表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第四章【乱戦】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/110

76 悪魔と呼ばれて 中編



「へぇ、あんたが悪魔か?」


 軍の基地にある異世界イグドラシアへの接続と魔素の収集と貯蔵施設。そこへ向かうついでにある、軍司令のいる作戦司令室に続く通路で待ち構えていたのは、黒の丸眼鏡に黒マントのとても奇妙な男だった。

 こんな場所にたった一人……ではなくて、その背後に薄汚れた野良犬の群を引き連れている。

 でもおかしいな。別にいつでも辺り構わず悪魔の魔力で威圧しているわけじゃないけど、それでも私は悪魔の【畏れ】を隠しているわけじゃない。

 精神鍛錬した一部の騎士や軍人みたいにこの男も【畏れ】に抗しているのかもしれないが、ただの野良犬たちまでも怯えるどころか戦意と牙を剥き出しにして唸りをあげているのは不自然に感じた。

 催眠術? それとも薬物か……。


【黒眼鏡の男】【種族:人間♂】【変質者】

【魔力値(MP):5/5】【体力値(HP):110/110】

【総合戦闘力:182】


 ただの人間…の割りに少しだけ戦闘力が高いのは、何かしらの戦闘技術を持っているからだと思うけど、それと微弱ながら魔力を持っているせいだと分かった。

 戦闘力的には問題にもならないけど、私が何者かと目を細めると、男がおどけたような仕草で半歩下がる。

「おおっ、怖いねぇ。可愛いお嬢ちゃんかと思ったら、ホントに悪魔かよ。見ろよこれ鳥肌立っちまった」

 男が袖を捲って腕を見せつけると、そのまま雷マークのような奇妙な形のナイフを取り出し、横にいた一頭の野良犬に傷を付けた。

「行け」

 唸りもあげずに飛び出してくる傷ついた一頭の野良犬。でもその犬は私の霧に触れると飛びかかろうとしたそのままの体勢で凍りつき、私の横を通り過ぎていった。

「……何がしたいの?」

「ひっひっ。俺の準備が“今”、整ったのさ」

「っ!」

 その瞬間、凍りついた野良犬から靄のような物が溢れて男に吸い込まれる。

 その男から突然魔力に似た迸りを感じて思わず半歩避けると、私の斜め後ろにあった木製の扉と凍った野良犬が、見る間に灰色に染まっていった。

 まさかこれって……

「……石化?」

「ご名答っ! これを初見で躱されたのは初めてだっ!」


 この男は何をした? 石化なんてイグドラシアでも一部の魔物しか持っていない能力で、地球の科学で再現できるような技術じゃない。


「あなた、何者……?」

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名前はヘルドゥ。由緒正しきチェコの魔導師さ。あんた、本物の悪魔なら昔の魔導師とか知ってるんだろ? そいつと俺とどっちが強いか教えてくれよぉ」

 その男、ヘルドゥはそう言いながら、今度は近場にいた野良犬の首を短剣で深く突き刺し、噴き上がる返り血を顔に浴びながらも、ヘルドゥはニヤついた顔でまた何かを吸収する。


【黒眼鏡の男】【種族:人間♂】【黒魔導師】

【魔力値(MP):50/5】【体力値(HP):110/110】

【総合戦闘力:182】


 魔力が魔力値を超えて上がっている。……そうか、多分、他の生き物の命そのものを無理矢理自分の魔力に変えているんだ。

 地球産の魔法使い。魔力のなくなった世界で【魔術】を残すために随分と試行錯誤をしたのでしょうね……。その有様はイグドラシアの魔術とは根本的に違っていた。

 でもね……


「今度は避けられるかっ?」

 呪文さえも使わないヘルドゥの魔術が再び放たれ、その魔力が壁に吸い込まれて消えると突然私の頭上から襲いかかってきた。

 バシッ!

「……はぁ?」

 私が片手の一振りで彼の魔術を打ち払うとヘルドゥがポカンと口を開き、私は手袋の表面についた石の粉を埃が付いたように払い落とす。

「……ちっ、怪しい真似をっ」

 舌打ちをしたヘルドゥが連続して野良犬に斬りつけ、浅く傷つけられた二頭が私に向かって駆け出すと、それに合わせるように一頭を殺した魔力でヘルドゥがまたも魔術を放った。

 私はそれを避けもせず、同時に襲いかかってくる魔術と野良犬を片腕の一振りで弾き飛ばすと、それを理解したヘルドゥの顔が驚愕に歪む。

「はあっ!?」


 面白い構成の魔術で、使いようによっては有用だと思うし、私が低級悪魔の頃だったら危なかったと思う。でもね……根本的に使える魔力が小さすぎる(・・・・・)のよ。

 魔術のたびに命を刈って使っていたから、きっと他者の命を使った魔力は溜め込めるものではなく、ヘルドゥの瞬間最大魔力も50が限界なんだろう。

 自分の魔術があっさりと弾かれるのを見て、余裕のあったヘルドゥの顔が歪むように引き攣っていた。


「お、お前……何なんだよっ」

「何って……あなたがさっき自分で言ってたじゃない」

 ――悪魔――って。

 まさかひょっとして……本当に悪魔だとは思っていなかったとか?

 自分の言葉を思い出して見る間に顔色が青くなっていくヘルドゥが、最期の足掻きかそれとも逃げるためか、また無抵抗の野良犬に短剣を振り上げるのを見て、私は手の平を向けて“それ”を握り潰した。


 パキンッ!

「うああああああああああっ!?」

 まるで突然負荷に耐えられなくなったかのようにヘルドゥの短剣が砕け散る。

 魔術の構成が“運悪く”失敗したのか、彼の手足の先から“石化”したように灰色に変わっていた。

 黒魔術の“呪い”の反動で苦しみ呻くヘルドゥに私がゆっくりと近づいていくと、腰を抜かしたようなヘルドゥが廊下を転がるように逃げようとする。

「……どこに行くの?」

「ま、待ってくれっ! か、金を…いや、人間でも動物でも好きなだけ命をやるっ。そうだ、あんた本物の『悪魔』なんだろ!? お、俺と契約してくれっ。知ってるぞっ! 悪魔は人間と“契約”しないと現世じゃ力を振るえないってっ!」


「…………」

 こいつは何を言ってるんだろ? 私が外で軍を相手にしていたのを見てないの?


「そうだよっ! あんたと契約すれば俺はこの世界で最高の魔導師になるっ。そうすれば子供(ガキ)でも女でも、好きなだけ魂をくれてやれるぞっ」

「そうなんだ……」

 子供を生け贄に寄越すのか。この“私”に。

「残念ね。私はすでに最上の“契約者”がいるのよ? あなた程度の安っぽい魂なんていらないわ」

 そう言いながら私は右手と左手の指先をそっと触れあわせ、“何か”を潰すように手の平をポンッと合わせると、それまで操られていた野良犬たちが突然正気に戻り、犬たちは一瞬だけキョトンとした顔をすると、私やヘルドゥに飢えた唸り声をあげた。

 野良犬たちは私を“畏れ”て襲ってこない。でも――手足が石化して動けないヘルドゥにはどうかしら?

 そのままヘルドゥの横を通り過ぎようとすると、彼は焦ったように声を掛けてきた。


「お、おいっ、待って……」

「ごめんね。私、急いでるの」


 そう言って私が通路の奥へ走り出すと、背後から犬の唸り声と何かが争うような音が聞こえ、しばらくしてヘルドゥらしき男の断末魔の叫び声が基地内に響いた。


   *


 そのまましばらく進むと、広い通路になった自販機とベンチがあるその場所で、小さな缶ジュースを飲んでいた巨漢の老人が、私に気付いて静かに振り返る。

「善き精霊がざわめいている。分かるぞ、人の皮を被った悪しき精霊よ。ここは人の住む世界、悪しき精霊は地獄に戻るがいい」

 そう言って巨漢の老人は、私に向けた手の中で『SHIRUKO』と書かれたスチール缶を紙コップのように握り潰した。


「…………」

 善き精霊? 魔力が薄くて大悪魔の私でも存在するのが大変なのに、精霊界に引き篭もっている精霊が出てくるはずないじゃない。

 このお爺さんもヘルドゥと同じ地球産の“魔法使い”か。ヘルドゥみたいな魔導師とは少し違うみたいだけど、この老人は一目で私を“悪魔”だと見破った。


【巨漢の老人】【種族:人間♂】【呪術師】

【魔力値(MP):3/3】【体力値(HP):130/130】

【総合戦闘力:144】


 老人は葉のついた木の枝を取り出すと何か呪文のようなものを唱え始める。

「――精霊よ、我に魔を退ける力を与えたまえぇっ!」

 その声に応じて、木の枝から光る玉のような物が三つほど浮かび上がった。

 へぇ……驚いた。本物の精霊を呼べるんだ。生まれたばかりの幼体と言ってもいいか弱い精霊だけど、精霊には違いない。

 でもその精霊は、魔力のない世界で無理に呼び出されたために秒単位で存在そのものが削れはじめ、その弱い魔力も老人に吸い取られて消滅し掛かっていた。


「我が名はオーハン。悪しき精霊よ、俺と精霊の善なる力にて滅びるがいいっ」


「――『どけ』――」


 私が魔力を込めた『声』に、精霊が一瞬で強制送還される。

「……え?」

 突然力を奪っていた(・・・・・)精霊が消えたことで、生命力も同時に抜かれたのか一回り小さくなったような老人がヨロヨロと膝をつくと、私は老人の頭を爪を立てるように鷲掴みにする。

「……あなた、精霊の“悲鳴”が聞こえていないの?」

 恐怖に引き攣る老人から生命力も熱も全て吸い取り、私はカラカラに乾いて凍りついた老人の頭部を握り潰して消滅させた。

「地球の魔法使いはそんなことをしてきたのね……」


 魔素がなくなった世界で、彼らは他者から力を奪うことで技術を残してきた。

 こんな事を許していたら、この世界もイグドラシアと同様に崩壊への道を進むことになるんだろうな……。

 でも私の今の力では、まだ(・・)それを止めることは出来ない。私は今するべき事をするためにそのまま通路の奥へと進む。


 しばらく進むと通路の奥に両開きの扉が現れた。

 中には人間の気配が一人だけ。また“魔法使い”かと警戒しながらその扉を開けると、元は何の部屋か知らないが、今は布を被せたテーブルを積み上げた“祭壇”がある、まるで『礼拝堂』のようになっていた。

 その祭壇に掲げられた十字架に祈りを捧げていた神父の背中が静かに立ち上がると、振り返り優しげな老神父の笑顔で私を出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました、悪魔よ」


【壮年の神父】【種族:人間♂】【聖人】

【魔力値(MP):150/150】【体力値(HP):250/250】

【総合戦闘力:840】


 この人……少し“違う”。



地球に残る魔法使いがしていることは、占術による助言や魂の学術研究と『暗殺』になります。

人間相手の1対1なら、技術的にかなり強い部類に入りますが、強者との戦闘経験がありません。


次回、後編。最期の神父の実力は。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
思った通りに雑魚だった!? でもなあ、神父が聖人っていうのは、ちょっとモヤる。 このお話しには関係ないんだけど、アイツらが文字通りの聖人だと、魔女狩りの魔女たちが被害者ではなく、本当の「魔女」だった、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ