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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第三章【逆襲】

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58/110

58 剛剣の勇者 ⑤

三人称のみです。

残酷で悪魔的な表現がございます。





「………魔王、白兎(ホワイトバニー)っ!!」


 結界があるはずの街中に、【魔王】が現れた。

 わずかな期間に人族の国が守る世界樹の【若木】を11カ所も破壊し、その思想が危険であると【魔王】に認定され、ゴールドを含めた三人の勇者に大国が連名で討伐依頼がされた存在。

 その戦闘力は不明であり、目撃情報や噂に寄れば単独で行動し、一つの都市を住人ごと凍りつかせたと言われている。

 驚くほどに白い肌と髪。血のような真っ赤な瞳と露出度の高いドレス。そして世界にただ一人である兎の耳は、聞いていた特徴と全く同じであるが、実際に見た感想はまだ成人もしていないような若い娘で、亜人である特徴を無しにすれば線の細い可愛らしい少女にしか見えなかった。


「……くっ」

 ゴールドはその魔王を睨み付けようとして、視界や思考が微かに揺らぐのを感じた。危険だからと【魔王】に認定されたが、本当にこの小柄な娘に噂ほどの戦闘力があるのだろうか? 剥き出しの腕や肩はたおやかで、ゴールドならば握りしめるだけでへし折れそうなほどにか弱く見える。

 この娘が今この都市に迫っている【准魔王級】であるトロールキングよりも格上であるなど、ゴールドのこれまでの経験や勘を持ってしても到底あり得ないのだが、それ以外の部分――ゴールドが光の大精霊に与えられた【加護】である【勇者】の感覚が、目の前の“少女”に挑むことを躊躇わせた。


 これは、ヒトの形をしているだけの、得体の知れない“何か”だ。


「殿下っ、我々にお任せをっ!」

「あのような亜人女一人、我が剣の錆びにしてやりましょうぞっ」

 だがその感覚を万人が感じられるわけではない。

 多くの経験を持つゴールドでさえ、敵と認識して初めて違和感を持ったのだ。他の勇者でさえその感覚を共有することは難しいだろう。

「ま、」

 待て。ゴールドの掠れた声がそんな制止の声を掛ける前に、近衛騎士である貴族の少年達は各々が武器を抜いて少女に襲いかかる。

「薄汚い亜人がっ!」

「死ねっ!」

 一瞬だけ白い少女の艶姿に見蕩れていた少年貴族達も、相手が“家畜”同然の亜人だと分かった瞬間、少女を“屠殺”する対象だと認識した。

 次々と襲いかかってくる少年貴族達に白い少女は静かに目を細めると、疾風の如き速度で迎え撃ち、その鋭利な爪で少年貴族の心臓を貫いた。

「ぐはっ」

「ぎゃっ!?」

「うわあああっ」

「ひいっ!?」

 速さも力もあまりにも違いすぎて、浮かんでいる風船を針で突くような感覚で、少年達は咽を抉られ、首をねじ切られ、心臓を貫かれていく。


「や、やめろぉおおおおおおっ!!!」

 ガキンッ!!

 我に返ったゴールドが背から大剣を抜き放ち、光のオーラを放ちながら白い少女に斬りつけ、咄嗟に少女が取り出した短剣と火花を散らす。

 受け止めつつ一瞬で跳び下がり距離を取った少女は、ゴールドの顔を見て少しだけ目を見開き、根元からポッキリと折れた短剣の柄を適当に捨てた。

「貴様…ッ、魔王っ!! 何故このような真似をするっ!?」

「……?」

 ゴールドの物言いに少しだけ首を傾げた少女――シェディは、破壊された施設や、すでに物言わぬ少年達の遺体を見回してから、ゴールドに視線を戻した。

「どれのこと?」

「すべてだっ!! この国の…この世界の平穏を乱して何が愉しいかっ!!」

 激高するゴールドにシェディはわずかに眉を顰める。

「……愉しいわけないじゃない」

「何だとっ!?」

「それはいいけど、あなた、そんな問答をしている時間があるの?」

「何……」


 その時、遠くから何かが破壊される音と、人々の悲鳴が微かに聞こえてきた。


「何が……」

「結界がなくなったのよ? 何が壁を守ってくれるの? 下位のトロールまで近づけるようになったのなら、当然の結果じゃない?」

 無表情に、冷たく、淡々と事実を告げるシェディにゴールドの顔色が悪くなった。

 ゴールドの計算したトロールキングが到着するまでの猶予は、結界が正常に動いていることを前提としている。

 そもそも結界は、城のような限定された空間なら丸ごと水で満たすように包むことが出来るが、都市のような巨大な空間の場合は、壁や道のような形で外周を覆っているだけにすぎない。

 そのような結界には短所も長所もあり、短所としてはあの線路の時のように一部のほころびを抜けられると内部では何の影響も及ぼさなくなるが、長所としては集中させているので効果が強く、結界が大きければ大きいほど、その余波で魔物を近づかせない効果もあった。

 要するに、この首都を覆うほどの巨大な結界なら、その余波は数キロメートルにもなり、トロール達の進行をかなり鈍らせるはずだった。

 トロールキングが単独で先行していたとしても、トロールキングの攻撃だけなら結界と城壁でゴールドが到着するまで保つはずだった。

 そして結果的には、トロールキングは先行してこちらに向かい、結界は破壊されるという最悪の結果になっていた。


「行かなくていいの?」

 表情に少しだけ首を傾げるシェディに、ゴールドは血が滲むほど大剣の柄を握りしめ歯を食いしばる。

 ここで魔王を放置して城壁に向かえば、手薄になった城を襲撃されて【若木】を破壊されるかもしれない。

 ここで魔王を食い止める為に戦えば、壁が破壊され援軍がまだ到着していない守備隊は、トロールキングに容易く蹴散らされ、後続のトロール達に住民が蹂躙される。

 守備隊が持ちこたえることを期待するか、城の神聖騎士団を信じるか。

 皇族として国家と皇王を護ることを優先するか、勇者として民を護ることを優先するのか。

「…………くそっ!」

 汚い言葉を吐いて、ゴールドは城壁の方角へ走り出した。

 何が正解かは分からない。王族としても勇者としても間違えているのかもしれない。

 それでもゴールドは、街の人達……笑顔で応援してくれた子供達を救うために一人の人間として走り出した。

 その走り出した背中に、聞き違いかもしれないが、魔王と呼ばれる少女の声が微かに聞こえた気がした。


『……正解』


   *


「トロールキングっ!!」


 魔導馬車で駆けつけたゴールドの視界に、巨大な斧を持って暴れ回る身の丈5メートルもある巨体が見えた。

 やはり単独で先行してきたのか、配下のトロール達の姿は見えないが、相手は准魔王級であるトロールキング。守備隊も必死に抵抗していたが、戦斧の一撃が振るわれるごとに兵士達数人の手足や肉片が飛び散り、守備隊から放たれる弓矢や魔術の攻撃も、矢はぶ厚い外皮に弾かれ、魔術で焼かれた肌も瞬く間に修復していく。

 トロールのもっとも厄介なところは、その巨体でも怪力から繰り出される一撃でもなく、その治癒能力にある。


【トロールキング】【准魔王級】

【魔力値:965/1200】【体力値:4540/4600】

【総合戦闘力:36000】


 アレに勝てるだろうか? 戦闘力でゴールドの倍以上。専用の装備もなく、仲間達もいない。

「いや、勝たなくてはいけない…ッ」

 すでに二千人もいた守備隊も半数近くが死んでいるか負傷して戦線を離脱している。

 トロールの後続が辿り着くまでにトロールキングを倒すか、貴族家の応援が着くまで持ちこたえるか。

 どちらも無理かもしれない。応援が到着しても倒せないかもしれない。

 それでも勇者として撤退は許されず、ゴールドは決死の覚悟で戦いに挑むしか道はなかった。


「行くぞっ、トロールキングっ!」

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 大剣と戦斧が打ち合い、互いの攻撃が傷を付け、治癒能力と回復魔術が傷を癒す。

 一見互角。だが、速度と魔法でわずかに対応は出来ても、地力の差か、支援のないゴールドの剣はトロールキングに深手を与えることが出来ず、逆に深手を負わされ、魔術で傷を癒す度に魔力が減り、ゴールドは徐々に追い詰められていった。

 守備隊の中でもまだ動ける者達がゴールドと共に戦ってくれたが、戦闘力が100や200程度の兵士では牽制にもならず無駄に命を散らしていく。

 戦っているうちに戦場は城壁を離れ、市街地へと変わっていた。

「ぐっ……」

 満身創痍になりながらも大剣を構えるゴールド。対してトロールキングは魔力値こそ減少していたが、外傷は治癒してほとんど見られなかった。

 傷のせいか疲労のせいか、汗が止まらず息を吸う度に肺が焼けそうに熱い。それでも剣を振りかぶり戦いを続けようとしたゴールドは、崩れ掛けた民家の側に逃げ遅れたのか蹲る子供を見つけた。

「……なっ」

 怯えているのか、その子供は泣き出したままその場を動かない。


『グォオオオオオオオオオッ!!!』

 その気が逸れた一瞬の隙を突いて襲いかかるトロールキング。剣で受け止める体力は残っていない。その攻撃を躱せば子供に攻撃が当たる。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ゴールドは何も考えず、その子供を護るために身を投げ出して子供を庇った。

 今の体力と防御力では子供ごと死んでしまうかもしれないが、それでもゴールドは見捨てることが出来なかった。

 だが――


『グギャアアアアアアアアアアッ!!』

 突然トロールキングの全身が、過去の傷がすべて開いたかのように血を吹き上げ、筋肉が捻れ骨がひしゃげ、最後にはその腹部が内部から破裂するように砕けて、あの精強だったトロールキングがただの肉塊になって崩れ落ちた。


「……な、なにが…」

 唖然として見つめるゴールドの視界に、血煙の中から全身トロールキングの返り血にまみれた、あの白い少女が現れた。

「……ま、魔王…!? 何のつもりだ……?」

「別に。……強いて言うのなら、子供を救おうとしたご褒美よ」

「なんだと……」

 ゴールドは混乱した。この少女は何なのか? 准魔王級をあっさり倒すほどの力を持ち、世界の平穏を乱す世界の敵が、どうして子供を救うのか?

 その真っ白な姿を穢す返り血が吸収されるように消えて元に戻ると、ゴールドはその片手にぶら下げたモノを見て愕然と目を見開いた。

「き、貴様……それは…」

「ああ、はい、お土産。わかりやすいでしょ?」

 ポンと瓦礫の上に置かれたそれは、微かに霜がつき、恐怖に引き攣ったままの顔で凍りついた、トールアーン皇王の生首だった。

「あ、兄…うえ……それでは、……城は……」

「落としたよ。生きてる人はいない。若木も破壊した。分かるでしょ?」

「なっ……」

 それではこの息苦しいほどの暑さも、若木が破壊されたせいか。

 皇王を殺され、若木を破壊され、城を落とされたのならこのトールアーン皇国も先はないだろう。

 ゴールドは気絶した子供を寝かすと、捨てた大剣を血塗れの手で掴み、震える腕でシェディに向けた。

「何故だ……子供を助けておきながら、何故、こんな事をするっ!? 白兎っ! 貴様はこの破壊された街の光景を見て何も思わないのかっ!」


 人を殺し、国を滅ぼし、准魔王を倒し、子供を救う。

 その矛盾した行動と非道さに戸惑い声を張り上げると、シェディは不思議そうに首を傾げながら、近くの瓦礫を指さした。


「……なんだ」

「さっきの一撃、私が助けてもあなたが庇わなかったら、その子は多分、死んでいた。でも、どうしてそっちの人は助けなかったの?」

「なに…?」

 その言葉に目を凝らすと、そこには犬の獣人らしき女性が瓦礫に挟まれて息絶えていた。

「亜人か……」

「同じ命だよ? どうして差別するの? さっきまでまだ生きていたよ?」

「は……?」

 ゴールドの位置なら確かに子供とその獣人は視界に入っただろう。だが、ゴールドは助ける対象として人族の子供しか認識出来なかった。

「亜人は……人ではない」

「そう? 不思議ね。私にとっては人族も亜人もゴブリンも、同じ命でしかないのに」

「バカな……」

 当たり前のようにそういうシェディに、ゴールドはバカな話だと一笑に付しながら心のどこかで動揺していた。

 何か、重大な事に気がついた思いがした。世界を護る勇者……その護る世界とは()の為の世界なのだ?

 その思いを明確な言葉にすることが出来ずに口籠もるゴールドに、シェディは冷たい視線を向けながら背を向ける。

「分からないならいいわ。さよなら」

「…………」

 霧の中に消えていく魔王を呆然と見送り、ゴールドは剣を落として膝をつく。

 その数日後、トロールキングを失ったトロールの軍勢の撃退に成功するも、若木を失ったトールアーン皇国は国家としての機能を失い、南のサワンイット共和国でも若木を破壊され、二つの大国を失った周辺の小国はトロールの残党に徐々に衰退していった。




ゴールドは生き残りました。

次回、今回の結末。


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ゴールドはシェディの言うことに気づけるのだろうか? ていうか、シェディはライバルになりうるかも知れない勇者を見逃すんだ?
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