46 皇帝の罠 ①
お猿のパン君が私の眷属になった。
普通、悪魔の眷属なんて言ったら、強くて怖くて私の代わりに戦ってくれたりするものだと思っていたけど、パン君はタマちゃんと同じで『癒し枠』だった。
でもタマちゃんもお洗濯やお掃除で役に立ってくれるし、証拠隠滅だって出来る。
きっとパン君にも何か素晴らしい能力があるに違いない。
「パン君は何が出来るの?」
『ムッキー』
私がそう尋ねてみると、パン君はミニバナナを私に差し出してくれた。
そうか、バナナか……。うん、バナナは大事だね。
今もパン君はタマちゃんと一緒に並んで、バナナを分け合って食べていた。
……まあいいか。どうせパン君やタマちゃんが今の100倍の戦闘力があったとしても、私は彼らを戦いに出したりしないと思う。
世界にある九十九の【若木】のうち、四つを破壊して再生させた。私にとってはまだ四つだけど、この世界で世界樹の若木に寄生して生きている人族にとっては、そうではない。
そして運営側も魔素の回収が滞ることになり、わざわざ“お金を払って”魔素を回収してくれる“働き蜂”のプレイヤー達が不審に思わないように、より厳重に警戒してくると考えられる。
でも、彼らが何をしてくるのか分からないから、結局、私も警戒しながら若木の破壊を続けるしかないんだけどね。
【シェディ】【種族:バニーガール】【准大悪魔級-Lv.5】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:22300/25400】
【総合戦闘力:24800/27900】
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
魔力は25000を超えて、戦闘力は3万近くまで上がっている。
かなり強くなって初期に比べたらドラゴンと野ウサギほども違うけど、やっぱり面倒だなぁ。でも時間を掛けると、裏βテスター達が経験を積んでまた強化されるので、私も追いつかれないように強くなり続けるしかないんだ。
『ムッキー』
ポニョン。
「…………」
それはいいんだけど、パン君。そのバナナはどこから持ってきたの?
***
世界を支えている【世界樹】とその【若木】から得られる魔素は、人族の生活に欠かせないものであり、人族の繁栄を支えていると言っても過言ではない。
高品質な武器の生成。魔物を阻む結界。若木からの供給は必須だが、大量の魔力を消費して撃たれる大口径の長距離用砲撃魔銃は、数人で運用すれば、戦闘力が1万を超える若いドラゴンさえ易々と撃退出来た。
武器だけでなく、魔術の高熱によって精製された鉄や金属は、品質の高い工業製品には欠かせないものであり、建物の補強にさえ魔術を使い、最近では高層建築さえ可能になった。
生活面では、若木周辺は気候が穏やかで生きるだけなら苦労はしない。
魔素の溢れた土地では食物の生育が早く、強制的に魔素を与えれば更に早く収穫出来るので、食料に困ることはあり得ない。
その食料を調理するのにも薪や炭を使う必要がなく、便利な魔導コンロを使い、飲料水も水の魔道具によって気にすることなく使う事が出来た。
神からもたらされた技術と工業設備は、高速鉄道や飛空艇などの便利な高速移動手段を与え、世界は人族にとって広すぎる場所ではなくなりつつある。
その【若木】が立て続けに四カ所も破壊された。
突然、魔素の恩恵が受けられなくなった人々は、それでも自分の土地にしがみつき、何とか立て直そうと足掻いたが、鉄道が動かなくなったことで嗜好品の流通が止まり、富豪や商人が真っ先に離れた国は荒れ、一部の者達による略奪が始まると、他国へ逃げようとする大量の難民を生みだした。
一部の人々は今回の件を、世界を滅ぼそうとする悪魔の企みだと噂したが、それでもまだ世界は難民を受け入れるだけの余裕があり、事件のあった地域から遠くに住む人にとってはまだ対岸の火事でしかなく、警戒は強めたものの、まだそれほど強い危機感を抱いてはいなかった。
それどころか、世界の各国はその犯人と目される兎獣人こと、いつの間にか冒険者の間から広まった【バニーちゃん】を捕らえるべく、冒険者や神殿の協力を仰いでまで、彼女を罠にかけようとしていた。
それはこの中央大陸の大国、トゥーズ帝国でも同様だった。
「シェディの奴め、何を考えておるのだ?」
皇帝の執務室にて、若きトゥーズ皇帝ティーズラル・フォン・トゥーズが、飛空艇によって一日遅れで届けられる世界各国の新聞を読みながら、呆れたようにそう呟いた。
一人の兎獣人に大金貨五千枚の賞金を懸け、国内でもそれなりに荒れたが、ティズが国の予算ではなく彼個人の資産で払うことで黙らせている。
これだけの賞金を懸ければ、まず情報はこの帝国に集まるはずなのだが、シェディは飛空艇に乗った痕跡さえないのに、まるで帝国の情報網を嘲笑うように世界各地に現れていた。
そんなティズの為に茶を煎れながら、彼を幼い頃から見守ってきた老執事は軽く溜息をつくようにティズを諫める。
「若様、そう言いつつも顔がニヤけておりますよ」
「フッ。そうか?」
呆れていながらも、ティズの顔は愉しい物を見つけたように微かに嗤っていた。
ティズにとって他国が衰退しようが、自分の帝国とその民さえ栄えれば問題はない。その大それた事をするシェディは、ティズにとって世界の敵ではなく、自分の所有物であり自分のオモチャなのだ。
「…………」
そんな主を見ながら、ティズの護衛隊長である近衛騎士のサリア・ド・レンスは悔しそうに歯噛みする。
敬愛する主の気を惹く、ゲスな獣人の女。主はその少女を自分のペットにしたいようだが、サリアは隙を見て必ず自分の手で殺そうと心に決めていた。
「ですが、その兎獣人の娘が“シェディ”とは限りませんぞ。目撃情報によると十代の半ば……14~5歳程だと書いておりますので、本人ではない可能性もあります。まぁ、白い兎の獣人で若い娘など他にはあり得ませんが」
「だろうな。それで罠にかける準備はどうなっている?」
「恐らくですが、彼女は中央大陸を避けている印象があります。少なくとも若様が居られると知っているこの帝国へは、簡単に近寄りますまい」
「だから『若』はよせ、爺」
ティズは二重の意味で軽く眉を顰めて椅子に深く背を預けてから、手を組むようにしてジロリと老執事を見た。
「それで、爺には策があるのだろう?」
「策と言えるかどうかは微妙ですが……。その中央大陸を避けていると結論を出した、神殿の学者が面会を求めておりますので、午後の謁見にねじ込んでおきました」
その午後、謁見に現れた【神殿】の学者は、メイソンと名乗るティズと同年代の男だった。
高い身長と清潔感のある短髪にしたブルネットの髪。その穏やかそうで整った顔立ちに、壁際に控えていた若いメイド達が色めき立っていたが、時折見せる猛禽類を思わせる鋭い視線と雰囲気は、もしプレイヤーが目撃すれば、神殿関係者の学者と言うよりも『一流企業のエリート営業社員』のようだと印象を持ったかもしれない。
「この度は拝謁の栄誉に預かり、光栄にございます」
「挨拶はよい。話せ」
「では……」
メイソンはティズの言葉に軽く頷き、説明を始める。
彼は人の心理学と統計を研究する学者で、兎獣人が現れた場所や順番、移動経路や次に現れるまでの時間を考慮し、次に現れるであろう国を確率で算出したらしい。
「確率の高い国は三カ所ございます。その中でもっとも確率の高い小国で、兎を罠にかけるために、トゥーズ帝国の全面協力をいただきたいのです」
ご連絡。申し訳ございませんが、毎日更新がきつくなってまいりまして、週に三回程度の更新に変更させてください。
私の他作品も進めたいので、ご了承ください。
次回、シェディに迫る運営と皇帝の罠。次は土曜と日曜予定です。




