81 イグドラシアへの帰還
「ッ!」
こちらの存在がバレたっ!
巨大な魔法陣で呼び出されたそれは、幾つもあるモニターの中から『私』を見つけ、地球側を一瞬で認識したように英語で『Hallo』と発音した。
今、あんな化け物に地球側に来られるとまずい。
精神生命体には、金属の弾や火薬による爆発のような物理的な兵器はほとんど役に立たない。効くとするなら大量の炎で焼くことだけど、アレほどの存在を削り切るには、火山の噴火を十数回当てるような熱量が必要になる。
しかもレーダーにも映らずミサイル並の速度で移動できるような相手に、どうやって攻撃を当てるの?
――悪魔公―― 大悪魔を超える悪魔の最高位個体。悪魔達の神。
【邪妖帝】フィオレファータ
私の悪魔になった魂がその正体を教えてくれた。
最初からそれを呼び出そうとしたのか、それとも違うモノを喚ぼうとして間違ってしまったのか。
それでもブライアンが陶然とした顔で語った気持ち悪い独白からすると、イグドラシアの犯罪者まがいの魔術師と手を組んで、狙ってやった可能性が高かった。
とにかくこっちで戦うのはまずい。魔力を回復できない地球で、魔力値が六倍も違うアレと戦っても私はただ削られるだけで終わってしまう。
モニターの向こう側で、フィオレファータが地球との“繋がり”であるブライアンの【義体】アバターに手を伸ばす。
瞬時に理解した私はそれを阻止するため、黒鞘の妖刀を抜き放ち、VRカプセルに眠るブライアンの心臓に【次元干渉】と【因果改変】を使いながら突き立てた。
ビクンッと、こちら側と向こう側のブライアンが同時に震え、モニターの向こう側でブライアンの義体アバターの内側から刃が飛び出した。
こちら側でトドメを刺すように頭頂部まで一気に斬り裂くと、一瞬でブライアンの命がイグドラシアとの繋がりと共に消えて、モニターが消える寸前、フィオレファータが私を見て嗤った。
……完璧に“敵”として認識されたな。
それとおかしい。今私が殺したはずのブライアンの魂が見あたらない。
「…っ!?」
繋がりを切って息をついた瞬間、ブライアンの死体が『灰色』に染まり、その身体がぶくぶくと脹れて溶け出した。
カプセルを破壊する勢いで溢れたヘドロから灰色の花の蕾が一斉に顔を出し、そこから奇妙な声が聞こえる。
『……ウサ…ギ…チャ~ン……』
「っ!」
それがブライアンの声だと認識した瞬間、私はその灰色のヘドロに触れるのは危険だと判断し、【次元干渉】を使って基地の外に転移した。
ブライアン……すでにフィオレファータの『祝福』を受けていたのかっ。
強引に転移した基地の外はまだ私が残した吹雪が残っていて、兵士達はすでに退避しているらしくいきなり撃たれるようなことはなかった。
私は空に浮かんだまま基地に目を向けると、基地の屋上を突き破るようにして灰色のヘドロが溢れ出る。
『ウサギチャ~ンッ!!!』
ブライアンの魂が悪魔化している……
いや、悪魔を生み出す母体兵器にされているようで、溢れた灰色のヘドロから灰色の花が咲き、そこから小さな妖精のような形の邪悪な『邪妖精』が無数に生み出されようとしていた。
あれはグレムリンの亜種――低級悪魔か。いくら弱くてもそれが無数に出てきたらこの世界の人では対処できない。
「【吸収】及び【因果改変】並列起動っ!!」
【吸収】を全力起動して周囲の熱も光も魔素の残りも全て吸収する。そしてその虚無の空間ごと【因果改変】で干渉し、全ての結果を改竄する。
その改竄した結果のみを体内に吸収し、私の体内の魔力と練り合わせて外に出そうと集中させると、私の口内に白い魔力球が精製された。
私はそれを『力ある言葉』と同時に基地に向けて吐きだした。
「――【極界】――」
その瞬間、ブライアンの成れの果てごと、基地が直径1㎞ほどの白い空間に包まれ、キィン…と音叉を鳴らすような澄んだ音が響くと、次の瞬間、白い空間内部のあらゆる物質も悪魔も、全て白い氷の塵となって消滅した。
「………ハァ…ハァ……」
あまりの大技に精神的な疲労から、息をする必要のない私が息切れをする。
軍事基地のあった場所は、直径1㎞の半球状にクレーターになっていた。
せっかく魔素タンクから回収した魔力も半分になっている。でもその結果、フィオレファータの干渉は白い空間内でブライアンの魂ごと消滅できた。
……悪魔公はとんでもないな。やはりアレをそのまま放置するわけにはいかない。
運がいいのか悪いのか、普通の悪魔は上位の悪魔に仕えていない限り上位の悪魔を畏怖してしまうようだけど、生憎と私はまともに生まれた悪魔じゃないから、アレを畏怖せずに済んでいる。
すぐにイグドラシアに戻ろう。
向こうで若木を破壊しながら少しずつでも強くなれば、糸の上を歩くような綱渡りだけどギリギリ戦えるはず。
でもここから戻ろうにも、ここの設備は私の【次元干渉】でズタズタにしちゃったから使えない。
今あるまともなイグドラシアとの繋がりは、ゲーム運営のある第十二研究所だけだ。次元のほころび自体は複数残っているけど、私の能力ではまだ単独で次元を渡ることは危険だった。
でも第十二研究所に戻るにもこの大陸をほぼ横断しないといけない。今の私なら一日程度で到着できると思うけど、その間にイグドラシアがどうなるか分からないし、こちらに来る手段をアレが見つけても困る。
だったら、どうすればいいのか。
「【次元干渉】」
私は次元干渉を使って周辺地域の電脳世界をサーチする。
この辺りにも必ず居る。だってその人達は世界中に三百万人以上もいるんだから。
「………見つけたっ」
魔力は勿体ないけどその場所に直接空間転移すると、見えていた外の景色が狭い室内に変わり、丁度VRセットを頭部に被ろうとしていたスパニッシュ系の青年が突然現れた私に目を剥いた。
「ま、魔王バニーちゃん様っ!?」
「……ごめん、ちょっと使わせて」
またバニーちゃん様か……。彼らの私に対する認識はどうなっているんだろう。
彼は『イグドラシア・ワールドMMORPG』のプレイヤーで、彼の持つVR機器にはゲームのプログラムとして第十二研究所へのアクセス権が与えられている。
彼を押しのけるようにしてVRセットに触れて次元干渉を使う。うん、大丈夫。ここからでもイグドラシアへ跳ぶことは出来る。
さっそくイグドラシアへ向かおうとすると、唖然としていた青年が慌てて声を掛けてきた。
「ま、待って! サイン下さいっ!!!」
「…………」
彼の着ていたTシャツにサインしてから私が電脳世界に入り込むと、以前一度だけ体験したイグドラシア・ワールドのログイン部屋に到着した。
『おおっ、もしや【№13】様ではありませんか? ではログインIDと…ぐげっ』
「どけ」
ゲームの案内人であるタキシードを着た犬のヌイグルミが道を塞いだので、爪で引き裂いてから奥への扉へ進む。
開いていない扉を次元干渉で無理矢理こじ開け、その奥の光に飛び込むと、私のホームポイントである【世界樹】に到着した。
ぽにょんっ!
『ムッキーッ!』
「タマちゃん、パン君っ」
私が帰還すると同時に、私の眷属であるスライムとお猿の二人が、我先に私の胸元に飛び込んできた。
「心配かけてごめんね……」
ポニョンポニョンッ。
『ムッキー……』
二人を撫でると私に身体をすり寄せてくる。……少し震えている? そっか、悪魔である私の眷属となったから、悪魔公フィオレファータがこの世界に現れたことに気付いて怯えているんだ。
「二人ともよく聞いて。私はアレと戦いに行かないといけない。だから二人はここで待っていてほしいの」
ポニョンッ!
『ムッキーッ!』
私と一緒に行きたいのか、二人が私にしがみつく。
「言う事を聞いて。二人だと余波をもらっただけで消滅しちゃう。私が安心して戦えるように私の帰る場所を守っていて。……お願い」
……ポニョン。
『ムッキー……』
ジッと見つめて話すと二人は渋々と言った感じで離れてくれた。
これでいい。最悪でも二人には生き残って欲しいから。
「世界樹っ! フィオレファータの居場所はどこっ」
私が世界樹を見上げて尋ねると、木の葉が揺れて現在のイグドラシアの状況を分かる範囲で教えてくれた。
それから……
「えっ?」
若木が再生される時の『白い魔石』が二つ、世界樹から落ちて私の手の上に落ちる。
亜人のレジスタンス達がまた若木を壊したのか、それともフィオレファータが召喚された国を落としたのか……。そんな状況の中で世界樹はまだ安全な場所を捜して、世界樹の若木を再生してくれていたみたい。
でもフィオレファータが活動すれば、その安全な場所にいる若木達もいつまで無事か分からない。
新しい若木が破壊されないように、私に注意を引かないと駄目なんだ。
「世界樹っ! あなたの周りの結界を強化して絶対にここへは何も入れないでっ。あなたが破壊されたら本当にこの世界は終わるから。それじゃ……行ってくる」
私がフィオレファータの居る場所へ若木のラインを経由して転移をはじめると、変わりつつある景色の中で、タマちゃんとパン君の二人が何故か顔を見合わせながら頷いていた。
「っ!」
その場所に転移すると異変が空気で分かった。
山の合間にある新しい若木の場所から上空へと飛び上がると、数百キロ離れた魔都カランサンクの首都辺りから『灰色』の障気が立ち上っているように見えた。
やっぱり破壊されたのはカランサンクの若木か。
上空を高速で移動してカランサンクへ向かうと、崩れていく高い塔の中から、灰色のヘドロを撒き散らしながらアレが……悪魔公フィオレファータが姿を現した。
生き残っていた人族達が大規模魔素兵器で応戦しているけど、例えドラゴンを空から落とせる武器でも【悪魔公】には効いていない。
そんな脆弱な抵抗に、フィオレファータが何もない無貌に裂け目のような笑みを浮かべ、再び悪魔を生み出す『祝福の光』を放とうとしたその時――
「――【福音】――ッ!」
その攻撃を受けた余波で周囲のヘドロが死滅し、頭を軽く弾かれたようなフィオレファータはそのままの体勢で振り返り、その攻撃を撃った私に笑みを浮かべた。
「フィオレファータッ! お前の相手は私だっ!!」
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.25】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:84,000/97,000】6000Up
【総合戦闘力:100,100/106,700】6600Up
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
【邪妖帝・フィオレファータ】【種族:邪妖精】【―悪魔公―】
・魔界を統べる悪魔公七柱の一柱。魔界の神。
【魔力値:598,400/600,000】
【総合戦闘力:668,400/670,000】
アレにこちらから手を出したのは、新しい若木を守るためですが、被害範囲を狭める意味もあります。
ただし、若木を破壊しないといけないので人族国家への被害は考慮されていません。
次回、人間国家の現状と、悪魔達の鬼ごっこ。




