69 幽霊
今回は某国風ホラー仕立て
「電力12%まで低下っ、復旧の目処が立ちません」
「監視ドローンの稼働率34%まで低下。副所長。このままではステルス状態を維持できません。このままでは研究所内の設備にも影響が出ると思われます」
続々と上がってくる職員達からの報告に、第四研究所副所長ジェイスは顔を歪ませながら吐き捨てるように指示を出す。
「実験棟の設備は継続実験中の物以外一旦停止です。施設内の環境維持システムを40%まで落として、その分を警備システムに回しなさい。ドローンは通常ドローンのみを残して、ステルスタイプはその場で停止させて固定カメラとして使うように。……この程度は言われなくても出来るでしょう?」
「は、はい…」
(ちっ、無能共が)
指示を受けて慌ただしく動き出す職員達を見てジェイスは内心で舌打ちを漏らす。
だが、職員達も無能と言う事はない。一流企業に雇われるだけの実力はあり、彼らは彼らなりに打開策の一つや二つ思いついている。
ジェイスはいわゆる天才肌の人間で、自分の考えには絶大の自信を持っており、完璧な自分の考えとは違う行動を決して認めず、常に嫌味や圧力を掛けてくるため、職員達は自分の考えを言えずに萎縮していた。
「あの女に動きは?」
「は、はい、ドライブインの駐車場に停めたまま動きはありません。……警備を向かわせますか?」
「まだ必要ありません。あの女がどこかと接続するようなら追跡しなさい」
数日前、第十二研究所で警備員が全員殺害される事件が起きていた。
銃器などを使わず刀剣類のみで殺害されると言う、ステルス迷彩ですら感知する監視システムを掻い潜って行われた犯行は、某国他社の特殊部隊による産業スパイかと思われたが、あまりにも痕跡が皆無のために内部による犯行も視野に入れ、戒厳令が発せられていた。
その犯人は、何の痕跡も残していないことから【幽霊】と呼ばれることになり、その調査のために通常なら関係者全員を呼び出して事情聴取を行うところだが、事件の発見者は掃除夫だったことから、遺体処理の後は何も気付かなかった職員には通常業務を継続させ、休暇中の者を含めた全職員を監視することになった。
企業内で表向きはマーケティング調査を行う調査部門から、休暇中の第十二研究所女性職員がこの第四研究所へ向かっているという報告が届いた。
ジェニファー・カーライド(26)。彼女は電子部門の専門家と言うことでスカウトされ、元々ゲームのクラッカーだったことから、第十二研究所所属のイグドラシア・ワールドMMORPG運営に回された。
運営職員には常時電子ネットワーク上の監視がついており、家庭環境や私生活にも不審な点はないと報告されている。
だが、普段休暇中はゲーム三昧とされている彼女が、事件があったこの時期にどうして何もないこの地域に赴いたのか?
運営職員は一部の私生活まで管理されている職員を除いて、あのゲームの舞台が現実の“異世界”であることを知らされていない。
だが、彼女はまだ若いが、学生の頃から有名なクラッカーだった。
ならば何かの拍子に好奇心で職員の情報を調べ、あの世界が現実であることを知ってしまったのではないだろうか?
猜疑心の強いジェイスが調べてみると、ジェニファーがゲームのファンサイトに出入りしていることに気付いたが、そこのメンバーには某国の王族や高名な医師や著名人などが居り、ジェイスでも無理に侵入することは危険だった。
証拠はないがジェイスのジェニファーに対する疑惑は深まった。
おそらく彼女はこの殺害事件に何か関わっている可能性がある。ジェイスはこの考察を調査部門には流さず、自分の手で監視することにした。
そして彼女は現れ、それと同時に第四研究所内の電力が低下した。
やはり彼女が【幽霊】に関わっている。でも休暇を取ってから彼女はどこのサイトにもアクセスして居らず、ハイウェイの監視カメラにも一人で運転する様子しか映っておらず、多少食事の量が多いこと以外怪しい部分は見つからなかった。
『……あれ…これ…』
『こっちも……おかしいぞ』
『……どこにいったの…』
「不明瞭な私語は慎みなさいっ! 何がありましたっ?」
全体を指揮する為にモニター室に移ったジェイスは、職員達の囁くような声に苛立ったように声を上げた。
「そ、それが……」
「第五区画の職員の姿……見えません」
「第三区画もですっ!」
「なんだとっ!?」
予想外の報告にジェイスが身を乗り出した。
「何があった!? 第六区画の者に確認をさせなさいっ!」
「副所長っ! 第六区画と連絡がつきませんっ!」
「どきなさいっ!」
ジェイスが職員を押しのけるようにモニターを覗き込むと、電力を警備システムに回したために暗くなった室内は、まるで休日か深夜のように人の姿が消えていた。
「……警備を向かわせなさい。それと【義体】ドローンもだっ!」
「は、はいっ」
職員が端末を操作して数体のドローンを人が消えたエリアに向かわせる。
ドローン達から見る映像がモニターに映るが、デジタル処理されて明るく見えるはずの映像は何故か明るくならない。
「どういうことですかっ」
「わ、わかりませんっ」
そんなやり取りの最中も義体ドローンのカメラは誰も居ない室内を次々と映し出す。その中の一体のドローンが、最新型の魔銃実験をしていた区画の廃品コンテナにわずかな熱量を発見してそちらに向かうと……
「……うっ」
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
若い男性職員が青い顔で口を押さえ、女性職員が悲鳴を上げる。
モニターに映るそのコンテナの中に、折り重なるようにして首を切り裂かれた大量の死体が詰め込まれていた。
ブツンッ、と途切れるようにモニターの映像が消える。
今の光景が偶然紛れ込んだホラームービーだったかのように放心して静まりかえる室内に、誰かの呟きが零れた。
『……【幽霊】……』
その可能性に職員達の顔が青くなる。
一夜にして痕跡も残さず警備員全員を殺害した殺人鬼がここにいる。
「………裏βテスターを呼び戻せ……」
「……え?」
「イグドラシアにいる裏βテスターどもを呼び戻しなさいっ!」
ジェイスの叫びに職員達が驚愕し、年嵩の職員が慌てたように声を掛ける。
「副所長っ! 出向してきている軍人達に対処させるおつもりですかっ!? 契約違反で軍との関係が…」
「そんなことを言っていられる状況ですかっ!」
「でっ、で、ですがっ、ここには彼らが使えるような兵装は多くありませんっ。実験中の魔素兵器にしても数も無く、魔素の使用には所長の承諾が…」
「あんな政府の天下りに何が出来ますかっ! 魔素兵器は使用しませんっ!」
「では……」
何かに気づいて顔色を無くす職員にジェイスは唸るように怒鳴り返す。
「魔物兵器アバターを使用しますっ!」
*
呼び戻しの指示があってから数分後、イグドラシアでレベル上げをしていた裏βテスター達が帰還した。
現在使用できる魔物兵器アバターの実験機は三種ある。
【MO-11-B】【魔物兵器アバター】【蜘蛛型実験機】
【魔力値:700/700】【体力値:1000/1000】
【総合戦闘力:2200】
【MO-14-B】【魔物兵器アバター】【オーガ型実験機】
【魔力値:500/500】【体力値:700/700】
【総合戦闘力:1800】
【MO-13-B】【魔物兵器アバター】【玉虫鎧試験機】
【魔力値:500/500】【体力値:500/500】
【総合戦闘力:3000】
最後の【玉虫鎧】兵器アバターはプレイヤーキャラを奪うような形で高出力を得るために地球では使えない。総合力としては軽戦車を超える運動性と機動力、重戦車並みの火力と装甲を備えた【蜘蛛型】が安定しているのだが、屋内戦ということで人型に近い【オーガ型】が使われることになり、急速な魔力充填が行われていた。
ジェイスの要請を受けた出向軍人の部隊長は小隊長三人とVR内で協議を始める。
開示された情報によれば、現在この第四研究所は【幽霊】と呼ばれる特殊工作員に襲撃を受けているらしい。
彼らの任務は政府と軍司令による特級の極秘任務のため、あらゆる行動に厳重な制約が掛けられている。たかがテロリスト如きで自分達が動くのは軍規違反にもなりかねないと小隊長達は反対したが、部隊長はこれを好機だと考えた。
現在は小火器などの魔素兵器は地球でも運用実験が開始されたが、魔物兵器アバターの地球での運用はまだ行われていない。軍としては出来るだけ早急な実用配備を希望しており、それを推進するようにとある程度の裁量権を与えられていた。
ここである程度の結果を出せば、軍配備をするのに企業側は断るのが難しくなる。
そして――
『そろそろ、人と戦ってみたくないか?』
イグドラシアでは魔物を倒してレベル上げをしているが、軍人が本来戦うべきは人間である。亜人や避難民に見つかった場合は目撃者を始末することはあるが、それは戦いではなく逃げ惑う七面鳥を撃つようなもので、彼らなりにフラストレーションが溜まっていたのだ。
『それでは、第四研究所内に潜伏する【幽霊】の排除に向かう。兵装は【MO-14-B】を使用。警備員のロートル傭兵共を下がらせろ』
『『『はっ』』』
*
「警備員達のシグナルが途絶えましたっ。至急ドローンで確認しますっ」
「ドローン038、039、045、046、ロストっ」
「何をしているんですっ! 裏βテスターはどうなりましたかっ!?」
「【MO-14-B】全機出動した……はずですっ」
「はっきり言いなさいっ!」
「……ぐ、軍の方々は、こちらに位置情報を知らせるつもりがないようです。こちらでは感知できませんっ」
「くっ、軍人風情が……」
「第八区画、研究員達と連絡が取れませんっ!」
「なんだとっ!」
姿の見えないテロリスト【幽霊】。勝手な動きをする軍人達。その中で研究員達が次々と殺されていく報告が届き、何も見えない状況にジェイスは頭を掻きむしりながら自分用のVRセットを装着する。
「ドローンを一機寄越しなさいっ! 私が直に見てきますっ」
視覚と聴覚のみをVR接続した義体ドローンを操り、所内を見て回る。
やはりVR接続してもデジタル処理された映像が明るくならない。暗い廊下を誘導灯の赤い光と非常灯の白い光が仄かに照らす。
恐ろしく静かだった。まるで生き物がいない廃墟のように。
そんな思いが脳裏を過ぎり、VRと繋げていない身体が寒気を覚えたようにわずかに震えた。
『ひっ』
何気なく見回したロッカーとロッカーの隙間に、詰め込まれた人間だったものが虚ろな瞳を向けていた。
服装から警備員の元傭兵だと察したが、おそらくは何の抵抗も出来ずに殺害されて詰め込まれたのだろう。だが警備員は彼一人ではなかった。暗い部屋の中で大きな観葉植物に寄り添うように人間の身体が歪んだ形で張り付いていた。
ジェイスは叫びそうになった悲鳴を何とか押し殺す。
『裏βテスター達は、何をしているのですかっ』
怯えた事実をなかったことにするように軍人達への怒りに変えた。
五十体ものオーガ型アバターが動いて物音さえしないのは不自然に感じた。もしかしたらアバターが稼働してすぐに【幽霊】と遭遇したのか? スニーク活動をしている可能性もあるが、魔素の満ちた向こうと違い地球では活動に制限時間があるので、そんな悠長な真似は出来ないだろう。
ジェイスはそう考え、軍人達のいる区画に義体ドローンを向かわせると、相変わらず所内は静まりかえり戦闘の痕跡すら見つけられなかった。
軍人達に怒りが湧いたジェイスはそのまま軍人達のいるVRルームに向かうと、その部屋の扉がわずかに開いていることに気付いた。
何があったのか……? 厳重なセキュリティーを誇るこの部屋の扉が開いているということは、すでに【幽霊】を倒してVRの接続を解除したのだろうか?
『裏βテスターからの連絡はありましたか?』
『……いえ…ま……ませ……』
何か障害が起きているのか通信しているオペレーターの声が良く聞こえない。
埒があかないのでジェイスがその開いた隙間から中を覗き込むと、暗がりの中で軍人達のVRカプセルは閉じられたまま、まだそこに居ることが分かった。
だが、何かがおかしい。カプセル内の軍人の様子が以前見た記憶と何かが違う。
彼らはあんなに薄かったか? 彼らはあんなに小さかったか? その理由が分からずカメラをズームすると――
『ひっ……』
カプセルの中にいる軍人が全員干涸らび、凍りついて死んでいた。
ゆるりと白い風が舞い、ずらりと並ぶカプセルの上を白い霧が覆い、それが集まるように人のような形になるとジェイスに向けて腕を伸ばし、“何か”を握り潰した。
ジェイスが30の頃、実験中に零した薬品が今になって腕を焼いた。
ジェイスが25の頃、椅子が倒れて痛めた腰が今になって骨が砕けた。
ジェイスが18の頃、フットボールの最中にタックルを受けてあばら骨を痛めたが、今になって肺が潰れた。
ジェイスが12の頃、悪さをして父に殴られたが、今になって顎が砕けた。
ジェイスが1歳の頃、家族で車の移動中に事故に遭い、母親がむち打ちになったが、今になってジェイスの首がへし折れた。
***
「これで良し…と」
外部と接続されてない研究用のメインコンピューターに【電子干渉】して、魔物兵器や魔素兵器のデータを全て消去する。
現在実験中の魔素兵装や設備はどうしようかと思ったけど、魔素が溜められたタンクを発見したので、その魔素を使って全て叩き壊しておいた。
せっかく魔素が補充できたけど、全ての施設を破壊するのにも結構使っちゃったからまだまだ節制しないといけないね。
私は裏βテスターが持っていた軍のタグプレートを指で弄ぶ。
随分きっちりとした動きをしていると思ったら軍人さんだった。そうなると政府も絡んでいるのかな? そっちも対処したいところだけど、そこまでの時間はないから全て終わった後になるだろう。
さて……次は第七研究所だ。
さすがに某国全部を相手にするには時間が足りません。
裏βテスター達は戦闘もなく終了。
次回はまたイグドラシアに場面が移ります。勇者の意味。




