57 剛剣の勇者 ④
「……うん、ありがと。戻ってきていいよ」
線路の壊れた魔道具近くで待機させていたパン君に帰還指示を出す。
私の【大悪魔】としてのレベルが上がって眷属達との繋がりが強化されたおかげか、最初は二人が居る場所が分かる程度だったのが、眷属の知覚しているものを私も感じられるようになり、その対象に私の能力である【因果改変】を使えるようになっていた。
元からネットでも何でも繋がりと魔力さえあれば能力は使えていたんだけど、これで随分と戦略の幅が広がった。
そうなると本格的に手が足りないので、眷属がもう少し欲しいところだけど、普通の魔物って私を見たら怯えて逃げるか敵対するかの二択だから、二人みたいな魔物は本当に珍しかったんだね。
今回の作戦は運頼りの作戦とも言えない杜撰な計画だけど、その“運”自体は私が確率操作すれば何とかなっちゃう。
でも正直言うと、私の存在を隠すためとはいえ、遠隔で魔術を暴走させて魔道具を壊すより、目の前で魔道具をいい具合に改造するほうが難易度高かった。
その後、あのカージとか言うどこかで見たプレイヤー達に魔物を連れてこさせようとしたけど、ちょっと私の『人を惑わし運命に導く兎の悪魔』の部分が強く作用しすぎたみたいで、あの人達、よりにもよって准魔王級のトロールキングを連れてきちゃった。
その戦闘力は36000。さすが准魔王級、少し前なら私でもヤバかったね。
これだったら、無理をしてそこら辺の魔物を結界の内側に追い立てなくても良かったかもしれない。
……まぁ、いいか。大は小を兼ねると言うし。
駅では私が追い立てた岩トカゲの群が暴れていた。
まぁ、これまでの策と同じで、繰り返すと対処されたり警備が厳重になったりするんだけど、あと何回かは使えそう。
正直、【若木】のある場所は、人員的にも魔法的にも警備が厳重で、私でも突破するのは時間が掛かってその間に増援が来そうで面倒そうだと思ったけど、駅から魔物が現れたことで【若木】のある建物から警備の一部が向かってきているらしい。……と、若い衛兵がペラペラ教えてくれた。
やっぱり冒険者に偽装していると楽でいい。もしかして外見が成長しているのが効いているのかも?
ついでにこっちに向かってきているパン君の情報から、トロールキングの軍勢も二つに分かれて、トロールジェネラル率いる軍隊がサワンイット共和国に。トロールキングの軍勢がこっちに来ることが分かったので、その情報も匿名でギルドに流しておく。
すぐ鵜呑みにはしないだろうけど、確認出来たらそちらに軍備のほとんどを割かないといけなくなるだろう。
とりあえずトロールキングが来るまで、ちょこちょこと見かける【義体】ドローンを不自然でない程度に潰しておきますか。
***
「すぐに駐在軍を集めて駅の周囲を囲めっ! 騎士団を城の南部へ集めるよう伝令を送れっ!」
「「はっ!」」
トールアーン皇国に戻り兵士達にそう指示を出したゴールドは、駆け出した兵達を見送りながら拳を強く握りしめ、城に向かう。
ゴールドとしては、あの結界が消失した線路に残りトロールキングの軍勢を食い止めたかったが、状況と立場がそれを許さなかった。
首都にある城へ上がると、すでに聞き及んでいたのか、迎えに来た騎士の案内でそのまま皇王の執務室へ通された。
「おお、来たかゴールドっ。近う寄れっ」
「……兄上」
ゴールドは先代皇王の七番目の子であり、現皇王は実の兄である。
きらびやかな衣装を纏った肥え太った皇王は、ゴールドの姿を見ると急げとばかりにバンバンと執務机を叩く。
「駅に魔物とは何故じゃっ!? それと父上が王の頃からあのトロール共は動かなかったはず。これはどういう事じゃ、説明せいっ!」
「線路の結界が一部消失しました。どうやら冒険者が関わっているようですが、まだ犯行動機などは…」
「そんなことはどうでも良いっ! 【神殿】とべったりの冒険者共めっ。この国では皇王である儂が神であるぞっ。…いや、この機に神殿の責任を問うて、この国から追い出すべきか……」
「兄上、それどころではありません。すぐに神聖騎士団の派遣をっ!」
何やら策略を始めた兄にゴールドがそう進言すると、皇王は糸のような目を見開いて狼狽え始めた。
「な、ならんっ! 噂では【魔王】が【若木】を狙っているそうではないかっ! この城の警備を減らすわけにはいかんっ!」
「ですが、トロールキングから城壁を守るには神聖騎士の法術が必要です。このままでは民たちが……」
神聖騎士団はこの国で法術と呼ばれる聖魔法の使い手であり、その力は攻撃よりも守備に向いている。
それ故、皇王は城に残したかったようだが、稀少な聖魔法の使い手である彼らは数が少なく、城を護るとしたら若木と皇王に結界を張る事しか出来ず、もしこちらにトロールの群が現れても時間を稼ぐことしか出来ないだろう。
それならば、城壁を強化してもらいトロールの進行を食い止め、負傷兵を癒してほしいとゴールドは考えていたが、それはあっさりと退けられた。
「この国は、世界樹の若木と神である儂がすべてじゃっ! それさえ残っていれば何とかなるっ! ゴールド…いや、【剛剣】の勇者よ。近衛軍は貸してやる、お前が責任を持ってトロール共を駆逐せいっ!」
「……畏まりました。陛下」
剛剣の勇者、ゴールディ・フォン・トールアーン。
この世界でたった三人しか居ない【勇者】でありながら、ゴールドは皇族である立場から現皇王である兄に皇位を奪われるかもしれないと疎まれ、その行動を常に縛られていた。
ゴールドは兄に簒奪の意思はないと三十代の半ばとなる今まで妻を娶ることもなく、竜を狩った素材で作られた装備を纏うこともなく封印し、勇者と認められるようになってから、共に戦ってきた仲間達とも別れて兄の意思に沿って生きてきた。
それはこの国を愛していることもあるが、亡き父王から兄と仲違いすることなく支えてやってくれとの遺言を守ってきたからだ。
だがその皇王である兄には、王としての器は感じられない。
「……出撃する」
「「「はっ」」」
近衛騎士の少年達が強張った顔で返事をする。
他の国と違いこの国の近衛騎士団は、他国の貴族のエスコートをするためと、若い貴族子弟に箔を付けるために数年間入団させるだけの腰掛け的な意味合いしかない。
中には騎士として残る者や、真面目に使命を果たそうと鍛練を積む者も居るが、数的にも戦力的にも不安が残る。
そして一般的な装備しかなく仲間達とも離れたゴールドは、准魔王級であるトロールキングと戦って勝てるかどうか分からなかった。
【ゴールディ・フォン・トールアーン】【種族:人族♂】【剛剣の勇者】
【魔力値(MP):700/700】【体力値(HP):500/500】
【筋力:90】【耐久:80】【敏捷:80】【器用:7】
【剣術5】【防御4】【攻撃魔法3】【回復魔法4】【身体強化】
【総合戦闘力:14700】
「行くぞっ!」
それでも戦わなくてはいけない。ゴールドはこの世界の勇者なのだから。
途中で聞いた情報によれば、結界を抜けて西に抜けてきたトロールの軍勢は、二手に分かれてこのトールアーン皇国とサワンイット共和国に向かっているらしい。
これまでトロールキングを恐れて南東側だけに警備を集めていたせいで、正門のある西側は結界はあっても城壁は薄く、魔導兵器も南東側の3分の1しかない。
兵を集めようにも千名近い駐在軍は駅に現れた魔物を食い止めるのに動けず、民兵を集める時間もないので、西側の既存兵力である騎士団400名と兵士1200名で対応するしかない。
大国として国家の兵力は高いが、大国故に貴族家から集めるにも地方の兵力を集めるにも、とにかく時間がいるのだ。
「トロールキングがこちらに来ているのは、運がいいのか悪いのか……」
勇者として考えるのなら、自分がいない他国へ向かわれるよりいいのだが、この国の王族としては運が悪いとも言える。
冒険者に応援を頼めればいいのだが、ギルドはともかく、皇王が【神殿】を排除しようと冷遇しているので、【若木】が危険にならない限り、何かしら邪魔が入るのは容易く予想出来た。
トロールキングの軍勢が他の街を無視して直接この首都に到着するまで、おおよそ三日ほど。貴族家の常備軍が用意を調えて到着するまで約四日。
単純に考えれば丸一日持ちこたえればいいのだが、その一日を耐えるためにも用意がいる。その貴重な時間を皇王への謁見で潰されたことでゴールドの心に焦燥感が生まれていた。
『勇者様ぁ!』
『勇者様に勝利をっ!』
城から正門へ向かう途中、避難途中の市民達から声が掛かる。
結界があり、勇者がいる限り負けはない。人々の顔にはそんな想いが表れており、中には避難もせずお祭り騒ぎのように酒を呑んでいる者達も居た。
だが、結界も絶対ではない。
トロールキングやジェネラルのような希少種は、結界を乗り越えてくることがある。
今までトロールキングがそれをしなかったのは、単独で攻め入っても数の暴力で倒されることを知っているからだ。
それでも、街の中に入ることが出来れば、トロールキングは真っ直ぐに街を覆う結界の魔道具を破壊しようとするだろう。
城の結界は若木の側にあるが街の結界は数カ所に分かれて存在する。そのうちの一つでも破壊されれば首都は陥落する。
要するに今回の防衛戦は、貴族家の応援が到着するまで正門と城壁をトロールの軍勢から守る戦いとなる。
「……なんだ?」
魔導馬車での移動途中、ゴールドは街の中で違和感を感じた。
その方角に顔を向けるとそちらには各施設に変換した魔力を送る施設があった。そしてそこは、街を守る結界の魔道具の一つがある場所であった。
「殿下、どうなされました?」
「いや……」
違和感の正体が分からず『何でもない』と兵に答えようとした瞬間、その魔力施設から強い魔力が発せられた。
「魔力暴走っ!?」
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
次の瞬間、鈍い音と共に魔力施設が内側から爆発する。
「ぐおっ!?」
建物が頑丈なせいで音の割りには爆発の範囲は狭かったが、一部の壁が崩れ落ち炎を巻き上げる様は、その衝撃のほとんどが内側に向かったことを意味していた。
そして消えていく街の結界に、ゴールドが愕然とした表情で魔力施設を見つめていると、その炎の中からゆっくりと一人の少女が姿を現した。
真っ赤な瞳と真っ赤なドレス。
真っ白な肌に真っ白な髪。
そしてこの世界にたった一人しかない、長い兎の耳。
「………魔王、白兎っ!!」
次回、勇者との戦い。




