75 悪魔と呼ばれて 前編
山田さん様よりレビューをいただきました。ありがとうございます。
地球側、軍事基地の攻略
某国政府の肝いりによって行われた『異世界の技術と資源の有効活用研究』は、数十年もの時間と途方もない予算を掛けて一定以上の成果を得られる段階まで達した。
第一段階である、現地への【義体】ドローンの送り込みと安定化による情報収集。
第二段階で、異世界発見に繋がった『特殊能力者』達の確保と遺伝子解析。
第三段階で、特殊能力者の遺伝子情報を取り込んだ『魔素』の収集システムの完成。
第四段階の、魔素によって成長する【義体】アバターの基礎理論の完成。
大まかではあるがこれらを経て大規模魔素回収システムとして開発された、VRMMO『イグドラシア・ワールド』は無事に運用が開始され、約300万人ものプレイヤーを“探鉱夫”とした異世界の資源搾取と魔素兵器開発が始まった。
だが、それが始まり一年も経たないうちに重大な障害が発生する。
遺伝子解析され、もはや無用と判断された特殊能力者達である子供達100名が、処分を兼ねて、魔物兵器の実験被験者として異世界に送られた。
実験は終了し、被験者全員が死亡もしくは廃人という犠牲は出したが、その実験成果によって作成された魔物兵器アバター試用実験が開始された時、事件は起きた。
たった一人と思しき『少女』による医療施設の破壊と大量虐殺。
その人物は異世界においても目撃されてきた、異様な戦闘力を持つ『兎』の獣人と思われる個体で、それがこちら側に現れたことで関係者に衝撃が奔った。
学者研究員の考察によると、その少女は異世界と地球を渡れる『次元渡航能力』か、異世界からこちら側にデジタルアライズする能力者と判断された。
前者であれば、解析できれば魔素だけでなく『ミスリル』や『アダマンタイト』といった稀少金属などの資源も地球に運べる可能性があり、後者であっても一度に大量の魔素を収集可能になると、政府は企業側に捕縛もしくは遺伝子の解析を命じたが、現地で少女は【魔王】と呼ばれるほどの強者であることが判明し、作戦は難航した。
そしてある時、企業側の異世界部門の研究所が襲撃される事件が起きた。
ゲームの運営と『資源探鉱夫』であるプレイヤーを管理する第十二研究所で、警備員が全員殺害される事件が発生し、厳重な警備と監視体制の中で痕跡を残すことなく行った犯人は【幽霊】と呼ばれることになった。
単独犯か複数犯か。他国の産業スパイによる特殊工作部隊の線で捜査が行われる中、魔素兵器を開発する第四研究所の主要研究員の殺害と施設の破壊だけでなく、運用実験のため出向していた五十名の軍人までも行方不明となったことで、【幽霊】の目的が『異世界の情報』であると仮定した政府は、軍による研究所の警備を命じた。
だが【幽霊】はそれを嘲笑うかのように警備を突破し、数百名の軍人と第七研究所の主要研究員を殺害したが、その残されていたログから【幽霊】の正体が判明する。
異世界の【魔王】、通称『白兎』。
また未確定情報ではあるが、元、実験被験者である裏αテスターの一人である、特殊能力者【№13】と酷似しているとの噂がある少女だった。
実父不明、実母は日系人。先天性色素欠乏症の女児で、11歳と1ヶ月の時点に戸籍を抹消され実験被験者として異世界に投入された。
実験中の事故により精神が崩壊し、意識不明の植物状態となっていた【№13】は、何らかの手段により生き残り、企業側に復讐を企てていると思われる。
【№13】の能力は『他者に不幸を起こす』能力で『悪魔の子』と呼ばれていた。
だが、拷問に近い虐待による精神の負荷でも、求められていた『確率操作』の能力は発現せず、廃棄処分対象となっていたが、異世界の魔素と精神崩壊により未知の能力が発現したものと推測された。
その戦闘力は未知数で、第七研究所からは非常に高い危険性があると報告されていたが、以前、医療施設を襲撃した時の映像から解析された総合戦闘力は1万前後とされ、それ以降数ヶ月しか経過していないので、多くても1.5倍ほどと推測される。
だが、個人単体で大隊の戦車隊ほどの戦力は脅威であり、『確率操作』と『冷気』の特殊能力を持つことから対策が急がされた。
現状、呼称を【幽霊】から【白兎】に変更された彼女の目的は、第四・第七研究所の施設を破壊しながら第十二研究所を残したことから、『異世界』への接続施設ではなく『魔素』の搾取施設だと推測されている。
魔素の搾取と蓄積には大規模な設備が必要になり、三カ所しか存在していない。
現状、そのうちの二カ所、第四・第七研究所が設計者である研究員と設計資料と共に破壊されているので、再建するには残った一台を止めて調査する必要があった。
それでも調べて再設計、稼働実験にこぎ着けるには数年の時間が掛かるとされ、故に残った一台は死守しなくてはならず、その一台が存在する軍事基地では一個師団の兵力を揃えて【白兎】の襲撃に備えた。
「絶対に襲撃を許すなっ!! くそったれの白兎を、婆さんの財布みたいにズタボロにして、頭をねじ切ってオモチャにしてやれっ!」
ダンッ! と高価な机の天板に拳を叩きつけ、基地司令であるヘスター准将が獅子の如き叫びを上げた。
その立場以上に彼には【白兎】を許せない理由があった。ヘスターの甥はあの企業に出向していた部隊長であり、自分を尊敬して同じ道を歩んだ甥をヘスターはことのほか可愛がっていたのだ。
いずれ自分の後を継いでこの国を護る立派な軍人になる。それが第四研究所にて行方不明となり、まだ希望は捨てていないが、あの冷酷な【白兎】の手に掛かったとなればその生還は絶望的だろう。
ふぅっ、ふぅっ、と荒い息を吐き、ヘスターは丁度入室してきた若い秘書官をジロリと睨む。
「なんだっ」
「はっ! ……その、政府から要請で例の方々がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょうか?」
「……あれか」
その報告にヘスター准将の顔が露骨に渋くなる。
あの【白兎】は、医療施設壊滅の際に自分を『悪魔』だと名乗った。
どの関係者もそれを比喩的な表現で、復讐をする決意表明のようなものだと考えていた。だが、それを聞いた政府高官の一人が、それなら打ってつけの人物がいると親切で応援に寄越すと言ってきたのだ。
数分後、軍の輸送ヘリで送られてきた三人の男達がヘスターの事務室に訪れる。
「……君達か」
一人は、黒硝子の丸眼鏡に黒マントを纏った、背の高い痩せた三十路の男。
一人は、頬に奇妙なタトゥーを入れた、筋肉質なネイティブインディアンの老人。
一人は、白髪で温和な笑みを浮かべる、中肉中背の壮年神父。
彼らは政府関係の特殊な仕事をする、非公式組織の一員である現代の『魔法使い』達であった。
この地球でも千年ほど前までは『魔素』が存在しており、表舞台に現れることはなかったが、不可思議な現象を起こす『魔女』や『魔法使い』が存在していた。
だが、世界から魔素が失われたことで彼らは大幅に数を減らしたが、それでも一部の者が時の権力者と繋がることで生き残り、独自の技術を進化させてきた。
黒眼鏡の男、ヘルドゥ。彼は東欧の流れを汲む黒魔術師で、魔力の代わりに他の生物を生け贄として、その断末魔の生命力で『魔術』を行使する。
インディアンの老人、オーハン。彼は周囲と自分の生命力を使い『氣』として用いることで『呪術』を使う。
壮年の神父、エイデン。彼は自らの魂を研ぎ澄ますことにより魂から力を引き出すことに成功した『聖人』と言われ、悪魔払いを生業としていた。
「君達は“仕事”の内容を聞いているか?」
ヘスターの胡散臭いものを見るような目付きと言葉など気にもせず、ヘルドゥが陽気な声で話し出す。
「悪魔が出たんだって? そいつはいい。一度本物を見てみたかったんだ」
「……魔を滅するのが俺の仕事だ」
「ええ、そう聞いておりますよ。悪魔がいるとは素晴らしい。それこそ神が存在しうる証拠となりますから」
オーハンとエイデンがそれに続き、その言葉の内容に呆れつつも、その瞳の奥に得体の知れない“炎”を見たような気がしてヘスターはわずかに身を引いた。
「……君達は重要施設と司令室に通じる通路を守ってもらいたい。兵に案内させる。その近くの部屋を空けさせておくので好きに使いたまえ」
そういうヘスターにそれぞれが返事をして部屋から出ると、ヘスターは黒革の椅子に背を預けて深く息を吐く。
「不気味な奴らだ……」
これだけの兵力がいるのだから間違っても彼らの出番はないだろう。
だがそうなった時、彼らがどのような行動に出るか分からず、余計なことをしてくれた政府の高官に心の中で汚い言葉を浴びせることで溜飲を下げた。
情報戦略面からリアルタイムの戦場を彼らに見せることは出来ないが、後で余計な情報を編集した映像を見せて、政府高官共々納得して貰うしかない。
そして、その数日後、ある意味待ち焦がれていた報告が、室内に響く――
『白兎が現れましたっ!!』
ようやく来たか。そう思い、足早に司令室に向かうヘスター准将の握りしめた拳にも思わず力がこもる。
【白兎】の注意すべき能力は四つある。
一つ目は電子機器の『目』に映らないことだが、これは裸眼を使用する事と、もはや博物館級となったアナログフィルムを使う事で解消できる。
二つ目は人間の数倍の速さで動く身体能力だが、その為に兵士達には電子機器に頼らない射撃訓練と、動体視力向上の訓練をさせていた。
三つ目は極低温の冷気だが、兵士達には全員寒冷地仕様の兵装をさせているので、マイナス50度の中でも活動できる。
四つ目はもっとも厄介な『確率操作』だが、離れた敵を攻撃するのもその応用だと推測され、これは相手に攻撃の機会を与えず、確率を操作できないような数の弾幕で対処できるはずだ。
作戦司令室に到着し、急遽用意されたアナログ映像を映し出すモニターには、普段当たり前に存在する乾いた風の吹く黄色い大地が、すべて白い霧に覆われた様子が映し出されていた。
完全に視界を遮るほどではないが、それでも急激に下がる気温の中を悠然と白い少女――【白兎】が現れる。
襲撃者の正体がバレていると分かっての行動だと思うが、まさか、真正面から堂々と歩いてくるとは思ってもいなかった。
だがヘスターは、初めて見る【白兎】の姿に思わず目を剥いた。
驚くほど白い肌に真っ白な髪で、真っ赤な瞳の十代半ばの可愛らしい少女。
肩や二の腕が剥き出しのバニーガールのような衣装を纏い、布を束ねたような短いスカートと一緒に愛らしい兎の耳が跳ねるように揺れる。
兵士達の視線に気付いた【白兎】は、はにかむような笑顔を浮かべると、スカートの裾を指で摘まんだカーテシーを披露してくれた。
まるでアニメから抜け出たような緊張感の無さと可憐な姿に、部隊長が射撃命令さえ出さずに見蕩れていると、ハッと我に返ったヘスターの怒声が司令室に響く。
「何をしているっ、撃てっ!!」
一瞬の間を置いて、兵士達から放たれる数万発の弾丸が雨のように降り注ぐ。
学者研究者の報告では『確率操作』は単体に対して行われるもので、決して無敵の能力ではないらしい。この数万もの銃弾をすべて躱せるものなら躱してみろ、とモニターを見つめていると、【白兎】の姿が不意に消えた。
「……は?」
ヘスターから思わず間抜けな声が漏れ、その次の瞬間、悲鳴が聞こえて画面が慌ただしく揺れると、数百メートル離れた位置に居た迫撃砲部隊六十名が、寒冷地兵装のまま氷像と化して全滅したと報告が入る。
次々と聞こえてくる怒号と悲鳴、銃撃音と爆音。
「何が起きているっ!」
AIで管理された監視カメラと違い、今は兵士がビデオカメラで撮影しているために【白兎】の姿を追い切れないでいた。
とにかく現場の映像を見る為に壁のモニターに監視カメラのデジタル映像を映すと、戦車隊などの攻撃力の高い部隊を狙い撃つように、凍結されて無力化されていた。
だが、それよりも気になったのは統率が取れていない部隊があることだ。それを問い糾すと現場の下士官が困ったような顔で奇妙な報告をする。
『そ、それが……兵の一部が『ばにーちゃん』等と意味不明な単語を口走り、非常に混乱しているらしく……』
「馬鹿者がっ!!!」
兵の中に【白兎】を見て、混乱したり興奮したりで使い物にならない者がいる。
確かにあの容姿を見て即座に銃を撃つのは若い兵士には難しいかもしれないが、それでも訓練した兵士を使い物に出来なくするとは、これが異世界で『魔王』と呼ばれる者の力なのかとヘスターは肝が冷える思いがした。
「撮影班をヘリに乗せろっ!」
まずは【白兎】の位置を確認しなければ状況が把握できない。電子標準が使えないため待機状態だった対戦車ヘリが複数機空へと羽ばたき、上空からの俯瞰した映像で戦場を見ると、完全に凍りついて機能を停止したパワードアーマー部隊が樹氷のように立ち並ぶ白い荒野で、ヘリに気付いた【白兎】が静かに手の平を向けて“何か”を潰すように握りしめた。
「ひっ」
【白兎】と目が合ったような気がして思わず仰け反ると、ヘスターは何事もなかったが、周囲のデジタル映像で監視していた士官達が全身から血を吹きだして崩れ落ち、モニターを映していたヘリがことごとく墜落して画面がブラックアウトしていった。
***
大型兵器や魔素兵器を装備してた部隊を全滅させると、私は周囲に広げていた霧の冷気を、魔力を込めて吹雪に変化させる。
面倒なほどに冷気対策をしているみたいで死んではいないけど、残りはほぼ歩兵ばかりなのでしばらく動けはしないと思う。
やっぱり正面から戦うと魔力の消費が激しい。壊すついでに第七研究所の魔素タンクから補充はしたけど、魔力が2万近く減っちゃった。
でもこれならまだイグドラシアの国家を相手にするほうが手強かった。
一般兵士に情報を開示していないのか、数がまだ揃っていないのか、魔素兵器を持つ部隊はあまり多くなかった。
「さて」
極寒の吹雪を持続状態にすると、兵士の端末から情報を抜き取り、目的のものがある施設に向かう。
半分凍りつきながらもまだ銃を向けようとする頑張り屋さんを、片刃の直刀で首を刎ねて寝かしつけ、ぶ厚い鉄板入りの扉を肘打ちでぶち抜いた。
通路を奥に進みながら単発的に現れる魔素兵器を持った歩兵達を薙ぎ払い、さらに奥へ進んだ広い通路に出ると、その真っ直ぐな通路に立ち塞がるように黒眼鏡を掛けた奇妙な男が待ち構えていた。
「へぇ、あんたが悪魔か?」
混乱する軍人達……
簡単に蹂躙しているようにも見えますが、全員が魔素兵器で武装していればシェディでも勝てません。慎重に行動していたのは魔素兵器が配備されるのが嫌だったからです。
第四章も残り数話となりました。
次回、現代の魔法遣い達の実力とは。




