63 運営の襲撃
大国の連名による【魔王】白兎の討伐を依頼された勇者達だったが、【剛剣】は祖国を滅ぼされて姿を消し、【剣聖】は一時期独自の方法で魔王を追っていたが、ある日を境に後を追うことが出来なくなり、今は各地を廻り国を失った貴族令嬢や未亡人のケアに勤しんでいる。
そして魔力を探知する術式を編み出した【聖女】であったが、結局それも魔王本人が他者と戦闘して初めて探知出来る類のもので、結果的に後手に回ることになって魔王を捕捉することが出来ず、新たに三つの小国が世界樹の【若木】を破壊される結果となり、人族国家は各自の防衛をさらに強化することを強いられた。
聖女が開発した転移の魔法陣は、発動に第六階級の闇魔術を使えることが前提とされることから国家ではなく【神殿】に買い取られ、度々冒険者が送られたが、いまだに魔王を捕捉するに至っていない。
魔王白兎は、特異な敵であった。
通常、歴史上に現れた過去の魔王にしても、現在存在している准魔王級の魔物にしても、単独ではなく多くの配下を引き連れていた。
単独でいかに強大な存在であっても、そこを複数の勇者や英雄級で襲撃し、それでも手に余るようなら周囲を連合軍で包囲して持久戦に持ち込めば、必ず人類側が勝利出来る相手だった。
だが魔王級が恐れられ、准魔王級を殲滅出来ず放置してきたのは、人族国家の足並みが揃わなかったのもあるが、大きな理由は多数の配下を従えていたからだった。
トロールにしてもオーガやオークにしても、その周囲に数万の個体がいる。
億を超える人口の人族からすれば、数としてみるのなら大したことはないと思うかもしれないが、彼らはその9割が戦闘員であり、最下級でもランク3の冒険者と同等以上の力を持っているとすれば、正面からぶつかればどれほどの被害が出るか分からず、人族は消極的にならざるを得なかった。
だが、魔王白兎はそれらとは根本的に違う。白兎は常に単独で行動していた。
群体であるが故に脅威であるが、その為に下級の魔物を防ぐことで進行を止められていた現在の准魔王級と違い、どこに居るか分からない。神出鬼没。現れても警備隊程度では足止めも出来ず、騎士隊が到着した時には【若木】が破壊されている。
高ランクの冒険者や、騎士隊の精鋭に警備させればある程度の時間稼ぎにはなるが、そうなれば地方を襲う強い魔物に対抗出来なくなり、人族達はある種のジレンマに陥っていた。
そしてそれに追い打ちをかけるように、各地で亜人達によるレジスタンス活動が始まっていた。
若木を失っても踏みとどまり復興させようとする勢力を襲い、労働者である亜人奴隷を奪い去る。それに対して冒険者ギルドにレジスタンス殲滅を依頼したが、ここ半年ほどで台頭してきた新規の冒険者達の大部分はそれを拒否。その冒険者達を罰そうとした貴族がいたため、その国は高ランクの冒険者が他国へ脱出し、国力を低下させた。人族国家の一部はレジスタンスに『世界平和を乱す魔王に共に立ち向かおう』と和平を持ちかけたが、亜人達からの返事はただ一言『ふざけるな』であった。
だが、人族は……いや、【神殿】は負けていなかった。
表側では人族に協力して【勇者】の援助を行い、各地へ冒険者を送り込み、魔王への警戒にあたらせた。
冒険者達は各地で魔物退治をして人々に感謝されていたが、その真の目的は神殿が冒険者を『目』として使う事だった。
世界中を監視する【義体】ドローンは約10万機存在するが、そのすべてを人が監視しているのではなく、AIが決められた行動パターンで巡回し、大きな異変があった時のみ運営側に報告される。
だがそれでは、神出鬼没であり警戒の強い魔王白兎出現の予兆を捕らえることが出来ず、新たに対魔王として動き始めた【第四研究所】は、300万人近いプレイヤー達の『目』を利用し、AIで『魔王』『バニー』『白兎』などの単語を抽出して、魔王の発見を目論んだ。
***
「うっ……な、なんだ……ぅああああああああああああああ――――」
とある小国を攻略中、私を発見して意気揚々と飛び出してきた冒険者パーティーが、突然狼狽えたように悲鳴をあげて動かなくなった。
勇者達の干渉は、運の良いタマちゃん達を連れてくることで滅多に会うことはなくなり、私は都市を襲う魔物を陽動として使う事で、警備が厳重になった【若木】を破壊することを繰り返していた。
最近気付いたのだけど、ある程度知恵のあるゴブリンなどの獣亜人種は、人族や亜人などの敵であるのと同様に私の敵でもあるが、それ以外の獣系や植物系モンスターは、私に対してあえて敵対したりはしなかった。
魔王だから魔物が勝手に従うとかそんな話ではなくて、改めて世界樹と対話して情報を引き出したところ、ここ数十年の魔物が増えて人族の集落を襲い始めた原因は、世界樹が【若木】を解放するために魔素溜まりから生みだし、襲わせていたからだった。
結構、衝撃の事実……。
まさか人族達も自分達が魔物に襲われている原因が、世界を支え、自分達の生活基盤を支え、信仰対象とさえなっている【世界樹】であるとは思わないだろう。
なるほど、タマちゃんやパン君があっさり私に懐いたわけだ。
まぁそんな訳で、魔物達に陽動で騎士団をおびき出してもらい、手薄になった都市に侵入して【若木】を破壊していたんだけど、突然厄介な事態が発生した。
目の前で動きを止めた冒険者――多分プレイヤー達の瞳から意思の光が失われると、その身体を玉虫色の全身鎧が覆い、突然キビキビとした動きで私に襲いかかってきた。
【玉虫鎧】
【魔力値:500/500】【体力値:500/500】
【総合戦闘力:3000】
襲いかかってくる六人の冒険者に冷気の霧をぶつけると、動きは鈍ったが凍りつくことはなく、そのまま新たに取り出した玉虫色の槍で攻撃してきた。
バキンっ!
以前ティズから預かった魔法の短剣が、あっさりと刀身を砕かれた。
魔術結界? ううん、対冷気防御の鎧か。めんどくさい。
「このっ!」
それでも総合戦闘力で大きく上回る私は、玉虫鎧達の攻撃を速さで掻い潜り、一体に爪の一撃を叩き込んだ。
ガキンッ!!
硬質な音と共に吹き飛んでいく玉虫鎧。でもそいつは、首がへし折れて鎧が切り裂かれながらも静かに立ち上がり、また向かってきた。
何なのこいつらっ! 硬すぎっ!
私の攻撃力なら、一撃で消し飛んでいてもおかしくない。それなのにまだ形状が残っているだけでなくまだ動けるのは、この玉虫色の鎧のせいだろう。
多分、この世界独特の金属を【義体】技術で生成しているんだと思うけど、プレイヤー達はそこまで出来るようになったの? それに戦闘力も三倍程度にまで増えているのはどういうこと?
「…………」
私は軽く深呼吸をすると、構えを取りながら敵の動きを観察する。
彼らの動きに無駄がない。ううん、違うな。動きが何か違う。
この世界の人ってプレイヤーもそうだけど、スキルと【戦技】?っていう必殺技を使って戦うのが基本戦術だから、動きがダイナミックな感じで派手になるんだけど、彼らの今の動きは地味というか……あ、そうか。……地球の軍人みたいな感じだ。どうして突然動きが変わったのか? どうして戦闘力が突然増えたのか? その答えのヒントは【鑑定】が教えてくれた。
【玉虫鎧】
【魔力値:210/210】【体力値:328/500】
【総合戦闘力:3000】
その異様な魔力値の減りを見て私は戦術を切り替え、全身霧化して敵の中央を突破してから再び人化し、直に触れて玉虫鎧の魔力を吸収した。
ガシャンと崩れる玉虫鎧が分解され、その後に残されたプレイヤーらしき人物が光の粒子となって消える。
【戦士っぽい若い男】【種族:人族♂】【冒険者】
【魔力値(MP):0/12】【体力値(HP):0/340】
【総合戦闘力:87】
その様子に槍を構えて警戒する玉虫鎧達。でも倒し方さえ分かればそんなに怖い敵じゃない。面倒くさいけど。
けれど、そんな私の視界に飛び込んできたのは、街の奥から蜘蛛のような魔物に乗って駆けつけてくる数十体の玉虫鎧達だった。
「………」
私と玉虫鎧との戦闘は数時間にも及び、ついに騎士団の到着を許した私は、初めて若木を破壊することが出来ずに撤退するはめになった。
*
ポニョン。
『ムッキー』
世界樹まで撤退した私の頬にタマちゃんがスリスリと身体をすり寄せ、反対側の肩に乗ったパン君が頭を撫でてくれた。
「……うん、ありがと」
慰めてくれる二人にお礼を言って、私は大きな根に腰掛け考察を始める。
私は幼い頃より、こうやって深く考え考察を繰り返すことで、大人達の悪意から身を守り、生き延びてきた。
まず彼らの戦闘力が急激に上がったのは、技術の進歩じゃなく、魔力の大量消費によるものだと考えた。
でも今までそれをしてこなかったのは何故だろう? おそらくその答えは彼らの動きが急激に変わったことにも関係する。
まず前提として、この世界で強くなるには大量の魔素が必要になる。ただそれは、単純に魔力を付与すればいいというのではなく、身体に馴染ませることが必要だ。
何年も訓練して鍛えた身体と、ドーピングした身体の違いのようなもの。
……何か違うかも? 水で練ったばかりの小麦粉と練り込んだウドンのように、美味しさに違いが……まぁ、そんな感じ。
だからこれまで襲ってきた魔物兵器アバターにしても、ある程度の追加付与はされていたとしても基本的には自力で鍛えた魔力値なんだと思う。
だから今回のように異様な硬度の鎧を精製したり、戦闘力を急激に上昇させるなら、鍛えて馴染ませた最大魔力値を削らないといけないのだろう。その証拠に消えていくプレイヤーの最大魔力値はあり得ないほど低下していた。
正直言ってあの魔力値は街に住む人族の幼児より低い。
つまりは、運営側は自分達の戦力である魔物アバターの戦力を低下させずに、合理的に戦力を得る為、プレイヤーを犠牲にした。
もちろんプレイヤー自身がそんなことをするはずがない。だから、あの時のプレイヤーキャラクターは、運営側が乗っ取っていたんだ。
「……敵ながら思い切ったことするなぁ」
数人なら『バグです、ごめんない』も通じると思うけど、私が今回倒した玉虫鎧だけでも数百人になる。
そんな人数のプレイヤーキャラクターが消滅したら、あっという間に噂になって、あのゲームから人がいなくなってしまうとは考えないのか。
たぶん、お詫びとしてリアルで大金を掴ませて、黙らせるんだろうなぁ。
でもそんな数百万ドルの利益を失っても、私を倒したり捕縛する方が後々の利益になると考えたんだろうね。
こんな考察をしてみたけど、大きく間違っていないと思う。
でも次はそれの対策を考えないといけない。
今のままでは玉虫鎧が大量に出てきたら若木に辿り着くことも難しい。そして今は吸収の能力で何とかなっているけど、私の【吸収】は【魔法防御】で軽減出来るから、時間を置いたらそちらの対策もされるだろう。
なら、【吸収】のスキルを強化する? どうやって? それとも私の総合戦闘力を上げて、物理で殴るか……。それも対策を強化されたらイタチごっこ?
「う~ん………」
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.21】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:85000/85000】14000Up
【総合戦闘力:93500/93500】15400Up
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
「………これだけの魔力値があればいけるかも」
以前は長時間の行動は無理だった。
でも今の魔力値と、あとは現地で小まめに吸収していれば何とかなる。
「うん。地球に行って元から潰そう」
次回、再び地球へ。
プレイヤーキャラの乗っ取りは第四研究所がやったことで、聞かされていなかったゲームの運営部門は抗議を入れています。




