16 凶暴体イベント
気が付いたら、何かまた変なスキルが生えていた。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:216/392】39Up
【総合戦闘力:255/431】43Up
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(見習い)】【収納上手】
収納上手……? 確かに銀貨とか銅貨とかこの盗賊のアジトにもあったから、念の為に貰っているけど……。あれ? 銀貨とか30枚くらいあるし結構な金額っぽいけど、外からだとどこにあるか分からない。お金はどこに行った?
いや、持っているのは分かるから、自分の身体を広げてガス体を薄くしてみると、身体のあちこちに絡みついていた。
でも身体を纏めるとどこに行ったか分からなくなる。……不思議っ!
とりあえず倉庫に行って、良さそうな物を物色して体内に仕舞ってみる。
着替え用のローブとか外套とか、盗賊頭が持っていた魔法の短剣とか、高そうな指輪やネックレスとか、クスリっぽい瓶とか、タマちゃんのおやつ用に干し肉とか。
ポニョン。
え……今欲しいの? さっき、死体を十人分食べたでしょ?
タマちゃんが何かしょんぼりして床の血を掃除し始めたので、干し肉を一切れ渡しておく。
色々試した結果、大きさも量もスーツケース1個分は収納できた。つまり短剣は入るけど、槍とかは入らない。あと、重すぎると動きが鈍る気がしたので、重たい物はお金とおクスリ程度にしておいた。
それじゃ、ここを拠点に魔物とか盗賊とかを狩りましょう、行くぞー。
ポニョン。
その時の私は知らなかった……。
私達『裏αテスター』に迫る恐ろしい脅威があったことを。
***
「居たぞ、前方300メートルっ!」
「よーし、あの【凶暴体】は俺達が狩るぞっ!」
「「「おーっ」」」
中央大陸最北端、32番目に発見された【世界樹の若木】にあるトランドル公国。
北にあるとしても【世界樹の若木】によって支えられた周辺の土地は、比較的気候が穏やかだが、それでも少し山に分け入れば緑の木々はなく、雪に覆われた大地が山頂まで続く、雄大な景色を一望できた。
その雪山に溶け込むように、銀色のトロールの亜種が灰色熊を喰らっていた。
見た目は、想像するイエティに近いだろうか。ただしその身長は三メートルを超え、丸太のような腕を持つ横幅も二メートルはあるだろう。
そのトロールは突然喰らっていた灰色熊を見て静かになると、唐突に灰色熊を引き裂き、近場の岩を腕が潰れるのもお構いなしに殴りつけ、悲痛な叫び声をあげた。
そのゲームとは思えない狂気じみた行動と叫びに、βテスターの面々は気圧されたように息を飲む。
彼らはトランドル公国の南にある大国、トラスタン王国を拠点とする【ランク3】のプレイヤー達だった。【ランク3】とは、戦闘スキルレベル3に達したプレイヤーのことで、イグドラシア・ワールドの世界では冒険者等の等級にも用いられる。
そんな彼らは、VR掲示板でトランドル公国の【ランク2】プレイヤー二組が、この地の【凶暴体】に負けたと話題になり、夜間の魔導列車を乗り継いでこの地までやってきた。
「総合戦闘力、499……確かにランク2じゃきついな」
「防御魔法掛けるから集まれー」
「良し行くぞっ、弓で釣ってくれ」
「毒使っても良い?」
「ふっふっ、そんなら私が作った、この継続神経毒使ってぇ」
「うわっ、えげつねぇ」
神経毒を塗った矢で射られ、あまりの激痛に暴れ回る凶暴体トロール。
戦闘力的には一対一ならトロールが勝つのだろうが、五人はチームプレイに徹して、魔法で動きを抑え込まれ、剣で斬り裂かれ、30分近い戦闘の後、最後にはリーダーの剣士が大剣で首を斬り飛ばしてトロールを倒した。
「やったあっ!」
「体力が自動回復してたし、やたらと強かったな」
「それでも私達の敵じゃないわっ。報酬なんだろうね?」
「あれ? 死体が消えたぞ?」
「イベントモンスターだからじゃね? 何か出てきたぞ? 黄色い宝石?」
「まさか、これが報酬じゃないだろうな?」
「あ、通知来たっ」
「お、おおおおお? 飛空艇の年間パスチケットだぁあっ!」
その報酬は世界中、どの国へも半日で到着できる、大金貨10枚相当の『飛空艇・年間パスチケット』が人数分。その情報が掲示板にもたらされたβテスター達は、先を争うようにして、世界中に散らばる残り二十体の【凶暴体】魔物を狩りに出立した。
***
「裏αテスター【№17】、精神崩壊による脳波停止を確認。規定により処理班の出動を要請します」
「あらら。だいぶ安定してた【№17】もついに終わったかぁ」
「宜しかったのですか……【№17】は、かなり特殊な被験者でした。それに今回のイベントで被験者が何人も再起不能になっていますが……」
第七研究所の裏αテスターモニター室で、上機嫌なブライアンに秘書が意見を述べると、彼はおどけた風に肩を竦める。
「彼の能力と遺伝子はすでに解析が終わってるよ。それと上層部が、政府から早く結果を出せとせっつかれているらしくてね。期限の半年はまだだけど、テスター達が頑張ってくれたので、基礎的な実験データは取り終わってるから、前倒しだよ」
裏αテスター。その被験者である100人の孤児達は、ただ無作為に集められた訳ではない。
彼ら全員、世界中で確認されていたESPとは異なる未知の能力を保持すると思われていた者達で、大半は確率の低い未来予知や、わずかな身体の能力の向上など、とても微弱なものだったが、初期に集められた23人の中でも数人の能力は、軍事利用にも転用できる、正に歴史を変えるような画期的な技術を人類にもたらしてくれた。
彼らの能力と遺伝子情報はすでに解析が済んでおり、今回の裏αテストも、彼ら子供達を極限状態に置くことで、能力の向上や新たな能力の使い道を発見する意図もあったが、用済みになった被験者達の“廃棄処分”も兼ねている。
まだ開始されて一ヶ月程度にも拘わらず、今回のイベントにより死亡者と精神崩壊者数は増大し、すでに脳波停止による死亡者は32名、精神崩壊を起こしてログアウトした者は48名にもなっていた。
裏αテスター、残り20名。
「さすがに【№01】と【№08】は、しぶとく生き残ってるね。……ああ、そういえば、もう一人居たよね? 精神が比較的安定している子」
「はい、【№13】ですね。他の精神生命体アバターが全員初期で精神崩壊を起こしていることを考えれば、彼女の精神力は驚異的です」
「そうそう、『悪魔の子』ね。あまりいい能力じゃなかったけど」
周りの人間に不幸を起こし、実の親からも『悪魔』と呼ばれて、育児放棄と虐待をされていたアルビノの少女。
「彼女の能力が、求めていた確率操作なら良かったのですが、実際は結果をわずかに改変する程度で、実用化に成功しても結果にムラがありすぎて実用には適さず、制御するには本当に『悪魔』のような精神力が必要だと、第三研究所よりレポートが上がっております」
「ハハハッ、その悪魔の子でも無理だから、本当にダメだね。それでは裏αテスターのみんなには、最後まで【魔素】の回収に協力してもらおうね」
***
ちょ、ちょっと、何がどうなってるのっ!?
「こっちにいたぞっ! 白い奴だっ」
「逃がすなよっ! 俺達が絶対狩るんだっ!」
盗賊のアジトを拠点と決めて数日も経たないうちに、その拠点にどこから湧いてきたのか、βテスターのプレイヤー達が襲撃をしてきた。
その人達は以前追いかけられたプレイヤー達と同じくらいの強さだったので、何とか撃退できたけど、その次の日は別のプレイヤー達が襲ってきて、せっかくの拠点を捨てる羽目になっちゃった。
そのまま森の奥でほとぼりを冷まそうとしても、あいつら、ことごとく私をあっさりと発見するんだよ。
何度か【擬人化】を使ってやり過ごしたけど、森で子供一人は怪しすぎるし、素早く移動するにはガス体に戻らないといけなくて、それでまた発見して追われる。
しかもプレイヤーに窒息攻撃は効かないし……、あ、痛っ!
「なんだこいつ、毒が効かないぞっ!」
「任せろっ、【サンダー・ボルト】っ!」
痛いっ痛いっ! ポッケのタマちゃんに当たったらどうするのっ!?
【魔法剣士っぽい若い男】【種族:人族♂】【冒険者】
【魔力値(MP):45/82】【体力値(HP):88/90】
【総合戦闘力:150】
【弓兵っぽい若い男】【種族:人族♂】【冒険者】
【魔力値(MP):52/60】【体力値(HP):110/110】
【総合戦闘力:187】
もう許さない。どうやら飛び道具がメインらしいので、木々の多い林に入り込み、抱えていた外套を木の上に隠して、迂闊に追ってきた魔法剣士を上から襲う。
「ぎゃあ!? なんだこれっ」
「落ち着けっ、魔法を使えっ!」
もう遅い。戦闘力が三倍も違うから吸収も早いよ。
「げぇっ、HPとMPが減ってくぅ!」
「ま、待ってろっ、動くなよっ」
怯えたね……【私】に。
弓兵が緊張した顔で、鞄から出した高そうな銀色の矢を構え、撃とうとした瞬間、何かに気を逸らした。
《再判定》
「ぎゃっ…」
「あれっ!?」
射られた矢は、……再判定するまでもなく魔法剣士の膝を撃ち抜いた。
あ、なるほど。木の上でタマが外套をヒラヒラさせてたのね。
可哀想だから私がそのまま最後まで彼を吸収し、そのまま唖然としていた弓兵に襲いかかって特に問題もなく戦闘は終了した。
ふぅ……もしかして【畏れ】だけでも敵の成功率は下がるのかな?
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:355/477】85Up
【総合戦闘力:255/499】68Up
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(普通)】【収納上手】
この数日だけで6人のβプレイヤーを倒して、また少し強くなりました。
なんとなく魔力値500くらいで進化できそうな気がする。……でも何か、魔力値の上がり幅に比べて、戦闘力の上昇率があまり良くない。
それと四六時中擬人化して誤魔化していたら、また【擬人化】が上がっていた。
普通って……料理で例えると、田舎で一件しかない、やたらとメニューだけが多い食堂で何を食べても、不味くはないけど美味しくもない感じ?
上がりやすいけど、あと何段階あるんだろ? 見た目はあまり変わらないけど、より表面が人形っぽくなって全体が濃くなった感じがする。
おっと、また襲われるかもしれないから移動しよう。行くよ、タマちゃん。
ポニョン。
私の速度は人が走る程度はあるので、野山を動き回ってる限りはβプレイヤー達もそう簡単に追いつけないみたい。
それにしても、どうして私の位置が分かるんだろ? あの逃がした御者が私を目撃していても、逃げている位置まで知られるのはおかしい。
そういう魔法でもあるのかな? 厄介な……。
魔法なら範囲外に逃げれば何とかなりそうだけど、こっちのほうに進むとまたあの山脈に戻ることになるんだよね。
しばらく山脈に向かって進んでいると、あの角狼っぽい魔力反応を感じるようになった。実際に姿も見たけど、以前と違って私も強くなっているので、姿を見せている私を襲ってはこなかった。
でも前より角狼の数が減っている気がする。
念の為、探知範囲を広げながら進んでいると、山奥のほうでβプレイヤーらしき反応が数名と、その近くに大きな魔力反応を見つけた。
本当ならすぐに離れるところだけど、もしそれが裏αテスターなら協力出来るかもしれない。そんな望みを込めて遠くから覗いてみると、そこにアレがいた。
以前出会った、狂った二つ首角狼が……。
【二つ首の角狼】
【魔力値:315/340】【体力値:372/415】
【総合戦闘力:499】
第一章も残り数話です。
次回、裏αテスター【№01】




