19 最後の裏αテスター
第一章のラストになります。
100人居た裏αテスターも、そのほとんどが過酷な精神状態からこの世界を離れ、残り七人となった裏αテスター達の報告が、第七研究所のモニター室に届く。
「裏αテスター【№09】、精神崩壊による意識の消滅を確認。ログアウト後、規定により収容施設への搬送を要請します」
「裏αテスター【№15】、精神崩壊による脳波停止を確認。規定により処理班の出動を要請します」
裏αテスター。残り五名。
***
私は顔も覚えていない【№01】との約束を果たす為に、彼がβプレイヤーと戦っていた場所へ向かう。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:502/502】
【総合戦闘力:499/499】
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(普通)】【収納上手】
【※進化不可】
戦ってから丸一日経っているので、魔力はすっかり回復してる。
彼と戦うことに緊張しているのか、それとも真実を知って意識が変わったのか、最初はあれほど気持ち悪かった『違和感』をほとんど感じなくなって、この霧のような身体も、いつの間にか自分の身体のように動かせるようになっていた。
私もおかしくなっているのかな……。
昨日の場所に近づいていくと魔力値の高い反応が三つ、真っ直ぐ私に向かってくるのに気付いた。多分βプレイヤーかな。私の位置情報を貰って狩りに来たんだと思う。
「居たよっ、情報サイトに出てた、白い霧系の魔物っ!」
「ひゃっほー、もう他の奴に狩られたかと思ったぜっ!」
「みんな、チケット使ったか? じゃあ行っくぞーっ!」
前衛戦士系が二人に、盾持ちが一人。全員戦闘力120前後。
今更、その程度で、何で出てきたっ。
私は全速力で彼らに近づき、矢を撃たれた瞬間に、身体を拡散させてダメージを減らしながら身体の一部を素早く伸ばして、その矢を放った戦士に絡みつく。
「うわっ、なんだこいつっ」
「形を変えるって情報あったろっ!」
「熱いけど我慢しろよっ!」
戦士の一人が剣を仕舞って手の先から炎を吹き出した。
その瞬間に私は擬人化して、矢を撃った戦士を盾にしながら短剣で脇腹を刺す。
「うああああっ!?」
火で焼かれ、脇腹を刺された戦士はそのまま光の残滓となり、驚いた顔で固まるもう一人の戦士に襲いかかると、全身を包み込んで生命力の吸収を始める。
「今、助けるぞっ!」
みるみる体力が減っていく仲間に盾持ちが剣を抜いて駆けつけたが、さっき味方が仲間を焼いた光景を思い出したのか、躊躇しているうちに私は全て吸い尽くし、その戦士はまた光の残滓になって消えた。
「な、なんだよっ、霧の魔物が何でこんなに強いんだよっ。イベントモンスターなのに強すぎだろっ!?」
イベントモンスターなんかじゃないからね。それと白いけど“霧”じゃなくて“ガス”だから。
私は混乱したように叫く盾持ちの前で、『畏れ』させるようにガス体の身体を大きく拡げると、硬直するその人を包み込むようにして最後まで命を吸い取った。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:509/540】38Up
【総合戦闘力:499/499】
***
「裏αテスター【№03】、精神崩壊による意識の消滅を確認。ログアウト後、規定により収容施設への搬送を要請します」
「裏αテスター【№20】、精神崩壊による意識の消滅を確認。ログアウト後、規定により収容施設への搬送を要請します」
裏αテスター。残り三名。
***
やっぱり魔力は増えても戦闘力は増えていない。
少し予感がして、戦利品も取らずにすぐに昨日の場所に向かうと、近づくごとにβプレイヤーらしき魔力反応が増えてきた。
昨日の比じゃない。軽く数えても三十人以上居る。その中央に……正に満身創痍の姿になって、ケルベロス――【№01】が孤軍奮闘していた。
【ケルベロス・№01】
【魔力値:225/422】【体力値:176/537】
【総合戦闘力:499】
見るからにボロボロで身体中が焼け焦げて血を流している。
彼を取り囲んでいる盾持ちが5人。前衛だけでも20人くらい居るだろう。その少し離れた場所から魔術師達が彼の動きを阻害し、魔法で痛手を与えていた。
βプレイヤー達の戦闘力は、半数以上が200を超えている。
それでもギリギリ【№01】は耐えている。その理由は近づけばすぐにわかった。
「お前ら、いい加減に邪魔をするのは止めろっ!」
「それは俺らが狩るって言ってんだろっ!」
「割り込んできて何を言ってやがるっ!」
「もう残りの魔物は少ないんだっ! そんなこと言ってられるかっ!」
どうやら別々のパーティーで彼を取り合っているらしい。後から来たほうが無理矢理横殴りをして経験値かアイテムを奪おうとしているんだと思う。
私がその殺伐とした戦場に突っ込んでいくと、誰かが気付いて声を挙げた。
「あの白い魔物がまた出てきたよっ!」
「後から着た奴らはあっちを狩れっ!」
「ちっ、後で覚えておけよっ!」
柄の悪そうな捨て台詞を吐いて、【№01】を取り囲んでいたプレイヤー達から、六人のβプレイヤーが離脱して私のほうへ向かってくる。
「不定形かよ、めんどくせぇなっ! やっぱりあっちがいいんじゃないか?」
「MPは温存してるだろ。さっさと魔法と戦技で片付けて、それから、あっちの魔物も奪ってやろうぜっ」
「ぎゃははっ!」
そんな遊び気分で……私の邪魔をするなっ!!
身体を意識が保てる限界値……5メートルまで拡げて、撃たれてくる矢と魔法を最小ダメージでやり過ごし、私はそのまま彼ら全員を包むように突っ込んだ。
「何だこりゃっ!?」
「よく見えねぇっ、どっかに本体あるのか!?」
無いよ。混乱しているのか勘違いをしてるみたいなので、離れられる前に全員から微弱吸収しながら、一番痛い魔法を撃ってきた魔術師の首に身体を集めて、腕だけ擬人化させて短剣で咽を切り裂いた。
「……え?」
唖然とした顔で崩れ落ちる魔術師に、腕の分だけ霧が薄くなったせいで他のメンバーが全員気が付いた。
「おいおいおいっ、何だよコイツっ」
「とにかく一旦散らばれっ!」
やっぱり身体の密度で吸収量が変わるみたいで、あまり吸えなかったけど、途中で受けたダメージのいくらかは回復した。
全員が誰かの指示で散らばろうとする彼らに、私は次の目標と決めていた強い魔法弓を持つ弓兵に狙いを定める。
βプレイヤーでも慣れている人と慣れていない人が居る。この弓兵はゲームに慣れている人だ。だからこのチャンスに潰しておく。
「こっち来たっ!? 【シャドウ・バインド】っ!」
弓兵が引き攣った顔で、昨日見た足止めの矢を私の足下に撃ち込んだ。
《再判定》
一瞬でも私を『畏れ』た弓兵の技に抵抗した私は、人化では無くガス体のまま、大人くらいの大きさで密度の低い人型になり、硬直する弓兵の首に腕を巻き付けるようにして、その生命力を吸い尽くした。
そんな私の姿に他のメンバーが怯えたような顔で一歩下がった。ただ一人、柄の悪いリーダーの男以外は。
「くっそっ、なんでこんなのに、やられちまってんだよっ!!」
真っ赤な顔で激高し、デタラメに剣を振りながら迫ってきたけど、私はお前なんかを相手している暇は無い。
「はあ!?」
「逃げたぞっ!」
そんな叫びを受けつつ、私はまだ戦闘している【№01】の所へ向かう。
「追えっ! 逃がすなっ!」
彼らを引き連れて最大速度で移動すると、【№01】を取り囲んでいたパーティーのメンバーが、私を追ってきたパーティーに怒鳴る。
「白い奴が来るっ! お前ら、抑えてもおけないのかよっ!」
「うっせぇっ!!」
***
「裏αテスター【№08】、精神崩壊による脳波停止を確認。規定により処理班の出動を要請します」
裏αテスター。残り二名。
***
遠くに見える【№01】がビクリと震えて、悲しげな遠吠えを上げていた。
【ケルベロス・№01】
【魔力値:179/434】【体力値:65/550】
【総合戦闘力:499】
もう【№01】もギリギリだ。彼の所へ一直線で向かう私に、向こうのパーティーから邪魔するように魔法が飛んでくる。
邪魔をするなっ。彼は私の獲物だっ!
撃たれる魔法を数発受けながらも位置を変え、それと同時に背後からも魔法を撃たれたのを感じた私は。
《再判定》
ギリギリでそれを躱して背後からの魔法を、【№01】を取り囲む魔術師に当てた。
「うあわああっ」
攻撃を受けて狼狽える魔術師に、私はまたガス状の人型になって、抱きつくように残った生命力を吸い尽くす。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:464/558】18Up
【総合戦闘力:499/499】
「お前ら、何してんだっ!?」
「うっせぇっ! そっちこそ俺らの獲物に攻撃すんじゃねぇっ!」
彼らは仲間を倒した私ではなく、互いを罵り合い、【№01】を取り囲んでいた戦士の数人が自分達の後衛を守るように、柄の悪いリーダーに武器を構えた。
その隙に私は、魔術師が残した細い剣を拾って、一気に【№01】のほうへ移動する。
「白いのを止めろっ!」
盾持ちの四人以外の前衛が武器を構えて私に迫り、後衛からも魔法や矢がいくつも飛んで、私に突き刺さる。
「【ソード・スラッシュ】っ!」
戦士の技が私を斬り、その衝撃に意識が軽く飛んだ。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:371/558】
【総合戦闘力:426/499】
魔力と戦闘力がガクンと減った。でもまだ戦える。よろめきつつも移動を止めない私に、斧を構えた戦士が跳びはねるように駆けつけた。
「次は俺だっ!【レイジング…」
《再判定》
「うわっ!?」
足場の悪い場所で、また何か奇妙な技を使おうとした別の戦士の脚を【再判定】でよろけさせると、私はその横を擦り抜ける。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:336/558】
【総合戦闘力:391/499】
「ケルベロスに合流させるなっ! ぐあっ!?」
盾持ちの一人が私に対処しようとこちらを向いた瞬間、【№01】が角から細い稲妻のような光を出して、その盾持ちの背中を焼いた。
【ケルベロス・№01】
【魔力値:112/434】【体力値:34/550】
【総合戦闘力:499】
「弓兵っ! 足止めしろっ!」
「了解、【シャドウ・バインド】っ!」
《再判定》
ダメだ、抵抗できなかった。ううん、まだっ!
《再判定》《再判定》《再判定》《再判定》
「もう動き出したっ!?」
拘束攻撃の抵抗じゃなく、拘束解除の判定があると思って何度も使えば、数回目でようやく解除できて動くことが出来た。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
【魔力値:236/558】
【総合戦闘力:291/499】
「くそっ、俺が抑えるっ! 『こっちを向け』っ!」
盾持ちの一人に奇妙な技を使われ、その人が異様に目立つように輝いた。
《再判定》《再判定》
視界が元に戻り、そのまま盾持ちの頭上をすり抜けて飛び越えると、瀕死のケルベロス……【№01】である右の頭部の瞳から狂気が消え、――微かに微笑んだ気がして――私にも攻撃しようとする左の頭部を噛み砕いた。
うん……行くよ。
そのまま私はガス状の人型になり、拾った剣を【№01】の眉間に突き立てる。
衝撃に耐えきれずに剣は折れて、私は彼の首に抱きつくようにしながら残った彼の魔力を全て吸収すると、光の粒子となって消える【№01】から、蒼い魔石が落ちて私の身体に吸い込まれた。
***
「裏αテスター【№01】、精神崩壊による脳波停止を確認。規定により処理班の出動を要請します」
裏αテスター。残り一名。
***
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:212/658】100Up
【総合戦闘力:267/499】
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(普通)】【収納上手】
【――――】
共闘すると思っていた魔物が片方を殺したことで、私達を取り囲んでいた人達や、険悪なムードで睨み合っていたプレイヤー達も、唖然とした顔で私を見ていた。
「な、何やってんだよおおおっ、減っちまったじゃねぇかっ!」
最初にあの柄の悪いリーダーが喚き出すと、盾持ちの一人が憤り怒鳴り返す。
「お前らが抑えておかないからだろッ! この魔物は俺達が貰うぞっ!」
「ふざけんなっ、こいつは――」
私は武器を構えようとした柄の悪いリーダーに、一瞬で『狼』のような速度で飛びかかると、折れた剣でその咽を掻き切りながら、その生命力を吸い取った。
「……がっ、」
お前……いい加減、煩い。
さよなら……【№01】。私もすぐにそっちに行くかもしれないけど。
私はガス体の人型のまま、血を飛ばすように細い剣を軽く振るい、口の部分に大きく切れ目を入れて、怯えたような顔つきで見つめるβプレイヤー達に、【悪魔】のように嗤った。
簡単には殺されてあげないよ……。
***
「裏αテスター【№13】、精神崩壊による意識の消滅を確認。ログアウト後、規定により収容施設への搬送を要請します。これにより、裏αテスター100名全てのログアウトが完了しました」
最後の被験者である【№13】のログアウト作業が完了すると、この一ヶ月間24時間体制で監視していた所員達から、解放されたような喜びの声が漏れる。
そこに美人秘書を伴った副所長のブライアンが現れると、大仰な素振りで所員達に労いの言葉を掛ける。
「みんな、ご苦労だったっ。予定されていた半年より大幅に期間を短縮されたが、皆の頑張りで良い実験結果が得られたっ。ささやかだが庭でバーベキューとビアの用意をしてあるよっ。作業の終わった者から休んでくれっ。おっと、夜間作業の予定がある者はビアじゃなくてコークにしてくれよ」
ブライアンの言葉に数人の署員が笑いながら席を立つ。
まだ作業は残っているが、今は滞りなく終了したことを喜んでもいいだろう。
モニターが次々と消えていき、所員達が庭に向かうと、最後に誰も残っていないか確認した秘書がモニター室の扉をロックしようとして、ふと振り返る。
「……【№13】……」
わずか11歳とは思えない達観した瞳で大人を見る、アルビノの少女。
今回一番不利と思われた精神生命体のアバターを使いながら、精神を酷く病むこともなく最後まで残った。
その彼女も最後には精神が崩壊し、意識が消滅してしまったが、彼女のデータは次の裏βテストに大いに役立ってくれるだろう。
精神崩壊した被験者は、30日間の事後観察をされた後に処分される。
その真っ白で真っ赤な瞳のウサギのような少女の外見を思い出しながら、最後の時にたとえ“抜け殻”でも顔を見に行こうかと秘書は考えた。
でも……、秘書には少しだけ不審に思うことがあった。
何度も死亡して精神が壊れた他のテスターと違い、あの精神力の強い少女が、一度や二度の死で簡単に心が壊れるものだろうか……。
そして――
扉がロックされ、誘導灯の淡い明かりだけが照らすモニター室で、不意に一つのモニターが点灯し、文字を表示し始めた。
………………………
…………………
…………
【進化可能】
………
………
【Y/N?】
………
………
【YES】
突然メインの大型モニターが点灯し、そこにウサギのような耳を生やした、真っ白な少女のシルエットが浮かび上がり、まるで【悪魔】のような笑みを浮かべた。
御読了ありがとうございます。第一章はこれにて終わります。
シェディはどうなったのか。彼女はどのような存在に成ったのか。
次回、第一章のエピローグを兼ねた、第二章のプロローグになります。
宜しければ、ご感想、ブックマーク、評価などを戴けると励みになります。
簡単解説。魔素の回収
発見された次元のひずみにより、現地の世界が観測できたことから、物質は通過できないが電波のような『波』は通過できると推測され、魔素が微弱ながら地球側へ流れ込んでいるので、魔素も大気に漂う波のようなエネルギー体だと考察された。
現地の生物は、生き物を倒すことで魔素を取り込む特性があり、その能力を付与された現地に精製した『義体』に現地の魔物を倒させることで、義体に魔素を回収させ、ログアウト時に余剰魔力と、プレイヤーが死亡した際のデスペナルティで魔力の半分を復活する【神殿】で回収するシステムが構築された。
現在は義体以外で直に回収できる方法が研究されているが、まだ実用には至っていない。
その為、効率の良い魔素の回収方法として、現在は数億人は居ると思われる現地人類から魔素を回収する『β魔物アバター』の開発がされている。
現地の人類は、地球の『人権』がない為、侵略行為は法律に抵触しない。
地球での魔素の使用目的は、名目上は次世代のクリーンエネルギーだが、魔物アバターという戦車並の力と獣の俊敏性を持った局地兵器を地球で使用することも考慮されている。




