20 新たなる始まり
第一章のエピローグ。そして、第二章のプロローグ。
これまでのVRゲームとは違う、まるで現実のようだと話題になった、最新VRシステムを搭載した新作VRMMORPG【イグドラシア・ワールド】の公式βテストが始まってから一ヶ月が過ぎようとしていた。
最初の公式イベントである『凶暴体魔物の討伐』は、魔物により強さの個体差が大きすぎる、行動がリアルすぎて恐怖を覚えた等、批判も含めた賛否両論があったが、概ね好評であり、特にその戦闘シーンを抜粋した、公式ビデオパッケージ映像が公開されると、早急な正式版発売を求める声が相次いだ。
今日も選ばれた1万人のβテスター達は、ログインした地域の風土を満喫し、VRチャット掲示板では愉しげに文句を言いながら情報交換に勤しんでいた。
『寝ている時にログインできるから便利かと思って、半日くらい時差の地域を選んだんだけど、起きてる時も寝ている時も昼間だから、精神的時差惚けがヤバい』
『半日時差惚け、あるある。でも、妙に嵌まっちゃって昼間もログインするようになったら、現地は夜ばっかりでやることがないよー』
『大きな都市なら歓楽街があるだろう? それなりに危ないけどさ。夜のお店に行ってみた?』
『あ、俺、まだ18歳になってないから、全年齢版なんだよ……』
『そっか……ドンマイ』
『ちょっと、子供もログインしてるんだから、掲示板で変な話題しないでっ』
『『すんませーん』』
『それと時差の話だけど、イベントアイテム以外持って行けないけど、一回だけ遠くの神殿にワープで移籍できるらしいよ?』
『運営のVP見た? 凄かったよねぇ』
『あれ、実際にイベントモンスターを討伐した映像だろ? 俺の地域だと1体しか出なくって、ログインした時は討伐された後だったんだ』
『魔物によっては何度かリポップしたらしいよ? 三回も倒すともう出てこなくなったそうだけど』
『そういう魔物は強い奴が多くって、ランク2だと返り討ちが多かったって』
『そういえばランク…と言うか、スキルレベルってどこまで上がる?』
『確か公式だと10じゃなかったっけ? でも製品版でも当分はレベル5らしいよ』
『うん。戦闘スキル5で達人レベルってあったから、ランク6なんて、騎士団のトップにしかいないんじゃない?』
『NPCより弱いプレイヤー……』
『そこら辺がリアル志向なんでしょ。何年かしたら、そんな騎士団のトップクラスが街に溢れかえると思うけど』
『また、討伐イベントやらないかな~。景品は飛空艇の年間パスチケットだろ?』
『移動も移籍も楽になるのに、普通は屋敷が買えるくらいの金が掛かる』
『結局貰えたのって500人くらいだったみたいだね』
『俺は別にいいや。今の国でも全部回れるか分からないくらい広いし。それに、あのVP映像の魔物、怖すぎっ! リアルにも程があるだろっ』
『一応、VPに映っていたのは、プレイヤー達を沢山返り討ちにした、強い魔物トップ10らしいけど、あの動きがヤバいよね。どんなAI使ってんだか』
『狂気を感じたよな。他社のホラーゲーム担当を引き抜いたとか?』
『そういえば知ってる? 開発が端末の“呟き”で、魔物アバターの解禁が、正式版からあるかも、って』
『マジかっ。それじゃ、VPみたいな魔物になれるのかっ!?』
『違和感の問題とかどうすんだ? リアル120キロのおっさんが、体型と年齢を弄くっただけで、慣れるまで大変だったそうだぞ?』
『そこまで詳しく“呟いて”なかったけど、プレイヤーが違和感を覚える部分はオートで対応するらしい』
『それじゃ、俺も二つ首とか、霧の魔物とか出来るのか』
『残念。不定形はオート部分が多くなりすぎて、お蔵入りになりそうなんだと』
『最後まで残ってた三体が、形状もアレだけど、動きも強さも半端なかった』
『大食らいのガマガエルと、二つ首の魔狼と、白い霧の魔物だろ?』
『三体とも凄く強かったらしいねぇ』
『他国にいるランク2のフレが、三人で白い魔物に遭遇して戦ってみたけど、秒殺されたって言ってたよ』
『VPの最後に映ってた白い奴だろ? ぼやけたような人型になって、最後に折れた剣を持ったまま、口だけニタァ~って笑ってたの、画面越しなのにゾクッとした』
『うん。怖いけど……ちょっと格好良かったかも』
***
「ブライアン様、精神崩壊により植物状態になった、裏αテスター57名全員の収容が終わりました。収容施設の職員より、これより三十日間の観察開始が申請されましたので、サインをお願いします」
「はいはい、……これでいいかな?」
「ありがとうございます」
第七研究所の副所長室で、美人秘書が持ってきた電子書類にブライアンが指で触れると、薄い黄色だった書類が、承認済みの薄い青に変わる。
書類を受け取り頭を下げた秘書は、少し逡巡するように口を開く。
「ブライアン様。三十日後の57名の処分ですが、私が立ち会って宜しいですか?」
「誰かが見届けるのが一番だから、君が出向いてくれるのは良いけど、何か理由があるのかな?」
「特にはないのですが……強いて言えば、最期まで残った彼女の最後を、見届けたかったのかもしれません」
「女性らしい、優しい感傷だね。確か……【№13】だったね。彼女は最後のVPで良い画を残してくれたよ。僕の案だったけど大当たりだろ?」
「……そうですね。ですが、正式版で【簡易型魔物アバター】の解禁の際、不定形の魔物を求められるかもしれませんが、いかがなさいますか?」
「あ~~……そうだったね」
最初の魔物アバターの解禁では15種類の魔物種を出す予定で、そこに不定形の魔物は含まれていない。
動作と形状が不安定すぎて、まともに動かそうとすればAIによる自動行動部分が大部分となり、一昔前のゲームパッド操作と変わらなくなる。
「そもそも不定形の魔物は強くないんだよ。攻撃力も弱いし、魔法にも弱い。強さを発揮するには自在に形状を操る必要があるんだけど、そんなの一般人には無理だよね? あの【№13】が異常過ぎたんだ」
「確かに彼女は、裏αテスターの中でも特異でしたね……」
言い訳するようにやたらと饒舌になるブライアンだが、秘書もそれには頷く。
「まあ、不定形魔物の戦闘力データを見せれば、ユーザーも納得するさ。それより」
ブライアンは、本日分の仕事がおおよそ片付いたことを確認すると、秘書にニコリと微笑んだ。
「今から僕はオフなんだけど、夕飯でも一緒にどうかな? 良い店を知ってるよ」
そんな上司からのお誘いに、美人秘書は柔らかく微笑み返す。
「パワハラで訴えますよ」
***
世界に認知され始めたオープンワールドの架空世界【イグドラシア・ワールド】。
それが現実にある『異世界』であることは、地球でも某国政府の上層部と運営企業の一部しか知られていない。
今も、何も知らない『βテスター』と、市井に紛れた『社員』がVR【義体】を用いて、この世界を変質させようとしている。
そんな世界の中央大陸、その北側にある大国トラスタンにほど近い草原で、旅人が纏うような外套を着た小柄な人物が、淡々と歩みを繰り返していた。
体格的にまだ10歳くらいの子供だろうか。大人用の外套ですっぽり覆うように身を隠し、ただ身長が足りないのか引きずった裾が擦り切れ、歩く度にそこから白い素足を覗かせる。
草原にも小さな魔物や狼なども生息して、子供一人で歩くのは自殺行為だと思われたが、それらは怯えるように姿を消し、子供は一度も襲われることはなかった。
その子供の足下で、草むらに隠れるように薄緑色のスライムが跳びはねると、それに顔を上げた子供の被っていたフードが、風の悪戯でふわりと脱げて素顔を曝した。
少しだけ癖のある輝くような白い髪。
仄かに光るようなルビーを思わせる真っ赤な瞳。
どこか人とは思えない美しさを持つその少女は、冷たくなってきた風に、垂れ下がった白いウサギの耳を微かに震わせた。
【シェディ】【種族:ミストラル】【下級悪魔(下)】
・北海に舞う人を惑わす霧の悪魔。知性ある精神生命体。
【魔力値:750/750】92Up
【総合戦闘力:825/825】326Up
【固有能力:《再判定》《電子干渉》】
【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(玄人)】【収納職人】
次回より主人公の一人称に戻ります。
ついに見かけだけは人になりました。これよりシェディは現地に人と接触することになります。
次回、初めての人の国




