32 プレイヤーイベント
「あれが飛空艇だよ」
「……凄いね」
バトロール西側の街に着いて、さらに列車を乗り換えた南側に、その飛空艇の発着場があった。
問題だと思っていた入国審査も、高速鉄道で直接入国するのではなく、意外と人の行き来が多い鈍行列車だから、リーダーのアイザックが冒険者証を提示して、他は持っていることだけを見せれば簡単に入国出来た。
本来なら全員調べるんだろうけど、衛兵も面倒になってたんだろうねぇ。
それで飛空艇だけど、本当に凄かった。
何が凄いのかというと、本当に船の形をしていたのっ。長さ60メートル、幅20メートルくらいの鉄と木造の船が、あきらかに小さい八個のプロペラで浮かんでジェット機並の速度で飛ぶと言うのだから、魔法って凄いのね。
乗り賃は最低でも大金貨一枚と小金貨五枚で、一番上の部屋だと大金貨三枚になる。
安い方なら高速鉄道と変わらないじゃないかと思ったけど、これは目的地までの金額じゃなくて、一泊の金額だった。
同じ大陸なら一泊で済むけど、他の大陸とかだとこの倍になる。要するにホテル飛空艇の宿泊料なんだよ。
アイザック達が持っている年間パスチケットで泊まれるのは、一番下のツインルームのみだけど、追加で料金を払えば上の部屋にも泊まれるみたい。
彼ら三人が所持していたチケットのパーティー割引で、私一人分は無料にはならなかったけど、ベッドメイキング料の小金貨一枚で泊まれることになった。
ちなみにそのお金はアイザックが払ってくれた。
一瞬感謝しそうになったけど、話を聞くと彼らのパスチケットは、私達の討伐報酬だったらしいので感謝なんかしてあげない。
早速飛空艇に乗り込んだサンドリアとウィードは、すでに何度か乗っているはずなのに甲板の上を走り回ったり、船底にある展望室から地表を眺めては、子供のようにはしゃいでいたりしていたけど、夕食時間になるとアイザックを含めた三人とも自分の部屋に消えてしまった。
男と女で部屋分けしたので自分の部屋を覗いてみたけど、サンドリアは居なかったのでログアウトしたんだと思う。
食事代は料金に含まれているので、出された豪華な食事は勿体ないから、全部(タマちゃんが)完食する。
ポニョンポニョンっ。
美味しかったの? 良かったね。
私には睡眠は必要ないし、部屋に一人で居るのも何なんで、甲板上に出て夜の景色を眺めることにした。
空の上でも、もの凄い速度で飛んでいても、結界が張ってあるから心地よいくらいの風しか感じない。念の為にフードを深く被り直して遠くに見える高い山を眺める。
観光案内によるとあのレナード山は、この中央大陸で一番高く、有数の鉱山でもあるみたい。その山を囲むようにバトロールを含めた三つの大国があって、利権争いが絶えないらしい。
……魔素のおかげで問題なく生活出来ているのに、お金稼ぎは別なのね。
そんなことを考えながら次第に遠ざかっていく夜の山を眺めていると、背後で魔力の反応を感じた。
「こんな所に居たんだね」
「……うん」
アイザックだけは私の様子を見に戻ってきたみたい。この人はマメな感じがする。
私を見つけて近づいてきた彼は、湯気が昇る温かい飲み物を二つ持っていて、片方の銅のカップを私に手渡した。
「……ありがと」
「うん」
お礼を言って受け取ると彼はニコリと笑って中の飲み物を口に含む。
プレイヤー達は食べられないけど飲み物は平気なのか。私はどっちもダメだから飲んだ振りして【収納】に入れ、後でタマちゃんに処分してもらわないとダメだけど。
それにしても……このドロリとした緑色の飲み物は何だろう?
「……ホット青汁」(ぼそ)
ぶほっ! と隣のアイザックが“ホット青汁(仮)”を噴きだした。
「汚い」
「ちょ、いきなり、何を言ってんのっ?」
「だって、これ……」
「夜食用のほうれん草のスープだよっ。ああ、ビックリした。この世界にも青汁なんてあるんだね」
「…………」
私も余計な一言だったね。誤魔化すようにそのスープを飲もうとして、つい人間だった時の癖でフーフーと息を吹きかけていると、そんな私をアイザックがジッと見つめていた。
「あの二人の話じゃないけど、シェリー……君は、本当にNP…この世界の人らしくないね」
「……まるでこの世界の人じゃないみたいな台詞ね」
「いや…」
私の切り返しに、アイザックは自分でも失言だと思ったのか言葉に詰まる。でもすぐに悪戯を思い付いたような顔をして少しだけ微笑んだ。
「そうだね。もし、ここが“架空の世界”なら君はどうする?」
「…………」
そう来ましたか。彼は私を、ゲームということは何もしらない、架空世界に生きていると設定されているNPCだと思っている。
純真な子に小さな嘘を教えるような、ちょっとした悪戯心なのかもしれないけど、私は彼の瞳を見て質問を返す。
「それじゃ、この世界が本当にあるとしたら、あなたはどうするの?」
「え……」
そんな言葉を返されるとは思っていなかったアイザックは、少し呆けた後、夜の景色を見渡して笑みを浮かべた。
「だとしたら素晴らしいねっ。この景色、この大地、観光化出来たら、どれだけの金が動くかな。ここの資源を送れば資源問題も解決する。増えた人間を送り込んで、こっちの安い労働力を…」
「…………」
「あ、ごめんっ! よく分かんない話をしちゃったね」
彼は途中で正気に戻ってジッと見つめる私に頭を下げる。
彼は悪い人ではない。リアルでは、よく居る意識が高い系のエリートなんだと思う。
地球のことを考えるのなら間違ってはいない。でもその考え方は、亜人を資産として扱う人族と何ら変わりは無かった。
この瞬間、私の中で彼らと『話し合って解り合う』という選択肢は消滅した。
残り猶予、十二日。
自由都市シースに到着し、この国に籍のあるアイザックが手続きするだけで終わったザル入国を経て、また鈍行列車を乗り継ぎ、彼らの拠点がある北部の街へ到着した。
自由都市シースは、商業都市連合と同じく、王と貴族が治める国ではなく、評議会と呼ばれる大商人や大地主による統治をしている。
商業都市連合が商人が幅を利かす交易と商売の国に対し、この自由都市シースでは、冒険者とギルドが力を持つ国だった。
街に到着して、そのまま彼らの拠点に向かうのかと思ったら、アイザック達の仲間が迎えに来て、そのまま『祭り会場』まで向かうことになった。
「その子どうしたのっ!? リーダーの趣味っ!?」
「やめろ、シェリーちゃんは俺のだっ。最近冷たい態度が癖になって…」
私がプレイヤーでないと気付いた他のメンバーがアイザックをからかい、何故かウィードが所有権と危ない性癖を主張する。
アイザック達の仲間は10人前後。
この中の誰かが魔石を持っているのだと思うけど、今のところ誰が持っているのか分からない。もしかしたらすでに現地に運んでいるのかもしれないから、ここで手を出すのは危ないと思う。
話によると気の早い参加者がもう集まり始めているみたい。
場所は自由都市シースの北側の大平原に近い田舎町でやるらしい。その大平原では、巨獣と呼ばれるゾウさん並の魔物が多くて、『ウサギ』が現れるまで巨獣を狩ってスキル上げをして遊ぶそうだ。
その田舎町に着くと、すでに5パーティー、30人近いプレイヤーが集まって、巨獣を狩り始めていた。
そんな彼らの一部を見るなり、アイザック達が顔を顰める。
「……呼んでない奴らまで来やがった」
アイザック達が現れると参加者達が穏やかに挨拶に訪れ、最後まで獲物を狩るのではなく、大人しい草食獣を苛んで殺していたパーティーが近づいてきた。
「あの人達……何?」
「えーっと……まぁ、悪い奴らかな」
近くのプレイヤーに聞いてみると、そんな曖昧な答えが返ってきた。
要約すると、犯罪まがいの『悪人プレイ』をしている人達なんだって。犯罪をして逮捕拘留されるとキャラは消されるけど、捕まらなければ、山賊プレイでも盗賊プレイでも、ゲーム上の規約違反にはならない。
でもあの人達、どこかで……
「なあなあ、兎が出てきたら、早い者勝ちで良いんだよな?」
「いや、連続クエストの可能性もあるから、出来れば全員で捕まえてから、兎獣人をどうするか…」
「そんなの関係ねぇよっ。俺達はあの時、白い奴にやられて、飛空艇のパスチケット取り損ねたんだっ。出てきたら俺達は勝手にやらせてもらうぜっ!」
……ああ、思い出した。【№01】の魔石を取り込んだ時、横殴りして他のパーティーから奪おうとして、最後に私が倒したパーティーのリーダーだ。
まだこんな事をやってるのか……。
それは良くないけど無視するとして、いまだに誰が【№08】の魔石を持っているのか分からない。
何か感知は出来ないかと【電子干渉】でプレイヤー達の反応に集中していると、突然後ろからフードを鷲掴みされた。
「……ッ!」
「なんで、NPCのガキがいるんだよ? 兎が来ない時の代わりに、コイツを狩って遊ぶのかぁ? ヒャハハッ」
「止めろっ! その子は俺達が雇った冒険者だっ!」
集中しすぎて油断したっ。周りにプレイヤーが多すぎて、あの悪人リーダーの接近に気付かなかった。
アイザックが慌てて止めるが、それを見て悪人リーダーがさらに笑う。
「ヒャハハハッ! ご奉仕させる為に買ったのか? ホントにこのゲームすげぇよな。買った奴隷とか殺しても罪にならねぇしよっ!」
……やっぱりコイツ。ウザい。
*
「……もう黙れ」
「ああ、なんだ、このガキ…ぎゃあっ!?」
NPCの少女が低く呟くと、乱暴しようとしていたプレイヤーの腕を、二本の短剣で斬りつけた。
そのプレイヤーであるカージは、悪人プレイよりもワガママすぎるプレイで他から反感を買っている有名なプレイヤーだ。あまりにもその言動は酷いが、規約違反をしていない限り、手を出せばアイザック達のほうが規約違反に取られかねない。
それ故に手を出せずにいたが、連れてきていたNPCのほうが我慢の限界に達していたらしい。
彼女は腕を斬られながらも放さないフード部分を自ら引き千切り、さらに恐るべき速さでカージに斬りつけると、唐突に霧のような物を纏ってカージを凍らせ。
「お、お前っ!」
「もう消えろ」
そう冷たく言い放つと、カージの顔面に短剣を深々と突き刺した。
プレイヤーはあまりにも酷いダメージを受けた際、トラウマ回避の為に感覚が遮断される。だが、あの状況では、カージは殺される恐怖を存分に味わっただろう。
彼が恐怖の表情で光の粒子になって消えると、霧がわずかに晴れて、その少女の姿をプレイヤー達に現した。
真っ白な髪に真っ赤な瞳……そしてふわりと慣れ下がった『兎』の耳。
その唐突な出現にプレイヤー達が固まる中、アイザックがポツリと声を漏らした。
「……シェリー?」
我慢出来ずに戦闘開始。魔石はどこにあるのか。
次回、プレイヤー達との戦闘。その果てにあるものは――




