83 魔法陣の攻防
全世界の国々で起きた危険人物の脱獄から始まり、それらが起こしたと思われる邪妖精の襲撃事件。
その真の目的が『妖精王』と呼ばれていた『邪神』の召喚であり、その存在が魔王さえも超える“破滅級”の魔物だと分かると、世界中の国家は人類の存亡を賭けた対応を迫られた。
これまでに押収した資料と自害を防ぐことが出来た一部の証言により、その邪神の正体が朧気であるが判明している。
この世界で数千年前に古代エルフが残していた古文書によれば、それは妖精に形状は似ているが妖精界の住人ではなく、魔界に存在する“神”の一柱だと記されていた。
その名も『邪妖帝』……邪妖精達を統べる正に邪神である――と。
どうやら脱獄した危険人物の中に、カランサンク出身で危険な召喚実験を繰り返していた魔導師がいたようで、その人物が邪妖帝を呼び出そうと画策していたらしい。
それにより、各国で呼び名が混乱していた邪神の呼称を『邪妖帝』に統一し、大規模魔法陣の外にある大国連合は飛空艇の空中戦艦を用いて邪妖帝の討伐に乗り出した。
本来ならば各国を纏める旗頭として『勇者』が指揮を執るべきなのだが、現状でもっとも適任者であった【剛剣】の勇者は行方不明となり、未確認情報によれば彼は人類を裏切って魔王側に組みしたと見られている。
そして邪神の出現を世界に知らせた【聖女】の勇者は、邪妖帝召喚の主犯格であるとの報告があり現在は逃亡中だが、【剛剣】同様、表だっての探索は現状では民の不安を呷ることになりかねないので捜査は難航していた。
唯一残っているのが【剣聖】の勇者だが、彼の特異な天才性からその言動を理解できる者が少なく、気がついたときには単独で邪妖帝討伐に出立した後であった。
邪妖帝を召喚した大規模魔法陣の内側にある国々は現在、数千もの邪妖精による襲撃を受けていた。
邪妖帝に対して全世界の国々が一丸になって立ち向かうにしても、その国々は邪妖精に対応するため動くことが出来ず、その為には邪妖精が湧き出している魔法陣そのものを潰す必要があった。
その魔法陣の起点のある場所は、【聖女】の要請によって魔素の供給を求められていたので場所自体は判明している。その為、起点に近い国家は起点破壊のため騎士団と冒険者達を送り出した。
その中で魔法陣外周部、六芒星の頂点である最大基点には、犯罪者側も最大の戦力を用いて防衛しており、その一つであるトゥーズ帝国では、起点がある古いドワーフの遺跡を騎士団にて攻略をしていたが、敵には危険な魔素兵器の開発に携わっていた者も居て多大な被害を出していた。
そのためトゥーズ帝国では、戦闘力の高い騎士や魔術師、信用のおける冒険者による三十名程度の攻略部隊を編成し、遺跡の隠し通路を使って攻め入る算段を立てていた。
「爺……歳を考えろ。お前まで来なくてもいいだろうに」
「何を仰いますか、若。それを言うのなら、皇帝である若が出ることを控えてもらいたいものですな」
「……若はよせといっただろ」
淡々と準備をする老執事の返しに、ティズ――トゥーズ帝国皇帝ティーズラルは苦笑するように小さく溜息を吐いた。
ティズと老執事はこの攻略部隊に同行を決めている。
ティズの戦闘力も千近くあるが、老執事も元々は暗部の組織長だった経験もあり、その戦闘力は老いたりとはいえティズを超えていた。
だが、この攻略部隊はある意味“決死隊”に近い。いくら世界存亡の危機と言えど、皇帝本人がそこに出向くのは責任放棄を問われそうだが、これには意味と訳がある。
ここ数代は平和だったために戦場は経験していないが、元々トゥーズ皇家は武門の家系であり、戦場には皇帝が赴く習わしがあった。
そしてまだ若いティズには、いまだに先皇帝派の古参貴族の反発が残っており、国内に自ら動く姿勢を見せる必要があったのだ。
それと今回の件にはティズの元護衛騎士であるサリアが関わっている。
サリアはティズを支持する後ろ盾になってくれた騎士団長の息女であり、これを先皇帝派の貴族に確保されるわけにはいかないので、ティズを含めた信用のおける騎士や冒険者、そしてサリアの父である騎士団長とその側近のみで、この事件を収束させる必要があった。
外部の敵を騎士団で引きつけ、ティズ達はドワーフ遺跡の隠し通路を使って内部に侵入し、いまだ魔法陣を維持している起点部へと向かう。
そして数名の犠牲を出しながらも最深部へ到着すると、そこにはサリアを含めた各国からの手配書にある数名の凶悪犯が待ち構えていた。
「陛下っ! 私に会いに来て下さったのですねっ!!」
顔面が半分麻痺したような顔でサリアが狂気じみた笑顔を浮かべる。
「サリア……貴様を止めるぞ。爺、騎士団長、行くぞ」
「「はっ」」
ティズの言葉に老執事は感情もなく淡々と。サリアの父である騎士団長は政治的に娘を必ず殺さなくてはいけない事に口元を歪めながらも、決意を込めて頷いた。
脱獄した危険人物達は思想が危険なだけで、単独の戦闘力が高いわけではない。
危ない罠や魔素兵装が使えなければ、戦闘力が千近くもあり決死の覚悟で向かってくる騎士達に敵うはずもなく、犠牲を出しつつも次々と討ち取られていった。
「陛下! 陛下! ティーズラルさまぁあああああああああああっ!!!」
最後に残ったサリアが、奇声を上げつつ元護衛騎士の能力で襲いかかってきた。
それに対し、ティズは自分で手に入れた魔剣を抜き放ち一撃でサリアの心臓を刺し貫いた。
「…………」
「…ティ…ズ…」
心臓を貫かれてなお血塗れの手を伸ばそうとするサリアは、最期にニタリと笑って、ブライアンから渡されていた炎の魔石を暴走させ、ティズごと炎に包まれた。
「若っ!!」
老執事の悲鳴のような声に、炎の中からマントで火を払うようにして無傷のティズが現れる。
「ご無事でしたか……」
「……あの程度ならな」
特殊能力者である【神子】のティズには『炎の加護』がある。
そのことは元護衛騎士であるサリアも知っていたはずだが、サリアはティズを求めても殺すつもりはなく、己の死に様だけを見せつけたかったのだろう。
そのことにティズも神妙な顔つきで黙り込み、無言のまま手に持つ魔剣で魔法陣の起点である魔道具を撃ち砕いた。
多大な犠牲を出しつつも事を成し遂げた事に、生き残っていた者達が歓声を上げる。
だがこれで終わりではない。邪神、邪妖帝はまだ残っており、これから全世界の存亡を賭けた戦いが始まるのだ。
「……シェディ」
孤独な戦いを続ける白兎の魔王――白い少女を思い浮かべてティズの口からその名が漏れる。
ティズは捕縛した亜人レジスタンスの一部から、シェディが世界の崩壊を阻止するために若木を破壊していると聞いていた。
人族達はそれをただの妄言と決めつけていたが、シェディを知るティズは彼女がただ破壊をしているだけとは思えず、皇帝の立場とは別に一人のティズとして、シェディがソンディーズで若木を破壊することによって力を上げていた情報をレジスタンスに流している。
若木を破壊することによってシェディは力を増し、その結果、人族の世界は崩壊し、世界の崩壊を防ぐ。
それは人族にとっても帝国の人民にとっても裏切り行為でしかないが、今はその結果として邪妖帝を倒せる希望は彼女だけではないのかと、ティズの心の中にそんな思いが生まれていた。
***
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.26】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:83,400/100,000】3000Up
【総合戦闘力:93,400/110,000】3300Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
私とフィオレファータの戦いに巻き込むことで、カートユールの若木を壊し、私の力はまた少しだけ増した。
白い魔石を得たことと時間経過で少しだけ魔力は回復しているけど、攻撃の余波や回避に短距離転移を使ったのでフル回復はしていない。
「――【福音】――ッ!」
私の遠隔攻撃で、フィオレファータの周囲に自然発生していた邪妖精達が弾けて消える。魔力がキツくても、フィオレファータの注意を引きつけるために攻撃は続けないといけない。
「っ!」
その瞬間、撃ち返された魔力衝撃を私は転移して躱した。
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:584,500/600,000】
【総合戦闘力:654,500/670,000】
フィオレファータも私の攻撃と、魔力衝撃を何度も撃っているせいで多少は減っているけど、やはり時間経過で回復しているようであまり魔力は減っていない。
それでも挑発をする私に、『遊んでくれている』のか、無駄のような魔力攻撃をしてくれていた。
ほぼ廃墟となったカートユールの首都で、枯れ木のような両腕と昆虫のような羽を広げて、フィオレファータは震えるように嗤っていた。
「…………」
周辺の街はともかくこの首都では逃げることが出来た人は多くない。
世界の為に許せとは言わない。恨むなら私を恨めばいい。
ただ若木から離れるだけで生き残れるのだけど、今の私にそれを伝える術もなく、伝えられたとしても若木に依存している人族は若木から離れようしないだろう。
だから私は、出来る限りこの世界の生き物を生き残らせるために、割り切って戦い続けるしかない。
せっかく回復した魔力を攻撃に使い、私は即座に次の若木がある国へ向かう。
そんな私をフィオレファータも追ってくる。
次は東方にある小国カトリーヌ。そしてそこから少し離れた島国ローサントだ。
今の私の速さなら数時間もかからない。でもその間ずっとフィオレファータの攻撃を避けつつ、挑発を繰り返して捕まったら即死亡の鬼ごっこを続ける。
「見えたっ!」
カトリーヌが見えてくる。魔法陣の中心に近いこの小大陸は特に邪妖精の被害が大きい。
今度は私も手助けする余裕はなく、人族も私を魔素兵器の砲台で狙っていたので、私はその射手を城壁から蹴り落とし、発射寸前になっていた魔素兵器をフィオレファータに向けて撃ってみた。
もちろん外れる。でも注意は引けた。フィオレファータの攻撃を自分を的にして誘導し、カトリーヌの城塞のような城の破壊に成功すると、都市を覆っていた魔力結界が消滅して、私の手元に世界樹から白い魔石が送られてくる。
それを口の中に放り込みながら次のローサントに向かう。
比較的近いと言っても海を100㎞近く渡る必要があったので、遮蔽物のない海上では攻撃を避けにくい。
ジリジリと削られる魔力に焦りを感じていると、突然前方の海面が盛り上がり、そこから数十体の海竜が姿を現した。
こんな時にっ、と一瞬戦闘態勢を取ると、海竜達は私に見向きもせずに素通りして、背後に迫るフィオレファータに襲いかかっていった。
「……助けてくれるの?」
突然現れた海竜達。世界の生き物が魔王の下に戦いを始めています。
次回、次々と現れる魔物達の支援。




