21 初めての農村見学
あの、裏αテスターが全滅した戦いから三日が経った。
あの時に私はβプレイヤー達に倒されて、私の意識も危なかったけど、最後の瞬間に私は【システム】の影響から外れて『進化』を果たすことが出来た。
私は“生きて”いる。
どうして進化できたのか分からないけど、あの時に取り込んだ【№01】の蒼い魔石のおかげかもしれない。
それなら彼も進化できていたんじゃないかと思ったけど、鑑定した結果通り設定されてないって事は、進化にロックが掛かっていたんじゃなくて、技術的にまだ、あれ以上の魔物を作れなかったんじゃないのかな?
あの企業も多分、まだこの世界に居る強い魔物の解析が出来ていない。
それなのにどうして私だけが進化できたのか。その理由は【№01】の『知識』である程度だけど察することが出来た。
それはきっと……私が『悪魔』だったから。
【№01】が残してくれた蒼い魔石には、彼が持つ知識の一部が残っていた。多分、精神がおかしくなっても忘れないように、大事なことは刻みつけていたんだと思う。
それによると、数種類の未確認の魔物があって、それなら選択から外せばいいのに、多様性を求めて、プレイヤーの意識によって進化を決定するようにしていたらしい。
結果的にそのせいで他の未確認魔物を選んだ裏αテスターは、最初の進化で、かなりグロい結果になって、精神崩壊したみたい。
危なかった……不定形はある意味正解だったかも。
要するに私は、自分の意思で無意識に進化する『自分』を“決めた”らしい。
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
・北海に舞う人を惑わす霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:750/750】92Up
【総合戦闘力:825/825】326Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(玄人)】【収納職人】
その結果、進化は出来て生き残れたけど、色々とツッコみたい感じになった。
まず種族のミストラル? 散々、霧だ霧だ言われて、霧じゃないよガスだよ、と心で否定してきたけど、進化に影響するほど心に残っていたなんて……。
そして階級は【下級悪魔(下)】になった。まだ下級……しかも(下)……。
この階級って誰が決めているの……? とにかく先はまだ長そう。
魔力値も増えて、戦闘力もちゃんと上昇した。良かった……。何をするにしてもあの戦闘力だと集団戦は不安あったもん。
あの時、結構βプレイヤーを倒して進化したのに、それでもあまり上がっていないのは、死んだ時はまだ【システム】の影響下にあって魔力を半分取られたんだと思う。
もう死んでも復活は出来ないだろうなぁ……。
そして固有スキルの【電子干渉】は【№01】の能力で、それを使って【システム】の監視から逃れることが出来た。
それでも自分のスキルじゃないから弱いというか、上手く使いこなせない。でも、途中から意識を切り離したから、監視は出来なくなって、一応、私の生存は誤魔化せたと思う。
【擬人化(玄人)】と【収納職人】……。
収納上手から収納職人に変わったこの奇妙な能力は、実を言うと、前回戦った時から変わってたと思う。身体を拡散させても仕舞っているアイテムが見えなくなっていたからね。どこに仕舞っているんだろう……不思議っ!
そしてこの【擬人化(玄人)】が今回の肝だと思う。
(普通)が(玄人)になって、私の魔力値が増えて密度が増した事から、特に自分で造形しなくても脳の記憶だけで、ほとんど見分けが付かない『自分の姿』を模せるようになった。
なのにっ、ウサ耳だけは残ってる。
髪の色と同じ色のふわっとした細長いウサ耳が、顔の横に、頭の上から顎下くらいの長さまでへにゃりと垂れ下がっていた。
「フードを被れば何とか誤魔化せるかなぁ……」
私の“声”にタマちゃんが反応してポニョンと跳びはねる。
最初は無理だったけど、ほぼ人間を模せるようになって、口内に空気が取り込めると確認した私が練習してみると、人間の身体で本能的にやっていたように、割と容易く声を出せるようになっていた。
それでも、人間なのが外側だけで中身は凝縮した霧なので、人のように動くのは練習が必要だった。
そもそも一ヶ月も人とは違う身体で動いていたせいで、歩き方が今ひとつ覚束ない。
これから先、どうしても人族と関わる必要が出てくるので、仕草などで魔物だとバレる危険は冒したくないと考えた私は、時間がない中で、わざわざ擬人化をして野山を歩き、“人間”の練習をしていたの。
見た目は元の身体と同じくらいだから、慣れるのも早いと思うけど。
私は電子領域に干渉して、意識を切り離す事で【システム】の干渉から離れた。あの【№01】がそれをしなかったのは、確率的に低いそれを失敗して仲間に迷惑が掛かるのを恐れたのだろう。でもそれを為した私でも、システムから完全に隔離されたわけじゃない。
魔物アバターの維持は【魔素】で行い、動作等はずっと脳が【システム】の一部を肩代わりしていたおかげで問題はないけど、私の意識は“ここ”に在っても、私の現実の身体……その“魂”は、いまだに地球側に存在していた。
【№01】が計画していたとおり、植物状態になっている本体が生命維持装置に接続されている限り、【電子干渉】の能力で本体と細い繋がりを維持できている。
でも、【№01】があの極限の状態でも電子干渉して集めた情報では、一ヶ月……三十日で私の本体は処分される。
私はこの余命三十日で、何かしらの手段を講じる必要があった。
儚い希望だけど……【№01】の仲間である【№08】と【№17】が残した魔石を手に入れて、この世界の生命の源である【世界樹】に辿り着ければ、何か希望があるかもしれないと言っていた。
余命……という考え方は止めよう。あの時死ぬはずだった私が、三十日も猶予を与えられたんだ。
三十日で世界中を飛び回るのはしんどいけど、人族には魔導列車みたいな高速で移動できる手段がある。
その為には、遠回りだけど、人族の大きな都市に入り込む『外見』が必要だった。
そして運の良いことに、【№17】が消滅した地点は、私が居た山脈沿い、北に向かった場所にある。【№17】を倒して魔石を回収したβプレイヤーは、その近くの国にいる可能性が高いと思う。
【№01】が残してくれた情報には地図があり、国の場所も記してあった。
【№17】の倒された近くに小国があるけど、【№01】の蒼い魔石は宝石みたいだったから、もしかしたらその南にある大国で売られているかもしれない。
山脈の位置からして、もうそろそろ大国に入ってもいいんだけど……
それから半日ほど草原を歩いて、ようやく細い道のようなものを見つけた私は、以前見たような農村を見つけることが出来た。
農村と言っても軽く数百人は住んでいるみたいで、それと同じくらい、畑で働かされている亜人の奴隷を目撃した。
……問題は今の私で、弾かれずに入れるかどうか。
あの見えないバリヤー……『結界』って言うらしいけど、農村を囲むのはオオカミ避けの柵しかないから、魔物避けだと思うんだけど……。
「…………」
思わず無言になっておっかなびっくり道を歩いていくと、どういう理由か知らないけど、どうやら道には結界はないみたい。
その代わり村の入り口には、簡素だけど紋章の付いた、おそろいの鎧を着けた兵士が二人立っていて、私はウサ耳を見られないようにフードを深く被り直す。
「そこの子供っ、止まれっ!」
「…………」
タマちゃんが綺麗にしてあるけど、裾の擦り切れたぶかぶかの外套を纏う私を兵士の一人が呼び止めた。
「見かけない格好だな。村の子供じゃないな? どこから来た」
「……向こう」
私が草原のほうを指さすと兵士はさらに訝しむ顔になる。
「怪しいガキだな。顔を見せろ」
「まあ、待てよ。入場料を払うなら入れてやってもいいぜ? 銀貨1枚だがな」
もう一人の兵士がその言葉に驚いた顔をして、すぐにニヤリと笑ったので、相場より高めなのだろう。
「はい」
私があっさり銀貨を出してその兵士に渡すと、嫌がらせのつもりだったその兵士は、一瞬キョトンとして何か言いたげに、もう一人を見る。
「おっと、さっきのは間違いだ。俺達に1枚ずつだからもう1枚だな」
「……はい」
もう一人の兵士にも銀貨を渡すと、二人してニヤッと笑い、猫を追い払うような仕草で手を振った。
「さっさと中に入れ。問題は起こすなよ」
「それと、ガキ。出る時も銀貨二枚だ。用意しとけよ」
「…………」
ここまで堂々と賄賂を要求されるとは思わなかった。
必要だったとはいえ凄い出費だ。とは言え、銀貨の価値は知らないけど。
私だったら何もない草原から歩いてきた、フードで顔を隠した怪しい子供なんて中に入れないけどね。そういう意味ではクズで助かった。
やっぱり早急に身なりを整える必要がある。こんな何もなさそうな村に入ったのは、大きな都市などの情報と、子供服が欲しかったから。
しばらく亜人奴隷だけが働いている畑を横目に進むと、建物が数軒密集している場所が見えてきた。
見た目は田舎にある商店街みたいな雰囲気があるね。何人かの訝しげな視線に晒されながら、布地や古着を吊してある建物が見えたので入ってみると、私を見て太ったおばさんが顔を顰めた。
「ここは子供の遊び場じゃないよっ」
「服が欲しい」
そう言いながら私が数枚の銀貨をカウンターに並べると、おばさんは急に愛想が良くなって、ニコニコし始める。
「おやまあっ、子供服が欲しいのかい? あっちに良いのがあるよっ」
私はそこに向かい、あまり種類はなかったけど、そこそこのワンピースと腰帯を手に取った。
「靴はある? 出来れば革の。あと、フード付きの外套も欲しい」
「あいよっ。こっちのブーツはまだ新しいよ。それとこの外套は王都の商人が持ってきたものだ。女の子に人気だよっ」
「鞄もある?」
「布と革とどっちがいい?」
「革」
革にしたのは偏見入っているけど、単純に旅人風にしたかったから。
あと下着と靴下を選んで、奥で着替えをさせてもらう。今度はサイズが合っているので頭を隠しながら顔が出せるようになったから、怪しさは激減したと思う。
布の仕切りから外に出ると、私の顔を見たおばさんが少し驚いた顔をした。
「可愛いお嬢ちゃんだねっ! 買い物はそれでいいかい?」
「うん」
「それじゃ、さっきの銀貨を全部貰うよ。まけてやっているんだから感謝しなよっ」
「…………」
銀貨は大きいのと小さいのがあったけど、大きい銀貨ってそんなに価値が低いの?
こんな古着なら全部で150ドルもしないと思うけど……。
商店街に戻ると、まともな格好にしたので訝しむ視線は減った。でも、見慣れない子供が気になるのか、ジロジロ顔を見られて落ち着かない。
私は視線から逃げるように、椅子のある屋台で串焼きを売っているおじさんに声を掛けた。
「おじさん。それ1本幾ら?」
「いらっしゃいっ、小さいのは1本銅貨1枚。大きいのは三枚だよ」
「これで買えるだけちょうだい」
「毎度っ、小銀貨一枚分ねっ。お嬢ちゃん可愛いから、小さいの1本おまけだ」
小さな銀貨を渡すと、おじさんはニコニコ笑って、大きいのを三本と小さいのを二本差し出してきた。
全部で銅貨10枚だから、小銀貨1枚が10ドルくらい? 十進法だとすると銀貨で100ドル?
……あの古着屋のおばさん、私から銀貨を五枚取ってった。
田舎の人って、もっと気さくで牧歌的な感じだと思ってたよ……。
串焼き屋のおじさんは良い人そうだったので、大きな都市の場所とか色々情報を聞いてみると、馬車で半日離れた隣町から、王都への乗合馬車が出るみたい。
その場所を聞いてお礼を言って商店街から離れる。買った串焼きは鞄の中にいるタマちゃんが美味しく戴きました。
でも、そんな私の後を付けてくる人間っぽい魔力反応を感じて、私が近くの林に逃げ込むと、その人は小走りになって追ってきた。
「お嬢ちゃん、待ちなっ」
「……串焼き屋さん?」
追ってきた人は、さっきの人の良い串焼き屋さんでした。
「……何か用ですか?」
「いや、あのな。さっき、チラッと見えたんだけどよ」
おじさんは苦笑するにボリボリと頭を掻いてから、取り出した擂りこぎ棒を手の平に叩いて軽い音を鳴らす。
「嬢ちゃん、獣人だろ? 耳が垂れてたから犬か? 獣くせぇ亜人が人族様の土地に入るなんて、ダメだろぉ? ちゃんと良いところに奴隷で売ってやっから、大人しく捕まれ。な?」
「…………」
『な?』ってなに? 奴隷狩りだけじゃなくて、人族は一般市民もこんな人ばっかりなの? しかもおじさんは悪気がある様子もなく、ウサギを見かけたから、とりあえず狩っておくみたいな気安い感じで、私に手を伸ばした。
ハァ~~~……油断したなぁ。これ、酷く設定されたNPCじゃなくて、本当に生きてる人間なんだよね?
私もおじさんに右手を軽く差し出して――
「ぐ、がっ!?」
右腕を霧に戻して、口から侵入して肺を覆って呼吸を止めると、おじさんの内側から生命力を吸い取った。
タマちゃん、おやつの追加だよ。
ポニョン。
人族に罪の意識はありません。彼らは亜人を家畜としか見えていないのかもしれません。
見つかると拙いので、シェディもだんだん躊躇がなくなってきました。
次回、王都へ出立。




