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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第三章【逆襲】

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53/110

53 新しい能力




『魔王襲来っ!!』


 隣国カンヌーフから届いた魔導通信の一報に、カンティートの太守である男は目を剥いて立ち上がり、流通が滞り今や貴重品になりつつあるラム酒の杯が床に転がった。

「莫迦な……なぜウサギが来るっ!? この地域に恨みでもあるのかっ!!」


 先日……近隣の懇意にしていた五つの国々が立て続けに落とされてから、まだ一週間と経っていない。

 それによって危機感を持った全世界の大国が話し合い、それを為したウサギの獣人を【魔王】と認定した。

 正式な『魔王認定』は、歴史を紐解いてもまだ世界に国が半分しかなかった数百年ぶりのことで、当時はエルフやドワーフなどの亜人とも連携して、【災厄級】に認定された【邪竜】を討伐したそうだが、ほとんどの人族国家では人族のみで倒したことになっている。

 その当時の二人の【勇者】が中央大陸より離れ、西部大陸と東部大陸に国を興したことで人族は世界中に広がった。

 そして今の世にも【勇者】は三人存在する。

 勇者さえいれば魔王は討伐出来る。多くの人族はそう考え、魔王の存在におののいてはいても決して悲観してはいなかった。


 人族の国々は対魔王の備えを始め、前回被害を受けた小大陸群の中で、引き籠もっていたおかげで被害を受けることがなかったカンヌーフやカンティートでも、民兵や兵士達だけでなく冒険者を積極的に雇って対策をしていた。

 それでも余裕のある大国ならともかく、小国が警戒を常時続けられるわけではない。民兵を動員すれば生産力が下がり、高ランクの冒険者を雇うには、兵士の数倍の給金がいる。

 そこで小国では、【神殿】から各外相に送られた『魔王の出現予測』を当てにするしかなかった。それによれば次に魔王が現れる確率が高い地域は、東部中央大陸か西部北方大陸らしい。

 そんな地域でも確率的には高くても40%程度だが、被害を受けたばかりのこの小大陸群の確率は10%以下で、太守はいつまでも引き籠もっていられず、民兵達を普段の生活に戻さざるを得なかった。

 その確率の低い地域で、隣国カンヌーフが魔王の襲撃を受けたのだ。


「陛下っ、すぐにカンヌーフの救援をっ!」

 すぐにでも出ようとしている兵団長の言葉に、太守の顔色が悪くなる。

「ま、待てっ、兵の数が足りんっ! まずは状況を確認しろっ」

「陛下……」

 この地域で生き残った国家同士で、貴族間で縁戚もあるので心情的には兵団長の想いも分かるが、ここで兵を出すにしても準備に二日、魔導列車を利用しても丸二日はかかる距離なので持ち堪えられるとは思えない。


 魔導通信による文官同士のやり取りで分かったことは、警戒対象が亜人ということで対魔物結界から魔素消費の大きい対魔力結界に変えられたが、それによって易々と首都に侵入出来なくなった【魔王】は、首都全体を極低温の霧で覆いつくした。

 カンティートと同様にカンヌーフでも民兵を帰してしまったために反撃する兵が足りず、現在は室内の給排水設備さえも凍りつく極寒の街の中で耐えているので、至急救援が欲しいとのことだった。


「間に合うのか……?」

「間に合うかどうかではなく、人道的支援を…」

「それで我が国まで落ちてしまったら…」


「もう気にする必要は無いよ」


 騒ぎ出す文官や貴族達にそんな言葉を掛けたのは、栗色の髪に同じ色の瞳をした、地味な色合いだが可愛らしいメイドの少女だった。

 十代前半にも見えるので貴族の行儀見習いだろうか? いつからいたのか誰も気付かなかったが、会議に突然割り込まれた兵団長が苛ついた顔で立ち上がる。

「小娘が大人の話に口を出すなっ! つまみ出せっ!」

 その声に数人の兵士が近づいてくるが、少女メイドの腕を乱暴に掴んだ瞬間、凍りついたように動きが止まる。

 いや、現実に凍りついていた。一瞬で兵士達は白く染まり、春の陽気が突然極寒に変わったような大気に身を震わせる人々の前で、少女の髪やメイド服がドロドロに溶けて一体の小さなスライムに変わると、少女の姿は真っ白な髪に赤いドレスの、今もっとも畏れていた姿に変わった。


「……魔王……?」

 静まりかえる中、太守の絶望したような声が零れ、吹き荒れる極低温の霧に冒された城の人々は、意味が分からないまま凍りついていった。


   ***


『――魔王様、首尾はいかがでしょうか?――』


 魔導通信機から流れてくる声に、生きる人間がいなくなった部屋の中でチラリと私は視線を向ける。

「協力はありがとう。でも、私はあなた達の上に立ったつもりはない」

『――もちろん、構いません。我々は、もう二度と“間違い”を冒したくないだけなのです――』

 それだけで会話は終わり、通信機を操作していたパンくんと、私の偽装をしていたタマちゃんが、私の腰や肩といった定位置に戻る。

「ご苦労様」

 ポニョン。

『ムッキー』


 私が【魔王】と認定されたことで警備が厳重になり、人族の国に気軽に侵入することが出来なくなった。

 最初は“予定”通り、外側から凍りつかせて死に絶えるか救援が来るかのチキンレースを開幕しようと思っていたんだけど、そんな私に接触してくる人達が居た。

 まぁ、彼らが私を見つけたんじゃなくて、必死で捜している彼らをパン君が見つけたんだけどね。

 彼らは亜人。まだ人族に捕まっていない、もしくは上手く逃げ出せた獣人やエルフ達の集まりだった。

 彼らに手引きをしてもらい街に侵入した私は、変装のおかげで誰にも怪しまれることなく城に入り込み、目撃者を始末してこのカンティートの【若木】を破壊した。

 もちろん、カンヌーフの若木はすでに破壊してある。さっきまでこの国の人間と会話をしていたのは、自分の魔力で通信機を動かせるエルフ達だ。


 その亜人達のリーダー、壮年のエルフは『間違い』と言った。

 長い年月を生きるエルフなので、もしかしたら人族と同胞として生きてきた頃を知っているのかもしれない。

 その間違いとは……人族が若木に寄生することを許したことだろうか?

 ……まぁどうでもいいか。誰かがまた人族と同じ道を歩むのなら、もう一度私が潰すだけだしね。


 それよりも、亜人達の手引きは助かったけど、それ以上に有効だったのは『変装』の効果だろうか。

 私に変装とか仮装のスキルが生えてきたわけじゃない。スキルが生えてきたのは、私の眷属である二人だった。


【タマ】【種族:ゼリースライム】【悪魔シェディの眷属】

【魔力値:10/10】【体力値:10/10】

【総合戦闘力:10】

【特技:お洗濯・お掃除・お召し替え】


【パンくん】【種族:モノトン猿】【悪魔シェディの眷属】

【魔力値:20/20】【体力値:20/20】

【総合戦闘力:20】

【特技:メイクさん・バナナ】


 さて、どこからツッコもうか。

 タマちゃんに生えてきたスキルは【お召し替え】だった。どうやらこれは私を包むように薄く広がって『服に擬態する』能力みたい。

 ……私はあまり気にしていなかったけど、あまり服装に頓着しない私よりもタマちゃんが気にした結果みたいです。タマちゃんより女子力が低い私。

 これの凄いところは、カツラまでワンセットでウサギの耳を上手く隠してくれるところ。それでも私の顔立ちは変わらないし、眼の色はそのままなので見る人が見れば分かっちゃうんだけど、そこはパン君のスキルで何となかった。

 スキル【メイクさん】……なんで“さん”がついているのか知らないけど、パン君のスキルのおかげで、眼の色と印象を少し変えることが出来た。その他にもタマちゃんの擬態化を自然な状態に修正してくれる。

 すごい。二人とも凄い。色々と足りない私を沢山補ってくれるので、思わず一時間ほど撫で回してしまった。


 それと私が次の襲撃場所を選ぶよりも、二人に選んでもらうと待ち伏せされることがほとんどないの。

 今回もプレイヤー達はいたけど、数は少なかった。数云々よりも前回の一件から彼らが積極的に私と戦おうとしなくなったのはなんでだろう。

 戦闘力の差に気付いたのかな? 彼らは武器も構えず寄ってくると笑顔で記念撮影をして、やられる時も嬉しそうに歓声を上げながら消えていった。

 あれが真のゲーマーなのか……。理解できない生き物だ。


「次はどこに行こうか?」

 世界地図を広げて次に出向く国を二人に尋ねると、二人は珍しく悩むような素振りを見せる。もしかして世界中で警備が厳重になっているのかな?

「だったら、面白そうな所を教えて」

 せっかく変装も出来るようになったし、偵察も兼ねて観光もいいんじゃないかと聞いてみると、東の真ん中の大陸を指さした。

 トールアーン皇国……名前からして微妙に厄介そうな国なんだけど。


 そして……そこで私はある人物と出会うことになる。




新しい能力は、タマちゃんとパン君でした。


誠に申し訳ありませんが、お盆前に仕上げなくてはいけない急な仕事が入りまして、数日更新出来なくなります。

なので少し更新はお休みして、次は来週の土曜更新になります。

一週間お待たせしますが、ご了承下さい。

猛暑が続いていますが、皆様もお体にお気をつけください。


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― 新着の感想 ―
お猿にメイクして貰う魔王さま。 スタイリストはスライムさん。 そう書くととても微笑ましいんだけどな。 目的は殺伐としてるけど。
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