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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第四章【乱戦】

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62/110

62 変わる世界

今回は真面目です。



「反応が消えた……?」

 真理の塔の自室にて【聖女】の勇者であるマーリーンは、送り出した配下の反応が消えたことに、わずかに眉を顰める。


 白兎の魔王は、何の能力か分からないがその能力値が【鑑定】に表示されない。

 基本的に【鑑定】とは、自分の目と耳と肌で感じた印象を鑑定する者の経験や資質により解析し、数値化したものである。

 だからといって大雑把なものではなく、スキルの補正によってほぼ確定された数値が表示されるのだが、亜人や魔物に比べてその感覚器官が弱い人族では、鑑定に多くの魔力を必要とし、尚かつ調べられる数値は鑑定者の10倍程度までとされていた。

 これは単純に知識のない人間が海の大きさを理解できないように、力が離れすぎていると“自分”という基準で計れなくなり、ただ『大きい』としかわからなくなるのだ。

 【剛剣】の勇者は、白兎の能力を鑑定することが出来なかったと報告していたが、アレがゴールドの10倍以上の力を持っているとは思えなかった。

 そこまでの魔物は【天災級】と呼ばれる通常のドラゴンや准魔王級などの魔物を超える、【災厄級】と呼ばれる超常の存在で、この世界の歴史でも数体しか現れていない。

 災厄級とは、複数の国家が滅びる可能性を持つ危険な存在を指し、確かに白兎はいくつもの国家を滅ぼしているが、それは世界樹の若木を破壊出来たからで、そこまでの力は無いだろう。

 これまでの戦闘記録や、最初に目撃されたトラスタン王国のオークション会場での戦闘を考えると、わずか数ヶ月足らずで勇者並にまで力を上げることは不可能だと、マーリーンは結論づけた。


 白兎の魔王とは、恐らく人族で言う【神子】に近い亜人の特殊能力者で、特定の条件でのみ、都市を壊滅できるほどの力を行使出来るのだろう。

 それか、もう一つの可能性として……

「亜人共が手を貸している」


 人族にとって家畜同然の亜人種だが、過去においては人族よりも遙かに発達した魔術文明を持っていた。

 ハイエルフ・竜人などはその技術をもっていた種族で、百年ほど前に人族にとって危険であるために滅ぼした。

 獣人は労働力として利用出来る犬族と猫族しか残っていないが、真理の塔に残されていた文献では、数百年前までは多数の獣人種が存在し、草食動物系の獣人は高度な魔導技術を持っていたと書かれている。

 ならば白兎は、滅亡した獣人種の生き残りか、もしくはハイエルフなどが残した高度な魔道具や人的支援を受け、人族の国を破壊しているのだろう。


「亜人共が支援しているのなら、そちらを先に叩くしかないわね……ふふ。白兎……世界中で仲間が殺されていくのを、歯噛みしてみているがいい。フハハっ。でもそうなるとあの子達だけで送り込んだのは早計だったかしら? まあいいわ。幾ら死んでも代えはいるもの」


 マーリーンの趣味である『拷問』に耐えられた少年達。何日も泣き喚き、大部分の者が苦痛と絶望の中で息絶えるが、一部の者は精神が崩壊し、心を病むことでマーリーンの興味を失い、実験動物として生きながらえた。

 そういった者達は教育が行われ、マーリーンに逆らわない実験動物や先兵として使うのだが、今回の少年達は少々増長してきていたので、別に死んでも構わない。


「ふぅ……」

 あらためて魔力値の表示される地図に目を向けると、白兎と争っていたと思われる高魔力反応が、どこかに流されるように高速で移動しているのに気がついた。

 てっきりキマイラやマンティコアなどの魔力値の高い上級魔物だと考えていたが、白兎がそれを殺さなかった理由はなんだろう?

 やはり推測通り、力の行使には制限があるのか? それとも殺さない理由があったのか?

「……まさか、あの変態(アホ)じゃないわよね?」


 初めての出会いは、マーリーンがまだ十代半ばの頃。とある王国の夜会で初めて会ったその金髪の美少年は、爽やかな笑顔でこう挨拶をした。

『何と美しい女性だ。ぜひ、このカリメーロと、6827番目の恋人として真実の愛を育みましょうっ!』

 マーリーンはその場でその『物体』を焼き尽くした。……はずだった。複数の貴族を巻き込み放った火炎魔法が晴れると、太った貴族数人を盾にしたカリメーロがまた姿を見せてこう言った。

『何と情熱的な。照れなくていいのですよ、愛しい人』

 あの時、剛剣の勇者が止めなければ、あの国は焦土となっていただろう。

 マーリーンは、地図上に映る光点を見つめながら、ほぼ趣味と化している『剣聖抹殺プラン』の制作を始めた。


   ***


「サリアが消えただと?」

「さようでございます、若さま」

 トゥーズ帝国の城にて、老執事の報告を聞いたティズが思わず問い返していた。


 本来ならこのような“雑事”は皇帝の耳に入れることではない。すでの彼女の実父である騎士団長が動いており、後は“処理が終わった”という報告を持って終わる類のものであった。

 だが、同時期に消えた人物のほうに問題があった。

「国内で問題を起こし、謹慎、もしくは幽閉されてきた貴族や、投獄されていた魔術師が同時に消えております。それと同じくして複数の国に潜入させていた“草”達から、危険視されていた人物が姿を消しました」

「………むむ」


 危険な実験をする魔術師や、危険思想を持つ貴族はどの国でも一定数存在する。

 大抵の者は、原因不明の病死で終わるのだが、危険ながらも有用な知識や技術を持つ者は、軟禁のような形で懐柔し、国家のために働かせる場合がある。


「どのような者達だ?」

「魔物支配の研究者。死霊術士。大規模殲滅魔術の研究者。悪魔崇拝者でございます」

「そうか……。第三騎士団を探索に回せ。国内で見つけた場合は即座に処刑せよ。捕まえる必要はない。首だけを持ってこい」

「……畏まりました」

 深々と頭を下げる老執事に、ティズは盛大に溜息を漏らしつつ豪華な椅子に深く背を預けた。

 世界中でシェディが若木を破壊していることで、各国は国周辺の警備を固め、その結果、魔物を抑制することが難しくなり、准魔王級であるオーガロードとオークキングの軍勢が活発化している。

 それに合わせるように亜人達が奴隷となった仲間を救うために、若木を失った国を襲撃し、その上、世界中の危険人物が示し合わせたように姿を消した。

 世界は変わり始めている。その原因となった白い少女の姿を思い浮かべ、ティズは誰にも聞こえないようにそっと呟きを漏らす。

「シェディ……お前は、世界をどうしたいのだ」


   ***


「ぐっ……」

 祖国を失い、帰る場所を失った勇者ゴールドは、それでもただの戦闘機械として戦わせようとする人族の国家を離れ、深い森を彷徨っていた。

 あの惨事は、自分が弱かったから起こったことだ。自分が【勇者】ということを自覚して、皇王である兄に背いてでも仲間や装備を揃えておけば、准魔王級とはいえ後れを取ることはなく、魔王さえも止められたはずだ。

 だが、ゴールドはトロールキングに敗れ、最期は魔王白兎の気まぐれで生かされた。


 森に入って何日が経っただろう。

 食糧はすでに尽き、獣の血肉を啜りながら、それでもゴールドは剣を振るい魔物を倒し続けた。

 極限状態に自分を追い込み、勇者としての力と誇りを取り戻す。だが、こんな自分を痛めつけるだけの修行をしてもそれが得られるとは限らない。

 では、どうしてゴールドはこんな事をしているのか。

 隙を突いたとは言え自分が敵わなかったトロールキングを一撃で殺し、自分をお情けで救った魔王――その白い少女の放った言葉が、ゴールドの心にトゲのように突き刺さっていた。


『不思議ね。私にとっては人族も亜人もゴブリンも、同じ“命”でしかないのに』


 自分は、『誰』の為に剣を振るってきたのだろう。

 民のため、国家のため、兄のため、世界の平和のため……それは、『誰』から見た平和なのだろう。


『ぐおっ』

 何日間も不眠で剣を振るい続け、何百という魔物を殺し続けたゴールドの体力は限界に達し、勇者の光さえも放てなくなった彼は、魔狼のような弱い魔物にさえ翻弄されていた。

 いや、ゴールドが自分に疑問を持った時から、光は使えなくなっていた。

 勇者は信念さえあれば、光の精霊はけして(あの剣聖でさえ)見捨てることはない。それが、勇者の光を使えなくなったと言うことは、ついに光の精霊に見捨てられたのかもしれない。

 最期の魔狼を斬り倒し、身体を支えられなくなったゴールドはその場に崩れ落ちる。

 いかに勇者と言えと、加護を失い気を失った状態では、魔物に見つかればそのまま命を失いかねない。

 だが、そこに、外套を被った一つの子供のような影が近づき、恐る恐る……でも好奇心を抑えきれないように倒れたゴールドを指で突いた。


「……お父さーん。人族が倒れているよーっ!」


 森の奥へそう声をあげたフードが背に落ちると、エルフの長い耳が飛び出していた。




次回、運営からの攻撃

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