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悪魔は 異界で 神となる 【人外進化】  作者: 春の日びより
第二章【転生】

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37/110

37 契約



 それは、壁みたいにそびえ立つ山脈よりもさらに数倍も大きかった。

 空気が地球とは比べものにならないくらい澄んでいるとはいえ、何千キロメートルも離れているのに形が分かるくらい見えるなんて、どれだけ大きいんだろう……。

 世界樹……九十九本の若木と共に、この世界を支える存在。

 ……いや、こんな見ただけで満足しそうになったけど、今からあそこまで向かわないといけない。


 ガガガッ!!

「またっ!」

 どこからともなく風の炸裂弾を撃ち込まれて、私はすぐさまその場を離れる。

 裏βテスターが操る魔物兵器、黒いコオロギ蜘蛛が五体現れ、八本の脚を馬のように使って駆け抜けながら魔法を撃ってくる。

 あれから24時間、数時間置きに、酷い時には10分もしないうちに襲撃し、魔力が尽きたら戻ってまた襲ってくる。

 倒してもまた復活する。βプレイヤーと違って半分魔力を取られることはないけど、それでも私に吸収された分は減っているはずなのに、逆に少し増えていたりするのは、交代制でどこかの魔物か人間を襲っているのかも。

 私は一時間で三割も魔力が回復するのに、すでに半分近く削られていた。


 でもさすがにこれ以上相手をしていられない。私はそのまま海に向けて、人型のまま走り出す。

 私は『北海に荒れ狂う霧の悪魔』なので、霧状になれば問題なく海を渡れるけど、あの状態で背後から炸裂弾をくらうのはちょっと不安。

 人型でも一応飛べるけど、長時間はキツいし意外と小回りが利かない。だから私は、そのまま海の上を走る(・・・・・・)ことにした。

 ビキビキビキビキ……

 足下の霧が踏み出す度にその場所の海を凍らせる。

 多少は不安定だけど問題なく海を渡れる。そのままの速度で駈けていると、コオロギ蜘蛛達が私の後を追うため氷の道を渡ろうとして、砕けた氷ごと海に落ちていた。

 それはちょっと……見ただけで解りなよ。

 残り猶予、六日。

 海を渡って山脈を越えてまた海を渡って、世界樹のある中央島に辿り着くには結構ギリギリだ。


 そのまま一昼夜、凍った海の上を走り続ける。さすがに海の上では襲撃されることはなかったけど、霧を出し続けているのであまり魔力が回復していない。

 やっぱりバレるのも仕方ないとして霧になって飛んだほうが良かったかも? 私が海を渡っている時も、私の攻撃が届かない遠くから数機のドローンが私を監視しているので、いまいち踏ん切りがつかなかった。

 途中で一度、巨大な鮫に襲われたけど、速度を落とさず凍り付かせて通り過ぎる。

 残り猶予、四日。

 ようやく対岸の山脈が見えてくる。世界樹やその若木の周りだと気候が穏やかで緑が多いのだけど、その山脈は普通の生物を拒むように、剥き出しの岩が切り立った崖のようにそびえ立っていた。


「っ!」

 私は裏βテスター達がどうして海で襲ってこなかったのか理解する。

 あいつら、ここで待ち伏せていたっ。波打ち際の比較的なだらかな部分に、四十体以上のコオロギ蜘蛛が私が来るのを待ち構えていた。

 先頭の十体から一斉に風の炸裂弾が飛んでくる。その瞬間、私は海を凍らすのを止めて海の中に逃げ込んだ。

 もうなりふり構っていられないか……。

 私は魔力を全開にして、海を割るように凍らせた巨大な氷塊を、コオロギ蜘蛛達にぶつける。即座に撃たれる炸裂弾が氷を砕く。その割れた隙間から全身を霧化した私が吹き付けるように抜けて、数体のコオロギ蜘蛛を凍り付かせながら、霧のまま山脈を登り始めた。


 でも私は知らなかった。きっと裏βテスター達も知らなかった。

 人間達を拒み、一定のルートからしか辿り着けない理由は、この岩の山脈が本当の意味で侵入者を拒んでいたからだった。


   ***


『ハハハッ、なんだあれは……本当に【№13】に関係があるのかっ! ウサギちゃんが霧の化け物になったよっ! ハハハハハハッ!! オードリー君っ、そちらではどうなっているっ!?』


 廃人となって生き残った裏αテスターが収容及び監視がされている施設にて、半冷凍カプセルで横たわる57人の子供達を前に、視覚と聴覚のみのVRでブライアンに呼びかけられたオードリーは、第七研究所に居る彼に淡々と報告を始める。


「【№13】及び、他のメンバーにも反応はありません。それと【№13】が生活していた養護施設の監督官が、ブライアン様の紹介と言うことでこちらに来ておりますが、いかがいたしましょう?」

『おお、着いていたんだね。彼女は【№13】に詳しいから、オブザーバーとして僕が声を掛けたのさ。色々聞いてみるがいいよっ。でも【№13】は反応無しかぁ』

「引き続き観察を継続します」


 視覚をVRから現実に戻してオードリーが振り返ると、そこにはふんぞり返って珈琲を啜っていた五十がらみの化粧の濃い女性が、ニヤついた笑みをオードリーに向けていた。

「ブライアン様とお話しは終わりましたか? ええ、そうなんですよっ、アイツに関しては私ほど知っている者は、世界のどこを探しても居ませんよっ! あの『悪魔の子』は入所時から生意気だったので、検査の時によく麺棒で叩いて大人しくさせましたよ、ふひひっ」

「そうですか……」

 監督官の女性は、まるでそれが誇らしい仕事だったかのように、胸を張って笑う。

「そうですっ! 何か反応させたいのならカプセルから出して、昔のように身体中に直接電極を刺してやりましょうっ! あの時だけはアイツも、泣き叫んで怯えていましたからねっ! きっと良い結果が得られますよっ!」

「…………」

 この女性は、世界中にある研究用養護施設の中でも多くの結果を出し、企業からも高い評価を得ている。このように多くの結果を出した施設では、実験体である子供達に非道なことが日常的に行われていた。

「その件につきましては、副所長から許可を得られないと……」


 今この監視施設では、精神崩壊後に強制ログアウトした子供達が、規定である三十日を経過した者から順番に生命維持装置を外されている。

 最終的な処理は最後の生命維持装置が外されてからになるが、すでに七割ほどの裏αテスターが生命維持装置が外されて死亡が確認され、最後まで残った【№13】は、まだ四日ほど猶予がある。

 今回の監視で【№13】があの兎獣人と関係があるとしても、待っているのは生きたままの解剖だ。

 彼女の事を考えれば、このまま死なせてやるほうが慈悲になるだろう、とオードリーが思っていると、唐突にVRを経由してブライアンの声が届く。


『なんだ、あの化け物はっ!』


   ***


 霧状の身体で山脈を駆け上がるような速度で二割ほど進むと、霧の魔物が私だと理解したコオロギ蜘蛛達から一斉に風の炸裂弾が撃ち放たれた。

 全身霧だと被弾面積が増えて躱しにくい。それでもある程度離れて申し訳程度でも回避行動をしていれば数発受けるだけで済む。

 でも、そのコオロギ蜘蛛達の攻撃が山脈の岩肌に当たった時、おびただしい数の魔力反応を感じて、山脈のあちらこちらから岩で出来た獣のようなモノが出現すると、私とコオロギ蜘蛛達に襲いかかってきた。

 何なのこれっ!?


【岩の魔物×沢山】

【魔力値:500~700】

【総合戦闘力:530~780】


 体力値が表示されないってことは、精神生命体? 悪魔じゃなければ……精霊?

 魔力からすると下級悪魔に成り立てだった頃の私と大差ないけど、数が異様に多い。数百? ううん、数千体はいるかも。

 コオロギ蜘蛛達のほうが戦闘力は高いけど、数が違いすぎる。彼らは瞬時に密集体勢を取り炸裂弾を撃ち始めたけれど、あっと言う間に岩の魔物の波に飲み込まれて見えなくなった。

 私も彼らを気にしていられる余裕はない。もしかしてこの魔物が精霊だとしたら、正規ルート以外で世界樹に近づく者を排除するのが目的かもしれない。

 襲いかかってくる精霊達。私が山脈を乗り越えようとしているからか、私が悪魔だからか、異様に敵視されて千体くらい集まってきた。

 まともに相手をするつもりも余裕もない。私は全力で上の方に居る精霊に冷気を飛ばして凍らせ、それをバリケードのように使って山脈越えを再開した。


 降り注ぐ石弾の雨を身体を縮めるように躱し、逃げ惑ってはそこに湧いてくる精霊を無視して、時には倒して、ボロボロになりながらも、およそ丸一日ほどしてようやく山脈を乗り越えた。


【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(グレーターデーモン)(上)】

【魔力値:1370/5220】600Up

【総合戦闘力:1890/5740】660Up


 魔力値5000は超えたけど、進化もランクアップもない。

 そもそも今の【上級悪魔】以上の存在なんてあるの……? まだ逃げ切れていないから少しでも強くなれれば良かったんだけど。

 もう世界樹がかなり近くに見える。逆に上の方は霞が掛かって良く見えない。

 内海の向こうに見える中央島自体もかなりの大きさだと思うけど、世界樹の幹はその真ん中部分をほとんど埋め尽くしていた。

 残り猶予、三日。また周囲に岩の精霊が湧いてきた。

 これ以上ダメージを受けると本当に死にかねないけど、私は下り斜面を、石弾を受けながら飛び越えるように空を飛び、岩の精霊の追撃を避けてついに内海に逃げ込むことが出来た。

 岩の精霊達は海際で動きを止め、真っ直ぐに海上を飛ぶ私への石弾を撃つこともやめてしまった。

 岩というか、大地系だけから水の上は管轄外? それだと……


『ガァアアアアアアアアアアアアッ!!』


 海の水が噴出するように、海の中からヒレとか持った翼のないドラゴンみたいな生き物が現れた。


【水竜?】

【魔力値:465/480】【体力値:1280/1280】

【総合戦闘力:4950】


 ちょっ!? ちょっとこの戦闘力は洒落にならない。それが一体だけじゃなくて中央島の周囲を、数百体の水竜が世界樹を護るように回遊していた。

 今の戦闘力だと下手をすれば一撃でやられかねない。一瞬躊躇して立ち止まりかけ、それでも私は海上を渡り世界樹を目指す。

 その私に気付いて数体の水竜が口から水を拭きだしてきた。


【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(グレーターデーモン)(上)】

【魔力値:940/5220】

【総合戦闘力:1460/5740】


 ああっ、一撃食らっただけで結構削られたっ!

 回避しながら海面を凍らせて水竜達の追撃を阻害してはみたけど、戦闘力が下がっているので海の中まで凍らない。

 直撃だけは避けて、回避しながら逃げ惑う。たった一つの救いは私が飛んでいるので泳いでいる水竜よりも少しだけ速い。

 中央島に近づいて、回り込まれてまた離れて、かなり時間を掛けてやっと中央島の端っこに辿り着いた。


【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(グレーターデーモン)(上)】

【魔力値:330/5220】

【総合戦闘力:850/5740】


 本当に掠っただけで死んじゃう。でも水竜達はそれ以上の攻撃をしてこなかった。

 また管轄外になったの? 精霊と違うから攻撃だけはしてくると思ったのに、困惑しながらも上陸すると、その理由を知った。

 バンッ。

 上陸して進もうとしたら何か見えない壁に阻まれた。これって……結界?

 まさか、魔物はこれ以上近寄れないのっ!? ここまで来てどうしたらいいの?

 あまりのことに唖然としていると、【収納】の中から何かがコロリと転がり落ちた。


 ポニョン。

 ……え? タマちゃん? タマちゃんはポニョンポニョン跳びはねると、あっさり結界をすり抜け、向こう側で早く来いとでもいうように、またポニョンと跳びはねる。

 どうしてタマちゃんが進めるの……? タマちゃんだって魔物でしょ?


【タマ】【種族:ゼリースライム】【悪魔シェディの眷属】

【魔力値:10/10】【体力値:10/10】

【総合戦闘力:10】

【特技:お洗濯・お掃除】


 特技にお掃除が追加されてる……じゃなくて、特に何も変わってない。

 でもなんでこんな無害なだけのタマちゃんが……あっ!

 私は何となく思い付いて、【人化】してからそっと足を踏み入れると、何の抵抗もなく結界をすり抜けることが出来た。無害であるか、『人』なら通れるんだ。多分擬人化のままだったら無理だったかもね。

 良かった……タマちゃんのおかげだよっ! 後でおやついっぱいあげるねっ!

 ポニョンっ!


 残り猶予、二日。

 世界樹は視界を埋め尽くすほど見えているのに、まだ距離は遠い。

 私はタマちゃんを肩に乗せて、世界樹に向けて走り出す。

 世界樹の周辺は苔に覆われていたけれど他に生き物の気配はなく、その中をひたすら駈け続けていると、ようやくドーム野球場ほどもある一本の根に辿り着いた。


 世界樹……ようやく辿り着いた。これで何とかなるのか。何ともならなくても、もう希望は何も残ってない。

 静かにそっと世界樹の根に手で触れる。

 何も……起こらない? これから何かしないといけない? それとも根じゃなくて上に登らないとダメとか? でもその時――


『――――イカイ――――マッテ―――アナタ――スクイ――――――――――ヒト――――――タスケガ―――――――イノチ――――――――タマシイ―――――――――――コドモ―――――――――――』


 いきなり脳に流れ込んできた膨大な情報に意識が消えかけた。

 これって……世界樹の意思? 言語とか知性とかそんなモノではなく、思考形態自体が違いすぎるんだ。

 もし私が、これまで発狂しそうな程の情報処理をしてこなかったら、本当にそこで精神が死んでいただろう。

 流れ込んでくる膨大な『声』を処理しながら少しずつ【世界樹】と会話する。

 どれだけの時間が経ったんだろう……世界樹の話したいことの意味を理解した私は、この世界の『真実』を知った。


「……うん。【契約】よ。世界樹(あなた)悪魔(わたし)の――」


   ***


「――【№13】の脳波に、微かな反応がありましたっ!」

 職員からの報告に、顔を上げたオードリーが思わず「まさか……」と呟き、養護施設の監督官が得意げに声を挙げる。

「ほらやっぱり、解凍して直接電極を刺したから、私のおかげだわっ!」


 すでに裏αテスターは、【№13】を除いて生命維持装置が外されていた。

 ただ一人生き残っている白い少女も、意識のない解凍された身体に直に何十本も電極を突き刺すように差し込まれ、目も覆うような無惨な姿を晒している。


「【№13】のバイタル……え?」

「何が……」

「なんだこれ……」

 微かに反応があった【№13】の脳波が、限界値まで振り切れるような異様な反応をみせた。

 その異常さに、オードリーや監督官の女性もそちらへ顔を向けると、【№13】と呼ばれる白い少女が、その場の全員の視線が集まる中でさらに色を失い――突然、塩の塊となって崩れた。

 異様な光景に誰もが唖然としていると、処理を待つだけの他の子供達の遺体までも塩の塊となり、明るいはずの室内が仄かに暗くなるような錯覚と、鳥肌の立つような寒気の中で、人々は微かに“少女”の声を聴いた。



『――帰ってきたよ――』




世界樹との対話。世界の真実とは何か?

そしてシェディは、何に変わってしまったのか?


次回、『転生』 ついに逆襲が始まる。



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― 新着の感想 ―
おいおいおいおい、このおばはん、普段から何やってんの!? マッドとは別の方向に頭がおかしい。 でもそろそろ退場かな?
[一言] 寧ろ何てこの監督官は無事にいられるの、不思議ね
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