28 乱戦 兎の少女
三人称となります。
「……亜人?」
「獣人……か?」
オークション会場、その舞台の上で、暗闇の中ただ一人炎に照らされる、白い少女に全ての人の視線が注がれた。
オークション品を強奪する賊が先ほどまで自分達と共にいた少女だと知り、ティズがブース席から身を乗り出すように睨み付ける。
「シェディ……ッ!」
だが、本当にその少女が『シェディ』なのか?
初めて出逢った時は10歳程度の子供にしか見えず、次に再会した時はそれが勘違いであったかのように11歳ほどに変わっていた。
魔力値の高い貴族の子供などは成長が早い傾向はあるが、それが今、舞台の上にいるシェディは12歳ほどの姿まで成長し、身長も伸びて子供から乙女になりつつある、危うい美しさの片鱗を見せつけていた。
だが、それ以上に会場の者達の目を惹いたのが、頭の上からふわりと垂れ下がった、真っ白な長い耳だった。
確かに犬種の獣人には耳の垂れ下がった種類もいる。けれど、それは長くても10センチ程度の長さしかなく、シェディのように顎の下まで垂れ下がるような、……まるで『兎』のような獣人など、誰も見た事も聞いた事もなかった。
「……あいつ、ウサギの獣人だったのかっ!!」
単純なサリアの大声が、静まりかえった会場内に響き渡る。
「……ウサギ?」
「兎……」
「ウサギ…っ!」
会場内からそんな呟きがあちこちから囁きだされ、『兎の獣人』と認知された瞬間、会場にいたオークション参加者――富豪や権力者の瞳が、“怯え”と“恐怖”から、瞬く間に“欲望”に染まった。
「アレを捕まえろっ!! アレは儂の物だっ!!」
二階の幾つかあるブース席から身を乗り出した、太った中年貴族が大声で叫ぶ。
ティズにも見覚えのあるその顔は、このトラスタン王国の王弟だった。だが、そんな権力にも物怖じしない富豪や他国の貴族は、弾かれるように立ち上がり自分の部下に指示を出す。
「兎の娘を捕まえろっ!」
「いや、オークションにしろっ、大金貨100枚出すぞっ!」
「あのウサギは、私の商会で確保するぞっ! 外の護衛を呼んでこいっ!」
「ふざけるな、アレはトラスタン王国の物だっ!」
「オークションでそんな理屈が通じるかっ! 早くアレを捕らえろっ!!」
誰も聞いたことも見たこともない、世にも珍しい兎の獣人。
しかもそれが見目も美しい少女となれば、その価値は計り知れないものとなる。
欲望に囚われた主達の命に、数十名の護衛達が先を争うように舞台に殺到する。それを見てオークションの支配人が生き残っている警備員達に、唾を飛ばすように指示を飛ばした。
「ウチのオークションに使うぞっ! 絶対に傷つけずに捕らえろっ! 捕まえたら貴様ら全員に大金貨の報奨金を出すぞっ!」
そんな会場の様子に、真っ赤な目を丸くして瞬きしていたシェディは、迫り来る護衛や警備員達の姿に、スッ…と蔑むように冷たく目を細めた。
「さあ、大人しく…ぐがっ」
真っ先に舞台に駆け上がった細身の剣士が、素手で掴みかかろうとした瞬間、何故か動きが鈍り、間合いを詰めたシェディの短剣に首を切り裂かれた。
そのまま跳びはねるように移動するシェディに、複数の護衛達が素手で飛び掛かったが、シェディの外套の内側から吹き出した霧に触れると、急速に顔色が蒼くなり、動きが鈍ったところを短剣と爪で引き裂かれる。
あの白い霧は、冷気魔術の類だろうか?
捕獲する対象がただならぬ相手だと理解した護衛達は、ある者は魔術に切り替え、ある者は近くの椅子を打ち壊して即席の棍棒を造った。
「痛いが我慢しろよ、兎っ!」
素早く行動して落ちていた槍を拾い上げた一人の護衛は、槍を回転させながら霧を払い、その石突き部分を棒術のように使ってシェディに襲いかかる。
「ぎゃ!?」
だが、かなりの手練れに見えたその男は、何故か突然、足下に零れて凍った血に足を取られ、バランスを崩して顔面をシェディに掴まれたその男は、まるで“熱”を奪い取られるように蒼白になり、瞬く間に白く凍り付いて、最後は“命”さえ奪い取られて砕け散った。
その無惨な光景と熱を奪うように漂う霧の冷気に、護衛達は青い顔で息を飲む。
二階席でそれを爛々とした瞳で見つめていたティズは、護衛達と同じような顔で凝視している執事に声を掛ける。
「爺、……爺っ! アレはどうなってるっ! シェディの戦闘力はいくつだっ!?」
このオークション会場に雇われているなら、警備員は戦闘スキルレベル3――冒険者で言う【ランク3】はあるはずだ。
オークション参加者である富豪や貴族の護衛なら、サリアと同程度の【ランク4】以上は確実で、中には騎士の師範レベルである【ランク5】すら居るかもしれない。
サリアは魔力値が高い魔術騎士なので戦闘力は400近くもある。
他の護衛にもそのくらいの戦闘力を持つ者は居るだろう。例え彼らが捕縛目的で得意武器を使えず、互いに脚を引っ張り合っていたとしても、最低でも戦闘力300以上が数十人も居て、戦闘力200程度の小娘一人にここまでやられるはずがない。
「そ、それが……あの娘の【鑑定】が出来ません」
「なんだとっ!?」
「……魔力値、体力値、総合戦闘力、すべてが非表示となって爺には見えます」
そういえば、冒険者ギルドで鑑定をした時、シェディの魔力は120で戦闘力は200近くを表示していたが、体力値は表示されなかった。
戦いで重要なのは【総合戦闘力】と【魔力値】なので、【体力値】はあまり重視されず、ギルド職員もエラー程度の感覚で気にもしていなかったが、もしかすれば、あの時からシェディは能力値を誤魔化していた可能性がある。
「やってくれたな……シェディっ!」
舞台の上で戦っていたシェディに一陣の風が吹き、纏った霧を吹き飛ばした。
「貴様、そこまでだっ!」
湯気が出るほど真っ赤に激高したサリアが、手に持つ短剣をシェディに向けた。
その姿を見て微かに眉を顰めたシェディが、静かにサリアに向き直る。
「そんなボロい短剣で何をするの?」
「貴様が謀ったんだろうがっ!」
サリアがさらに真っ赤な顔になって、シェディから渡された盗賊の短剣を床に叩きつけた。
「貴様は殺す…っ! 我らを謀った罪、万死に値すると知れっ!」
「へぇ……」
シェディはその物言いに冷たい視線で応じながら、ゆるりと左手で短剣を構え、右手を外套の内側に隠した。
「さあ来いっ!」
サリアには自信があった。シェディが水系の霧の魔術を使うのなら、サリアが得意とする風の魔術は相性が良い。
得意げになって霧の魔術を使い突っ込んできたところを、風の魔術で霧ごと吹き飛ばしてやる。
ニヤリと笑うサリアの思う通りに、シェディが隠した右腕辺りから霧を出しながら突っ込んでくるのを見て、サリアは勢いよく両腕を突き出した。
「【ウィンド・ボム】っ!」
サリアの両手から爆発するように風が吹き、サリアの計算通り……いや、計算以上にまるで重さが無いみたいに吹き飛んだシェディは、にこやかに手を振りながら、自分を逃がさないように取り囲んでいた護衛達の頭上を飛び越えた。
「ああああっ、貴様っ、逃げるなっ!!」
そんなサリアの叫びを背に悠々と着地したシェディは、護衛達が正気に戻る前に客達の中に飛び込んだ。
悲鳴をあげて逃げるご婦人。眼の色を変えて自分で捕らえようとする商人。シェディは広範囲に霧を発生させると、人の波を掻い潜って出口へと駆け抜ける。
その途中で、二階席にいたティズと視線が絡み、ティズは牙を剥き出すように笑いながら、シェディに宣言した。
「お前は、この第十二代トゥーズ帝国皇帝・ティーズラルが必ず手に入れるっ! 覚悟をしておくが良いっ!」
「…………」
シェディはティズに一言も返さず、そのまま玄関を抜けて街に紛れ、衛兵達の捜索にも見つかることなく、トラスタン王国の王都から姿を消した。
その後、トラスタン王国や他国の貴族、大富豪達から多額の賞金を懸けられたが、その中でもトゥーズ帝国皇帝が直々に配布した手配書はその賞金額で群を抜き、中央大陸ほぼ全土に知れ渡った。
『尋ね者。霧の魔術を使う、若い雌の白い兎獣人。
彼の者、生かして捕らえ引き渡した者には、報奨金を与える。
その者、けして傷つける事なかれ。
それを為した者には、トゥーズ帝国皇帝の名において、
五千枚の大金貨を与える――』
ちなみに余談だが、その事件以降、獣人達への当たりが強くなると思われたが、それとは逆に、白に近い色の獣人や垂れ耳の犬獣人等の若い娘を求める者が相次ぎ、彼女達は非常に高値が付き、好待遇で迎えられることになった。
シェディちゃん、約50億円の立派な賞金首になりました(笑)
他が出した賞金が、数千万から数億円なので、ティズの本気具合が分かります。
シェディが最初に違う種族を選択していたら、どんな風になったんでしょうね? 他の作者様の進化モノもよく読みますが、違う進化をしたらどうなったのか気になります。
次回より、ファンタジー寄りからVRMMO寄りに戻ります。
それではブックマークやご感想等お待ちしております。
次回、進化の結果。プレイヤーとの接触も増えるかな。




