61 迫り来る聖女の魔手
剣聖は沢山の反響をいただきました! 主にマイナス方面で!
だがそれがいい、と言う方もいらっしゃいますが、基本的にアレが出てくる場面はコメディだと思っていただけると幸いです。
「あら、早かったのねぇ」
「マーリーン様からのお呼びとあらばいつでも。それと『早い』とは私どもの台詞ですよ」
魔都カランサンクの真理の塔にて、【神殿】の使者であるメイソンの爽やかな笑みと言葉に、部屋の主である【聖女】マーリーンは満足げに微笑んだ。
「私に掛かれば造作もない事よ。……とは言わないけど、あなた達の依頼した術式は、以前から世界各地で研究されていて、魔術において世界最高峰であるカランサンクで、最高の魔術師である私なら、さほど時間は掛からないわ。それでもまだ試作品段階だけどね」
神殿が聖女の勇者マーリーンに依頼した術式は幾つかある。
一つは、魔石を使用しない魔素を電池のように溜め込む新しいシステムの開発。
一つは、魔力を感知する世界規模のレーダーシステム。
一つは、第六階級の魔術として世界でも数人しか使えない【転移】の魔法陣。
一つは、魔術的な魔素の吸収システム。
マーリーンは傍らに立てかけていたシンプルな造りの『魔銃』を手に取り、狙いを付けるように構えてみせる。
「これは良いわね。廃棄奴隷で試射をしてみたけどゾクゾクしちゃった。けど確かに、この魔力消費量だと一般兵士どころかそこらの魔術師でも使えないわ」
魔銃は、火薬の代わりに使用者の魔力を使って、魔力と相性の良い銅弾か銀弾を撃ち出す武器だ。
ここ数年、【神殿】の【神】からの技術提供により、一発ずつ弾込めをしていた魔銃は弾倉を用いて連射が出来るようになった。それでも高威力を出そうとすれば多くの魔力が必要であり、連射が出来ると言ってもその魔力で魔術を行使したほうが汎用性があることと、機構の複雑化によって魔銃が高額になることから、一般的な拡がりには繋がらなかった。
これまでも魔素を封入し、使用者の魔力を消費せずに魔術を放つ、『魔法の杖』などは存在していた。
だが、その魔素を溜め込む素材は、純金、もしくはミスリル銀のような非常に高価な貴金属であり、ミスリルの杖などになると大金貨100枚などざらで、純金を使えばその半額ほどで済むが、純金の魔素を拡散させないために薄く鉛で覆う必要があり、とても普段使い出来るような重さではなかった。
マーリーンの構えたこの魔銃は、【神殿】より提供された最新型の連射型魔銃で、単発撃ちからフルオートまで出来るものだ。
当初これには魔素バッテリーと言うべきペンケースほどの箱が付いていたのだが、それももちろん中身は純金と鉛製であり、マーリーンの下働きをしていた女性は運ぶだけでふらついていた。
だが今、その魔銃に魔素バッテリーは装着されていない。勇者であるマーリーンならばフルオートの魔力消費にも耐えられるが、マーリーンはそれを魔術師でもないメイソンに手渡した。
「魔素を蓄積する魔法陣を刻んでみたわ。まだ開発中の魔法陣で30発程度しか撃てないけど、それを上に見せて、さらに開発費をぶんどってきなさい」
「……お預かりいたします」
「魔素の吸収を術式で行うのは、やはりある程度の魔術素養と技術は必要よ。誰にでも使えるような魔法陣にするのはまだ時間が掛かるから、術式だけ持っていきなさい。あとで渡すから」
現在、各国が【若木】から魔素を得る方法は、ミスリルの電極で幾つもの巨大魔石を繋ぎ、その魔石から魔力を得る方法だ。
若木のような生体から直接魔力を取り出すのは、一部の【神子】が持つ異能力に限られていたが、以前からある程度研究がされていたとは言え、短期間で実用化まで出来たマーリーンの実力は本物だった。
「畏まりました。他の二つ、それと白兎の進行状況を伺ってもよろしいですか?」
「誰でも使える転移陣は難しいわ。やはり第六階級魔術を使える術者が発動させることが前提よ。でも今回はそれを使って兎を追い詰めてみるわ」
「ほぉ」
マーリーンの説明にメイソンの笑みが興味深げに深くなる。
マーリーンが魔術を発動させると、背面のパネルに世界地図が投影され、そこに幾つかの光点が表示される。
「これは……探知術式でしょうか?」
「ええ、魔力500以上の生物に限定してあるわ。生物に限定しない魔素も含めると、若木の影響で世界地図ごと光っちゃうから。とはいえ、観測機器を設置した場所周辺しか分からないけどね」
魔王【白兎】は、鑑定阻害の能力を持っているらしく魔力値で探すことが出来ない。だが、白兎が動けば必ず周辺の強い個体が動くはず、とマーリーンは考えた。
「観測機器の設置は神殿にお任せ下さい。……おや、こちらは?」
「……強い魔力が高速移動しているわね。その進行方向、10キロほど先に部隊を送ってみるわ。お前達っ」
「「「はい」」」
マーリーンの声に、新型魔銃を装備した十代前半から後半までの見目の良い少年達が並ぶ。
「お前達、今からこの地域に送るから、もし白兎がいたら殺してきなさい」
***
「…………」
何だったのアレ……。まぁ自己紹介してくれたんだから分かっているんだけど、分かっていても気持ち悪さが半端でなかった。
あれで勇者で【剣聖】だとか、人族も本当にそれでいいと思っているんだろうか。
さすがに今度こそ死んだと思うけど……。
タマちゃんとパン君用の果物を【収納】に仕舞って私は移動を開始する。
今回は単なる偵察なのと前回の件で二人がまだお疲れだったので、二人は世界樹の所で休ませている。
運がいい二人がいればあんなアホ勇者に絡まれる事もなかったかも。私って運が悪いからなぁ……。
「……ん?」
走り出して小一時間ほどすると、人族が魔素を強制的に使っている影響か、大量の枯れ木が残る山と深い亀裂のような渓谷が見えた。
それ自体は、世界樹が悪魔に救いを求めるほど深刻化しているので、世界の各地で見られるようになった光景なのだけど、人族の国が近くなってきたのかと渓谷沿いに走っていると、目の前の空間が突然歪み始めた。
ダンダンダンダンッ!!!
「っ!?」
突然炸裂音が聞こえて咄嗟に飛び避けると、それまで居た大地を何かが抉り砕いていく。これって……銃声?
「ああ、本当にいたっ!」
「さすが、マーリーン様っ。ここまで完璧な地点に送って下さるとは」
「我らが主、マーリーン様は本当に素晴らしい」
その歪んだ空間から、アサルトライフルのような銃を構えた少年達が現れる。
マーリーン? 誰のこと? 良く分からないけど、全員戦闘力400程度。でも身に纏っている現代風の装備を見るに、戦闘力では実力を計れない。突然撃ってきたことといい、穏便な要件ではないと思うけど。
正直に言うとあの魔銃とか言う奴が一番面倒くさい。
私の今の姿は【人化】の結果であり、どれだけ高い魔力と戦闘力を持っていても、強度的には人間と変わらない。
魔法なら魔力で躱せるし、物理攻撃なら身体能力で躱せるけど、複数人で弾をばらまかれるとどうしても“まぐれ当たり”が出てしまう。
当たっても多少痛い程度で、傷もすぐに治るけど、その度に確実に魔力値を減らされるのが地味に痛い。
その他にも何か副次的な効果とか付与されていたら厄介なので、戦場で見かけたら魔力付与の飛び道具を持っている敵は優先的に始末してきた。
そうなると大規模な魔力で薙ぎ払うようなことになるので、魔力消費も大きいし、他の敵の注目を集める結果となる。
さて、どうしようかと下がりながら距離を取ると、見た目のチャラさに似合わず彼らはよほど訓練を受けているのか、私の牽制などを巧みに躱して私を渓谷の崖まで追い詰めた。
「…………はぁ」
仕方ない。多少魔力は使うけど、【因果改変】で纏めて始末するか。
私が脚を止めて彼らの過去を見通すように目を細めると、少年達も脚を止めてニヤニヤと顔を歪ませた。
「おいおい、あの兎、僕らとやる気だよ」
「たかだか亜人風情が、聖女様の従僕である僕らと戦おうなんておこがましいっ」
「確か、頭だけ残せばいいんだっけ?」
「だったら身体はボクにくれよ。一回、亜人を食ってみたかったんだよね」
「へぇ……どっちの意味で?」
「両方」
歪んでるなぁ……。まぁ、気兼ねする必要がなくていいか。
私が腕を伸ばし、彼らが魔銃を構えてジリジリと近づいてくる。私の魔力と彼らの魔銃が火を吹く寸前――
「やあっ、可愛いバニーちゃんっ、待ったかい? このボクッ、カリメーロが来てあげたよっ!」
……うわっ!
枯れ木になった大木の天辺で、絶妙のバランスでポーズを決めていた剣聖は、きらびやかな剣を抜きながら前髪を指で払い、漂白したような真っ白な歯で嗤うと、とんでもない勢いでジャンプした。
「とうっ!」
魔術を使っているのか飛ぶように舞うカリメーロの背に、飛び散った汗が煌めき光の翼をはためかせる。
口を開けたまま唖然としてそれを眺める私と少年達。
ダンッ!! と私と少年達の間に勢いよくカリメーロが着地すると、ミシッと大地が軋み、
『どわぁああああああああああああああああああああああああああああああっ』
乾燥していた崖が崩れて、こっそり浮かんでいた私以外全員が、渓谷の底に流れる激しい河に落ちていった。
「…………」
ああ、木が枯れて、根っこで大地を支えられなくなってたんだね。
ま、いいか……。誰も損してないし。
とりあえず300メートルも下の激流に流されていった彼らの冥福を祈りながら、唐突にタマちゃん達に会いたくなった私は、世界樹に帰ることにした。
…………さすがに死んだよね?
……やったかっ!?
次回はその他の人達の動きなど書きたいと思います。




