23 奇妙な出会い
残り猶予、二十四日。
今の私が半霧人型状態で浮遊すれば、肉食獣くらいの速度で長時間移動できるけど、それでも王都までの乗合馬車がある街まで丸一日以上掛かった。
問題はすんなり街に入れるかどうか……。街の周りには例の結界があるので、道と門を通ってしか街には入れない。
遠目に見たところ、そこそこの街らしく列車が通っているのが分かった。
だったら王都にも向かってるよね? 普通は。どうして村の人は乗合馬車なんて言ったんだろ? それは中に入れば分かるとして、問題は、そこそこの街なので今度の門番はしっかり顔もチェックしている。
顔だけならいいんだけどフードも取れって言われたら、かなり面倒というか、その場で亜人狩りが始まるんじゃないかなぁ。
……何か、馬車とかより地力で飛んだほうが速いんじゃない? とか、そんな感じで悩みながら街に近づくと、道ばたで血まみれの肉塊をぶら下げた男が立っていた。
「………」
怪しい……と言うより危ない人だ。
左手にぶら下げているのは、角を生やした鬼っぽい何かの生首だった。その男は通りかかる馬車や旅人に何か声を掛けていたけど、見るからに危ない人なので、どの馬車も迂回したり速度を速めて通り過ぎている。
【危ない男】【種族:人族♂】【冒険者?】
【魔力値(MP):142/150】【体力値(HP):200/200】
【総合戦闘力:787】
強っ! 私とあまり戦闘力が変わらない。こんな人も居るんだ……。
何者だろう? これは絡まれたら厄介そうなので、私も出来るだけフードを目深に被って通り過ぎようとすると、その男は私にも声を掛けてきた。
「おい、そこの小さい娘。……お前だ、お前っ、無視をするなっ」
「…………何ですか?」
二十代半ばくらいだろうか。短くした真っ赤な髪に真っ赤な瞳の、顔立ちは良いのに牙を剥き出すように不敵な笑みを浮かべる、見た目はかなりの美丈夫だった。
着ている服もかなり仕立てが良さそうなのに、返り血が固まってドス黒くなり、正直言ってかなり匂う。
「なんれすか?」
「おい、なんで鼻を摘まんで言い直したっ!? お前、失礼だぞっ」
「だから、なに?」
お互いに話が進まないと気付いたのか、男は少し不機嫌になりながら、鬼の生首を私に差し出した。
「お前、これを買え。オーガの首だ。銀貨1枚で良いぞ」
「……はあ?」
オーガの首を買え? 何で? 私が鼻を摘まんだまま首を傾げると、男はさらに不機嫌になった。
「お前、オーガだぞオーガっ! 冒険者ギルドに持っていけば、素材の角と討伐料で小金貨1枚にはなるぞっ?」
「自分で持っていへばいいひゃない……」
「いい加減、鼻摘まむの止めろっ。……自分で持っていきたいのは山々だが、生憎、身分証も金も供の者が持っていてな。中に入れば合流できるとは思うが……」
要するに街に入る為には、身分証か入場料が必要で、彼はどっちも持っていないからオーガの首を通行人に売りつけて銀貨を得ようとした……と?
良い家の人みたいだけど、大雑把な大人だなぁ。
「どうして、お供の人とはぐれたの?」
「トゥーズ帝国からオークション目当てに来たのだが、時間があったので狩りに出たらこのオーガを見かけてなっ。思わず馬から降りて追いかけたのだが、思ったよりも逃げ回りおって、この様よ、ハッハッハッ」
お供の人も大変だな……。
「入場料に銀貨1枚もいるの?」
「何だ、知らんのか? 銀貨1枚で仮の身分証が発行される手数料だな。後で身分証を持っていけば金は返して貰えるぞ」
「ふ~ん」
「小さい娘よ、だから買え」
「そうだね……銀貨は貸してあげるから、私も一緒に入れてくれない?」
子供一人は怪しいけど、大人と一緒ならそれほど怪しまれないかも。そんな思いでした提案に、男は思案げな顔をしてすぐに深く頷いた。
「お主が何をしたいか知らんが、まあ良いか。何かあっても困るのはこの国で俺ではない。小さい娘よ、お前の提案を受けさせてもらうぞ」
「それじゃ交渉成立。銀貨二枚渡すから纏めて払ってね。それと……タマちゃん」
ポニョン。
「お? おおおお? ゼリースライムだと? また珍しいモノを連れているな」
タマちゃんは珍しい魔物みたいで、この人も興味深そうに覗き込む。
鞄から飛び出したタマちゃんは、私の意志を受けて男にくっつき、返り血だらけの服をお洗濯した。
「おおおっ、便利な物だな。それが一匹おれば、屋敷のゴミ捨てがいらなくなると言われている。出来れば隠しておけ、小さい娘よ」
「シェディ」
「ん?」
「娘でもお前でもないよ。シェディ」
別に教える必要もないんだけど、お前とか娘とか少し気に障る。
「そうかっ、シェディ。俺の事は特別に『ティズ』と呼ぶことを許そう」
「…………」
余計面倒な感じになったっ。
「……あと、そのオーガの頭を貸して。中に入るまで仕舞っておく」
「おおっ、もしや【収納】持ちか。意外と便利な娘だな、シェディ」
「【収納】?」
聞いた話によると、人の中に生まれつき力が強かったり、水の中で呼吸が出来たり、不思議な力を持つ者がごく稀に生まれてくる。
そう言う人は神から祝福された【神子】と呼ばれ、その中で、自分のよく使う鞄などに通常より多くの荷物を仕舞える能力者は“【収納】持ち”と呼ばれているそうだ。
「なるほどな。【収納】持ちは誤解されやすいと聞く。俺も【神子】なので、よう妬まれたわ」
実際には鞄に大量に仕舞えるだけなので問題ないけど、知らない人だと万引きされるんじゃないかと不安になるらしい。
私は体内に仕舞うから出来るけどね。
「ちなみに俺の能力は、【火の加護】だ。火を扱えば威力を増し、いかなる火も俺を燃やすことは出来ん」
「へぇ……」
私達裏αテスターのような能力持ちもこの世界には居るのね。
それから割とすぐに、私と残念大人のティズは街に入ることが出来た。
門番にはチラリと見られたけど、身なりを整えて貴族っぽくなったティズが、『俺の連れだ』との一言であっさり入ることを許された。
やっぱり見た目って重要。
「そう言えばオークション? 何か買うの?」
「おう。何でも珍しい宝石のような黄色い魔石が冒険者から出品されてな。魔剣に組み込めば特殊な効果を得られるかもしれんだろ?」
「そうなんだ……」
どうやら私がこっちに来たのは正解だったみたい。
「それじゃ、ありがとね、ティズ。オーガの頭も返す」
「ちょっと待てっ、こんな所で出すなっ。また汚れるではないか。それに俺は女子供に施しを受けるつもりはないぞ。きちんと金は返すから付いてこい」
「……どこ行くの?」
「冒険者ギルドに決まっているだろう」
………え?
そのまま私は腕を掴まれ、ティズに引き摺られるように冒険者ギルドまで連れて行かれた。せっかく初めての異世界の街なのに見物する暇もない。引き摺られながら見た街並みは、一昔前の西欧みたいな感じかな。
その中でも無骨だけど、石造りの大きな三階建ての建物が『冒険者ギルド』だった。
冒険者ギルドに入った魔物なんて私が初なんじゃないだろうか……。
「シェディ、オーガの頭を出せ」
「……はい」
鞄から出す振りをしてオーガの生首を渡すと、それをカウンターに置いたティズが受付の女性と何やら交渉を始めたので、私は目立たないように隅っこに移動した。
時間帯は午前中で、ギルド内には数組の冒険者達が依頼書などを眺めたり、談笑したり、ギルド職員と話し合っている。
この冒険者ギルドは、増え始めた魔物に対処する為に国家間で取り決められ設立された『個人傭兵補助組織』で、以前は大きな傭兵団が直に貴族や商人とやり取りして仕事を割り振っていたけど、それを代わりにする組織だった。
……はっきり言って、ここはヤバい。
魔物専門と言うことで冒険者達はそれなりに強い。パッと見た感じではβプレイヤーは居ないみたいだけど、強そうな人の中には戦闘力が300を超える人も居た。
冒険者達の戦闘力が高いのが問題じゃなく、強そうな人でも戦闘力が300しかないことが問題なの。
この世界には【鑑定】という相手の魔力と戦闘力を知る技能がある。
そして私の魔力と戦闘力は、冒険者を遙かに超えていた。
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
・北海に舞う人を惑わす霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:760/760】5Up
【総合戦闘力:836/836】6Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(玄人)】【収納職人】
ティズみたいに強い人も居たから油断していたけど、あれって加護持ちだから特別強かったみたい。そんなティズでも魔力は150しかないので、私の魔力値は異様というか異常だと思う……。
そんな理由があったので、目立たないように隅で大人しくしていると……
「シェディ、こっちに来いっ!」
突然ティズが大声で私の名を呼んだ。何てことをしてくれるの、コイツっ!
大声に何人かの冒険者が振り返り、無視したらまた呼ばれそうなので、こそこそと彼が待つカウンターに向かった。
「遅いぞ、シェディ」
「……用はなに?」
不機嫌な声で尋ねると、ティズは呆れるような顔で当たり前のように言い放つ。
「お前の冒険者登録に決まっている」
「………は?」
本当に意味が分からなくて唖然とする私に、ティズはニヤッと笑う。
「俺も再登録したが、身分証がなくても、一定以上の戦闘力があれば登録を認めてくれるらしいぞ。お前もやれ。この水晶に手を当ててみろ」
本当に何てことをしてくれるの、コイツ…っ!
その大きな水晶球には、さっき調べたばかりのティズの魔力と戦闘力が、光る文字で浮かび上がっている。思わず身を引こうとした私の手を捕まえたティズが、強引にその水晶に触れさせようとした。
「しなくていいっ」
「身分証がなくて面倒だろ。大人しくしろ」
あああ~~~。
《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》――
【魔力値:120】
【総合戦闘力:196】
「おお、シェディ。なかなか強いなっ」
「……どうも」
水晶球の表示が現在の数値だけで助かった……。
魔力を減らす為に無差別に固有スキルを使いまくったので、冒険者が飲み物を零したり、普通に歩いてて転んだり、寄りかかった椅子の背もたれが折れたり、職員が書類にインクをぶちまけたり、あちこちから悲鳴が起きていた。
それから問題なく冒険者の登録証を貰い、ティズはオーガの討伐と素材料の半分、銀貨五枚を渡してきた。ギルドの登録料も彼が払っているけど、感謝なんかしない。
「……じゃあね」
「世話になったな、シェディ。数年経ったら訪ねてこい。美人になっていたら俺の女にしてやるぞ。ハッハッハッ」
誰が行くか。そもそもどこの誰かも教えてもらってないし。
……疲れた。色々と。それと気になっていた【鑑定】だけど、使える人はあまり居ないみたい。10回使用の鑑定水晶でも銀貨3枚するし、覚えるには100回近く使用しないといけない。
しかも覚えても感覚器官の弱い人族は結構魔力を消費するので、普通の冒険者は節約しながら鑑定水晶を使っているから、適当に鑑定しまくるような無駄なことはしないんだって。私の鑑定魔力消費が1なのって魔物だからなのか。
やっぱり何かしらの誤魔化す手段が必要だね……。
そしてようやく目的だった乗合馬車を発見したので、暇そうな御者のおじさんに聞いてみる。
「おじさん、王都までどのくらい?」
「王都行きなら銀貨5枚で三日後に出るよ。天気が良ければ五日で着くんじゃないか」
「そっか、ありがと……」
愕然としながらおじさんにお礼を言ってその場を離れる。
料金は何とかなるけど、三日後でさらに五日か……時間を無駄にしすぎる。
本気で飛んでいったほうがいいかと考えたけど、馬車で五日の距離だと私が迷う可能性が高い。
それならと列車のほうを見に行くと、丁度王都行きの列車が本日の夜に出発で、わずか一日で到着するみたい。凄く速くて早いっ。
でも……料金が小金貨5枚ってなに?
えーっと……十進法だと銀貨の10倍? 五千ドル? 50万円? 嘘でしょ。
今の手持ちが銀貨10枚くらい。どこかの盗賊を捜して財産を没収するにしても、今からだと明日に間に合わない。
……良し。密航しよう。船じゃないけど。
そう考えて、どこに忍び込もうかと考えている私に背後から、潜めるような男の声が掛かった。
「よぉ、嬢ちゃん。アレに乗り込むつもりなら、いい手があるぜ?」
固有名詞があるキャラが四人目です(笑)
声を掛けてきた男は何者か。シェディは王都に辿り着けるのか。
次回、高速列車の旅。
軽い解説。鑑定。スキル。神子。
一般市民に鑑定を使用できる人はほぼ居ません。商人の一部くらいです。覚えても感知能力の低い人族は、鑑定に魔力を10消費しますので、冒険者でもよほどでないと使いません。
使う必要がある人でも、大抵は鑑定水晶を購入し、必要に応じて使用します。
鑑定を使える人が少ないのは、金銭的な問題の他に、あまり数が出回っていないせいです。
それに【神殿】が、プレイヤーの為に一定価格で販売するように圧力を掛けているので、常に品薄になっています。
スキルは一般的な鍛錬によって会得できる技術で、この世界の人間はスキルにレベルがあることすら知りません。
ではランクをどうやって決めるのかというと、戦闘スキルが上がるごとに一つ習得可能な使用できる【戦技】で判別します。プレイヤーは自動で覚えます。
自分を鑑定して一般技能まで表示されるのはプレイヤーだけです。
神子は技能とは違う特殊能力を持つ者です。魔素の影響と言われており、千人に一人くらいの割合で生まれます。
裏αテスターの能力は、この世界から漏れ出た魔素の影響かもしれません。




