60 乱戦の予兆
第四章の始まりです。
世界樹と九十九本の若木に支えられた世界、イグドラシア・ワールド。
西部大陸北部にある西方の玄関として知られ、風光明媚な大国であるトールドーラの内陸にある深い森の中で、数体の魔物が身を寄せ合うようにして集まっていた。
獣型、鳥形、獣亜人型、昆虫型など、種族も生態も違う魔物達は、時折現れる魔物を奇妙な連携で屠りながら周囲を警戒していた。
『これでだいたい全員か?』
『2~3人まだだけど、入るのに手間取っているみたいね』
『別にいいだろ? 毎回全員集まれるとは限らないんだから』
『だね。まだメンバーは増えているんでしょ』
『よし、それじゃ、5~6人のパーティーを組んで、レベル上げ始めようか』
彼らは魔物アバターを使う一般プレイヤー達だった。
一見すればネットの友人同士で集まったゲームプレイにしか見えないが、彼らが人里を離れた森の奥で隠れるように集まっているのは、人族国家から敵として見られる魔物アバターを使っているからと言う単純な話ではない。
『どの程度までレベル上げればいいかな?』
『人族に見つかったりするのを考えると最低ランク3相当。一回進化して一回ランクアップするくらいは必要だけど、もうちょい欲しいかな』
『その次の進化まで長いよなぁ。でもまともに各地を移動するのなら、ランク5相当まで上げたい。目標値は総合戦闘力1000くらい』
彼らは【Modification】――所謂、モッド【Mod】と呼ばれる正規ではない改造プログラムによって、正規の手続きを経由しない、運営の監視を逃れてログインしている者達だった。
運営の監視を逃れたことで、義体アバターにバグが生じても運営に助けを求めることも出来ないし、改造プログラムの不具合によってVR機器が故障しても、開発企業に修理代を請求することも出来ない。
そんな危険なことをどうして行っているのかと言うと、彼らは運営とこの世界そのものに疑問を持っていたからだ。
初めは簡単なモッドを使用したプレイヤーが、そのモッドが使えないことを疑問に思ったことが原因だった。
ステータス画面などを自分好みにしたり見やすくすることは、ゲームの難易度に影響しないことで、他のゲームでも多少は目こぼししてくれるが、このイグドラシア・ワールドではゲーム内で使用出来るはずのモッドがすべて使えなかった。
敵を倒した経験値の代わりである【魔素】の吸収。【鑑定】などの特殊スキルの取得や使用。【魔術】や【戦技】など、その世界で出来ることがまるでプログラムの外であるかのように、ほとんどの物が干渉出来なかった。
その時、個人サイトなどの掲示板で一人のプレイヤーがこう呟いた。
『まるで、現実にある他の国に義体アバターで旅行したみたいだな』……と。
その話は討論になり、ゲーム世界のあまりの広さや、NPC達のまるで生きているかのような対応など、現実なら当たり前のことだがゲームとしては不自然なことが話し合われ、そのことを不審に思った人達が増え始めた時、突然、プロバイダーからその個人サイトが凍結されたことで、プレイヤー達の疑惑はさらに高まることになった。
そして一部のプレイヤー達は、個人サーバーや厳重に鍵を掛けたアジア圏のサーバーなどで話し合いを続け、プログラマーやハッカー達が運営の目を欺くモッドを創り上げてログインし、イグドラシア・ワールドの秘密を暴こうと考えた。
現在の参加者は17名。次には十数名の新規参加が予定されている。
彼らの心情としては、運営企業に何か騙されているのではないかとか、亜人奴隷を傷つけてしまったことをずっと気にしていたなど、色々と多岐にわたったが、その根本に全員が持っていたのは、たった一つの想いだった。
『さっさと移動出来るようになって、魔王バニーちゃん様に会いに行くぞっ!』
『『『おおお――――ッ!!!』』』
***
「やあ、また会ったねっ、可愛いバニーちゃんっ! 前回は不覚を取ったが、今日こそはこのボクッ、勇者カリメーロが君の非道な行いを止めてみせるよっ!」
煌めく金髪に碧い瞳。輝くような銀の鎧を身に纏い、装飾過多の長剣を指先でクルリと回した二十歳程のその青年は、何一つ苦労などしたこともなさそうな端正な顔に、漂白したような真っ白の歯をキラリと見せながら、彼自身もクルリと一回転して華麗なポーズを取ってみせた。
【カリメーロ】【種族:人族♂】【剣聖の変態】
【魔力値(MP):600/600】【体力値(HP):350/350】
【総合戦闘力:14400】
「…………」
西部大陸北部の出会うはずのない森の中で、眷属用に果実を採取していたシェディは手に持っていたマンゴーに似た果実を一瞬で凍結させ、粉々に握り砕いた。
シェディがカリメーロに会ったのは初めてではない。
トールアーン皇国とサワンイット共和国の若木を破壊して約二週間。各地で若木を破壊しようとするとどこからともなく現れ、何度もシェディを邪魔してきた。
「……っ!」
「ぅおっと!」
大地を踏み砕くようにして飛び出したシェディの蹴りを、ギリギリで大地を転がるように躱したカリメーロは、重力を無視したような動きで立ち上がると、埃を払うように前髪を指で払い、白い歯の笑顔をシェディに向けた。
「相変わらず苛烈だねっ。そんなにボクに会いたかったのかい?」
「…………」
シェディの額に微かに筋が浮かんだ。
こんな言語が通じているのに言葉が通じていないカリメーロを、シェディはもちろん何度も撃退した。それはもう殺すつもりでやった。
それなのにカリメーロは生き残り、何度も出会わないはずの場所に現れた。
カリメーロは天才である。この世界で最高峰にいる天才である。
とある伯爵家の三男として生まれた彼は、何の因果か三歳にして【勇者】として精霊の加護を受け、6歳にしてその国の騎士団長を剣技のみで打ち破り、9歳で王妃に粉を掛けて出奔し、12歳で世界最高峰と呼ばれていた剣士を倒して【剣聖】の称号を得た本物の天才である。
基本的に生真面目なシェディとは根本的に相性が悪かった。
彼は天才故に生まれてから一度も攻撃を受けたことがない。怪我どころか転んで膝を擦り剥くような格好悪いことをするはずもなく、病気どころか風邪すら引いたことがなかった。
そのせいか、シェディの【因果改変】で悪化させるような怪我を過去に負ったことがなく、大地ごと吹き飛ばして生き埋めにしても何故か死ななかった。
カリメーロは正に神に愛されたかのような天才である。
だが、その性格故にそれなりに彼を良く思わない者もいる。
例えば【剛剣】の勇者は、カリメーロを見る度に心の底から呆れたような顔で、海よりも深い溜息をついた。
例えば【聖女】の勇者は、カリメーロに会う度に蔑むような嫌な顔をして『近寄るなアホ』と罵っていた。
そんな世界最高峰の天才であるカリメーロにもたった一つ(?)欠点があった。
それは――
「こんな悪いことは止めようっ! ボクが一緒にみんなに謝ってあげるよっ。そうしたら一緒に暮らそう。君のためにリンダ(雌馬)やリリー(雌犬)の隣に、可愛いウサギ小屋を作っておいたよっ!」
剣聖の勇者カリメーロにはこんな逸話がある。
とある王家の夜会に招かれた彼は、王の横にいた王妃を口説き、その後ろにいた王女に求愛し、その陰で唖然としていた愛玩奴隷の猫獣人を誘惑し、ペットの雌犬を誘って足止めさせ、雌馬をたらし込んで逃避行した。
カリメーロは女好きである。節操のない女好きである。彼にとって生物学的に女であり美しければ、ドラゴンでさえも口説くと言われている女好きだった。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
「どわぁあああああああああああああああああああああっ!!?」
シェディの両手から噴きだした極低温の霧が、ポーズを決めていたカリメーロと、こちらに駆け寄ろうとしていた17体の魔物を吹き飛ばした。
「…………」
無表情のジト目でカリメーロを遙か彼方に吹き飛ばしたシェディは、自分を見つけた瞬間に跳びはねるように近づいてきた魔物に首を傾げながらも、果物を幾つか集めて次の国へ移動した。
「ぶはっ!!」
その数分後、凍りついた大地を砕いてカリメーロが顔を出す。
「さむっ! はっはっはっ、バニーちゃんは照れ屋さんだなぁ」
あの一瞬、本能で大地を砕き、魔力で冷気を受け流し特に怪我もないカリメーロは、地に突き立てた剣が倒れる方角に向き直り、
「よし、あっちだ」
元気よくそう呟いて、勇者カリメーロはシェディが消えた方角へ歩き出した。
変態さんです。
正統派の変態を書いてみました。
次回、動き出した聖女




