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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第一章【奮闘】

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7/110

07 とあるβテスタープレイヤーの話




「HAHAHAッ! ここなら狩り放題だぜっ」


 ゲーム序盤の雑魚敵の中でも火を吹くことで危険度は高いが、その代わり外皮が柔くて比較的楽に倒せる【黒色芋虫(ブラツクキヤタピラー)】を斬り倒しながら、その若い男は森の中で嗤い声を上げた。

 彼の名前は、ジョン・ヤマダ。MMOで使うに相応しい偽名っぽい名前だが、残念ながら“本名”である。

 日系北米人の大学生だった彼は、イグドラシア・ワールドMMORPGのβテスターの権利を得ながらも、レポートの再提出で丸一日ほどログインが遅れてしまった。

 あまりに慌ててログインしたせいで、姿も名前もそのまま登録してしまったが、ネット等の有名動画投稿者も、そのままの姿と名前で普通に配信しているので、ヤマダは特に気にもせず、その遅れを取り戻す為に獲物を求めて、ゲーム掲示板で効率が良いと聞いた【黒色芋虫】を求めてこの森までやってきたのだ。



 このイグドラシア・ワールドMMORPGでは、現実と時間の流れはほぼ同じだ。

 それだとリアル状況によっては、いつログインしても夜だとか、そんな状況にもなりかねないが、イグドラシア・ワールドは地球と同じ広さがあり、当然時差もあるので、プレイヤー達は好みの時間帯がある地域を選んで、最初の場所と決めている。

 ヤマダが初期国に選んだのは、リアルと同じ時間帯である中央大陸西側にある大国、セーズ王国だった。

 ヤマダが最初にログインして驚いたのは、まず世界の精密さだった。

 それはアバターシステムの【義体】で、初めて他国の観光地に旅行したような臨場感を思い出し、本当にこの世界が存在するのではないかと疑ったほどだ。

 まず街の中がおかしい。セーズ王国の首都にある【神殿】でログインしたのだが、最初のチュートリアルで冒険者ギルドの登録を行いに街に出たヤマダは、街に溢れる人の数に驚いた。

 通常オープンワールド系は、処理能力軽減の為に大都市と言われても実際は数百人程度しか存在していないが、そこの大通りだけでもそれ以上は居ただろう。

 有名になったMMORPGのように、数千人が同じ都市にログインしているのかと思ったが、この地に本当に生活しているようなその雰囲気は、すべてがNPC――AIで制御された『ノンプレイヤーキャラクター』だと思い知らされた。

 そもそも世界中からログインする1万人のβテスターが、たった一つの国に集中するわけもなく、どれだけ高度なAIがNPC達を動かしているのか、ジロジロと露天商のNPCをヤマダが見つめていると、露骨に顔を顰められた。

 肌に触れる風や踏みしめる石畳の感触もリアルそのもので、大通りの屋台で売られている串焼きのタレが焼ける匂いに思わず唾を呑む。

 嗅覚は再現されているが、味覚に関しては飲み物しか再現されていない。

 食事に関しては、この身体は食事をする必要も無く、ログアウトしてリアルで食事をする必要がある。

 ゲーム的には【神殿】で配布される、バフ効果のある栄養補助食品のような甘いブロックがあるのだが、ヤマダは味を感じなくても、一度だけでも屋台の物を食べてみようと、まずはお金を稼ぐ為に冒険者ギルドへ向かった。


 ヤマダがお金を稼ごうと思ったのは屋台の件だけではない。

 リアル志向のMMORPGらしく、多くのMMORPGのようにアイテムを仕舞えるインベントリーBOXが存在せず、すべて荷物として持たないといけない。

 情報によれば一部クエストアイテムだけキャラクター内に収納できるそうだが、それ以外の荷物が多くなれば、【神殿】の賃貸収納か、どこかに拠点を構える必要があった。

 それより何よりヤマダが気になったのは、『奴隷』の存在だった。

 ヤマダは最初、選べる種族が【人族】しかないと落胆したが、イグドラシア・ワールドでは、【亜人種】はすべて奴隷らしく、拠点と一定以上の所持金があれば、街にある奴隷商から購入、または森に住む亜人を捕らえて奴隷にする事が可能で、家事・戦闘・荷運びなど、様々(・・)な用途に使用できるらしい。

 奴隷と聞いて少し嫌な気分になったが、住民の誰もが当たり前のように働かせ、街の中だからか清潔な格好をしていることから、ヤマダはあまり気にしないことにした。

 それでもヤマダは裏路地で見かけた、下働きをする、可愛らしくリアルなエルフや獣人の少女奴隷にあまり笑顔がないのを見て、絶対に大きな拠点を構えて亜人ハーレムを作り、自分が幸せにしてやると下心に誓った。


 このゲームの成長システムは変わっている。

 一般RPGにあるような『レベルシステム』が存在しない。『職業』の概念もなくプレイヤーは全員が『冒険者』であり、好きな『技能(スキル)』を(最大10)成長させて、自分だけのプレイスタイルを決める。


【ジョン・ヤマダ】【種族:人族♂】【冒険者】

【魔力値(MP):40/40】【体力値(HP):60/60】

【筋力:10】【耐久:10】【敏捷:10】【器用:10】

【剣術1】【防御1】【攻撃魔法1】【回復魔法1】【身体強化】

【総合戦闘力:40】

【魔法】:火炎・回復


 持っている技能も魔法も初期から所有している物だけで、武器防具も初期装備である【鉄の片手剣】【ソフトレザーアーマー】【旅人の服一式】【冒険者のカバン】のみ。

 死んだら【魔力値】の半分とステータスの10%がデスペナルティで下がり、荷物もその場に置いていくことになるが、初期装備と一部クエスト報酬アイテムは死んでも消えないそうなので、まだ初期のヤマダは特に緊張感も無く街の外に飛び出した。


 戦闘と経験値取得の方法も若干変わっている。

 普段の身体は一般生活をする為に、戦闘以外は普通の人間とあまり変わらない。

 【物理戦闘スキル】は【身体強化】で魔力を消費することで反映され、戦闘スキル1レベルごとに、魔力(MP)を1分に1消費する。

 そうなるとヤマダは最大40分しか戦えない事になるが、魔力は1時間に10%回復し、魔物を倒すことで『経験値』として【魔力値】と【体力値】の最大値を上昇させ、同時に倒した敵から魔力の一部を吸収して回復することが出来た。


 そうして初めて町の外に狩りに出たほぼ初期値のヤマダでも、オオカミは動きが速く最初は手間取ったが、武器があれば街道沿いの森に出るような野生動物なら倒せるようだ。だが、そのような序盤の雑魚敵では、経験値的にも金銭的にも稼ぎはあまり良くはない。

 しかも初めて倒した狼はかなりリアルなスプラッターな状態で、自動でモザイク処理がされなかったら、気分が悪くなっていただろう。

 ウサギを数羽ほど冒険者ギルドに持ち込んで換金してもらったが、毛皮が傷つき、血抜きをしていないと文句を言われ、一羽あたり銅貨5枚(約5ドル程度)で買い叩かれたヤマダは、屋台で買った紙粘土のような味のする串焼きを吐き出しながら、リアル志向も程々にしろよと心の中で毒づいた。


 一度ログアウトしたヤマダは、VRチャット掲示板で情報を集め、セーズ王国の首都から離れて辺境に向かうことを決めた。

 だが、地球と同じ広さを持つオープンワールド。初期国として選んだセーズ王国も、広さなら西欧の大国ほどもあるので、徒歩では何日掛かるか分からない。

 そこでヤマダは、残った金を使ってチケットを買い、このゲームの売りの一つでもある移動手段の一つ、魔導列車に乗り込んだ。

 乗車時間は暇になりそうなものだが、個室を利用すればログアウトや、キャラクターを維持したまま専用掲示板を利用できるので、それほど退屈はしない。

 もしログアウトしたままで駅に着いてしまっても、リアル端末に通知が入り、それでもログインできないのなら、最寄りの【神殿】内でログインできた。

 それに石炭と水の代わりに、魔力を潤沢に使用する汽車のような魔導列車はかなり速く、ヤマダは数時間後、セーズ王国の辺境にある田舎町に到着した。

 その田舎町で、ようやく味がするミックスジュースを飲みながら、住民に魔物が居る場所を尋ねてみると、町の近くでは狼やウサギ程度しか出ないが、森の奥へ1時間ほど進むと、掲示板で聞いた【黒色芋虫(ブラツクキヤタピラー)】がいると教えられた。

 ちなみに最初、猫耳亜人奴隷に声をかけたのだが、異様に怯えられたのでヤマダは軽く凹んだ。


 格好つけの為に町の古着屋で買った安物の外套を羽織り、疲れも感じないVRアバターの身体でヤマダは無警戒に森の奥へ入っていく。

 ゲームは死んで覚えるタイプの立派な脳筋ゲーマーだったヤマダは、帰り道も気にせず勢いだけで森に突入し、その森の奥で、ようやく【黒色芋虫】を見つけ、喜び勇んで狩りだした。


【ジョン・ヤマダ】【種族:人族♂】【冒険者】

【魔力値(MP):33/52】【体力値(HP):74/84】

【筋力:13】【耐久:10】【敏捷:11】【器用:10】

【剣術2】【防御1】【攻撃魔法1】【回復魔法1】【身体強化】

【総合戦闘力:93】53Up

【魔法】:火炎・回復


 火を吐く【黒色芋虫】はかなり強くて二~三回死に掛けたが、その経験値は大きく、わずか2時間ほど狩っただけで、かなりの総合戦闘力が上昇した。一番大きかったのは【剣術】が2になったことで、それだけで総合戦闘力がほぼ倍に増えた。

 掲示板によると1から2にするのは難しくないが、2から3にするのはかなり大変らしい。それでも戦闘力が最初の倍になれば、炎の攻撃をされる前に倒しきることも容易になるだろう。本当に上がりにくいのならさらに奥へ行って、もっと強い魔物を捜せばいい。そんな考えに至ったヤマダは回復もそこそこに次の獲物を探す。

 特典アイテムの【鑑定水晶】を使えば、もしその直線上に魔物が居た場合は表示されるので、容易く獲物を発見出来る。掲示板の情報でそれを知ったヤマダは鑑定を使いまくり、この2時間の狩りで限度回数99回を全て使い切ってしまっていた。


 人族の街では、住民が使う【鑑定水晶】は確かに売っている。

 だが、特典アイテムの真円に加工された水晶とは違い粗い原石で、使用限度が10回にも拘わらずその金額は銀貨三枚(価値的に約300米ドル相当)もした。

 本来、【簡易鑑定】を覚える為には、一定以上の魔力を保有する対象を【鑑定水晶】で80回程度鑑定する必要がある。

 それがいい加減な情報が出回ったせいで、多数のプレイヤーが特典アイテムで鑑定を覚えることが出来ず、自分のステータスだけは【神殿】に戻れば確認できるが、まともに鑑定できるようになるまで不便を強いられた。


「オ~?」

 鑑定を使えず目で獲物を探していたヤマダは、森の奥から何か『白い靄』が近づいてくるのに気付いた。

 最初は湯気か何かに見えたが、それに気づいたのはその中にキラリと反射する物があり、それが【鑑定水晶】だと気付いてヤマダは歪な笑みを浮かべる。

(ファッキン魔物がっ! 初心者ユーザーから奪いやがったなっ!)

 その白い靄の魔物は攻撃的なアクティブモンスターではなかったが、フラフラと近づいてくるその魔物に、ヤマダは剣を抜いて斬りかかった。


「イェエハァアッ! その【鑑定水晶】を置いて、俺の経験値になりやがれっ!!」


 スカッ!

「シットッ!」

 振り下ろした剣が白い魔物をすり抜けた。普通ならそこで物理攻撃が効かないのなら魔法に切り替えると思うが、ただ回避スキルが高いのではないか、とゲーム脳で思い込み、脳筋の本能に従い剣を振るい続けた。

 そして、何故か唖然としたような雰囲気で動かなかった白い魔物が、突然怒り出したようにヤマダを包み込み、それでも奇声を上げながら暴れ続けるヤマダを、数分かけて生命力と魔力を完全に吸い取った。

 ヤマダの身体は光の粒子となって消滅し、数秒後、リスポーン地点を設定していなかったヤマダは、セーズ王国首都にある【神殿】で復活する。


「HEHEHE、死んじゃったヨ~っ」


 そうしてヤマダは初めての敗北をし、またヘラヘラ笑いながら、デスペナルティーで失ったステータスと魔力値を取り戻す為に、街の外へ戦いに繰り出した。


   ***


 ………………(怒)

 あいつ……やっぱりβテスターだったのね。もしかしたら私がプレイヤーだと気付いてくれるかもって、【鑑定水晶】を見せて近づいたのに、まさか強盗しようとするとは思わなかった。

 でもまぁ強さは私と同程度だったけど、頭の中身も黒イモムシと同じくらいで助かった。あれが脳筋か……。

 プレイヤーは死亡すると消えて、装備アイテムをドロップするらしいけど、古くさい外套と幾つかのコイン、そして肉を刺して焼いたような串だけが残っていた。

 ……なんで串?


【―NO NAME―】【種族:ガスト】【低級悪魔(ローデーモン)(下)】

・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。脆弱な精神生命体。

【魔力値:123/130】22Up

【総合戦闘力:135/143】24Up

固有能力(ユニークスキル):再判定】【簡易鑑定】


 あ、そうそう。いつの間にか【鑑定】が出来るようになってたよ。

 ようやく徐々に使用回数が減っていく煩わしさから解放されたけど、デメリットもあった。自分を鑑定するのは問題ないけど、他の物を鑑定すると魔力を1消費する。

 しかも性能上がってないし……。相変わらず【魔力値】と【総合戦闘力】と私が認識した名前しか表示されない。……なんか面倒になってない?


 それにしても、プレイヤー一人で随分と増えたね。

 もしかしたら……魔物が強くなるには、人間を襲うと楽だったりする?




次回、人里を発見した白い少女はそこで何を見るのか


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なんかГヒャッハー」とでも叫びながら襲いかかってきそうなヤマダくん。
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