84 魔物の援軍
海を渡っている途中、突如現れた海竜の群が私を素通りして、追ってくるフィオレファータに襲いかかっていった。
私を助けてくれるの……?
その光景に呆然としていると、最後に現れた一際大きな海竜がチラリと振り返り、その大きな尾で私に向けて水をはじき飛ばした。
跳ね飛ばされた水滴が私の頬にも掛かり、唖然としていた私が我に返る。
「……うん」
私はその海竜に小さく頷くと、背を向けて次の目的地である島国に向かう。
海竜達はフィオレファータがこの世界の敵だと気付いているのだろう。もしかしたら魔物達が世界樹の意思を受け、世界樹の若木を狙って人族の国を襲っていたように、私のやろうとしていることも理解しているのかもしれない。
あの海竜の瞳は『任せろ』と言っていたように思えた。そして『任せた』と言っているようにも見えた。
だから私もその場を彼らに『任せて』、後のことは『任せろ』と頷いた。
フィオレファータが放つ魔力衝撃で背後に幾つもの水柱が立ち上がり、海竜達の死体が宙に巻き上げられていた。
海竜達の戦闘力は4000~5000程度。百倍以上の戦闘力の差がある相手に対して、彼らは世界の為に恐れることなく挑み続け、その命を散らしていった。
「稼いでくれた時間は、絶対無駄にしない……ッ」
回避機動を止めて全力の高速移動を開始する。
海面近くの飛行で生まれる浮力までも使って、余力の全てを使った高速飛行を続けていると、予定よりも早くローサントのある島が見えてきた。
ローサントは港町だ。人口も多くなく数万人程度しか住んでいない。
その港が見えてくると街中から羽虫の群のように数千体の妖精達が舞い上がり、私へ向けて襲いかかってきた。
「どけっ!」
私は全身を霧化してすれ違い様に邪妖精達をまとめて凍らせると、そのまま邪妖精に襲われている城に突入し、兵士達と戦っていた邪妖精だけを凍らせた。
「ま、魔王っ!?」
人化して姿を見せた私に生き残りの兵士が声をあげる。
「あなた達は街の人を連れて森へ逃げなさいっ!」
「な、なにを…」
「同じ化け物の言葉など信じられるかっ! 私の国は渡さんぞっ!」
避難しろと言った私に、兵士達の奥から豪華な服を着た中年男性が現れ、剣を抜いて向かってきた。
「説明している時間はない」
その男を薙ぎ払う瞬間、私の手の中に片刃の直刀が現れ、男の首を斬り飛ばす。
これって……黒鞘の直刀? 地球から物は持ってこれないはずなのに、私の眷属化をしたせいかこちらまで付いてきてしまったみたい。
「太守っ!」
「き、貴様ぁあっ!」
「…………」
槍を構える兵士達。私は一瞬湧き上がった人族達の敵対心を、数名の首を斬り飛ばすことで沈静化させた。
「命が惜しければ、民を連れて逃げなさいっ!!」
私が威圧するように気配を放つと、兵士達は怯えた瞳を私に向けて転がるように逃げていった。もうこれ以上、私がここに居る人達に出来ることはない。
私は気配を探って若木の位置を探し出すと、そこまでの壁を破壊して進み、見つけ出した若木を冷気で凍らせて打ち砕いた。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.28】
【魔力値:77,000/106,000】6000Up
【総合戦闘力:87,600/116,600】6600Up
世界樹からまた白い魔石を受け取る。自然回復もしているけど、総合的に見れば少し減っていた。
自力で回避運動と高速移動をしているせいか回復が遅い。人族が飛空艇でも動かしてくれれば楽にはなるけど、あの調子では脅しても無理だと思う。
「っ!?」
一瞬、嫌な予感がして天井を打ち抜きながら全力で上空まで飛び上がると、今まで居た城が魔力衝撃で吹き飛ばされていた。
「フィオレファータっ!」
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:578,500/600,000】
【総合戦闘力:648,500/670,000】
もう海竜達を倒して追いついてきた。まだ海上の黒い点くらいにしか見えないけど、これだけ離れていても禍々しい気配で分かる。
少しだけ魔力が減っているのは海竜達が死力を尽くしてくれたんだ。……無駄にはしないからね。
私は即座に南西に飛ぶ。北の大陸のほうが国は多いのだけど、そちらはフィオレファータが向かってくる方向だったので、南から攻めることにした。
目指すのは大国、賭博の都ソルトーヌ。本来なら以前潰した快楽都市ワートス近くにあるラインを使えば早いのだけど、フィオレファータと距離を離しすぎるとどんな攻撃を仕掛けてくるか分からないし、アレに若木のラインを見せて世界樹に興味を持たれることのほうが危険だった。
そもそも世界の被害を最小限に留めるためには、フィオレファータの注意を私にだけ向ける必要がある。
南西方向へ向かう私に、北西から追ってくるフィオレファータも進路を変えた。
今度の移動は500㎞近い海を渡らないといけない。回避行動をしない私よりも攻撃をしないアレのほうが少しだけ速いようで、少しずつ追いついてくる。
何か方法は無いだろうか? ジリジリと追いつかれる焦りを感じながら海上を飛行していると、私のほうへ高速移動をしてくる複数の存在に気付いた。
「何が……」
南東の方角から海上を駈けるように向かってくる十数体の魔物が見えた。
海の上を走ってくる……八本脚の馬?
【スレイプニール×18】
【魔力値:450/450】【体力値:1800/1800】
【総合戦闘力:2800】
「スレイプニールっ!」
現れたその群は私の声に反応するように高く嘶くと、その中の一頭が私を超える速度で近づき、併走するように走りながらその背を震わせる。
「……乗れってこと?」
私の呟きにスレイプニールが低く嘶き、即座に私はその背に飛び乗った。
「お願いっ!」
その瞬間、私を乗せたスレイプニールが一際高く嘶き、もの凄い速さで海上を駈け出した。それと同時に群から数頭のスレイプニールが離れて、フィオレファータの足止めに向かっていく。
「ごめん、……ありがと」
スレイプニールは軽く背を震わせて、背後から水柱が立ち上る音が聞こえた。
スレイプニール達の速度は凄まじく、あっと言う間に海を駆け抜け陸地に入るとさらに速さを増し、山や森を飛び越えるように駆け抜けるとソルトーヌの国内に侵入した。
村や町を襲っていた邪妖精達が私達を見つけると我先に向かってくる。
スレイプニール達も弱いわけじゃないけど、戦闘力が100前後の邪妖精が群で襲ってくれば危ないので私が冷気の霧を出して薙ぎ払った。
ドォンッ!!
「っ!?」
ソルトーヌの首都に近づいた瞬間、一頭のスレイプニールが爆発するように弾き飛ばされた。
「魔素兵器かっ!」
街を囲む城壁にある魔素兵器の砲台から連続して砲撃されている。
彼らにも守るものがあるのだから、それを愚かなことだとは言わない。けれど、私にも守る世界がある。
「【因果改変】【次元干渉】並列起動っ!」
着弾する砲撃の中、私が数キロ先の砲台に向けて両手の拳を握りしめると、砲手らしき兵士達が一斉に血を吹きだして倒れた。
でもすぐに他の兵士が砲台に着くのを見て、私は伸ばしていた両手をパンッと打ち鳴らす。
「――【福音】――」
その瞬間、城壁の上にいた数十人の騎士や兵士達が一斉に肉塊になって崩れ落ちた。
城壁の内側から聞こえてくる恐怖の悲鳴を、私を乗せたスレイプニールの嘶きが打ち消し、十数体のスレイプニールが10メートル以上もある城壁を飛び越え、撃ち放たれる弓や魔術の中、私を護りながら城に突入して、ついに若木まで導いてくれた。
『ブルル……』
「ありがとう……ここまででいいわ。みんなは逃げて」
傷ついたスレイプニールの首に抱きついてお礼を言うと、私は若木を粉砕し、世界樹から送られてきた白い魔石を受け取った。
ソルトーヌから若木が失われて魔力結界が消失すると、その瞬間、フィオレファータの魔力を感じてすぐさま外に出る。
外に出てそちらに目を向けると、遠方にいるフィオレファータから巨大な魔力衝撃が放たれた瞬間だった。
「【吸収】【因果改変】並列起動っ!」
「――【極界】――」
パンッ! と手を鳴らした瞬間、フィオレファータの“魔力衝撃”と私の“極界”が中間で炸裂し、巨大なソルトーヌ首都の半分が消滅した。
***
シェディが魔王として悪魔公フィオレファータと戦闘を繰り広げているその時、現地の異変を察した運営が緊急メンテと称し、イグドラシア・ワールドMMORPGは一時的にログイン出来ない状態になっていた。
その中で、とある海外の個人サーバーに数百人のプレイヤーが集まっていた。
老若男女…と言うには少しだけ年齢層が高めだろうか。
一般のプレイヤーとは違う、比較的良識があると選ばれた大人のプレイヤー達が、真実を知った緊張と隠しきれない期待の中で自分用の【個室】に足を踏み入れると、イグドラシア・ワールドのログインルームに良く似た待機部屋があり、そこにはタキシードを着た犬の案内人の代わりに、ミニスカメイド服を着た、やけにハイテンションなネコのヌイグルミが待ち構えていた。
『ハーイッ、Modification System、裏イグドラシア・ワールドへようこそニャーっ! これより、不正ログインプログラムを開始しますニャーっ!』
ついにプレイヤー達も動き出すニャーっ!
次回、プレイヤー達。




