59 動き出す勢力図
第三章のラストです。
トロールキングを失ったトロール軍は准魔王級というチート級の旗頭を失い、統率が乱れてトールアーン皇国軍に敗走することになった。
でも、元々頭蓋骨の厚みと脳みその幅が同じと言われているトロール達は、すぐにトロールキングを失ったことさえ忘れて、数体のジェネラルを頭にして周辺地域で暴れ続けた。
その結果、若木と皇王を失ったトールアーン皇国は、戦い続けることも混乱に対応することも出来ずにトロールに蹂躙されていった。
まぁ、あのゴールドとかいう人がいれば、そこそこ持ちこたえるんじゃないかな。
『ムッキー』
「お帰り、パン君」
戻ってきたパン君はお疲れなのか肩には乗らずに、タマちゃんと一緒に腰の後ろにしがみついた。パン君はトロールキングを挑発して誘導してもらったし、タマちゃんも頑張ってくれたから、後でおやつをあげるね。
トロールの残党が暴れているおかげで、周辺の小国が結構ヤバい状態になっているけど、そっちの若木はまだ壊せないかなぁ。
何せ、トロールキングを潰した時にそれを監視していた義体ドローンに見つかったみたいで、今もそっちの小国周辺は万単位の義体ドローンが飛んでいて、透明なんだけど目を凝らすとイナゴの群状態なんだよね。
トールアーン皇国とサワンイット共和国の大国二つの若木を壊せただけで、とりあえず今は満足しておこう。
そのトロールキングだけども、私はあっさり倒したように見えたかもしれないけど、アレは私と相性が良かっただけだ。
トロールキングの戦闘力は36000。ゴールドがだいぶ削ってくれたから随分と魔力値が下がっていたけど、私でもアレとまともに戦っていたらこんな簡単には勝てなかったと思う。
私が簡単に倒せたのは、トロールキングが高速治癒の能力を持っていたから。
トロールキングの治癒能力は通常のトロールよりもたぶん強力だったんだろう。しかも脳みそが小さいから、死ななきゃ安いとばかりに防御もなしに戦い続け、私が視ただけでも過去に数十万もの致命傷に近い傷を受けていた。
私はそのうちの十数カ所を最悪の状態まで【因果改変】して、トロールキングを肉塊に変えた。
私もなんともない風にしていたけど、あの一撃で魔力値1万も使ったから、あそこで耐えられたら面倒なことになっていた。
その決着を付けた深手の一つが、あのゴールドが与えた傷だから因果なものだね。もしかして彼が勇者だったのかな?
まぁ、そんな感じでちゃんと倒せたので、久しぶりに魔物から経験値を吸収出来た。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.14】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:71000/71000】15000Up
【総合戦闘力:78100/78100】16500Up
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
ここまで強くなれば大抵の敵には負けないと思う。それでも三人の勇者、まだいくつも残っている人族の大国、そして地球からの干渉もあるだろう。
戦うのは世界樹との契約。運営達への復讐。同じ境遇だった見たこともない仲間達の敵討ち。……でも、私が戦う理由はまた別にある。それは――――
***
『また魔王バニーちゃん様が国を落としたらしいぞ』
『トールアーンか? あれって准魔王級のトロールキングにやられたんだろ? NPCの勇者が倒したけど、若木は壊されたんじゃなかったっけ?』
『いや、公式ではそうなんだけどさ。あの時、【神殿】が介入不可って言って現地に行く奴は居なかったんだけど、何かキャラ削除くらったプレイヤーの奴が、外の掲示板でそんなこと言ってた』
『ああ、知ってるっ。確か、トールアーンにトロールキングを連れていって、現地で逮捕されたプレイヤーでしょ? トロールキングのせいで逃げられたけど、全世界指名手配されていたから泣く泣くキャラを消して、文句言ってた人』
『あれ、運営から削除されたんじゃなくて自分で消したのか。外見と名前だけ変えて、キャラクターロンダリング出来なかったのか?』
『キャラの変更って課金だからねぇ。聞いた話だと、そのプレイヤー達、リアルで中学生だったみたいで、今回みたいな街を丸ごと魔物に襲わせるような行為は、他のプレイヤーの妨げになる行為として、キャラ変更にペナルティーがかかって、200ドルになったんで払えなかったって』
『うわぁ。でも、アカウント削除じゃないだけマシか』
『他のトールアーンやサワンイット周辺を根城にしていたプレイヤーにとってみれば、いい迷惑だよね』
『それで、本当にバニーちゃんを見たの?』
『なんか、奇妙な女の子に罠に掛けられたから、それが魔王だって』
『何の証拠にもなってないじゃないか』
『でもトロールキングの戦闘力は36000だったそうだから、勇者に倒せる確率は低いって解析サイトでも結論出してたよ。バニーちゃんが倒す理由もないけど』
『どっちでもいいけど、そのうち本格的にゲーム出来る国がなくなりそう。運営は何を考えているんだ?』
『一部のプレイヤーは中央大陸に移動を始めているみたいだよ。有志の高ランクプレイヤーが、低ランクプレイヤーの移動を手伝ってる』
『あと、一回だけ無料で転移出来るんだっけ? 俺も中央大陸に移るかなぁ』
『イベントアイテム以外、持って行けないけどね』
『やっぱり、そろそろ試してみるべきかな……』
『ああ、アレか?』
『そうそう、例のプレイヤーイベント。参加する?』
『うん、○○××○△××△だから』
『え、なに?』
『あ、ごめん、不用意な単語は出ないように、×○△×使ってたんだ。……○○×にバレないようにね』
***
トールアーン皇国とサワンイット共和国の陥落は、全世界に衝撃を与えることになった。
つい数日前に大国の連名で三名の勇者に魔王の討伐を依頼し、すべての国が対魔王を想定して軍備と警備の充実を図ったその矢先の出来事であり、いくら准魔王級の敵と勇者が戦闘中だった隙を突かれたとはいえ、それは大国としての自信を揺らすには充分な出来事だった。
そのトロールキングとの戦闘中、剛剣の勇者は【魔王】に出会ったという。
剛剣の勇者の話では、負けそうになっていた彼を魔王が救ったと言っていたが、おそらくは勇者との戦闘中の隙を突いただけで、たとえそれが事実であろうと人族の士気を高めるためにも、トロールキング討伐の功績は剛剣の勇者に与えられたが、彼がそれを不服として姿をくらました。
「融通の利かない奴ね」
西方中部大陸の大国、魔都カランサンク。
魔都、もしくは魔導都市と呼ばれ、人口は40万と小国並であるが、学都サンクレイと並んで世界中から魔術師を志す者が訪れる、魔術を研究する者の国だ。
その国の中央にある世界一高いと言われる尖塔がある城は、王城であると同時に魔術の世界最高学府である魔術大学を兼ねており、学長であり教授でもある国王が気さくに新入生に声を掛けながら歩く姿が見受けられた。
だが、その世界一高い『真理の塔』では、この魔都で一流と認められた魔導師には塔内に研究室が与えられ、他国には知らされない怪しげな研究や、人道を無視した人体実験が行われている。
その中の一室。一流ホテルのロイヤルスイートを思わせるその部屋で、二十代半ばの燃える炎のような赤毛の美女が、血のように真っ赤な果実酒で赤い唇を湿らせながら、目の前の男に軽く硝子の杯を揺らして見せた。
「それで【剛剣】が姿をくらましたから、私に声を掛けたのかしら?」
「いいえ、初めからこの計画に当たっては、【聖女】様にお願いするのが最善であると我々【神殿】は考えております」
美女の言葉に、背の高いブルネットの男はそう言って爽やかな笑みを浮かべる。
【聖女】マーリーン。
彼女は、二十代にして膨大な魔力量で第七階級までの魔術を極めた、この世界で最強の魔導師にて【勇者】である。
外見だけならいかにも火の魔術を好みそうな印象があるが、彼女の魔術は全属性であり、その治癒魔術にて数万人の人間を癒してきた。
その治癒魔術にはマーリーンが開発した新式の魔術もあり、この国だけでなく世界中の王侯貴族が彼女の治療を求めていたが、彼女は患者に王も庶民も無いとして貴族からの依頼を断り、勇者としての仕事を優先している。
「メイソン…とか言ったわね」
「さようでございます」
「依頼内容は神殿からの魔素提供による新型術式の開発と、それによる魔王捕縛だけでいいのよね?」
「捕縛はあくまで可能であればで結構です。ただし、脳や内臓、出来ることなら頭部を傷つけずに提出していただければ、報酬の追加もさせていただきます」
「分かったわ。あなたも一杯飲んでいく?」
「申し訳ございません。仕事中ですので」
依頼内容は術式の開発と、魔王『白兎』の生体サンプルの入手。
その報酬として【神殿】は、今後50年の実験に使う魔素の提供と、入手しづらくなっている“実験素材”の提供を約束した。
「フフ……」
メイソンがいなくなり、マーリーンは唇の端に零れた果実酒を真っ赤な舌で拭うと、上機嫌で自分の研究室に向かい、実験素材が置かれている扉を開く。
そこには、手足を拘束された亜人や人族の見た目の良い少年ばかりが、絶望する瞳で出迎えてくれた。
「お待たせ。これからあなた達のお仲間が増えるから、消耗を気にせず生体実験が出来そうよ」
上機嫌で拷問器具を取り出すマーリーンに、少年達の瞳はさらに深い絶望に沈んでいった。
***
「………あいつめ…あいつめ…あいつめ……」
トゥーズ帝国は首都と副都に分かれてなく、農村部以外の臣民は、上級階層と中級階層60万人が巨大な塀で囲まれた都市で暮らし、その壁の外側で120万の下級臣民が暮らしている。
その壁の外側、湖畔の保養地にある貴族の別荘では、薄汚れたドレスを着た一人の令嬢が、呪いでも掛けるかのように庭の樹木に何度もナイフを突き立てていた。
彼女の名はサリア。
騎士団長の父を持ち、見た目が良かったことで愛妾の一人にでもなればと皇帝の護衛騎士にねじ込まれた彼女は、本人もその気になり、皇帝の愛妾の一人となることを目標としていた。
その夢へ向かう道が歪んでしまったのは、あの兎獣人――シェディが現れたからだ。
サリアは異常なまでにシェディへ対抗心を燃やし、歪んだ想いは憎悪にまで変わり、ソンディーズの一戦にて亜人奴隷を皆殺しにして憂さを晴らしたサリアは、シェディの一撃により顔面の表皮を凍らされた。
魔王となった白兎の猛威が振るわれる前に、ソンディーズの騎士により救出されたのだが、その顔は高度な治癒魔術でも完全に治らず、命令無視の独断専行の件もあって、護衛騎士から長期療養という名目で家に戻され、父である騎士団長は役立たずと壁の外側に追い出した。
別荘にいるのは年老いた管理人の老夫婦のみ。
食事も出るし服も洗濯されるが、シェディへの憎しみに囚われたサリアは、碌に食事もせず身を清めることもせず、ナイフを樹木に突き立てた。
ざっ……と誰かが草を踏む音にサリアの腕が止まり、微妙に引き攣った顔のギラギラとした眼で顔を上げると、そこには今の自分と同じようなギラギラとした瞳の、歪んだ笑みを浮かべる男が一人立っていた。
「やぁ、僕はブライアンだよ。兎ちゃんに復讐したいのなら手を組まないかな?」
色々動き始めました。次回より第四章【乱戦編】になります。
【シェディを取り巻く勢力組織】
・第一勢力:『神殿』。
現地のおける地球側医薬軍事複合企業と、MMORPGを管理する『運営』の拠点。対兎対策は第七研究所に代わり第四研究所になった。
・第二勢力:『一般プレイヤー』。
約三百万人もの大勢力だが一枚岩ではなく、大部分が真実に気付いていない。その中で一部のプレイヤーが動き始めている。
・第三勢力:『大国連合』。
若木を破壊する魔王白兎に対抗する世界規模の組織。地域により認識に差がある。
・第四勢力:『勇者』。
【剛剣】【剣聖】【聖女】の三名。表向きは大国連合の依頼により魔王討伐を使命としているが、その本心は分からない。
・第五勢力:『亜人』。
人族に虐げられている亜人達は、【若木】が破壊されたとしても、一部の者はそれが消滅していないことに本能的に気付いており、この機にレジスタンス活動を始めた。
・第六勢力:『准魔王級モンスター』。
世界には、トロールキング、オークキング、オーガロードの三体の准魔王級が存在しており、人族や勇者と争い続けている。
・第七勢力:『復讐者』。
ブライアン、サリアなど、シェディに復讐を誓う者。




