45 快楽都市 後編
かんたた様よりレビューをいただきました。ありがとうございます。
『ムッキー』
そこに居たのは白っぽいフワフワした毛並みで、手足と尻尾の先と顔が真っ黒な、どことなくパンダカラーの30センチくらいの子猿だった。
地球にも似たような色の猿はいたような気はするけど、お目々が蒼くてまん丸なせいか、全体的にふわふわしているせいか、まるでヌイグルミのように見える。
テーブルの上からちょこんと私を見つめる、この子は何をやってるんだろう? 商品なのかな? 魔物だと思うけど……まさか、魔物プレイヤーとかじゃないよね?
「…………」
『ムッキー』
私がじと目で軽く睨むと、子猿は心外だと言わんばかりに首を振る。
なんだろう、この子?と思っていると、子猿は自分の脚とテーブルに繋がれた細い鎖をパンパン叩いた。
「……鎖を切ってほしいの?」
『ムッキー』
妙に人に慣れているというか、飼われていたのかな? その割りには逃げたがっているけど。
【子猿】【種族:白黒猿】
【魔力値:15/15】【体力値:15/15】
【総合戦闘力:15】
本当にただのサル魔物か……。
『ムッキー』
私が警戒していると、子猿がミニバナナを1本私に差し出した。
「え? これをくれるから鎖を切れって?」
『ムッキー』
「いや、二本に増やされても……。え、タマちゃんっ?」
タマちゃんがポニョンと飛び出て子猿の居るテーブルに乗ると、子猿がバナナを渡してタマちゃんが嬉しそうに受け取った。
タマちゃんが買収されたっ!?
「仕方ないなぁ……。あなた、悪いお薬のある場所、分かる?」
『ムッキー』
駄目元で尋ねてみると、子猿は任せておけと自信ありげに胸を叩いた。
『ムッキー』
足枷を指で千切ってやると、子猿が倉庫の中を案内してくれる。
『ムッキー』
「いや、珈琲は飲まないよ」
『ムッキー』
「金庫に用はない……けど、一応貰っておく」
お薬のある所に案内してほしいんだけど、この子本当に分かっているのかな……?
面倒だから、えっと……パンダカラーだから『パンくん』にしておこう。
パン君(仮)が色々、休憩所や事務所を案内してくれたけど、その次に案内されたのは檻の付いた水槽だった。
「何かいるの?」
『ムッキー』
この子みたいに魔物でも飼われているのか、そっと覗き込んでみるとまた向こうから声をかけてきた。
「だれか……いるの?」
水の中にいたのは、深く蒼い髪色をした小さい女の子だった。なんで水の中にいるのかと思ったら、下半身がお魚さんだった。
「……人魚?」
「おねえさん、だれ?」
どうやらモンスターではなくて海の亜人らしい。ウサ耳を見せて安心させてから話を聞いてみると、人魚の亜人は人族に狩られて数が減り、現在はこの快楽都市ワートスの西の島周辺でしか生息していないみたい。
その島もロントルワという小国が出来て、その国の主産業が漁業と人魚亜人の輸出らしい。そしてこの子は、運悪く人族の網に掛かってこのワートスに売られてきた。
「……河に流せば勝手に帰れる?」
「うんっ、泳ぐの得意だよっ!」
しばらくここに居たこの人魚の子は、色々周りの話を聞いていたそうで、お薬のある場所を知っていた。
『ムッキー』
「この子も解放してほしかったの……?」
まあ、偶然かもしれないけど、結果的に危ないお薬のある場所は分かった。パン君のことも知っているかと人魚の子に聞いてみたら、知能が高くて見張りとかにも使える、モノトン猿って魔物みたい。
人魚の子は、予備の外套に包むように抱っこして倉庫街から連れ出し、海のほうに通じている大きな河に放流した。
「ウサギのおねえさん、ありがとうっ! いつか遊びに来てねっ!」
「うん」
放流した人魚の子が手を振りながら離れて、水の中に入って見えなくなった。
うん……すぐに行くよ。その国の若木も壊すから。
『ムッキー』
ポニョン。
「うん、良いことしたね」
それじゃあ、悪いことを始めましょうか。
***
快楽都市ワートス。世界中のあらゆる美酒、美食、美女が揃い、法律によりすべての薬物が解禁されている、あらゆる快楽を求め、与えることが美徳となる都市である。
マフィアの資金源や犯罪の温床とも言われているが、世界中の貴族が顧客である為、この都市に手を出す者は世界の王の中にもいない。
その日は夕刻からやけに霧が多い日だった。
この国の性質上、ほぼすべての宿では薬を使える専用の設備があり、煙や蒸気などで吸引するので、いつも薄い霧が掛かったように霞んでいる。
なのでその霧がいつもより少し多くても、……たとえ首都の中心部を丸ごと覆っていても、住民も客もマフィアも、誰も気にしなかった。
だがその霧に仄かに甘い香りを感じると、強い酩酊感に慣れない者は気分を悪くして動けなくなる者が出始め、多少慣れている不幸な者達には前後不覚になって暴れる者もいて、あちこちで騒動が起きていた。
この事態には、ワートスでも五指に入るマフィア、ゼルファミリーの倉庫にあった大部分の薬物――末端価格大金貨四千枚分の薬物が使われており、大量の薬物を惜しげもなく使われ、都市の機能は静かに壊滅していった。
その中をただ一人、真っ白なウサギの耳を靡かせて軽快に歩く白い少女の姿を、動けない多数の人間が目撃し、誰も止める者が居ない中で国王の城へ向かっていくと、指を鳴らすような仕草をしながら、勝手に開いていく扉を誰に邪魔されることなく通っていった。
その数時間後、【若木】の破壊による国内魔力施設のすべての停止が確認され、それをしたであろう少女の姿は、霧が消えると同時に消えていた。
そしてその翌日、大国である快楽都市が落ちたことで、数多の者達がワートスに注目して、現れたという白い兎娘を捜そうとしたが、それを嘲笑うようにその隣にある島国ロントルワに現れ、【若木】を壊してまた霞のように姿を消した。
***
「ただいまぁ」
人魚達を捕まえて売っていたロントルワの【若木】を破壊して、新しいラインを使って世界樹まで戻ってきた。
誰が応えてくれるわけじゃないけど、私の言葉に世界樹の枝が微かに揺れて、お日様の光を零してくれる。
今回は二本の【若木】を破壊と再生させたけど、その過程で《因果改変》の面白い使い方を思いついた。
扉を閉めた人が側に居れば、門や扉を閉めることに失敗したことに出来た。
限定的な条件での小技みたいな感じで、閉めた人が近くにいなかったり死んでいたりすると使えない。
ロントルワは、ワートスとは比べものにならないくらい小さな街で、太守の館も小学校程度の大きさしかなかったから、夜中に裏からどんどん扉も罠も開けていくだけで、簡単に【若木】まで到着出来たの。
この手も警備が厚くなると使えなくなるんだけど、とりあえず私はまた強くなった。
【シェディ】【種族:バニーガール】【准大悪魔級-Lv.5】
・人を惑わし運命に導く兎の悪魔。ラプラスの魔物。
【魔力値:22300/25400】6700Up
【総合戦闘力:24800/27900】7400Up
【固有能力:《因果改変》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:《畏れ》《霧化》】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【亜空間収納】
タマちゃんもそう思うよね?
ポニョン。
『ムッキー』
「………へ?」
なんでパン君がついてきてるのっ!?
【パンくん】【種族:モノトン猿】【悪魔シェディの眷属】
【魔力値:20/20】【体力値:20/20】
【総合戦闘力:20】
またやっちゃった……。
暑いですが皆様、体調にお気をつけ下さい。
次回、そろそろ人族国家が危機感を感じはじめます。




