48 皇帝の罠 ③
修正完了しました。
「それじゃ、パン君お願い」
『ムッキー』
私の言葉にパン君は任せろとばかりに頷いて、バナナを1本私に差し出した。
私の一部を浸透させた若木は、私の眷属を残しておけば一部のラインを使える事が分かった。今回はパン君にそれをお願いして、使えるようになったカールヴァーンのラインで一旦世界樹へと帰還する。
「次に行くよ」
ポニョン。
私はそのまま休みもなく上の大陸へと転移する。その大陸には大国カーシーズがあるけど、真正面から突っ込んでもすぐには攻略出来ない。
なので私が目指すのは、他の二つある小国のどちらかだ。
転移して弾かれて落ちて、世界樹の方角と眷属であるパン君の位置から、だいたいの位置を割り出した私は、東側の小国シーセットへと移動を開始した。
ガイドブックによれば、この三国は親戚である連合国のような形で、非常に繋がりが強いらしい。
半日かけてシーセットに到着した私は、まだ人間用の警戒しかされていない警備網をかいくぐり、そこの若木にも私の魔力を浸透させてラインの一部を乗っ取り、その場はタマちゃんに任せてまた世界樹に戻り、そこからティズ達が罠を仕掛けて待ち構えるソンディーズへ、真正面から乗り込むことにした。
***
「ねぇ、ティズぅ。本当にその噂のバニーちゃんがやってくるのぅ? もう四日になるわよぉ?」
「神殿の学者の話では、最低十日以内には現れなければ、他の確率の高い国に向かうそうだ。それと、その間延びした喋り方は止めろ」
他国の賓客を迎える王宮内の別館で、籐のソファでくつろいでいたティズは、妖艶な笑みを浮かべる元同級生に渋い顔を向ける。
神殿学者の洞察と確率などというあやふやなものを信じて、ティズはシェディを罠にかけるため、このソンディーズにまで来ていた。
ティズもそれが確かなものだとは思っていないが、それ以外に有効な手が思いつかなかったのと、プレゼンテーションをするメイソンの話術が巧みなこともあり、試してみるのも一興かと考えた。
「あのメイソンとかいう男よね? 私の所にも以前そんな提案をしに来たけど、胡散臭いから追い返したのよねぇ。ちょっといい男だけど、この私に全く動じないんだから、失礼しちゃうわぁ」
「……それは凄いな」
ティズは友人を見て、あのメイソンという学者を改めて少し見直した。
メイソンはトゥーズ帝国に声をかける前に、一番シェディの現れる確率が高かった、このソンディーズに声をかけたそうだ。
ソンディーズの王は世界規模の勢力がある【神殿】を無下に出来ず、その対応をこの同級生に任せたが、現実味のない話だと一蹴したそうで、メイソンはソンディーズの説得役として親交の深いティズに交渉を持ちかけた。
「ふふ、さすがティズはよく分かっているわね」
「……付き合いは長いからな」
アスラン・フォン・ソンディーズ。
学都サンクレイに留学していた時からの友人で、このソンディーズの王太子でもある身長2メートル20センチの褐色の大男である。
こんな口調だが、見た目は短髪の爽やか系の青年で、特に女装癖もなければ男色家というわけでもない。
アスランはただ単純に可愛いもの綺麗なもの好きで、ティズの護衛で見た目だけは良いサリアも普通に口説きはじめて、珍しくサリアが怯えていた。
そんなアスランに迫らせて全く動じないメイソンの胆力はかなりの物だろう。
「ティズも、昔は可愛いお尻の美少年だったのにねぇ」
「煩い。それはそうと、アスラン。可愛いもの好きなお前が珍しいな」
「何かしらぁ?」
「シェディ……ウサギのことだが、あれも見た目は良いぞ?」
「でも、獣人でしょう? 奴隷を可愛がるならまだしも、愛でる趣味なんてないもの。それならライオンでもペットにしたほうがいいわ」
「お前はペットをすぐ殺すからな……」
アスランは猛獣を部屋で飼い、その恵まれた体躯で粗相をした猛獣を絞め殺すのを趣味としていた。
以前は獣人奴隷などもよく殺していたため、アスランは国王より奴隷を手に入れることを禁止されている。
「アイツは俺のだから渡さないぞ?」
「別にいいわよ。今回冒険者を集めた経費をすべてティズが持って、例の賞金をこちらに貰えるのなら文句はないわ」
そんな会話をしていると、神殿の学者メイソンとこの国の文官が伴い、二人のいる部屋へと訪れた。
「皇帝陛下並び王太子殿下におきましては、この度はご協力いただき、まことにありがとうございます。集めていたランク3以上の冒険者が規定数に達しましたので、騎士訓練場をお借りして、集合させております」
「そうか。わかった」
「ふふ、楽しみね」
メイソンの言葉にティズとアスランが護衛騎士を率いて訓練場へ向かう。ティズの後ろでは、サリアがこれから戦闘があるかのように何度も剣の柄を握りしめていた。
訓練場にはランク3以上の冒険者百余名が集まり、そんな彼らを取り囲むように千名近い騎士が待機していた。
トゥーズ帝国皇帝であるティズと、ソンディーズ王太子であるアスランが、冒険者達に軽く声をかけ、メイソンがそれに続いて冒険者達に今回集めた依頼内容を説明しはじめる。
「まずあなた達にしてもらいたいのは、若木の警護です。告知通り期間は十日。何ごとがなくとも小金貨1枚が支払われます。それと襲撃者が現れた場合は働きに応じて報奨金が支払われます」
メイソンの声に冒険者達が頷く。その中で何割がプレイヤーなのか? あきらかに緊張した面持ちでいつ戦闘が始まってもいいように身構え、現地の冒険者が不審な視線を向けていた。
「では、……あなた達の周りで顔を隠している者を探してくださいっ!」
メイソンのその一言に、冒険者達の顔色が変わる。
冒険者達が集められた理由は『兎の獣人』を罠に掛けるためだ。
彼女は理由は分からないが【世界樹の若木】を狙っている。そこで城に呼び込む名目で冒険者を集めれば、その中に紛れて侵入すると考えた。
その為に、冒険者達の身元チェックはわざと緩いものにしてある。
冒険者達は自分達の中に襲撃者が紛れていると気付いて武器を構え、フードや顔を隠した者に素顔を晒すようにと矛先を向ける。
その中で最後までフードを取ろうとしない少女に、冒険者達の数人が取り囲んで手を伸ばした瞬間、噴き上がる水蒸気のように霧が吹き、取り囲んでいた数名の冒険者を氷の彫像と変えた。
氷の彫像を爪で打ち砕き、外套を脱ぎ捨てるようにして姿を見せた、真紅のドレスを着た白いウサギ少女の以前より成長した艶やかな容姿に、壇上のティズが一瞬見惚れたように目を瞬いた。
「シェディ……っ!」
その声にシェディが冷たい視線を壇上に向け、微かに口元だけで微笑んだ。
「捕縛しろっ!!」
騎士隊長の一人がそう命じると、唖然としていた冒険者達が一斉に襲いかかる。
シェディは剣や槍の切っ先を飛び越え、彼らを凍らせながら、壇上のティズ達に向けて広げた手の平を握りしめた。
「………っ!?」
何か予感がしたのか、数名の騎士達が割り込むように身代わりの盾になると、歴戦の騎士達全員が古傷から血を吹きだして血の海に沈む。
「貴様、何をしたっ!?」
不可解な攻撃にアスランが吠え、シェディは極低温の霧を撒き散らしながら牽制し、一旦壇上から距離を取る。
「焦るなっ! 相手は追い詰められたウサギだっ。その霧は風に弱い、魔術で逃げ道を塞げっ!」
一陣の風が吹き、シェディの纏っていた霧を魔術で飛ばしながら、比較的シェディと戦闘経験があるサリアが冒険者達に指示を出す。
何人かの冒険者がその様子を見て風魔術を使い、多勢に無勢の中で動きを止められたシェディだったが、彼女は両手を城の中心部の方角へ向けると、何かを握り潰すように掌を合わせた。
ピシ……ッ!!
「結界がっ!?」
術者の何人かがそれに気付いて声をあげた。
結界は都市よりも若木のある城に強く張られ、外部から侵入するには結界を破壊する必要がある。だが城内に入って結界の魔道具さえ破壊出来れば、結界は消失する。
それでも予備の魔道具はあるので数時間もあれば復旧は可能だが、問題はそれをどうやって破壊したのか分からないことだった。
不可思議な異様な技を使う白い少女。
結界が消えて慌てる人々を悪魔のような笑みで冷たく見つめると、薄く微笑みながらその姿は霧に溶け込むようにして消えてしまった。
突然消えてしまったシェディに唖然とする冒険者やティズ達。
そんな彼らを嘲笑うように、数時間後、隣国カールヴァーンの若木が破壊されたと報告が届いた。
次回、この地方すべてに悪魔シェディの脅威が吹き荒れる。
次は、水曜更新予定です。




