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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第四章【乱戦】

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74/110

74 世界の変化

イグドラシア方面のお話。




 イグドラシア・ワールドMMORPGの正式版が解禁され数ヶ月が過ぎ、発売と同時に始まった魔王・白兎の襲撃によって、新規のプレイヤー達はゲームの舞台が魔王の脅威に曝されていると認識していたが、最近始まった特殊イベントと思われる『邪妖精の襲撃』で、比較的平和だった中央大陸でさえ安寧の地ではないと理解した古参のプレイヤー――元βプレイヤー達は、今日もVRチャット掲示板にて最新の情報収集に勤しんでいた。


『あのイベント、何なんだよ。外で安全な狩りも出来ないぜ』

『まあ、安全な狩りってのも変な話だけど、ランクの高い奴はともかく、新規のプレイヤーはビクビクだろうな』

『邪妖精だっけ? あれキモいよね。でもあれって魔王バニーちゃん様の手下じゃないんでしょ?』

『う~ん……明言はされてないけど、運営側は魔王のせいにしたい感じはしたな』

『でもさぁ、あれだろ? 運営の方針がブレブレって言うか、細々と出てくる情報が辻褄合わなくなってない?』

『あの企業もデカいから、運営まで情報来ないで、どこかの部署が勝手なイベントを始めた感じ?』

『俺的には、あの邪妖精は倒すと魔力値の上限が結構増えるから助かってるけど』

『そう考えると、ガチ勢には良いイベントかもなぁ』

『え~……私、エンジョイ勢だから、のんびりポーション屋やりたいんだけどぉ』


『一応、未確認情報だけど、バニーちゃん様とは関係ないっぽい』

『何か分かったの?』

『亜人の一部が人族の敵に回ったじゃん? あいつらバニーちゃん様の信奉者って名乗ってたんだよ』

『そうなんだ? あれも困るよねぇ。冒険者ギルドで亜人のテロリストから街を護る依頼が結構あるんだけど、あの人達、奴隷解放してんでしょ? 戦うのに気が引けるっつうか、やりにくい』

『それもだけど、あの亜人達、街が邪妖精に襲われていたら偶に助けてくれるんだよ。つまり、バニーちゃん側の勢力は邪妖精とは関係ないってこと』

『えっと……魔王バニーちゃん様は悪い人じゃない?』

『いや、単純に敵対しているだけでしょ。この前も小国二つの若木が破壊されたばっかりだし、基本的に人族の敵』

『うん。“人族”のね。……ところで変な情報あるんだけど』

『なになに?』

『とある会員制のサイトでバニーちゃん様の目的が、魔素は無限じゃないから、人族が魔素を奪っている若木を解放して、世界を救うことだって』

『なんだそれっ!? どこの二次創作だよ』

『いや、そうなんだけどさ。そう考えると、バニーちゃん様の行動も亜人達の行動も、妙に辻褄が合うんだよねぇ』

『またそんな、どんな斜め上展開のシナリオだよ……』

『まぁ、公式じゃない未確認情報の与太話だから』

『でも面白いね。そう考えると、心置きなくバニーちゃん様を信奉出来る』

『そうなると……私達の“敵”って誰になるの?』


   ***


 ゲーム運営より【ランク6】が開放され、この世界では『達人』級であるランク5を超えるには人の限界を超えなくてはいけなくなり、かなり凶悪なクエストが用意されていたが、それでも少数のプレイヤーがランク6となっていた。


【アイザック】【種族:人族♂】【プレイヤー】

【魔力値(MP):200/200】【体力値(HP):320/320】

【筋力:25】【耐久:22】【敏捷:25】【器用:10】

【剣術5.5】【防御3】【強化魔法4】【回復魔法3】【身体強化】

【総合戦闘力:2290】


「もう降参しろっ! 悪いようにはしないっ」

 東部大陸南方にある61番目の人族国家、小国アールインに近い荒れ地にてアイザックのクランと獣人のレジスタンス達の戦闘が行われていた。


 プレイヤーとして白兎の魔王シェディと関わりのあったアイザックとしては、亜人達が仲間である奴隷を解放する行為は人として考えさせられるものがあったが、それでもその亜人達が【若木】を破壊する行動を取るのは看過出来なかった。

 アールインの騎士隊がその拠点の一つを襲撃する計画をしていると、冒険者ギルドの噂で聞いたアイザックは、ギルドが出していた匿名の調査依頼を怪しいと踏んで、若木の破壊を止めさせるためにクランを率いて現地へと向かった。

 速度と戦闘力優先で、戦士のアイザック、斥候のウィード、魔術師のサンドリア、盾役のガイ、回復役のミーアの五名のみの編成だったが、このメンバーだけで一国の騎士数十名分に相当する。

 全員が戦闘力1500近いランク5で、限界を突破してランク6になったアイザックの総合戦闘力は2300近くもあった。


 発見したその拠点には40名近い亜人が集まっていたが、投降を呼びかけるアイザック達に対してレジスタンスのリーダーである猫獣人の女性はそれを拒否。なし崩し的に戦闘になったが、わずか五人しかいないアイザック達は40名ものレジスタンス達と互角以上の戦闘を繰り広げた。

 プレイヤーキャラクターは疲労することもなくステータス的な弱点がない。それが分かっているアイザックが投降を呼びかけると、リーダーである美しい猫獣人の女性が刀にも似た曲刀を二本携え、静かにアイザックと対峙する。


「私の名はセルリール。戦士よ、お前の名前は?」

「アイザックだ。君は何故、世界樹の若木を破壊しようとする? シェディが…魔王がそう命じたのか?」

 シェディと交流したことでアイザック達は、NPCをただのAIとは思えないようになっていた。本物の人のように考え行動する彼らを、シナリオだからと力でねじ伏せるような真似は躊躇われた。

「確かに我らはあの方を信奉している。でもそれはあの方が魔王だからではない」

「では何故……」

 アイザックの問いにセルリールの顔が苦渋に歪む。

「それは……我らの祖先の“甘さ”を正すため、あの方だけが正しいことをなさっているからだ」

「……甘さ? 正しい事って…」

「それ以上は祖先を貶めることになる。そして人族であるお前には関係のないことだ。我らを止めたいのなら、お前の力を見せろ」

「……みんなは手を出さないでくれ」

 アイザックはやるせない気持ちで剣を構える。


【セルリール】【種族:獣人族♀(猫種)】【剣士】

【魔力値(MP):150/150】【体力値(HP):250/250】

【総合戦闘力:960】


 アイザックは【鑑定】を行いセルリールをランク5相当の剣士だと判断した。まだ完璧ではないがランク6相当の自分とは倍以上戦闘力が違う。

 彼女の言っている意味は理解できなかったが、この場のリーダーであるセルリールが負ければ諦めてくれるだろう。

 リーダー二人の一騎打ちに全員が戦闘を止め、食い入るように見つめる。

 常識で考えれば、セルリールの戦闘力ではアイザックどころか斥候のウィードにも敵わないだろう。だが、戦いが始まってみれば力と速度で勝り、岩をも切り裂くようなアイザックの剣は一度もセルリールに届くことはなかった。


「……な、何故……僕はランク6に…」

 唖然として呟くアイザックにセルリールは憐れむような瞳を向ける。

「ランク6? 誰かにそう認められたのか? 悔しいことだが、今の世でランク6もの剣技を持つのは【剣聖】ただ一人。表向きは痴れ者にしか見えないが、あれの中身は人の域を超えた人外よ」

「……人外……」


 クエストを突破してランク6の称号を得たが、アイザックはまだ【剣技6】に達していない。

 義体アバターは剣技なども自動でインストールされるが、そのランク6相当の剣技は地球に存在せず、イグドラシアでもその使い手は剣聖カリメーロのみであるため、その剣技は彼を基としていたが、それをプログラムで完璧に再現するにはいまだ至っていなかった。

 再現するにはあらゆる敵に対して数百万というパターンを検証する必要があり、ただ一人の担い手のみでは圧倒的にデータが足りなかったのだ。

 それは、もう滅亡したハイエルフが使い手であったランク7以上の魔術も同様で、運営がランク6の開放を引き延ばしていたのはそんな理由があった。

 そしてランク5以下の剣技や魔術にしてもただ使えるだけで、魔物ならいざ知らず、同等の剣技を持つ相手と戦うには、ステータスが上回っていたとしても駆け引きなどの経験……そして彼らには物語に感動し悲しみ憤る心はあっても、そこに“覚悟”を持っていなかった。


 突きつけられる事実に唖然とするアイザックを見てセルリールが剣を収める。

「アイザック。お前の力は充分に強い。だが今のお前には負ける気がしない。ここはお前に免じて我らは一度退こう。お前の仲間達も我らを殺そうとしなかったし、お前は我らを……“人”として接してくれた」

「ま、待ってくれっ」

 背を向けて立ち去ろうとするセルリールをアイザックが思わず呼び止める。

「何が……正しいんだ?」

「……一つだけ教えよう。世界樹から得られる魔力は、この世界の生命そのものだ。それを無制限に使えばどうなると思う?」

「…………」


 セルリールと亜人達はそれ以上何も言わずに去って行った。

 サンドリアやウィードもアイザックに何と声を掛ければいいのか分からずにいると、アイザックが小さく声を漏らす。

「ここは……この世界は本当に“ゲーム”なのか?」


   ***


「……あなた、本当にいい度胸しているわね」


 イグドラシアにおける魔術の総本山、魔都カランサンク。

 その真理の塔の中にある【聖女】と名高い魔術の勇者マーリーンの研究室にて、主である彼女はとある訪問者を迎えていた。

 マンティコアの獣皮で作られたソファーでしなやかな脚を組むマーリーンの対面に座る二人の男性。一人は何度か顔もあわせたこともある【神殿】からの使者メイソン。そしてもう一人の全身真っ黒なローブ姿で顔さえフードに隠したその男は、メイソンさえ息を飲むような濃密な勇者の圧を受けて尚、気取った仕草で肩を竦めてみせた。

「いえいえ、私などここに居るだけでも肝を冷やしておりますよ。今回の情報も、あなたのご尊顔を拝見させていただく、単なる手土産だとお思いください」

「……まぁ、面白い情報だったわ」


 中央大陸より北西にある小大陸、そこにあるまだ若い二つの小国が【若木】を破壊された。

 大多数の者達は魔王・白兎による襲撃と考えていたが、実際にはエルフ、ドワーフ、獣人からなる亜人レジスタンス達によって行われ、その移動には水生亜人である人魚達も協力しているという。

 だが、襲撃を受けたどちらの小国も数万程度の人口しかいないとはいえ、魔王の協力もなくたかが千人程度の亜人達で落とせるものだろうか?

 だがこの目の前にいる男のもたらした情報では、あの【剛剣の勇者】ゴールドが亜人の先頭に立ち、自ら城門を破って若木を破壊してみせたらしい。

 最初はマーリーンも信じられなかったが、男は証拠となる映像を収める最新式の魔道具を見せ、納得せざるを得なかった。

 民が傷つくことをあれほど嫌っていたゴールドが、どうして民に剣を向けるのか?

 実際には亜人奴隷の解放と若木の破壊のみで、その犠牲者は驚くほど少なかったというが、今までその重大情報が来ていないことを考えると、若木を失い極寒の地になった北方の地ではほとんどの者は避難すらままならないのだろう。

 そんなマーリーンが聞いただけで想像できることを、ゴールドが気付かないわけがない。おそらくは大勢の犠牲を出しても成し遂げないとならない何かがあったのだろうと、マーリーンは無骨な男の顔を思い浮かべそう考えた。


 時間があればいずれ得られる類の情報だが、勇者の一人が魔王側に寝返ったとなれば勢力図は激変する。

 今までは単独で動く魔王一人を警戒し、亜人達は厄介だがそれほどの脅威とは言えなかったが、魔王の他にも若木を破壊できる存在がいるのなら、現在の数倍の警戒が必要になるだろう。

 この西側の大陸には准魔王級であるオークキングもいる。それらが一斉に動き出せばマーリーンの手にも余るので、早い情報は金貨数万枚の価値がある。


「それで、何が欲しいのかしら? 魔素の吸収魔法陣はまだよ」

「ありがたいお話ですが、魔素の携帯術式と感知術式だけでも充分に役に立っております」

「いいわ。報酬も貰っているし」

 神殿より依頼されていた術式の開発で二つを渡したことで、マーリーンは新型の連発式魔銃を五十丁、3万発の弾薬込みで受け取っている。

「だったら……魔王の首かしら?」

「ふふ……あのウサギちゃんは出来れば私の手で殺したいのですがね。あなたにお願いしたいのは、妖精王を呼び出す召喚陣の開発です」

「……妖精王」


 この世界のお伽話でも語られている。この物質界とは違う【妖精界】に妖精王と妖精女王が住んでいると。

 この男はそんなことを本気で信じているのか? だが、目の前にいるこの男はそれを信じて世界中で『邪妖精』の召喚を行い、世界に混乱を招いている。

 当然、マーリーンにもその首謀者を討伐する依頼が出されていた。だがこの男はそれを知ってものこのこと自分の前に姿を現し、あまつさえ交渉さえしてきた。

 だがマーリーンはそれを面白いと思った。


「報酬は?」

「神殿の全面的な協力。人的資源の提供。他の勇者達の情報。貴国や他国の王族や貴族達の弱みなどではいかがでしょう?」

 男の言葉にマーリーンはゆっくりと頷く。

 もし妖精王かそれに準じる存在がいたとして、この男がそれに何を願うのか、少しだけその結果が知りたいと思った。

「いいわ。それじゃ最後に『共犯者』に顔くらい見せてくれる? ねぇ、邪妖精事件の首謀者――ブライアンさん」


 そんなマーリーンの言葉に男が静かにフードを脱ぐと、そこにはVRで調整もされていない、機械式の黒い義眼のままで歪に嗤う狂った男の顔があった。




色々変わってきています。

ブライアンは……何をさせても違和感ないので楽ですね(笑)


次回、悪魔の脅威に襲われる軍事基地の恐怖。その対応策とは。


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― 新着の感想 ―
三つ巴どころか四つ巴か? シェディ、人族、亜人+勇者、ブライアン(笑)。 何か聖女も別勢力っぽいし、これに妖精も加わりそうだけど。
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