24 高速鉄道
「よぉ、嬢ちゃん。アレに乗り込むつもりなら、いい手があるぜ?」
そんな声に振り返ると、そこに居たのは三十歳前後の痩せぎすな男だった。いかにも一般市民ですって格好をしているけど、目付きや仕草に堅気じゃない雰囲気が漂っていて、はっきり言って怪しい。
「……なに?」
「おっと、警戒すんなよ? 大声出すのも無しだ。なぁに、嬢ちゃんが高速鉄道の料金見て悩んでいるみたいだったからな。いい話があるんだが……」
男はさらに声を潜めて顔を近づけてくる。
「正直、幾らまで出せる?」
「……銀貨で8枚」
結構正直に答えると、男は落胆したように眉を顰める。
「う~ん……ちょっと足りねぇが、もう今晩出発だし、仕方ねぇか。付いてきな。丁度今晩の空きが一つあるんだ。乗り心地は保証しないがなっ」
「…………」
私はコクンと頷いて、機嫌良く歩き出した男の後を付いていく。
怪しさ大爆発。普通に考えると列車の貨物室かなんかに押し込んで、荷物とかと一緒に運んでくれる業者みたいな感じだけど、よく考えると色々粗がある。
遠いけれども馬車でたった五日の距離。確かに途中で足止めもなければ、盗賊に襲われる危険もないし、たった一日で着くけれど、こんな逃亡者しか使わないような移動を求める人が沢山居るとは思えない。
怪しいけれど、私の場合はそれでも良い理由がある。
華やかな駅前を離れて男の後を付いて線路沿いの道を歩いていくと、線路沿いは音や振動があって地価が安いのか、次第に人の姿は見えなくなり、土壁のバラックのような建物に変わっていく。
そして線路沿いの大きな倉庫に入っていくと、木箱をチェックしている十数人の人族達と、大きな木箱を手作業で運んでいる獣人の奴隷が数人居た。
「会頭っ! 最後の“客”を連れてきやしたっ!」
「おうっ! ご苦労だった」
男が奥に声を掛けると野太い声が響いて、奥から横幅の広いガッチリとした体格の、どう見ても変装した山賊の頭にしか見えない五十がらみの男が姿を見せた。
「おおっ、おめえにしちゃあ、なかなかの上玉連れてきたじゃねぇか」
「へへ」
会頭は私の顔や全身を見てニヤリと笑い、褒められた痩せぎすの男は気持ち悪く薄ら笑いを浮かべた。
「おい、奴隷共っ! そろそろ外の荷物を駅に運べっ! 嬢ちゃんはこっちだ」
「…………」
まさか、ここまで来て『実は良い人達でした』的な展開はないと思うけど、大人しく付いていくと、大きな木箱の前で止まる。
「これに入ってもらうぞ」
側に居た男が蓋を開けると、中には幼い女の子ばかり、人族だけじゃなく獣人の子も見た目の良い子ばかりを選んだように10人ほど詰め込まれていた。
すすり泣く子。諦めたように放心する子。怯えて身を縮める子……
「ねぇ……『お客さん』には見えないけど?」
私がそう呟くと、会頭は失笑するように吹き出した後、ゲラゲラと笑った。
「ガッハハっ、そうかい? そいつは悪いな。何しろ、王都の貴族様へのお届け物だ。これでも気を使ってんだぜ? おいっ、このお客さんから料金もらって中に入ってもらいなっ!」
「へいっ」
会頭が葉巻を取り出しながらそう命じると、痩せぎすともう一人の男がヘラヘラ笑いながら私へ手を伸ばす。
……まあ、予定通りかな。
「おら、さっさと有り金……ぐえっ」
「なっ、…がっ」
近づいてきた男達に、私は霧に戻した両腕で口から肺を塞いで、生命力を吸収する。
さすがにまだ減らした魔力も一割しか回復していないから、戦闘力が低すぎて一瞬では吸い尽くせなかった。
「何だ、お前ら、何を手間取って……」
呻きを漏らした男達に会頭が振り返り、立ったまま干涸らびていく部下の姿に、会頭は火を付けたばかりの葉巻を、ポトリと口から落とした。
「なっ……」
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
【魔力値:206/776】16Up
【総合戦闘力:282/853】17Up
やっぱり人間は効率が良い。人を見れば襲ってくる魔物の気持ちもよく分かる。
私も無差別に人を襲ったりはしないから、この人達みたいに、社会的に居なくなっても誰も気にしない人達って稀少なんだよね。
私が腕を霧に変えたまま、感謝の気持ちを込めてニコリと微笑むと、会頭は顔を引き攣らせながら叫きだした。
「てめぇら、来いっ!! このガキ、化け物だっ!!」
その声に入り口のほうから5人程の部下達が駆けつける。残りは武器でも取りに行ったのかな?
「会頭っ、何事ですかっ!」
「このガキかっ!」
単純に子供だと舐めているのか、それとも親分への忠誠心が高いのか。素手や小さなナイフ程度で向かってくる男達。
彼らの戦闘力は100前後。一応荒事の心得はあるみたいだし、私の戦闘力も300もないけど、それでも碌に武器もない人間には負けない。
「なんだこりゃああっ!? ……ぐあ」
一人が霧に纏わり付かれ、窒息して息絶える。
枯れ枝のようになって崩れる仲間に他の四人は、未知の恐怖に思わず脚を止めた。
ドォンッ!
響くような音がして私の腹部辺りを何かが突き抜けた。
「は、はは……やったぞっ、この化け物めっ!」
あの会頭が、昔の拳銃のような、くの字の筒を私に向けていた。
「今だ、やれっ!」
会頭の命令に、及び腰だった男達が互いに頷いて向かってくる。
「ぐえっ」
私は右腕を人型に戻して、まだ数本残っていた短剣で先頭の男の咽を切り裂き、次に全身を半霧化させて大人くらいの大きさになると、不用意に近づいてきた残り三人の命を瞬く間に吸い取った。
「魔物……?」
どうやら会頭は腕が霧になっていても【神子】のような能力者で、まだ私が“人”だと思っていたみたい。
人だったらさっきので致命傷だったかもね。霧の身体とは言え、密度の高い擬人化状態だとかなり痛かった。おかげで回復した魔力がまた少し減っちゃった。
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
【魔力値:226/816】40Up
【総合戦闘力:307/897】44Up
「会頭っ!」
武器を取ってきたのか、また入り口のほうから十人以上の反応が近づいてきた。
さて……私も本気を出そうかな。
半霧から完全に霧の状態に戻して服の中から抜け出し、威圧するように霧の身体を拡げると、私の姿に『畏れ』た会頭が視界の隅で腰を抜かしていた。
*
私がこれまでの戦いで気付いたのは、悪いことを考えている人間のほうが、魔力値の上昇率が高い、ってこと。そして私の姿を『畏れ』た人からは、より多く魔力が回復出来た。
その為に正体を晒して戦ってみたんだけど、それを目撃していた子供達が居た。
私もうっかりだね。可哀想に漏らすほど怯えている。目撃者は残さないほうが良いんだけど……
「誰かに話したら……」
食べちゃうからね…? 私の笑顔に察したのか、全員が涙目のもの凄い勢いで首を縦に振っていた。実際に死体は全部タマちゃんのおやつになったので、仮に話してもすぐには信じてもらえないと思う。
後は自力で適当に帰るでしょ? 亜人の子達は可哀想だけど、私も全員救ってあげる義理も余裕も無い。
とりあえず人売りの事務所からお金を拝借すると、大金貨3枚と小金貨5枚が見つかった。これで普通に高速鉄道のチケットも買えるね。
そう考えて意気揚々と駅に向かうと、衝撃的な事実が待っていた。
「え、完売?」
王都行きのチケットは売り切れていた。あんな高いの誰が買うのよっ!
チケット売りのお兄さんが教えてくれたけど、列車は五両編成で先頭は機関車なので残りは四つ。
一つは貨物専用で一つは食堂車。あと二つは人が乗れるけど、想像するような椅子が一杯並んだ車両じゃなくて、六人用の客室が一車両に四室で、合計八室しかない。
こんな高い料金で乗るのは貴族かお金持ちだけなので、基本的に客室の相乗りはしない。貸し切りにすると六人分払うことになるけど、お金持ちは気にしない。
「それに今回は、他国の偉い人が来てて一車両丸ごと借り切っちゃったんだよ。おかげで昨日の時点で満席だったんだ。……ところで今日の宿がないなら、俺んちに来る?」
「遠慮します」
この人、やけに親切だと思ったら……。
この世界の人って、地球と違って年齢じゃなくて外見や体格だけで、そういう対象を決めるっぽい。街中でも三十過ぎの男性と十代前半の女性が腕を組んで歩いていた。
まぁ、それでも私の体格はまだ子供だと思うけどね。
そんな事よりも高速鉄道の件だけど……、仕方ない、密航しよう。
結局こうなるのか。それでも貨物室に売られる子供分の空きがあるのは知っているから、そこに侵入させてもらうことにする。
この世界は地球と一日がほぼ同じらしく、文化が流れたのか、真新しい時計塔が街の中央に建っていた。
列車の出発は夜の九時。街で最後の食事をした人が乗り込み、出発間際になった貨物室の窓から、闇に紛れて侵入する。
別に今の私なら車両の上にへばりついてても問題ないんだけど、少々安全な場所を確保しておきたい理由が出来たの。
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
・北海に舞う人を惑わす霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:565/935】119Up
【総合戦闘力:658/1028】131Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(玄人)】【収納職人】
【階級ランクアップ可能】
魔力値が900を超えたからか、戦闘力が1000を超えたせいか、またランクアップが出来るようになっていた。
階級って事は、今度は種族は変わらないのかな? 問題は少なそうだけど、それでも【システム】から離れて初めてのランクアップ。
進化の時は、自分でも何が何だか分からないうちに終わったけど、ちゃんと自分の方向性を頭で思い描いていたほうがいいと思う。
霧の身体のまま……出来れば人型としても戦えるように成長したい。
私はそれを忘れないように頭の中で繰り返し思い描き、貨物室の隅で膝を抱えたままいつしか私の意識は沈み込んでいった。
……………
………
……
…
「おい、起きろっ、シェディっ!」
……へ?




