35 イベントの結末
最後の【№08】の魔石を吸収すると、私はより上位の存在にランクアップを果たしていた。
【№17】の魔石の時もそうだったけど、本当だったらランクアップしてから得られるはずだった魔力上昇値を得たことで、自動的に上がってしまったんだと思う。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
・北海に荒れ狂う霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:4000/4000】1760Up
【総合戦闘力:4400/4400】1936Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【収納達人】
……まぁ色々とツッコミたい部分もあるけれど、魔力値は大幅に上がって4000となり、戦闘力もガツンと増えた。
でも一番大きく変わった理由は、新しく得た【№08】の能力、【物質化】だ。
今まで人型になっても重さのなかった身体は、この世界の物質で構成されて、ちゃんと質量のある『肉体』に物質化されていた。
多少以前と使い勝手は違うけれど……質量感のある身体は正直言って使いやすい。その感覚を掴むように指を動かしていると、
「シェリー……ちゃん?」
どこか唖然としたようにウィードの声が聞こえた。
私の身体はまた成長して多分13歳くらいになっている。買った頃より合計で10センチも背が伸びて、150センチくらいになっているので、動くとペザントブラウスの下からおへそが見えそうになって、膝上丈のスカートもすっかりミニスカートになっていた。
この時期の子供は一年でどんどん大人の顔に変わっていく。ウィードの声に唖然として私を見ていたアイザックが、ハッとしたように口を開きかけ――
ガキンッ!!
視界の隅で動こうとした甲殻蜘蛛の頭部に私が短剣を投げつけ、鉄の刃が半分突き刺さるようにして砕けた。
やっぱりただの鉄の短剣じゃ、蜘蛛の甲羅と私の今のパワーには保たなかったか。
今の状態でも少し霧を出しておけば全周囲を見ることが出来る。自分の状態を確認しつつも私は甲殻蜘蛛の警戒はちゃんと続けていた。
向こうも私の変化に気付いたのか観察していたようだけど、ようやく動き出したので私も静かに前に出る。
その途中で、口を開き掛けたまま固まっているアイザックの前を通り過ぎる時。
「……シェディよ。シェリーじゃない」
「え……」
ただそれだけの言葉にアイザックが凄く驚いた顔をした。
ダンッ!!
草原を吹き散らすように踏み出し、一瞬で甲殻蜘蛛達に肉薄する。蜘蛛たちも警戒していたのか即座に散開して四方から魔法の弾丸を撃ち出した。
私は全身から霧を吹き出し、纏うようにして姿を消す。
霧の濃さも範囲も数段増している。その霧に纏わり付かれた一体の甲殻蜘蛛は、霧が晴れると私の足下で完全に凍りついて、光の粒子となって消えていった。
すぐに二体の甲殻蜘蛛が魔法を撃ちだし、もう二体の甲殻蜘蛛が滑るように回り込んで私を蟹の爪で攻撃してきた。
私は纏っていた霧を薄くのばして範囲を拡げ、広範囲に“熱”を吸収する。
生物だろうと機械だろうと【義体】だろうと、活動するにはエネルギーが必要で運動エネルギーには“熱”がいる。
私も理屈は良く分かってないけど、見る間に動きが鈍ってきた甲殻蜘蛛に取りつき、甲羅を一瞬で凍結させながら爪で砕いて魔力を吸い尽くした。
残り三体は接近戦を諦め、魔法を撃ちながら霧の範囲から逃れようとする。
でも、冷気の影響が無くても、戦闘力が爆上がりした私なら以前の倍ほどの速さで動くことが出来た。
飛んでくる魔法の岩さえ放られたボール程度の速さでしかなく、軽く左右にステップを踏むだけで……あ、これ、掴めそう。
炎なら無理だけど岩を途中で掴み取り渾身の力で投げ返す。それは見事に外れたけども、驚いて動きを止めた一体に取りつき、凍らせながら爪を突き刺して魔力を吸う。
その瞬間、残り二体の動きが止まり、そのあと妙に機械的な動きになって私に突っ込んできた。
なんだろう? AIに切り替えたの? 意味は分からないけど、単純な敵味方の関係ない殺戮目的ならAIでも充分だと思う。でも決まったパターンしか行動出来ない敵なんて大して怖くない。
側まで引き寄せてから攻撃を躱し、両手で直に触れて凍らせ、最後の二体はあっさりと倒すことが出来た。
「……ふぅ」
大した問題もなく倒せたけど、問題があるとしたらアイザック達のほうか。
参加者はほとんどやられて、残った人もボロボロ。彼らの計画したイベントは大失敗になるのかな?
私がチラリと視線を向けると、唖然として見ていたプレイヤー数人が警戒したように武器を構えた。アイザックやウィードは何か言いたそうだったけど、サンドリアは魔石の時も色々言っていたけど、何が気に入らないのかずっと私を睨んでいる。
……ま、いいか。別に私が彼らと関わる必要もないし、彼らもこれ以上怖い“人外”と拘わらないほうがいいと思う。
それよりも気になるのは、どうして裏βテスターがここに現れたのか?
現実の私と接点を見つけられたら、私に残された時間はほとんどないことになる。
残り猶予、十二日。
私はまだこの猶予があると信じて、最後まで足掻くよ。
そして私は、βプレイヤー達から離れ、最後の目的地【世界樹】を目指して行動を開始した。
『――あいつに絶対、サリーって呼ばせてやるんだからっ』
……まだ気にしていたのね。絶対呼ばないけど。
***
その日、有名動画サイトにて、βテスト中のVRMMORPG【イグドラシア・ワールド】のプレイヤーから上がった動画が話題となった。
ゲーム内でおよそ五千万ドル相当の懸賞金を掛けられた、13歳ほどの兎の獣人。
ふわりとした真っ白な髪に鮮やかな赤い瞳。頭からふわりと垂れ下がったウサ耳は愛らしく、可愛らしい顔立ちの女の子ということで瞬く間に100万再生を突破した。
黒い蜘蛛の部分は何故かサイトからすぐに削除されたが、プレイヤーとも戦う姿が映し出され、その容赦のない戦い振りを見て、畏れられるどころかさらに人気が増し、世界中のβプレイヤーや製品版を待ち望んでいるユーザー達から『バニーちゃん』の愛称で親しまれる事になった。
プレイヤーウィードの上げた別動画である『冷たい視線と冷淡な態度集』も絶大な人気を得て、早く罵られたいというプレイヤーが急増し、ゲーム内で出逢ったら幸運になると噂になり、有志によるフィギュア化まで検討され始める結果となった。
知らぬは当の本人ばかりである。
***
「……ハ、ハハ、ハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハッ! 何だこれっ、試作実験機とはいえあの子一人にほとんど倒されたよっ!!」
「……ぶ、ブライアン様?」
モニターを見ながら大笑いする副所長ブライアンに、オードリーが若干引きながらも戸惑うように声を掛けた。
確かにあの結果はオードリーにも予想出来なかった。試作型の実験機とはいえ、戦力は現代の軽戦車にも準じる。それを最初こそ手間取っていたようだが、例の魔石を取り込むと瞬く間に五体の実験機を倒してみせた。
現在彼女は追跡していた数機のドローンを撃墜し行方を眩ませている。
「よし、最後の二体でちゃんとデータは取れたかな? それを基にしてすぐに魔物兵器のバージョンアップ作業を開始しろっ。汎用性はいらないよっ。あのウサギちゃん専用にしていい。ああ、あの子を早く解剖したいっ!」
やたらと上機嫌で職員達に指示を飛ばしたブライアンは、異様な笑顔でくるりとオードリーに振り返った。
「さすがはオードリー君だっ。よくあんな素晴らしい素材を見つけてくれたっ! 君には違うことを頼もうっ。収容施設に赴き、【№13】のバイタルチェックを行ってくれ。これからウサギちゃんを追い詰めるから、わずかでも反応があったら、すぐに教えてくれたまえっ。僕が自分で解剖するからねっ」
「……畏まりました」
ブライアンの言動に狂気じみたものを感じながらも、オードリーは従順なまでに頭を下げる。
そしてわずか数日で兎戦用魔物兵器―形式ナンバー【MO-03-B】が開発され、50名の軍人達による『兎狩り作戦』が開始された。
シェディちゃん、あちこちで人気者ですね(白目)
有志による1/5バニーちゃんフィギュア、100ドル限定50個です。
次回、ウサギ狩り。シェディは世界樹まで辿り着けるのか。




