64 再び地球へ
ホラー風味
そうだ。地球に行って大元を潰してしまおう。
そう決めたのはいいんだけど、地球に行くのは色々と問題も出てくる。
まず第一に前回は【世界樹】を経由して地球に行ったんだけど、それが出来たのは地球側に私の身体と魂があって、それを依り代にして顕現した。
でも向こうにはもう何も残っていない。
私を愛する者も愛する存在も、私を繋ぎ止めておくものが何も存在しない。
あるとしたら、私と裏αテスターの仲間達を裏切った復讐心くらいだけど、私の予定では、自力で時空の壁をこじ開けて次元を渡れるくらい強くなってから地球に行くはずだった。でも、それをするには感覚的に魔力値が30万くらい必要だと、私は本能的に理解していた。
だったらどうするのか。その答えはすでに私の中にある。
№01の能力…【電子干渉】を使い、【義体化】の要領で地球側に再度顕現を果たし、№08の【物質化】で受肉する。
ただその為には、地球側と電子的な繋がりが必要になる。
地球との電子的な繋がり……まず考えられるのがプレイヤーキャラクターだけど、繋がり的には少し弱い気がする。
以前、地球側の情報を得ようと倒したプレイヤーで【電子干渉】を試みたけど、回線が弱くてほとんど情報が取れなかった。
それにプレイヤーで地球側に顕現出来たとしても、突然リアルバニーガールがプレイヤー本人の前に現れたら吃驚するだろうし、受肉するための物質が足りなかったら、その人を“贄”にしちゃうかもしれないからね。
我ながら悪魔って怖いねぇ。
「そういう訳で、今回は君達を連れて行けません」
ポニョンッ!
『ムッキーッ』
私の言葉に、タマちゃんとパン君が私の脚に縋り付いてくる。
いや、私も癒しである二人を連れていけるのならするけど、次元を渡るのならともかく、向こうにファックスで送るような感じだから、二人どころか【収納】に仕舞ってあるお金や武器や二人のおやつまで持っていくことは出来ない。
そんな感じのことを説明したら、おやつの件でパン君は渋々諦めてくれた。地球にもバナナはあるけどそれは言わない。
ポニョンポニョンッ。
それでもタマちゃんは嫌がっていたけど、半日ほど遊んであげながらお願いしたら、ようやく納得してくれた。
「さて……行きますか」
荷物を全部世界樹の所に置いて、……トロールの腰蓑とか何で持ってたんだろ……、私は世界樹のネットワークを利用して、以前滅ぼした大国ソンディーズ近くにある新しい若木へ転移した。
念の為に一応、少し離れた場所に転移したけど、人族の気配はしなかった。そっと若木の近くまで寄ると、その近くの草原に戦闘力2000以上もある真っ黒なユニコーン……バイコーンって言うんだっけ? それが群れをなしていたから人族では近寄ることも出来ないと思う。
そのうちの一頭と目が合ったんだけど、敵対こそされなかったが何故か失望したように鼻で笑われた。……意味が分からない。
早速廃墟となったソンディーズの首都に向かってみる。
他の滅ぼした国では、復興しようとする人族と亜人が戦っていたり、元亜人奴隷達が住み着いていたりしたけど、ここは私がすべての生き物を凍りつかせた場所なので、野ネズミ程度しか見かけなかった。
って言うか、私の魔力がこびり付いているのか、まだ凍りついた人間とか残っていて凄く寒々しい。
「……ん?」
誰も居ないはずの街なのに、何故か違和感を感じた。
所々商店の扉が破壊されている。良く見ると壊れた扉の大部分が飲食店だったので、寒さに強い魔狼でも入り込んで荒らしていたのかもしれない。
まぁここは南国なんだけどね。でも若木が壊れたから南国になったので、魔狼は住んでいたのかもしれないけど。南にも狼っていたっけ?
でも気になったのは、飲食店だけではなく瓶詰めや缶詰などを売っている店も荒らされていた。……そこまで知恵があるのかな。
「…………」
途中で見つけた冒険者ギルドを軽く探索し、道案内で見つけた場所に無言のまま向かっていると、ようやく目的地である【神殿】が見えてきた。
「きえぇええああああっ!!」
物陰から数人の男女が奇声を上げて襲いかかってきた。
違和感から細かく気配を探っていた私は、慌てず騒がず爪で斬り裂き、鋭利なピンヒールで引き裂く。
「……プレイヤーじゃない?」
どうやら人族のようだけど、どうしてこんな所に少数で居るの? わざわざ他の街から移ってきた難民?
しまったなぁ……気持ち悪くてついやっちゃったけど、一人くらい残すか先に鑑定でもするべきだったか。
やってしまったことは仕方ない。襲ってきた時点で人族でも野良犬でも私には同じでしかないからね。でも【神殿】の中に入ると、最近までここで生活していたような痕跡が見つかり、彼らがここで何かをしていたと分かった。
運営の拠点で人族が何を? 名目上の神である世界樹に縋って? それとも……
「………っ」
奥に進むと、奇妙な祭壇のようなものがあった。もちろん、神殿なんだから祭壇はあるんだろうけど、奇妙な黒い魔法陣が描かれ、そこに腐りかけた心臓のようなものが山積みにされていた。
もの凄く怪しいっ! 良く見ると魔法陣に魔力を流した跡を発見して、壊しておこうかと思ったけど、私の能力って尖りすぎてて普通に壊すのって苦手だったりする。
魔力を吸収するのも気持ち悪いので、とりあえず凍らせておいたけど、そこを離れる途中で床に幾つか羊皮紙が落ちていたので拾ってみる。
この世界には樹皮から作った紙が存在する。だとするのならこれはかなり年代物の書類みたいだけど……
「………【妖精王】の召喚……?」
妖精王……? この世界にはそんなものまでいるの? 他の羊皮紙には私が理解できる情報もなかったし、持っていくことも出来ないから気にしても仕方ない。
そんなことよりも私にはやることがある。
「……あった」
整然と並べられた机と椅子。その上に置かれた水晶の板。この世界の人が見ても意味が分からないと思うけど、要するに事務机と作業用PCだ。今は魔力が切れて機能を失っているけど、私が魔力を流せば使えるようになるはず。
水晶板の一枚に触れてそっと魔力を流すと、水晶板が光を放ち文字を表示し始める。 そっと…静かに……地球の運営側に見つからないように次元のネット回線を繋げ、向こう側にハッキングを開始した。
「……難しいなぁ」
第四階層くらいの情報層までは潜れたけど、それ以上は私の力量では無理。能力の有無じゃなくて単純に練度が足りない。
直接乗り込むのは無理か……それじゃ、分かりやすいところに飛びましょうか。
***
とある複合企業が所有する医療施設。
そこには以前、大勢の職員や研究員、それらが管理する『患者』が存在していたが、数ヶ月前の事故により全員が凍死するという痛ましい事件が起き、それ以来現場は検証のために保存され封鎖されていた。
カツン…ッ。
「……相変わらず不気味なところだぜ」
封鎖された夜の医療施設内に硬い足音が響き、不安を押し殺すような不機嫌な声が思ったよりも大きく響いて、巡回中の警備員は顔を顰めた。
「なんだ、まだ慣れねぇのか? まあ、確かに正直不気味だけどよぉ」
男の相方が揶揄するように言うが、その男も暗い室内に電灯を向けながら、調子の悪い暗視ゴーグルを叩いてブルッと身を震わせた。
震えたのは怯えたせいではない。ここの警備員は全員が元傭兵か元軍人であり、人の死があった程度では、不気味に思っても怯えることはない。
この施設ではあの事故以来払うことの出来ない冷気に覆われ、地表階の遺体は回収されているが、地下ではまだ無数の遺体が決して溶けない氷の中で、死んだ時そのままに凍りついていた。
第五研究所の調査によれば、この冷気は『魔素』と呼ばれる未知のエネルギー体が原因らしい。
その魔素は高純度のエネルギーであるが一般的な質量を持たず、生物の思念によって純度や稼働効率が変化する性質があるそうだ。
研究員達の考察では、異様なほどの強烈な思念を受けたことにより、魔素の効率が最大限近くまで活性化し、消滅するまで五十年以上掛かる『呪い』と化しているらしい。
そのせいか、この施設内では電子機器の不具合が多く報告され、監視カメラ等が使えず人による巡回が必要とされた。
「そもそもよぉ、こんな所に忍び込む奴なんていねぇだろ?」
「馬鹿言うな、マスコミに知られでもしたら、とんでもねぇ事になるだろ。まぁ、こんな所まで入り込めるなら、特殊部隊にでも入れって気もするが」
「違いねぇ」
男達はくだらない冗談を言って笑う。
男達は怯えない。だがそれでも不気味に感じるのは、彼らがここで死んだ仲間達の死に様を知っているからだ。
その事故の当日非番だった彼らが呼び戻されて見たものは、恐怖に怯え、狂ったような表情で凍りつく凍死体。そしてガタガタと震えながらブツブツと呟く職員の言葉を聞いた。
白いバニーガール。
何の冗談かと思った。それを気まぐれで前から気になっていた第七研究所の副所長代理である美女に話したところ、真っ青な顔になって忘れろと忠告された。
事故じゃない。その惨劇を起こした者が存在する。
「……なぁ。何か、寒くねぇか?」
「ここが寒いのはいつものことだろ?」
「いや、いつも以上に……どこからか……空気が流れている?」
警備員達はアルプスの山頂でも活動出来る耐寒スーツを着用している。それでもこの施設内を一周すれば身体は芯から冷えるが、今は晒した顔が凍りつきそうなほど痛みを感じた。
その原因が、閉めきられた施設内にどこかから流れてくる微かな風だと肌で感じた男達は、ある場所に目を向けた。
「……あそこだ」
そこはもっとも死者が多く発見された場所で、彼らの同僚である警備員達が全滅した多数の冷凍カプセルがある部屋であった。
「なんだ……あれ」
まだ電源が残っているのか、小さなランプが点滅するその部屋の中で……部屋の中央で冷凍室の冷気が立ち上るように白い靄が緩やかに舞っていた。
別におかしな光景ではない。南極などでは良く見られるものだろう。屋外でなら。
その靄は緩やかに形を変え、まるで一昔前のアナログ時代の心霊写真の人影のような姿に変わり――
「「……ッ!?」」
一瞬でその白い靄の両手に顔面を掴まれていた。
『夜は静かに……ね?』
耳の奥で囁きかける、心を蕩かす悪魔のような音色。
悲鳴どころか指一本動かすことが出来ず、命ごと吸い取られるような寒気の中で男達の身体は見る間に枯れ木のように痩せ細り、皮膚や唇が罅割れ、それでも閉じることの出来ないその瞳に映ったものは、男達の生気が失われるのと反比例するように人の姿になっていく、真っ白なバニーガールの姿だった。
パキン……ッ。
完全に枯れ木のようになって崩れ去る男達から手を放すと、白い少女は男達の携帯端末と武器を抜き取り、音もなくどこかへと消えていった。
その日……地球は再び白い悪魔を迎えた。
次回、人間の中に紛れて暗躍する悪魔
地球編は悪魔的表現やホラー色が強くなると思います。




