31 プレイヤー達との旅
「あ、魔石を知ってるって事は、君もイベントに参加するの?」
アンヌーフ首都の冒険者ギルドにて、そんな言葉を掛けられて振り返ると、そこに立っていたのは、腰に二本の短剣を差した、美形に見えるけど表情が軽薄そうな金髪の兄ちゃんだった。
イベント…魔石……? もしかしなくてもプレイヤーかな。
少し警戒してわずかに半歩ほど離れると、彼も慌てたように両手を振りながら一歩離れた。
「あっと、急にごめんねっ。告知したばっかりだったし、人が集まるか不安だったから思わず声を掛けちゃったっ。俺はウィードって呼んでくれ。イベントを告知したクランのメンバーさっ」
「……詳細はどうなってるの?」
私は惚けた振りして彼から情報を引き出してみることにした。でも…あれ? βプレイヤー達はβプレイヤーを判別出来るんだよね?
ま、いいか。何だかよく分からないけど、彼は私の“顔”に興味があるみたいで、フードに隠した顔を何度も覗き込もうとしながらも、色々と教えてくれた。
彼らは、ティズが出した手配書をゲームイベントだと思っているらしく、私が黄色い魔石を奪ったのを知っていて、私達を狩った時、他の魔物から出た【赤い魔石】を保有しているので、それを使って『兎の獣人』を呼び寄せようとしているらしい。
「明日辺りから、中央大陸の冒険者ギルドとかで『赤い魔石の買い取り』を募集する告知が出されるようになってるんだ。でも、あんな高額賞金の“ウサギちゃん”が街に居る可能性なんて低いから、みんなで集まってわいわい騒ぐイベントにしようって、決まったのさ。だから、女の子とか参加してくれると俺が嬉しい――」
「おいっ、ウィードっ!」
何か既視感……。また話途中で遮られてウィードと同時にそちらを見ると、あの防具屋で顔を見たあの強い人が現れ、その後ろでサリーとかいう女性冒険者が『あちゃー』って顔で頭を抱えていた。
「おう、アイザックっ。この子、イベントに参加を…」
「違うっ、その子、プレイヤーじゃないっ!」
「……えっ!? マークがないっ!?」
ウィードが驚いた顔で、私と私の少し左上辺りをマジマジと見る。またこのパターンか。だから顔を見ないでくれるかな?
「だって、この子っ、すっげぇ自然で……」
「そうよねっ! 雰囲気というか、仕草とか、こっちの人じゃなくてリアルの私達に近い気がしたんだよっ」
言い訳をするウィードに被せるようにサリーがさらに言い訳をする。…ってサリーってサリアと似ていて紛らわしいなっ。
そんな、次々とNPCには理解不能な発言を繰り返す二人に、あの強い人――アイザックだっけ?――が深く溜息をついて私を見る。
「度々すまないね、君。理解できないだろ? 忘れてくれて良いからね」
……そうは言われても。
「賞金首の“兎”を罠に掛けるんだよね?」
私がそう言うと、アイザックの笑顔がピクリと震えた。
「ウィード……お前、どこまで話したんだよ」
「いや、その……全部?」
「お前、ちゃんと説明したろっ。このゲームのAIはやたらと行動パターンが多いから迂闊なことをするなってっ」
「……いや、アイザックもその子の前で色々話してるぞ?」
「あっ」
やっぱり相手がNPCって感覚が抜けていないのか、目の前の私を無視して会話をしていたアイザックが、引き攣った笑顔で私を見る。
「仕方がないな……君は随分若いようだけど、冒険者だよね?」
その言葉に私がこくりと頷くと、彼は迷いを振り切ったように、私と仲間達に聞かせるように話し始める。
「聞いたとおり、俺達は『兎狩り』をしようとしている。けれど、成功率は低いので、半分お遊びのようなものだ。もし成功しても報奨金は約束出来ないが、俺達に雇われる形で良いのなら、小金貨を三枚出そう。どうかな?」
「……雇う?」
どうしてそういう結論になったのか知らないけど、アイザックは私を雇って一緒に連れて行くことにしたらしい。
「お、マジで? やったっ!」
「ちょっと、アイザックっ! NP…じゃなくて、この子を連れて行くのっ!? 関係ないじゃないっ」
「サリー、静かにしてくれ。他の冒険者に聞かれたら、邪魔をしに来るかもしれないだろ? この子を連れて行くのは一般冒険者に内緒にしてもらう為だ」
「……仕方ないわね」
「やったっ」
「あんたは反省しなさいっ」
「ハハハ、じゃあ行こうかっ」
「…………」
どうやら彼らの中では、NPCに断られるという感覚はないみたい。
まぁ、仕方ないと言うより、そのほうが私にも都合が良い。どういうイベントにするか分からないけど、その赤い魔石さえ奪えればそれで目的は達成する。
……【№08】の魔石だよね? 間違いないと思うけど、違っていたら目も当てられないなぁ。
「それじゃ、予定を話しておくね」
「うん」
彼の話では、イベントは一週間後の予定で、(ネットで)知り合いに告知して来られる人だけ集まって遊ぶらしい。
場所は彼らの拠点がある自由都市シースの郊外。ギルドにある簡易地図を見せられたけど、すんごく遠い。中央大陸の東側にある大国だ。
一週間で着けるの?って不安に思っていると、まず近場の大国バトロールまで安い鉄道を乗り継いで四日掛けて向かい、そこから飛空艇に乗るみたい。
……飛空艇っ!?
「ああ、俺達、年間パスチケットを持ってるんだ。君一人ならパーティー枠でねじ込めると思う」
そんな乗り物あるんだね……。大国にだけ発着場がある交通機関で、世界中の大国へだいたい1日~2日で着けるらしい。
そんな乗り物のチケットは持っているのに、バトロールまで高速鉄道を使わないのは、単純にここまで来たのが金策目的だったからだと話してくれた。
せっかく金策で訪れたのに一人大金貨1枚の高速鉄道なんて、勿体なくて使えないらしい。
「ここら辺の沼に出る水トカゲの皮と魔石は、自由都市だと良い値で売れるのよね。えっと……あなたの名前は? 私はサンドリアよ。“サリー”って呼んでね」
「シェリーです。よろしくサンドリアさん」
一番安い各駅停車の列車に乗り、狭いながらも四人用の客室を確保出来たので、そこでようやく互いの自己紹介となった。
戦士のアイザック、軽戦士のウィード、魔術師のサンドリア。
私も一応は誤魔化す程度の知恵はあるので、考えておいた偽名を使う。ほとんど変わりないけど、違いすぎると瞬時に反応出来なくなるからね。
私の挨拶に何故かサンドリアが笑顔で顔を近づける。
「サリーで良いわよ?」
「よろしくサンドリアさん」
「サリーで……」
「よろしくサンドリアさん」
「…………」
残念サリアと似ていて混乱するから面倒くさい。私が頑なに“サンドリア”呼びをしていると、いつの間にかアイザックとウィードまでも『サンドリア』と呼び始めて、サンドリアが愕然としていた。
『このポンコツAIが……』って聞こえているよ、サンドリアさん。
「あなた達、食事は?」
「俺達は適当にリアルで……痛てっ」
「俺らは適当に済ますから気にしないでくれ」
不用意な発言をするウィードをアイザックが肘でド突いた。
列車に乗っている間、私は不審に思われないように(タマちゃん用の)食事を食堂車から買ってくるけど、彼らは列車内に居るのに偶に居なくなる。
ログアウトしてリアルで食事をしているのか……。サンドリアなんて半日くらい見かけない時もあって、最低一人は残るようにしているみたいだけど、ほとんどこっちにログインしている、ウィードの現実が逆に心配になってきた。
「シェリーちゃんと二人っきりもいいねっ。お兄さんのこと知りたいだろ? シェリーちゃんみたいに可愛い子なら、何でも教えてあげるよっ!」
「あなたを消す方法…?」
「意外と毒舌っ!?」
ウィードも最初はウザいくらい話しかけてきたけど、少々目付きに危ないものを感じたので、私も素っ気ない態度を続けていると、どこか虚空を見つめたまま動かなくなる時があった。
『……NPCの女の子が俺に冷たい件について……』
よく見ると口元がわずかに動いていたので、どこかとチャットでもしているのかもしれない。
本当に彼らは私に対して誤魔化す気があるんだろうか? 所詮はゲームだから。所詮相手はNPCだからと、私が反応を示さないと次第に油断して、ログアウトの頻度が増えていった。
私も別に彼らと馴れ合うつもりは無いので問題はないけど、NPCがリアルに沿った行動をすると知っている彼らでさえ、最後まで私に接する態度は、生きている人間に対するものではなかった。
……これじゃ、あちこちで問題が起きるはずだね。他人事だけど運営も大変だ。
そしてバトロールの最初の駅に着く前日、とうとう三人ともログアウトした。
魔法系のスキル上げをしていたみたいだったけど、それだけでは暇を潰しきれなかったみたい。
三人の消えた辺りで床に奇妙な魔素溜まりを発見する。結界が張られたそれは、ログインする時の目印なんだと思う。
私は運営にバレないように慎重に【電子干渉】してみると、私の【収納】と似たような反応があった。
さらに干渉してみると【収納】の中にあったのは、彼らが装備していた物みたい。
これは……さすがに取り出すことは無理そうだけど、何かしら“悪戯”を仕掛けるくらいは出来るかも。
「さあ、ようやく到着よっ! 私、空の旅って好きなのよねぇ」
「観光だけでも、このゲームやる甲斐あるよなぁ」
最初の駅に着く1時間前になってようやく三人が戻ってきた。
サンドリアとウィードの二人は、早速窓から見えるようになった農村などの景色に、すっかり観光気分になっているけど、唯一アイザックだけは、座席に座ったままジッとしている私を気遣ってくれた。
「一人だったけど、大丈夫だった?」
「うん」
私も従順なNPCを演じて小さく返事をすると、アイザックはホッとした顔をして、『やっぱりNPCだから問題なかったか…』と小さく呟いていた。
私が普通にプレイヤーだったら良かったのにね……。
でももう違う。私はプレイヤーでもこの世界の住人とも違う、半端な存在に成ってしまった。
あの運営と企業が私達100人を裏切った瞬間から、あなた達も私達の“側”ではなくなった。
【アイザック】【種族:人族♂】【プレイヤー】
【魔力値(MP):150/150】【体力値(HP):260/260】
【総合戦闘力:1110】
【サンドリア】【種族:人族♀】【プレイヤー】
【魔力値(MP):190/190】【体力値(HP):135/135】
【総合戦闘力:790】
【ウィード】【種族:人族♂】【プレイヤー】
【魔力値(MP):140/140】【体力値(HP):180/180】
【総合戦闘力:655】
残り猶予、十四日。
いよいよどん詰まりになってきた私の人生だけど、あなた達には私の“糧”になってもらうから覚悟してね。
昔有名だったお前を消す方法は、最近では受け答えするそうですね。
次回、いよいよプレイヤーイベント開始。
軽い解説。プレイヤーの収納。
プレイヤーはイベントアイテム以外、死亡すると装備類はその場に落とします。
本文で分かったとおり、ログアウトする時にはその場の床にマーキングされ、アイテム類はその場に収納されます。
何故、プレイヤーが通常も【収納】を使えないかというと、マーキングされた収納の維持には微弱ながら魔素が消費され、死亡した際にそれらが回収される確率が低いことから、魔素消費軽減の為に初めから使わせないことにしたのです。
今回と次回の経路です。これまでの経路も日数により若干ですが調整しています。




