86 乱入者
ドンッ! ドンッ! と腹に響くような衝撃音が響き、フィオレファータから撃ち出される魔力衝撃が周囲に数十メートル規模のクレーターを穿つ。
私と私が乗るスレイプニールは、それを左右に避けながら南下し、この小大陸の最期の都市、小国ワサンオンズを目指していた。
「もう少しよっ!」
『ブルルッ!』
あの攻撃を一撃でも食らえば、スレイプニールは一瞬で蒸発して、私でもかなりのダメージを受ける。
私達が今まで無事だったのは、スレイプニールの脚力とフィオレファータがまだ本気になっていないおかげだ。
私は相手が悪魔公だと分かって、ギリギリでも戦えるように考えたけど、それでも私の考えはだいぶ甘かったみたい。
フィオレファータの魔力が私の六倍でも、時間を掛ければいつかは削りきれると考えていたけど、格上の相手というものを私は分かっていなかった。
悪魔にとって魔力量は戦闘力に直結する。私が1000の魔力で攻撃してもフィオレファータには200程度のダメージしか入らず、フィオレファータが1000の魔力で攻撃すれば私は5000以上のダメージを受けてしまう。
力の差。実力の差。それと数千年以上存在してきた故の魔力操作の技量が、悪魔となって1年も経っていない私とは違いすぎる。
地球の兵器では魔素が無いからフィオレファータには無力かと考え、決戦の場をこちらに移したけど、これだけ防御力があると攻城用の魔素兵器でも、何万発撃ち込まないといけないのだろう……
何としても……私が倒さないといけないんだ。
「見えた…っ」
遠くに高い石の城壁に囲まれた都市が見えてきた。
私は次元干渉で結界を破壊しようと手を伸ばし、少し考えてそれを止める。
「スレイプニール……もういいわ」
『ブル……』
「お願い、わかってっ」
今まではスレイプニールでも通れるように結界にも穴を開けてきたけど、攻撃の余波を受け続けた彼はもう限界だ。渋る彼のたてがみを引いて無理矢理進路を逸らすと、その背から私だけがワサンオンズへ向けて飛び出し、途中で宙返りするように後ろを向くとフィオレファータに向けて冷気の霧を撃ち放った。
速度の遅い冷気の霧は、躱そうと思えば容易く躱せると思うけど、その程度でダメージを受けないフィオレファータはそのまま突っ込んでくる。
でもその取り巻きである邪妖精共は違う。フィオレファータが存在するだけで障気から生み出される邪妖精を、巻き込む前提としても人族の国へ連れて行けない。
フィオレファータと共に突っ込んできた数万体の邪妖精は、私の霧に触れて瞬時に凍りつき、粉々になって消滅していった。
「追ってこい、フィオレファータっ!」
そう叫んで、私はワサンオンズへ突撃する。
無理矢理進路を逸らされたスレイプニールが、ボロボロの身体でまたこちらに来ようとしているのを、私は魔力を軽く放って阻害した。
「…………」
だから戦える仲間を作るのは嫌だったんだ……。この世界の生き物に犠牲を強いている私が言うことではないけど……戦うのなら……戦いで傷つくのなら、私一人でいいのにっ。
私の心が『悪魔』と『シェディ』という“個人”の間で揺れている。
悪魔となった私の心は、物質界の生物なんて心を通わせた眷属と、同じ犠牲者である裏αテスター達くらいしか大事なものはないと考えている。
だから、敵対する者は容赦なく殺してこの手を血に染めてきた。フィオレファータを倒すのにも犠牲は必要だと理解している。
でも……12年近く生きてきた私個人の想いは、理解をしていても、命が無駄に消えることに抵抗感を感じていた。
これが“人”から“悪魔”になった代償なのだろうか……。
悪魔の狂気に身を委ねる勇気もなく、救われない想いの中で足掻いている。
ドンッ、ドンッ!
「来たっ」
私とフィオレファータの接近に気付いたワサンオンズの城壁から、魔素兵器の砲撃が私とフィオレファータに向けて撃ち出された。
やっぱりスレイプニールを逃がして正解だった。私はともかく、純粋に世界の為に傷ついた彼を、同じ世界の生き物なんかに殺させたくない。
「っ!」
背筋にぞわりと寒気を感じて反射的に身を伏せる。
冷気の霧を抜けてきたフィオレファータからまた魔力衝撃が放たれ、即座に地面に伏せた私の上を飛び抜けていった魔力衝撃は、砲撃を続けていたワサンオンズの城壁を数十メートルの範囲で消滅させた。
私は攻撃がやんだその隙を突いて、その破壊後に突撃する。
ワサンオンズも魔法陣の影響で、邪妖精に襲われていた。
でも、ワサンオンズの市民はまったく避難しておらず、城壁が消えたことではじめて危機を感じた市民達が逃げ回り混乱状態になっている。
「お前っ!」
その中から、私のことを知っているのだろうか、武器を持ったお爺さんが飛び出して声をあげた。
「お、お前が魔王だなっ! 貴様さえ来なければ……っ!!」
「そうよ……私が『魔王』よ」
静かにそう答えた私は、冷気の霧を広範囲に噴出して邪妖精だけを殺した。
「だから死にたくなければ、さっさと逃げなさいっ!」
「お前……」
自分の背後に迫っていた邪妖精が砕け散るのを見て、お爺さんが目を見開いて私を見た。
「…………」
そんな彼に何も言わず、私は悪魔の『畏れ』を全開にして王城に向けて走り出す。
「早く逃げろっ!!」
途中で出会う兵士も、向かってくるのなら倒して、逃げるのなら放置して城の中に突入する。
城に入ると、市民は残っていても城主は脱出した後なのか、ほとんど抵抗もなくあっさりと最深部に到着し、若木を破壊することが出来た。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.32】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:118,000/118,000】12,000Up
【総合戦闘力:129,800/129,800】13,200Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
運良く魔素を溜める大型の魔石も隣接していたので、魔力も補充できた。
まだその魔石に少し余裕があるのを見て、一抱えもありそうな魔石を抱えた私は、城の壁に穴を開けて遠くに迫るフィオレファータに向けて攻撃を仕掛ける。
「因果改変、吸収、並列起動っ――【極界】――ッ!」
周囲の熱や光を吸い尽くした虚無を魔石内の魔素と練り合わせ、口内に精製させた白い魔力球を吐き出すように撃ち放つ。
撃ち出した白い魔力が、粗方避難の済んだ街を数㎞に渡って直線上に凍結させ、街へ入り込もうとするフィオレファータに直撃した。
でも、直径1㎞の範囲で凍結したクレーターの中から、ほぼ無傷のフィオレファータが現れると、羽に付いた氷を振るい落とすように嗤っていた。
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:573,000/600,000】
【総合戦闘力:643,000/670,000】
化け物め……。
でもその化け物めいた力のせいで、フィオレファータはまだ遊んでくれている。
私が力を上げて、脅威を感じたアイツが本気になってからが本番と考えていたけど、そこまでが果てしなく遠い。
パンッと、私は弱気になりそうになる自分の頬を叩いて気合いを入れる。
次は南にある島国、サンイートだ。また数百㎞も海を渡らないといけないが、私も以前より少しは早く飛べるはず。
すぐに移動しようと壊れた外壁の瓦礫に足を掛けたその時、私の無駄に性能のいいウサ耳が遠くから風を切るような音を捉えた。
「……なに?」
ドォオンッ!
遠くに見える時計塔のような建物が爆発するように途中から折れて、まだ避難が済んでいなかったのか、崩れ落ちる時計塔の近くから悲鳴のような声が聞こえた。
ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!ドォンッ!
それを皮切りに次々と市街地に爆撃が降りそそぐ。
何かが街を攻撃している? その攻撃はフィオレファータにもされていたが、私の目から見ても無差別攻撃にしか見えなかった。
「くっ…」
私の居た城にも攻撃が落ちて、崩れた瓦礫を押しのけて外に出ると、遠くの空に十数隻の飛空艇が浮かんでいるのが見えた。
アレが攻撃をしてきたの? どうして人族の飛空艇が人族の街を…?
私がわずかに混乱していると、飛空艇の船団から魔力拡大された『音声』が聞こえてきた。
『――我々は――ランシーズ帝国・トールドーラ・セシール王国の――連合軍である。この領空は――我ら飛空戦艦によって占拠した。――これより――【邪妖帝】及び――【魔王】討伐のため――邪妖精に汚染されたこの地域ごと――浄化のために殲滅することを宣言する――』
こいつら……何を言っているのっ!?
敵対する者には冷酷に対処できても、無駄に被害を出すことに躊躇してしまうのは、シェディがまだ子供だからです。
次回、そんな想いを踏みにじる人族の大国




