52 戦いの結末
第七研究所副所長ブライアンによる企業の意向を無視した暴挙により、魔物兵器アバターを使用する為の軍人達――裏βテスター達が規定値を超える処置を施されて、ほぼ全機が異世界の戦場に投入された。
その戦闘により、彼らが全滅するに至った大規模冷気攻撃を受けた多数の軍人が精神に障害を受け、付属の隔離病棟へ入る羽目になった。
それをした当のブライアンは、無理なVR機器使用の反動か、過去の傷が急激に悪化して両腕と両目を失う重傷を負い、精神錯乱の兆候があるとして特別隔離病棟へと収容された。
「それじゃあ、よろしく頼むよ、オードリー君」
「はぁ……」
病院送りとなったブライアンの代わりに、副所長代理として暫定的ではあるが、ブライアンの秘書をしていた主任研究員のオードリーが就くことになった。
二十代後半とまだ若いが、今回の実験内容と現場を良く知っていること。そしてなにより、ブライアンの惨状を聞いて、候補者のほとんどが怯えて辞退したという事が大きく働き、彼女が選ばれた。
約半年ぶりに研究所に現れた天下り所長の老人は、この後ゴルフにでも出掛けるような出で立ちで現れ、オードリーに辞令を渡すとさっさと帰ってしまった。
副所長代理として第七研究所でほぼ最高権力を持つことになったオードリーだが、現実として先行きはかなり暗かった。
重大な魔素の供給源である【世界樹の若木】の破壊。それを止めるどころか返り討ちに遭い、このままでは第七研究所の魔素アバター開発にも支障が出かねない。
「……仕方ないか」
研究員としてはやりたくなかったが、事業内容の一部を他に割り振ることにした。
具合的に言えば、第七研究所で行うことを魔物兵器アバターの開発だけに絞り、ブライアンの手腕で広げていた魔素兵器の開発と、元凶である兎獣人の捕縛は、元々兵器開発を主な仕事としていた第四研究所に引き継がれることになった。
「ブライアンが強引に取っていったというのに、何ですか、このていたらくは。彼の地では戦闘力が1万以上のドラゴンなどが居る世界なのですから、その程度の敵がいることは想定内でしょう。まぁ、兵器開発の本職である我々の手腕を見ているのですね」
データを受け取った小太りの男がオードリーを見下すように嗤う。
魔素兵器の開発を奪われた第四研究所の副所長は、引き継ぐ際に随分と嫌味を言っていたが、実際その通りなので反論のしようもない。
それよりもオードリーは、特に『兎獣人の捕縛』だけは、どうしても他の研究所に振りたかったのだ。
乱暴にデータを奪っていった第四研究所に、第七研究所の研究員からは思っていたよりも文句は出なかった。
誰もが皆、オードリーと同様に、リアルタイムで一度でも『白いウサギの少女』の殺気を受けた者は、アレと敵対したいと誰も思わなかったのだ。
***
イグドラシア・ワールドMMORPGのVRチャット掲示板でも、先日の『バニーちゃん捕獲作戦』イベントの話題で盛り上がっていた。
『参加したぜっ! 瞬コロされたぜっ!』
『バニーちゃん強すぎっ!』
『俺、ランク5の盾職なのに、掌底一発で頭吹き飛んだんだけどっ、なんでだっ!?』
『最初に突っ込んでいったの、お前かよっ! いや、盾職なら盾構えろよ』
『バニーちゃん、容赦なさ過ぎてモザイクだらけだったなぁ』
『蜘蛛がいっぱい出てきたけど、アレは何なの? 魔王バニーちゃん様の手下じゃないんだろ?』
『戦っていたから、バニーちゃんの敵対戦力だろうな。詳細不明だけど、戦闘力4000とかワイバーンとかの亜竜クラスが五十体とか、あれってバニーちゃんと共闘する流れだったんじゃないか?』
『いや、イベントだったとしたら、あれってバニーちゃんが【魔王】になるイベントだったんじゃない?』
『だとしたら、最後の都市丸ごとの破壊も、プレイヤー側に魔王が悪だって印象づけてラスボス感を出すため?』
『いや、逆にファンを増やしてどうすんだよ、運営っ』
『あああ、やっぱり親に借金してもフィギュア付きを買うんだったっ!』
『大人バージョンと子供バージョンの二つを買った俺に隙はなかった』
『オークションで買えよ。転売ヤーが10倍で出品してるぞ』
『イベントの度にガンガン強くなってるバニーちゃんだけど、戦闘力解析のほうはどうなってる?』
『相変わらず戦闘力が視えないバニーちゃんだけど、あの蜘蛛との戦闘を解析した結果だと、最低でも総合戦闘力2万超えだそうだ』
『さすが、魔王バニーちゃん様。その後で魔王に覚醒してるんだから、更に上がっている可能性もあるのか』
『どうやって倒すんだ? 俺、戦闘スキルレベル5を二つとって、ようやく総合戦闘力が1000超えたところなんだけど』
『ラスボスなら、やっぱりランク10になるまでお預けかな? スキルレベル6の開放が公式で出てただろ?』
『他のゲームと違って、魔王は本当に一人しかないから、簡単に倒されてほしくない』
『そんなん、倒せるにしても後続不利じゃないか』
『だからこその強さなんでしょ。多分だけど、レイドみたくプレイヤー数千人で戦うんじゃない?』
『うわぁ…うちの環境でそんな人数、表示しきれるかな』
『戦闘力よりも、バニーちゃんの特殊能力がエグくて、勝てる画が浮かばない』
『極低温の霧は、厄介だけど何とかなる。風魔術に弱いって分かっているし、気をつければ即死はしない。多分ッ』
『あの手を向けてくる奴だろ? アレ何なの? 魔術が失敗したんだけど』
『色々言われているけど、確率操作じゃないかって話になってる』
『魔術も戦技も失敗するのかっ!? どうやって勝つんだよ、そんなのっ!』
『ら、ランク10になれば……』
『すみません、魔王軍へはどうやったら入れますか?』
***
「ふぅ……」
開放したラインで世界樹に戻って、ようやく落ち着いた。
私自身は何も変わっていないのに、私の中にあった何か根本的なモノが入れ替わったような感覚。
何となく分かる。私は自分の考え方の中心にあった、自分が『人間』というカテゴリーが違う『モノ』に置き換わった感じがした。多分、私はあの時に本当の『悪魔』になったのだろう。
あの時の姿はその表れだと思う。あのままだったら人族の集落に入る時面倒だなって思ったけど、落ち着いたら真っ白な肌も白目まで真っ赤な眼も元に戻ったから、あの姿が私の『悪魔』としての姿なんだろうなぁ。
私は今まで相手が『人間』と言うだけで無闇に殺さないようにしたりしてきたけど、そのカテゴリーの『枠』がなくなったことで、躊躇する理由がなくなった。
もちろん、人間の子供とかを殺すことに躊躇がなくなったわけじゃない。
私にとって子犬や子猫を可愛がりはするけど、襲ってくる野犬の群は、その巣ごと駆除するのと感覚的に変わらなくなっている。
要するに私にとって『人間』は、動物の群や、集落のゴブリンと変わらない存在になってしまっただけ。
だから友好的に接してくるのならコボルドだって手を差し伸べるし、邪魔をするのなら蜂の巣を駆除するように人間だって始末する。
だからといってハチミツ目的で蜜蜂の巣を襲うような真似はしない。
だって、一般人を倒しても得られるものがほとんどないんだもん。
【シェディ】【種族:バニーガール】【大悪魔-Lv.10】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:56000/56000】
【総合戦闘力:61600/61600】
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
【魔王】
魔力値も二万くらい上がったけど、都市一つを潰したにしては上がり幅が小さい。
あの都市でも10万人以上は住んでいたはず。それなのにこの上がり幅は、人間一人当たり1ポイントも増えていないってこと。
低級悪魔だった時も、ランクが上がってイモムシから得られるものが少なくなった記憶があるから、戦闘力の低い人間ではほとんど上がらなくなったのだろう。
狙うのなら強い人間。強ければ強いほどいい。
そして出来れば、とっても悪い人間がいい。悪い人ほど、なんか……美味しそうな匂いがしたから。
私は本物の悪魔となり、階級がついに【大悪魔】となった。レベルも10になったけど、このレベルってどこまで上がるんだろ?
再生した若木の数だけレベルが上がっているから、100まで上がるのかな? すっごい先が長そう。
それよりも気になるのが、奇妙な称号を得ていたこと。
【魔王】……なんだろこれ?
気になって鑑定してみると、その横に文字が見えてきた。
【魔王】
・その世界において大多数の知的生命体に『悪』と呼ばれるモノ。もしくは脅威。
・脅威度により『准魔王級』と呼ばれる存在がいる。
……ざっくりとした説明だけど、私が人族の街を壊滅させたから、人族からそんな風に認識されたって事かな。
悪魔だから魔王なのかと思ったけど、特に関係ないみたい。翻訳の関係でおかしくなっているけど、魔王じゃなくても、破壊神でも邪王でもいい感じ。
それと『准魔王級』? そんなモノも居るのね。
ポニョン。
『ムッキー』
息をついて世界樹の根に腰を下ろした私に、タマちゃんが肩によじ登り、パン君が膝の上に乗ってバナナを差し出してくれた。
ありがとう。でもこのバナナはどこから持ってくるの?
まあいいか。少し休んだらまた次の若木を破壊しに行こう。今度は人族達も油断はしないと思うけど、強い人ならどんどん出してほしい。
確か、どこかに【勇者】っているんだよね?
***
南半球にある小大陸群の五つの国家がわずかな期間で【若木】を破壊された。
そのうち二つが大国であることで世界中に衝撃が走り、最後のソンディーズ攻防戦の際に、都市の住民15万人が犠牲となったことで、残る三十の大国の王達は通信会議の協議によって、それを為した兎の獣人を世界に仇なすモノ――【魔王】と認定し、世界の敵として力を合わせることを誓った。
それと同時に聖都アユヌと【神殿】の名において、この世界に居る三名の【勇者】に【魔王】ホワイトバニーの討伐が依頼された。
次回、この世界の勇者達がシェディ討伐に立ち上がる。
次は土曜更新予定です。




