34 魔物兵器試作実験体
「ブライアン様っ!」
以前、裏αテスター100名を監視していたモニター室の扉を開けると、数人の職員と共に一つのモニターを監視していた第七研究所副所長のブライアンが、晴れやかな笑みで彼女を出迎えた。
「やあ、オードリー君、遅かったじゃないか」
陸軍より派遣された、精強な肉体と精神力を持つ【裏βテスター】50名による、量産型軍用魔物兵器の稼働実験が開始されてから一週間になる。
裏αテスターから得られた貴重なデータを元に再調整された試作実験体は、進化などの余分な機能は取り除かれ、βテスターが回収した貴重な魔素によって、最初から一定の戦闘力が与えられていた。
「これ以上の魔素の付与は【義体】と馴染みがよくないね。やはり直に戦闘させて魔素を吸収させるのが一番なんだけど でもこっちで使用する時には…」
「ブライアン様っ、何故、試作実験体を動かしたのですかっ?」
「ああ、これかい? 君が『ウサギちゃん』と呼ばれる個体を気にしているようだったからね。いやさすがはオードリー君だ。君の読み通り、ウサギちゃんは魔石に惹かれて、プレイヤー達のイベントに引っ掛かったようだよ」
ブライアンの言葉に、彼の秘書をしているオードリーはわずかに顔色を悪くした。
【№13】と酷似している兎の亜人。プレイヤー達が事実に辿り着いたように、あの兎の獣人が【№17】の魔石を強奪したことを調べたオードリーは、監視モニターの一つを自分の端末に繋げ、派遣したドローンでイベントを主催したプレイヤー達を監視していた。
そして思惑通り兎獣人は【№08】の魔石に惹かれて現れ、プレイヤー達と戦闘を始めたが、そこに人里を離れた地域で稼働実験をしていた試作実験体が出現し、プレイヤーと兎の獣人を襲い始めた。
「いやはやあの世界も広いね。単独の獣人でアレほど戦える個体がいるとは思わなかった。鑑定結果は数値がおかしいけど、アレほど戦えるのだったら、対人を想定した魔物兵器の“お試し”に丁度いい相手じゃない?」
「ですが、プレイヤー達の目に触れるのは……」
「前にやった凶暴体イベントと変わらないよ。それにあのウサギちゃんは、【№17】から出現した魔石を奪い、【№08】の魔石も奪おうとしている。最初期のメンバー三人のうち、二人は魔石をドロップしたのに、どうして【№01】は何も落とさなかったんだろうねぇ……? あの時は、【№13】が側に居たんだよね? もしあのウサギちゃんが、君の見込み通り【№13】と関係があるとしたら、凄く愉しいじゃないか」
「…………」
いつの間に自分がそれを調べていたことを知られたのか? オードリーはブライアンの晴れやかに見える笑顔に歪んだものを感じて、表情を硬くする。
「さあ、あのウサギちゃんとプレイヤー達が、試作兵器と軍人達を相手にどこまで頑張れるか見守ろうか」
***
「何だこの魔物はっ!?」
「これもイベントモンスターなのっ!?」
「みんな落ち着けっ!」
「総合戦闘力1000っ!? しかも10体っ!?」
「弓兵は足止めを…」
「ダメだ、数が多すぎるっ!」
「うわあっ!?」
戦闘力800近い、あの大盾持ちが受け止めきれずに弾き飛ばされた。
甲殻蜘蛛とあまり戦闘力が変わらないのに弾かれたのは、甲殻蜘蛛が質量を活かした戦い方をしているからだと思う。
体勢を低くして勢いを付け、下からかち上げるように吹き飛ばす。
「【シャドウ・バインド】っ!」
「【アイス・ランス】っ!」
弓兵の技に固定され、魔法で足の一本が凍り付く。でもその瞬間に他の甲殻蜘蛛が前に出るように位置を入れ替え、近づいてきてきた戦士を爪で貫いた。
固定された甲殻蜘蛛はその後ろからカニのような爪を開き、岩の弾丸を撃ち出して後衛の魔術師達を狙い撃つ。
「きゃあああっ!?」
「嘘でしょ……魔物が【ストーン・ブリット】を使ってるっ!」
獣並みの機動力と運動性。装甲車みたいに硬くて、近接攻撃や魔法も使う。
戦闘力はプレイヤー達より少し上程度なのに、プレイヤー達はまったく太刀打ち出来ずに次々と倒されていった。
私もそれを黙って見ていたわけじゃない。私も五体の甲殻蜘蛛に襲われ、戦闘を始めていた。
「っ!」
上から叩きつけられる爪の一撃を下がって躱す。でもその位置に回り込んでいた別の甲殻蜘蛛が振り回す脚を私は伏せるように躱し、霧で目眩ましをしながらその包囲から抜け出した。
ガンッ!
着地する瞬間を狙われて、足下に飛んできた岩が弾け、体勢を崩した私にもう一体の甲殻蜘蛛が突っ込んでくる。
「このっ」
草原を霧で凍らせ、砕け散って飛び散る草で一瞬私を見失った甲殻蜘蛛の頭部に、私は短剣を突き刺した。
ガキンッ!
「………ッ」
短剣の先が欠けた。向こうもダメージは受けているみたいだけど、行動に支障が出るほどじゃない。
私が距離を取ると、甲殻蜘蛛達はすぐに追撃をせず、私を逃がさないようにぐるりと取り囲んだ。
私のほうが戦闘力で倍くらい強いので、甲殻蜘蛛達の連携攻撃も何とか避けられている。……いや、違うな。私、遊ばれているんだ。
狼の群が巨大なヘラジカを襲うように、狼の親が弱った獲物を使って狩りを学ばせるみたいに、彼らは私をひと思いに倒さず、ジワジワといたぶっている。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(下)】
・北海に荒れ狂う霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:1870/2060】
【総合戦闘力:2076/2266】
【固有能力:《再判定》《電子干渉》《吸収》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(人間国宝)】【収納達人】
徐々に減らされている。甲殻蜘蛛達も戦闘したり魔法を使ったりする度に魔力は減っているけど、アイザック達がやられたら向こうの甲殻蜘蛛までこっちにくる。
悪いけどアイザック達を助ける余裕はない。でもせめて私が数体倒せるまで頑張ってほしい。
私も出し惜しみ出来る状況じゃないね。
私が両手の短剣を高く頭上に放り投げると、ゆるりと廻りながら包囲していた甲殻蜘蛛達の動きが微かに乱れた。
狙いはアイツ。その瞬間に私がそれに向けて飛び出すと、その個体は一瞬の間を置いて下がりながら岩を撃ち出した。
やっぱり彼らは私達裏αテスターよりも【義体】との繋がりが弱い。そしてその個体は、今までの戦闘で直接の近接攻撃より魔法での遠距離攻撃を好んでいた。
くると分かっていた魔法を躱し、他の蜘蛛が援護に入る前に両腕を霧化させてその甲殻蜘蛛に取りつく。
脚の一撃が私の脇腹を抉る。それにも構わず上に乗って凍らせながら生命力を吸い始めると、隣に居た甲殻蜘蛛が接近して巨大な爪を振り下ろした。
《再判定》《再判定》
爪は私の目前を通り過ぎ、半分凍っていた甲殻蜘蛛の甲羅を撃ち砕いた。私はその割れた部分に爪を突き刺し、残りの魔力と生命力を吸収する。
『ギィ……』
甲殻蜘蛛が初めて声のような音を漏らして光の粒子となって消えると、私は仲間に誤爆してわずかに動きが止まったその蜘蛛の上に飛び乗り、すかさず吸収を開始した。
我に返って暴れ始める甲殻蜘蛛。凍らせていないのでかなり激しいけど、そのおかげで他の甲殻蜘蛛も近寄れなくなっていた。
《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》
落ちそうになる度に【再判定】で誤魔化して一気に吸収する。
《電子干渉》《再判定》
魔法を撃ってきた個体に【再判定】を使って強引に【電子干渉】を行うと、急に私を『畏れ』はじめたその甲殻蜘蛛は、デタラメに魔法を撃ちだした。
残っていた二体が冷静に対処し、その個体を両側から拘束する。すると押さえられた個体が徐々に薄れ始めたので、強制ログアウトをしているのだと分かった私は、すぐさま霧化させた両腕の霧を拘束している右の個体に伸ばし、爪を装甲の隙間に突き刺して魔力を吸収した。
ドンッ!
「くっ!」
左側の甲殻蜘蛛の爪に打たれて弾き飛ばされる。右側は何とか吸い尽くして消すことは出来たけど、私もダメージが意外と大きかった。
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(下)】
【魔力値:1475/2240】180Up
【総合戦闘力:1699/2464】198Up
魔力がだいぶ減っちゃった。まだ戦えるけど、今みたいな無茶な戦い方をすれば、あっと言う間にジリ貧になりかねない。
数秒、最後の一体と睨み合っていると、その甲殻蜘蛛はアイザック達と戦っているほうへ移動を始めた。
本来なら一旦撤退したいところだけど、あの魔石を運営側に取られても困る。
私も即座に後を追うと、アイザック達も一体は倒せたみたいだけど、二十人以上居た彼らは10人も残っていなかった。
あの甲殻蜘蛛は向こうの四体と合流して、また編隊を組み直す。
「シェリーっ!」
私が到着するとアイザック達が振り返り、甲殻蜘蛛達が私を警戒するようにアイザック達から私へ向き直った。
どっちも私を一番に警戒しているのは腑に落ちない。
その中で、ボロボロになりながらもまだ武器を構えるアイザックが、私に声を掛けてきた。
「シェリー……あの蟹蜘蛛は君の仲間じゃないんだな?」
「……敵よ」
「そうか……それじゃ、アレを倒すまで手を組まないか?」
「アイザッ…むぐっ」
何か言葉を挟もうとしたサンドリアを、ピンク頭が口を押さえて止めた。
「……そんなボロボロで?」
「君だってボロボロだろ」
義体アバターだから自分の足で立っているけど、薬品も尽きたのか、アイザック達は怪我も治りきってなく、鎧も武器もかなり傷んでいるように見える。
私はチラリと彼らを見て、そっと手を差し出した。
「赤い魔石、ちょうだい。そしたら私がアレを倒してあげる」
「……魔石を?」
アイザックが不思議そうに私を見る。最低でも魔力値さえ回復出来れば何とかしてみせる。
「なにを、むがっ」
また叫きだしたサンドリアをピンク頭が押さえつけ、言い含めるようにお説教をし始めた。
「サリーは黙って。それとこれは必要な『イベント』だと思うのよね。私は良いと思うけど、リーダーどうする?」
その言葉にアイザックは少しだけ悩んで私を一度見てから、ピンク頭に頷いた。
「ほい」
するとすぐに、ピンク頭が赤い魔石を私に放って、私はそれを片手で受け止める。
間違いない……【№08】の魔石だ。
ピンク頭はこれを、『ゲームに必要なイベント』だと思ったらしいけど、少し違う。
これは、私の生き方に必要な『イベント』なんだ。
躊躇うことなく魔石を口に含み、体内に取り込むと、【№01】【№08】【№17】の魔石が揃ったせいか、私の魔力が急激に活性化し始めた。
身体が燃えるように熱い……。重さが増えるような感覚と、力が溢れて身体が軽くなったような感覚を同時に覚えた。
これって……
【シェディ】【種族:ミストラル・ネージュ】【上級悪魔(上)】
・北海に荒れ狂う霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:4000/4000】1760Up
【総合戦闘力:4400/4400】1936Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》《吸収》《物質化》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【人化(素敵)】【収納達人】
ランクアップ……してる?
ついに最後の魔石を手に入れました。
ですか、本体のほうがピンチです。
次回、戦いの結末。




