、オーガになると1000にもなり、オークはその戦闘力の低さが目立つが、オークの長所はその繁殖力と鉱物以外ほとんどを食物と出来る強靱な胃袋にあった。
数が動くとなると膨大な食料が必要になる。例えば人族の軍が動くのなら、増えるほど食料・医薬品・消耗品などを運ぶ兵站が多くなり、それだけ進軍速度は落ちる。
だが、倒した木々さえ食料として、森の動物を生のまま骨ごと喰らうオーク達は、進軍速度が落ちることはなかった。
『ブモォオオオオオオッ!!』
巨大なオークキングが、戦斧を振り上げながら怒りの叫び声をあげる。
オークキングもこの世界に邪神が現れたことを気付いている。
世界樹より若木を解放しろという“意思”も感じていたが、オークキングはこの世界のことよりも、人族への恨みを優先した。
オークは一般的に思われるような粗野で凶暴なだけの魔物ではない。
繁殖力が強いのは弱いからだ。自分達が大食らいであることを知っているオーク達は自分達で畑を作り、大型の草食巨獣を家畜として飼育もしていた。
そんな生き方は、人族がこの世界の者が等しく受けられる恩恵である世界樹の若木を独占した事で壊された。
人族は、若木から強引に魔素を抜き取り、武力に変えて他種族を若木の側から追い出し、それだけでは飽き足らず他の種族を奴隷や家畜として扱いはじめた。
人族が若木から魔素を抜き取れば、周囲の森を育むはずの生命力さえ失われ、若木から追い出された種族は多くの者が命を失った。
だがそれだけではなく、この数十年でオーク以上の繁殖力を見せた人族は、オークの住む森に侵入し、そこに住むオーク達を虐殺してきた。
新しく作る村や町の脅威になる。
皮や肉が家畜の食料や素材になる。
倒せば冒険者と呼ばれる者達の評価となる。
そんな理由でオーク達は世界中で殺され続け、大規模な集落はこの大陸にある場所だけになってしまった。
その恨みをオークキングはけして忘れることはなかった。
そしてオークキングは、邪神出現による世界の混乱を好機と捉えた。
そして思惑通り、斥候に出していた同胞から、これまで何度も進軍の邪魔をしてきた人族の空を飛ぶ船が遠くへ飛んでいったと聞いて、兵を起こす。
運がいいことに例の女勇者も邪魔してこない。
女勇者にももちろん恨みはあるが、オーク達はそれ以上に人族全体に対する恨みのほうが強かった。
「オークどもの襲撃だとっ!?」
邪妖精対策で会議室にいたランシーズ帝国皇帝は、報告を受けて驚愕のあまり思わず椅子から腰を浮かす。
「はっ、すでに西方軍が向かっておりますが、オークキングと思われる個体を確認したとのことで、この首都に来るのも時間の問題かと…」
「見張りは何をしておったっ! ええいっ、飛空戦艦を呼び戻せっ! それと聖女はなにをしておるかっ!」
初老である皇帝の剣幕に、報告する宰相も顔色が悪い。
「飛空戦艦とは距離があるのかまだ連絡が取れません。それにマーリーン殿も例の一件以来行方をくらましたままで……」
「やはり、あの女狐が邪妖帝を呼び出したという話は真だったのかっ! トールドーラとセシール王国に援軍を要請しろっ!」
このイグドラシアの99ある国家の中で、帝国を名乗るのはこのランシーズ帝国と、中央大陸のトゥーズ帝国のみ。
国家としての歴史も百年と変わらないのに、ランシーズ帝国は中央大陸のトゥーズ帝国から、ずっと格下のような扱いを受けていた。
今回ランシーズ帝国が、トールドーラとセシール王国に話を持ちかけて、世界から抜け駆けする形で邪妖帝討伐に乗り出したのは、ランシーズ皇帝のそんな歪んだコンプレックスのせいだった。
その為、准魔王級であるオークキングに対処するはずの飛空戦艦すべてが、軍の総司令である将軍と共に邪妖帝討伐に出撃してしまっていたので、騎士や歩兵ばかり残っていても、実際の戦力は半分以下と言っていい。
それを理解しているからこそランシーズ皇帝は、ここが落ちれば次はそちらが襲われるぞと、半ば脅すようにして大国二つに『援軍』を出させることにした。
同じように飛空戦艦を出していた二国は、民間の飛空艇と魔導列車を接収して、数万の『救援』兵をランシーズ帝国へ派遣した。
実際は二国も邪妖精対策のために余裕はあまりないのだが、ここでランシーズ帝国が倒れたら自国の破滅に繋がると分かっており、予備兵力のほとんどを送らざるを得なかったのだ。
三万のオーク軍に対して人族国家連合軍が五万八千。
数の上でこそ人族が勝っているが、一般の兵士ではオーク一体に三人がかりでようやく互角であろう。
それでも人族は悲観してはいなかった。結界だけの村や小さな町はともかく、大都市ならば巨大な壁に囲まれ、若木の無限の魔素を使って魔素兵器を使用できる。
実際、魔素兵器の砲撃は、押し寄せるオーク達を一発で数十体吹き飛ばした。
そしてオークの攻撃も、オークキングが結界をこじ開け、そこからオークをなだれこませると言った単純なもので、開戦時には隣国セシール王国が、その翌日にはトールドーラの軍が到着し、このまま人族側の勝利で決着するかと思われた。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
だが人族は、オークの…いや、若木の恩恵を奪われた生き物達の怒りが、どれほどのものか知らなかった。
傷ついても死に掛けても立ち上がり、畏れることなく進撃し、傷付いた身体を敵兵を喰らうことで回復しながら進んでいった。
オーク達や草食巨獣が自分が死ぬことも厭わず雪崩のように結界に突入する。
あまりの負荷に結界を維持していた数カ所の魔道具が砕け散り、最期には全身に数十発の魔素兵器を受けた血塗れのオークキングが、両手斧の戦技で結界そのものを打ち砕いた。
雄叫びをあげて都市に侵入するオーク達。碌に避難もしていなかった市民が無惨に殺される中で、オークキングが数体のジェネラルを連れて、【若木】のある城に向かって攻め込んでいった。
さらに集中する砲撃に倒れていくオークジェネラル達。オークキングは彼らの死に雄叫びをあげると、ボロボロになった身体で若木まで辿り着き、最期の力で若木を打ち砕いた。
『…………』
結界が消え、どこからか燃え移ったのか徐々に火の手が回る城の中で、膝を付き動けなくなったオークキングが、声もなく嗤っていた。
西方北部大陸は盟主と言うべきランシーズ帝国を失い、大部分の戦力さえも失った。
そしてオークキングを失ったオーク軍は、ただ一体残ったオークジェネラルがリーダーとなり、その意思を受け継いで疲弊したセシール王国に進軍をはじめた。
***
「――【極界】――っ!」
西方南部大陸の上空5000メートルの地点で、大国ソーサンセット王国の飛空戦艦二隻が極低温の空間に巻き込まれて消滅する。
私が空中戦力を排除すると、美しい水色の鱗を保つ二体の風竜が飛び出し、ソーサンセット首都からの攻撃を掻い潜り、都市の結界施設を破壊した。
「行ってくるっ!」
金竜の背から飛び降り、私は上空からまっすぐに城に突入した。
壁や天井を破壊して途中を守る騎士達を凍らせながら若木に辿り着くと、そこには一人の兵士もおらず、ただ一人白いお髭のお爺さんが立っていた。
「……ここの王様?」
「そうじゃ。……白兎の魔王よ。どうして世界の平和を乱す? 今こそ世界が一つになって邪妖帝の脅威に立ち向かうべきだと思わんか?」
「だったらすぐに若木を解放しなさい。この世界と世界樹の命を削って我が物にしているあなた達こそ元凶だから」
「……どういう事じゃ?」
「魔素は無限じゃない。若木に溜められた魔素はこの世界に生きる者の魂よ。後は自分で考えなさい。私はそこまで暇じゃないから」
「………そうか」
肩を落としたお爺さんの横を通り過ぎるとき、彼はぼそりと『噂は本当じゃったのだろうか……』と呟いていた。
多分、亜人の誰かが真実を教えていたのかも。でも人族はそれを信じなかった。……ううん、贅沢に慣れた国民の不満を恐れて認められなかった。
私は若木を壊して、その場を後にしながら世界樹が送ってくれるメールマークに触れると、幾つかの白い魔石が私の手に落ちてくる。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.42】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:113,000/148,000】30,000Up
【総合戦闘力:127,800/162,800】33,000Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
一気に上がっちゃった……手伝ってくれているのは、ドラゴンと亜人だけじゃないのかな?
そのまま城を出て迎えに来た風竜に一歩踏み出したその時、突如風竜の足下で膨大な魔力が溢れると、城の半分を吹き飛ばすような巨大な爆発を起こした。
「っ!」
とっさに因果改変と吸収で衝撃を緩和しながらも吹き飛ばされ、瓦礫の中から身を起こすと、迎えに来てくれた風竜が歪な体勢で息絶え、風竜を踏みにじるようにその上に立っていた女が、歪んだ笑みを浮かべて私を杖で指さした。
「魔王っ! 今こそこの勇者マーリーンが成敗してくれるわっ!」




