47 皇帝の罠 ②
前話を、前編ではなく①に変更しました。
世界樹のある中央島より東南方向に、オーストラリアほどの大きさを持つ三つの大陸がある。
そこには二つの大国と五つの小国が存在し、前回の快楽都市よりもかなり前に若木が発見されていながら、文化程度はあまり高くなく、特産物のないただ生活がしやすいだけの気候と、隔離された生態系の亜種魔物を狩る冒険者が集まる地域だった。
実際、この地域では大国のカーシーズ王国でも常時40万の人間が居ると言われているけど、実際の住民は15万程度で、その他は荒くれ者の冒険者と彼らを相手に魔物素材の買い取りをする商人だから、観光客は気をつけよう。と、以前街で買った最新ガイドブックに書いてあった。
……この世界、平和ボケで情報がガバガバすぎるでしょ。
「それじゃ、行こうか」
ポニョン。
『ムッキー』
私が声をかけると、タマちゃんが私の肩でポニョンと飛びはね、パン君が脹ら脛にしがみついたままお返事した。
パン君の定位置は外套を脱いでいる時は私の腕で、外套を着ている時は私の腰か脚にしがみついている。
まぁ別にいいんだけど、その位置でバナナを食べて皮を捨てるのは、タマちゃんの教育に悪いから止めてもらいたい。
今回訪れたのは先ほど言った三つの小大陸の南部、大国ソンディーズと小国カールヴァーンがある場所だった。
正直大国を連続で襲撃するのは危険だけど、この地域を選んだのは、国民よりも冒険者が多い土地で治安があまり良くないこと。
そしてソンディーズは、別名傭兵王の治める国と言われていて、100年以上前にこの地域にいたリザードマンを滅ぼして若木を奪った傭兵の子孫が王族で、百年経った今でも王は脳筋という、とても素晴らしい国だった。
そんな国なので、兵士も冒険者も強い人が多いらしい。もちろん、今なら私もかなり強くなったのでよほどの事がなければ大丈夫だと思うけど、この国で治安が悪いのは、荒くれ者達は基本的に自力で解決するからで、そこら辺が警備体質の脆弱さに繋がっている。
そして選んだ理由がもう一つ。冒険者は確かに多いし、私も前にプレイヤー達と一悶着起こしたわけだけど、あくまでごく一部のプレイヤーだったし、そろそろ忘れている頃だと思うのよね。
いつもの如く結界に弾かれて、落ちたのは街どころか人の痕跡すら見あたらない、鬱蒼とした密林だった。
以前ならここで途方に暮れるところだけど、力が増したせいかレベルが上がったおかげか、世界樹のある方向が何となく分かるようになった。
「…………」
でも結局、自分の居る位置が分からないとあんまり意味はないね。進むべきは西か東か。大陸の真ん中あたりなら西に行くのが正解だけど、端っこだとどこに出るか分からなくなる。
「……どっちだと思う?」
ポニョン。
『ムッキー』
私の質問に二人が同時に東の方を向く。いや、パン君、バナナはいらない。私は西のほうだと思ったけど、とりあえず二人とも東だというのならそっちに行ってみよう。
眷属の二人には【収納】に入ってもらい、私は霧になって東へと移動した。
高速で飛行すること丸一日。農村が見えてきた辺りで偵察ドローンも見えたので、人化して物陰に隠れながら、農村をスルーして街道沿いを進むと、そこそこ大きな街が見えてきた。
どこの国か確認したいけど、二つしか国がない地域で誰かに国名を尋ねるのは、あまりにも怪しすぎる。
途中で見つけた線路に忍び込み、そこから隠れるようにして街に入ると、ようやく駅の中で国名が確認出来た。
【ようこそ、カールヴァーンへ】
「…………」
思いっきり逆じゃないっ!
ポニョン。
『ムッキー』
するりと出てきたタマちゃんとパン君が、揃って首を傾げるようにしてバナナを分け合って食べていた。
仕方ない……割り切ろう。誰が悪いわけじゃない。あえて言うのなら私の運が悪かったんだ。
予定とは違うけど、せっかく来たのだから少し情報を手に入れようと冒険者ギルドに向かいましょう。
……でも何か、街の雰囲気が違う? でも初めて訪れた国だからそういうものなのかもしれない。活気があるのは冒険者が多いからだと思うけど、私にはその冒険者が旅支度でソワソワしているような気がしたの。
何か……変。
私は急遽予定を変更して、ギルドではなく少し離れた冒険者用の服屋に入る。
ついでに予備の外套やフード付きのローブなどを購入して、店員さんにそれとなく話題を振ってみた。
「何か街の雰囲気が違うけど、何かあったの?」
「あら、知らないのぉ? 長期の狩りで街から離れていた? 余ってる素材あったら買うわよ?」
話し好きそうな二十代後半のお姉さんに、素材はいいのがなかったので快楽都市製のお薬を分けて、適当な相づちを打ちながら話を聞くと、口が軽くなった店員さんは色々と教えてくれた。
「数日前からお隣のソンディーズのギルドで冒険者を集めているのよ。なんで集めているのか知らないけど、10日の拘束で何か起きなくても、ランク3以上なら小金貨1枚保証してもらえるそうよ」
「へぇ……なんだろうね?」
「あっ、そういえば、最近この街にも知らない冒険者が増えたんだけどさ、その新参の連中が、『兎罠いべんと』? とか言ってたのよ。古参の冒険者はそんなの知らないってバカにしていたし、当人に聞いても慌てて知らない振りをしていたけど、何人か同じ事を言ってたから気になってねぇ」
「ウサギ……」
ウサギって多分私のことだよね……? そのイベントがどの程度の規模なのか分からないけど、ギルドの名で冒険者を集めて、多分プレイヤーだけがその内容を知っているとしたら、運営が関わっている可能性が高い。
もしかしなくても罠か。あのまま普通にソンディーズへ向かっていたら、まともに罠に掛かっていたかもしれない。
私は腰にしがみついているパン君やタマちゃんの頭を撫でておく。
ねぇ、もしかしてソンディーズが危ないって気付いていた? うん、いや違うから。私はバナナが欲しくて撫でたんじゃないから。
お礼を言ってお店から出ようとすると、お姉さんが思い出したように追加の情報をくれた。
「そうそう、ソンディーズに、トゥーズ帝国の皇帝が“お忍び”で来訪するらしいわよ。あんな有名人がお忍びなんてバレバレなのにね。あなた可愛いから、お目に止まったらお妾の一人にしてもらえるかもよ?」
「…………」
そう……ティズが来ているのね。
ほぉほぉ、ふ~ん……。
運営も絡んでいるのは、運営と手を組んだのか、どちらも相手を利用しようとしているのか。どこまで本気なのか分からないけど、そこまでして私を奴隷にしたいのなら私も考えがある。
「……タマちゃん、パン君。ついてきてくれるよね?」
ポニョン。
『ムッキー』
私の言葉に二人が神妙な感じでお返事する。二人は気付いているのかもしれないね。私の微妙な“変化”に。
私は夜中を待って行動を開始する。
このカールヴァーン首都の【若木】がある太守のお城は、ドーム球場ほどの石で出来た砦のような建物だった。
周囲には堀があって簡易的ながら結界が張られている。私はそれを突破しようとせずに、堀に水を流している排水路から侵入することにした。
縦横30センチで格子もついている。でも結界がないのなら霧状になれば簡単に突破出来た。
今回は誰も殺さない。途中で亜人の奴隷を見ても開放したりしない。
特に今回はソンディーズで人を集めているからか、警戒も薄いだけじゃなくて衛兵の数もとても少ない気がする。
誰にも見られず、城の中を巡回する衛兵や偵察ドローンを躱しつつ、数時間かけて、誰にも気付かれずに【若木】の所まで辿り着くことが出来た。
本当は、この手は一度やると凄く警戒されるから、どうしようもなくなるまで取っておこうかと思ってたんだけど、きっと大丈夫。私も今よりずっと強くなるから。
若木から魔素を取り出している作業員がいなくなっても、二十四時間警備のドローンが一機残っている。
ギリギリまで近づいてそっと霧を薄く伸ばして若木に触れると、若木の酷い状態だけはよく分かった。
すぐに楽にしてあげたいけど、……ごめんね。あなたを再生するのはもう少しだけ先になる。
私は霧の一部を切り離して若木の根元に浸透させた。最大魔力値が1000ほど減っちゃったけど、これは必要なことだった。
私は准大悪魔のレベルが上がるにつれ、少しずつ内面の変化を感じている。
悪い方向でも酷い方向でもない。私が幼い頃から生きる為に押し込めてきた本当の私が、少しずつ解き放たれるような開放感を感じていた。
私は変わる。少しずつ。
そして私は、自分の意思で【悪魔】へと変わる。




