17 裏αテスター【№01】 前編
遠くに見える開けた岩地で、10名ものβプレイヤーらしき冒険者と、あの二つ首の角狼が死闘を繰り広げていた。
【二つ首の角狼】
【魔力値:315/340】【体力値:372/415】
【総合戦闘力:499】
βプレイヤー達の戦闘力は全員が200前後。しかも戦士みたいな人ばかりじゃなくて、魔術師や、大きな盾を持っている者も居た。
素早い動きをする短剣を持った女の子が、角狼の注意を引くように牽制し、角狼が彼女に迫ると盾を持った人が割り込んで受け止める。
盾の人が受けたダメージは魔術師が回復し、動きが止まった角狼を戦士達が素早く斧や槍で攻撃していた。
連携?って言うの? βプレイヤーは凄く良く動いていて、個体の戦闘力は高くても角狼が勝てるとは思えなかった。
なのに角狼はギリギリで致命傷を避けながら戦士達を翻弄し、別々に動く二つの首が予測のできない動きをするので、βプレイヤー達は攻めあぐんでいる。
左の首が獣の凶暴さで暴れ回り、右の首が冷静にβプレイヤーの動きを見極め、攻撃と攻めを管理する。
前に見た狂気じみた印象と少し違う……。あの時、何があったのか分からないけど、もしかしたら本当に私と同じ『裏αテスター』なのかもしれない。
それでもこのままだと、いつか角狼は負けると思う。でも……もしも、ギリギリで戦っている角狼に私が加勢したら、βプレイヤー達にも勝てるかも?
下手をしたら私も巻き込まれて、やられちゃうかもしれないけど……ええい、面倒くさい。どうせ死んでも魔力値が半分になって、しばらく弱体化するだけだっ。
では、突貫っ! でもタマは危ないから向こうで、伏せ。
「な、何かくるっ!」
最初に気が付いたのは弓使いの女性だった。人型の私が力を増すごとに密度が濃くなっていったように、今の私はガス体を拡げると幅が数メートルにもなる。
「最新情報チェックしてっ!」
「今はそれどころじゃ…」
「わかったっ! 目撃情報のある白い霧の魔物。最新の位置更新だと、凄い速さでこっちに来てたみたいっ」
「戦闘力……499っ! イベントの魔物で間違いないっ」
イベント? そんなのやってたの? しかも私達を狩る為に位置情報までβプレイヤーに教えていたとか?
「不定形の魔物だっ! 魔術師一人と弓兵一人で引きつけてくれっ!」
「了解っ、適当に時間を稼いでくるから、早くそっちを終わらせてねっ」
「化け物、こっちに来いっ!」
ここから引き離すように弓兵が下がりながら矢を撃ってくる。
でもわざわざ的を増やすように身体を拡げていたわけじゃない。私の姿を目撃させて少しでも【畏れ】の効果を乗せるのと、拡がると防御は下がるけど、点での攻撃は受けるダメージが低くなるからだ。
私をここから離そうとする二人を倒せば戦闘が随分楽になるけど、あの二人を倒そうとすれば逃げ回ると思うし、それに魔術師とか私の“天敵”ですよ。
だから私は、彼らの嫌なところから襲うに決まっている。
「きゃあっ!」
私は三人を追うと見せかけて、盾持ちを回復していた白いローブの女の子に、拡げていたガス体の端からヘビのように素早く伸ばして奇襲を掛けた。
「こっちに来たっ!? サポートっ!」
「二人ともっ、早く戻れっ」
無茶苦茶な変形したから久々に目が眩むけど、今はそれどころじゃない。
悠長に吸収とかしてたらフルボッコにされそうなので、女の子の後ろに回り込むように【擬人化】を使って人型になって彼女の首に縋り付き、盗賊頭が使っていた短剣で首筋を斬りつけた。
プレイヤーでも人類種でも、幾ら体力値が高くても、急所に当たればダメージは高くなる。
愕然とした顔で崩れ落ちる白いローブの女の子と、驚愕して騒然となるβプレイヤー達。そして当の私が一番驚いていると、視界の隅で角狼の冷静なほうの頭部が目を見開くようにして私を見た。
そして倒れた女の子が光の残滓を残して消えると、βプレイヤー達が慌てて動き出した。
「なんだ、この魔物はっ!? 人型になったぞ!?」
「落ち着けっ、立て直すぞっ! 回復魔法を使える人は盾役をフォローしてっ!」
「この白い魔物を先に、」
「ケルベロスがっ…ぐああっ!」
二つ首角狼……ケルベロスって言うの? あれが盾役を吹き飛ばしてのし掛かる。
盾役が盾で牙を防ぎながら耐えていると、戦士達が彼を助けようとケルベロスに一斉攻撃を始めた。
「この、離れろっ!」
「早く回復をっ!」
βプレイヤー達の意識がケルベロスに向いた瞬間、私はガス体に戻って、回復魔法を使おうとしている魔術師の一人に襲いかかる。
「また、白い魔物がっ!」
「このっ! こいつ、後衛から狙ってくるっ!」
「前衛っ、フォローしてっ!」
さっきの擬人化を思い出したのか、私に纏わり付かれながらも杖を構える魔術師。
でも私もそう何度も擬人化しない。だって擬人化してると、ガスの時とは逆に物理ダメージが結構痛いんだもん。
だけど、私がここで魔術師の回復作業を遅らせて、その間にケルベロスが盾役を倒せれば、私達の勝率は格段に上がるはず。……だったのに。
「うわっ、何だコイツっ!?」
戦士達からの攻撃を受けていた凶暴なほうの頭部が、盾役から戦士に目標を移した。
なんでっ!? もう少しなのにっ。冷静なほうの首は盾役を攻撃をしたがっていたけど、急に頭同士の連携が取れなくなったケルベロスはデタラメに暴れ回り、突然、私のほうへ襲いかかってきた。
ちょっ!? ちょっと待ってっ!?
「きゃあああっ!?」
慌てて離れる私にもダメージを与えつつ、ケルベロスは体勢も立て直せない魔術師の首に喰らいつき、あっさりと噛み殺した。
「くそっ、何だこの魔物どもっ!?」
「撤退だっ! バインド系で足止めしろっ!」
「分かったっ、【シャドウ・バインド】っ!」
弓兵が撃った奇妙な矢がケルベロスの影に刺さると、ケルベロスは暴れながらもその場から動けなくなった。
「白い奴はっ!?」
「魔法で足止めしろっ! ダメなら【戦技】でもいいっ! 魔力がないならポーションを使ってくれっ!」
さすがに私も単独で八人のβプレイヤーを相手にする気はない。ケルベロスの冷静なほうの首も、だんだんと前にあった時の狂気じみた眼の色になってきたので、私も撤退させてもらうことにした。
幸い、βプレイヤー達も離れていく私を追ってきたりはしなかった。
得られた情報によると今回の私への襲撃は、イベントで私達裏αテスターの位置情報がバレているらしく、どこへ逃げても安全じゃないんだけど。
ケルベロスの近くにいる気もなくなったので、こっそりタマちゃんを回収して山脈沿いの荒れた岩地やβプレイヤーが追いつきにくい急勾配を選んで進む。
このイベントが終わるまで、この山脈周りをぐるぐる回っていれば生き残れるかも。なんて消極的なことを考えながら、周囲の気配を確認してホッと息をつく。
とりあえず身が隠せる場所はないかな……。位置がバレてるとしても長距離から狙撃とか洒落にならないからね。
ん? あの岩場……窪みがあるっぽい。とりあえずそこで精神的に一休みしようと考え、そこに向かうと、どうやら大型動物の巣みたいになっていた。
それと、もしかしたらさっきの戦闘で『進化』が出来るようになっているかも。進化さえ出来ればあのβプレイヤーにも勝てるかもしれないし。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:433/502】25Up
【総合戦闘力:482/499】
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(普通)】【収納上手】
【※進化不可】
ようやく魔力値が大台の五百を突破っ! でも……あれ? なにこの文字……
進化…不可? 不可っ!? どういうこと? それに魔力値が増えたのに総合戦闘力が増えていないっ!?
……と、とにかく落ち着いて、その文字部分を鑑定してみる。
【※進化不可】
・現在のヴァージョンでは、魔物種のこれ以上の進化は設定されておりません。
・以降の進化は、『β版ヴァージョン2.0』より実装予定です。
なにこれ……私達、裏αテスターはこれ以上進化できないの? 進化できないから、戦闘力もこれ以上は上がらないの?
どうすればいいんだろう……? ここを切り抜けたとしても、半年もどうやって生き延びればいいんだろ?
ポニョン。
……あ、うん。大丈夫だよ、タマちゃん。一瞬精神が消えかけたけど、タマちゃんのおかげで少しだけ気力を取り戻した。
前向きに考えよう。せっかく眠らなくてもいい身体なんだから、海まで出ればβプレイヤーも追ってこられないよね? その海がどっちにあるのか分からないけどっ!
……ん? これ何だろう?
山に登れば見えるかもと位置を変えた時、巣の岩肌に何か大量の傷のような跡を見つけた。
傷じゃない……これ、『英語』だ。
誰が書いたの? もしかして……ここってあのケルベロスの巣?
私だって人型になってもまだ上手く文字なんて書けない。これを刻むのにどれだけの時間と労力を費やしたのか分からないけど、拙くも必死に書かれた文字を私は読んでみることにした。
『僕の名前はハンス。もし、これを読む人がいたら、イグドラシア・ワールドの運営をする企業と、この世界の真実を知ってほしくて、これを書き残すことにした。
ここでの僕は、魔物アバターの精神負荷の実験体として『魔狼』の姿を与えられ、この世界に送り込まれた、被験体【№01】と呼ばれている』
やっぱり、あのケルベロスは裏αテスターだったんだ……。
『僕たち魔物アバターの被験者には、常識では考えられない非道な調整をさせている。
他の被験者には限界値上限の感度に設定していると説明していたけど、それは設定上の上限ではなく、機器としての上限だった。
痛覚は通常の数倍。暗闇を見通せる異常な視力と聴覚。風が肌を撫でるだけで不快に感じ、眠ることさえ出来ない高い感度は、それを予測していた僕でさえ急激に精神を追い込まれていった。
痛覚器官が貧弱な、スライムや不定形の魔物ならまだマシなのだろうけど、通常の生物とは違う異様なまでの“違和感”に、自分が耐えられるとは思えなかった。
実際、僕が調べてみた限りでは、不定形アバターを使用した被験者は、そのほとんどが数日でログアウトして戻ってきてはいない。
もしそれが可能なら、その人はよほど“自分がない”のだと思う』
……自分がない…か。ずっと『いらない』とは言われてきたけどね。
『この実験の目的は、人とは違う【魔物】という存在の能力を『最大限』に発揮できるシステムを作ることだ。人間が耐えられる限界値を見極め、どうしても耐えられない部分はAIに管理させる。でもそれは、僕たち100人が説明されたように“人間プレイヤー対モンスター”のゲームを製作する為じゃない。
局地戦の軍事使用が目的であり、それを侵略に用いる為だ。その為、僕たち裏αテスターが全滅後は、陸軍の軍人達による裏βテストが予定されている』
軍事利用……? しかもそのデータを取る為に、私達裏αテスターは使い捨てにするつもりって事?
『その事実を知った僕は、仲間達と話し合い、政府が侵略をしようとしているその世界に逃亡することを計画した。その“世界”とは、どこなのか?
これを読んでいる人がいるのなら、気付いている? リアルすぎる風景。AIとは思えない思考を持つ人間達。それは、現実のVRアバター【義体】システムを使った時と似てないだろうか?
気付いている? このイグドラシア・ワールドの世界が、サーバー上に創られた架空世界ではなく、現実にある【異世界】であることを』
…………え?
この作品のテーマは、現実世界から異世界への侵略に、魔物という『悪』として立ち向かう主人公です。
どうやって侵略するのか。侵略目的は何か。その辺りは次回説明予定です。
次回、後編。




