36 世界樹への道
残り猶予、九日。
現実の地球にある私の魂を何とかする為、いよいよ【世界樹】の所へ向かう。
本当に何とかなるのかな……。【№01】は、微かな希望はあるって遺書で書いていたけど、本当に私が新たな命を得られるかどうか分からない。
……まぁ、何か希望があるだけマシだと考えよう。
自由都市シースから【世界樹】に向かうには、前に飛空艇の旅行案内で見た世界地図では二つのルートがあった。
このまま南下して学都サンクレイを経由し、船に乗って聖都アユヌからまた陸路と船を乗り継いで世界樹のある中央島に上陸する。
もう一つも似たような感じで、自由都市シースから飛空艇で聖都アユヌに入って、あとは以下同文。
どっちみち聖都アユヌを経由するのは、世界樹のある【中央島】はドーナッツ状の山脈に囲まれていて、聖都アユヌ方面からしか入れないらしい。
でも問題なのが、その『聖都アユヌ』なの。
ガイドブックによると、世界樹に一番近い国。世界樹信仰の総本山。きっと神を騙っているあの『企業』の本拠地でもあるはずだから、そんな国には危なくて近寄れない。
……『勇者』とかいるって噂もあるしね。
そもそも私はβプレイヤー達とも一悶着起こしているので、高速鉄道とかの交通機関は使いにくい。短縮される時間よりも街中で発見された時に、起きる問題と奪われる時間を考えると、大きな街に寄ることも難しかった。
そこで私は自力で移動して、第三のルートを選ぶことにした。
南下して学都サンクレイの西端にある半島から自力で海を渡り、中央島を取り囲む険しい山脈を越えて直接【世界樹】に向かう。
距離的には行けるはず。……簡易世界地図を見た限りでは。
私は後を追ってくる義体ドローンを始末して、街を迂回するように南下を始めた。
人間が居そうな所では人の姿のまま移動し、自由都市シースのエリアを離れてから、ようやく全身を霧にして移動する。
物質化した身体を持ったことで良い点も多かったけど、不便な面もある。一番大きかったのは、腕だけとか部分霧化が出来なくなったこと。
完全霧状態と、完全人化した状態と、完璧に別れてしまった。
霧状の時は物理攻撃はほとんど効かなくなって、吸収も効率が良くなっているんだけど、一撃の重さが足りないし、範囲魔法で多くのダメージを受ける。
人化している時は、一撃の攻撃威力が高く、瞬発力もあるので魔法も比較的回避出来るけど、物理攻撃で前よりダメージを受けるし、感知範囲も少し狭くなる。そして一番面倒なのが、人化状態だと【収納】が使えないので、あらかじめ必要な物は出しておく必要がある。
人型のまま霧を生み出せるようになったので、冷気はどっちも大差ない。
そして瞬発的なスピードは人型のほうが速いけど、長距離や荒れ地だと霧化しているほうが速くなる。
なのでようやく人間のエリアから離れた私は、霧になって移動していた。
速度も鈍行列車並みの速度は出せていると思うので、今のうちに自分の能力を確認しておこう。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
・北海に荒れ狂う霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:4300/4300】300Up
【総合戦闘力:4730/4730】330Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【収納達人】
新しく得た【物質化】の能力で、【擬人化】が【人化】に変化して、外側だけじゃなくほぼ人間だった頃と同じ身体を手に入れた。
声を発する為にただ取り込んで吐きだしていた空気も、酸素を取り込むように呼吸をして【魔素】を取り込んでいる。
最初は1時間に一割程度だった魔力の回復も、【吸収】と【物質化】のおかげで、三割程度まで回復出来るようになった。
だからって(素敵)はないんじゃないかな……。何の評価だよ。確かに素敵なんですけどっ。
ほぼ人間と変わらない姿になれたのに、やっぱりウサ耳は残っている。もうなんか、半分以上諦めた。おかしいよね? 今は私の脳が【システム】の肩代わりをしているのに、奇妙な進化ばかりを繰り返している。
もういっそのこと、開き直ってウサギっぽい格好でもしてみるか……
それはとにかくっ、これからは霧の身体と人の身体、双方を状況に応じて切り替えて戦うことが大事なのです。
そうして自由都市シースを南下すること三日、ようやく森に人のような痕跡を見つけ始めたので、人化を使い霧状から人型に変化する。
この時大切なのが、【収納】から服や鞄を出しておくこと。服を出した瞬間、潜り込むように人化すると、服を着た状態で人型になれる。
この技を会得するのに半日くらい練習した。……貴重な時間が。でもっ、これは重要なことなのっ。履き忘れとか許されないからっ。
そんな個人的なことはともかく、人化して大地を踏みしめると同時にポーチからタマちゃんが飛び出して、うんしょうんしょと肩まで登ってきて嬉しげにプルプル震える。
可愛い。私は鞄からタマちゃん用おやつのジャーキーを取り出して与えながら、チーター並の速度で走り出した。
この近くにあるはずの国は、学都サンクレイ。世界中から優秀な学生や研究員を集めて何かしている国みたい。
念の為に人型にはなったけど、この国に寄るつもりは全くない。
この国ではきっと、あの『企業』が魔素の研究をさせていたはずなので、きっと監視は多いはずだから、霧の本体を見せて、私が【№13】だと確定される可能性を避けたかった。
ある程度バレてる気はするけどね……、おっとっ!
私は森から出た途端見つけた義体ドローンを、手の先から霧を伸ばして凍らせる。
部分霧化が出来なくなって、出せるようになったこの霧だけど、私の身体であって私の身体じゃない。
私の意志で動かせるけど半分魔法みたいな感じで、私の魔力で生みだしている。
結果的にあんまり変わらないような気もするけど、この霧に攻撃を受けても消費分が消えるだけで、大ダメージを受ける心配がない。
まぁ、本体の霧でやったほうが吸収は早いんだけどね。
森の中ではそうでもなかったけど、やっぱり国に近づくとドローンの数が増えている気がする。
まだ見つかってはいないけど、数日で同じ区域から何十体も行動不能なドローンが出れば、怪しまれてもおかしくない。
おそらくここら辺から西に向かえば半島の方へ行けるはず。そちらと思われる方角に目を凝らすと、凄く遠くに霞に掛かった浮いている山のような影が見えた。
……あっちか。早速移動しようとして、
「っ!?」
急に複数の魔力反応を感じて、即座にその場から飛び退くと――
ドガガガガガガッ!!!!
さっきまで私が居た大地が炸裂するように弾け飛んだ。
何ごとっ!? 吹き飛ばされた霧を再び生み出して周囲を窺うと、いつの間にか異形の魔物達に取り囲まれていた。
形状はコオロギのような胴と羽に、細長い蜘蛛の脚を持った黒い魔物だった。
【コオロギ蜘蛛×15】
【魔力値:475/500】【体力値:750/750】
【総合戦闘力:1750】
また、裏βテスターかっ! 形状も変わっているけど戦闘力も大幅に上がっている。
すぐに包囲から抜け出そうと私が行動を始めると、細くて長い蜘蛛の脚を使い、馬みたいに走って高速で追いかけてきた。すっごくキモいっ!
霧の量を増やして全身を隠すように霧に紛れると、数体のコオロギ蜘蛛が口の部分を開き、羽を高速で震わせると見えない何かを撃ち出した。
ドガガッ!
さっきの攻撃はこれかっ!
風の炸裂弾。直撃しなくても私の霧が吹き飛ばされ、風の魔法なのか、私にもダメージが来る。
運動性より機動性を重視した、遠距離主体の魔物アバター。私に接近戦をさせないつもりか……面倒だね。私が移動すると、私を取り囲む包囲網ごとコオロギ蜘蛛達も移動する。でもね……
ドンッ!!
全速力のダッシュで地面を抉りながら一体のコオロギ蜘蛛に飛びかかる。
咄嗟に後ろに下がるコオロギ蜘蛛。戦闘力4000は伊達じゃなく、瞬発力で上回る私は、すれ違い様に頭部から羽まで爪で引き裂き、傷跡から一気に凍り付かせた。
コイツら、甲殻蜘蛛よりずっと柔いっ!
これなら行けるかもっ、と次に向かおうとすると、そのコオロギ蜘蛛はジャンプして羽を使って宙に滞空した。
飛んでるわけじゃない。徐々に落ちているけど、まだ手が届かないっ。
ドガガガガガッ!!!
その瞬間、他のコオロギ蜘蛛から風の炸裂弾が降りそそぐ。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
【魔力値:3860/4380】80Up
【総合戦闘力:4290/4810】80Up
結構減らされた。私はその場から転がるように離れて、炸裂弾を回避しながら近い奴にダッシュすると、そいつはまた飛び上がり、また炸裂弾が飛んでくる。
今回は私も予想していたのと、あいつら連続では撃てないようで数は少なかったからそんなにダメージは受けていない。
でもこのままじゃ拙い。私は高速で回避移動を続けながら、咄嗟の判断で大地を凍らせる。
掛かったっ! 一体のコオロギ蜘蛛が凍った大地に脚をとられて動きを止めると、その瞬間反転した私が、他のコオロギ蜘蛛が対処する前に爪と短剣で切り裂き、魔力を吸い取った。
ドガガガッ!!!
いきなりそのコオロギ蜘蛛ごと炸裂弾で吹き飛ばされた。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
【魔力値:3440/4460】80Up
【総合戦闘力:3880/4900】90Up
倒せているから何とかなっているけど、このままだとジリ貧だ。それから何度か繰り返し、何とかもう一体倒すと――
「……え?」
コオロギ蜘蛛達は唐突に包囲を解き、離れてから薄くなって消えていった。
……ログアウトした? どういうこと?
訳が分からないけど、このまま戦闘を続けると私も拙いので、その場から離脱して世界樹のある方角へ移動を始める。
その後も何度か襲撃を受けた。けれどもその度に、倒されたわけでもないのに裏βテスター達は撤退する。
そうか……あの風の炸裂弾で使った魔力を補充しに戻ってるんだ。ずるいっ。
それから三日。何度も襲撃を受けながらも私は半島を移動し、とうとう海が見える場所まで辿り着いた。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
【魔力値:2750/4620】160Up
【総合戦闘力:3210/5080】180Up
海の向こうに高さ千メートル程もある険しい山脈がそびえ立つ。その向こうにさらに巨大な山のような森が雲の中に浮かんでいた。あれが……
「世界樹……」




