13 初めての仲間
ほのぼの回
あの【裏αテスター】かもしれない狂った獣と出会った翌日、私はそれが生息する地域から離れるべく、山脈を背にするように大地を踏みしめて歩く。
そう。私は“大地”を踏んでいる。
何が言いたいのかというと、私はあれからずっと【擬人化(稚拙)】能力を使って、人型を取り続けて人化の練習をしている。
何故かと言うと山奥とか人跡未踏の地域に行くと、突然強い魔物が出てくる可能性が高いと、今更ながら気が付いた。
そこで私が考えたのは、人族の国のギリギリ近辺で生活すれば、あまり酷い魔物はいないんじゃないかと思ったのです。
しかも魔物だけじゃなくて人族も居る。……いやいや、旅人を襲ったりしないよ? そんなことしたら冒険者とかβプレイヤーがまた出張ってくるかもしれないし、むしろ私としては、そんな旅人を襲う『山賊』とか“狙い目”だと考えた。
……いるよね? 山賊。
そこで私は、ある程度『人間を騙せる』程度の外見が欲しくて、こうして精神を磨り減らしながら頑張っているのです。
……発想が、擬態して獲物を襲う魔物だ、これ。
あの狂った獣……あれがもし私と同じ裏αテスターだとしても、私がしてあげられることはほとんどない……。自分よりも強くて救う方法も分からない人を助けるなんて、そんな精神的余裕は私には全くないの。
あのエルフの集落の時は、私なりに勝算があったとか、解決方法が単純だったとか、小さい子供と会ってテンション上がっていたとか、色々あるけど、『人間』を襲うことになんとなく興奮していた……みたいな?
変態か…っ! 何か精神が発狂したり酷い方面には進んでいないけど、非常に厄介な方向に向かっている気がする。
まぁいいか。
そんな訳で丸一日以上、【擬人化】スキルを脳内処理しながら歩いていたんだけど、確認してみるとスキルに変化が生じていた。
【シェディ】【種族:ホワイトガスト】【低級悪魔(上)】
・塵とガス状の身体を持つ低級悪魔。知能ある精神生命体。
【魔力値:325/325】17Up
【総合戦闘力:357/357】19Up
【固有能力:再判定】【種族能力:畏れ】
【簡易鑑定】【擬人化(素人)】
なんと【擬人化】の能力が上がった。……の?
多分、ランクアップして魔力値と質量が増えたことで、【擬人化】の下地が出来上がったって事だと思うけど……なによこれ、(稚拙)が(素人)になったけど、料理で言うとあきらかに失敗作から何とか食べられるレベルになったってこと?
とにかく周りに敵対生物が居ないことを確認して、外套を脱いで自分の状態を確かめてみる。
前よりも人型には近くなった気がする。ドロドロに溶けた蝋人形状態だった表面もだいぶ滑らかになって、常に流動していたガスと塵の身体も、表面だけは流動せずに留まっていた。
身体の造形加工もようやく手で粘土を弄れる程度にはなったけど、何故か頭部に生えた『ウサギ耳』だけはどうにもならなかった。
……どういう事?
造形で引っ込めようとしたら目玉部分が飛び出した。自分でも唖然として見ているとその部分は徐々に引っ込んでいき、またウサ耳がぴょこんと飛び出した。
……どういう事!?
アルビノの『ウサギみたい』なんて評価は、私にとって悪口以外の何ものでもないけど、そこまで私の精神に影響を与えていたなんて思わなかった……。
せめてもの救いは、ぴょんと上に立ったウサ耳ではなくて、ロップイヤーほどペタンと垂れ下がっていないけど、上からふわりと垂れ下がった感じだから、外套を被れば目立たないこと。
もし完全に人化できるようになっても、ウサギの獣人と誤魔化すしかない。そんなん居るかどうか知らないけど。
【擬人化】のレベルが上がり、ようやく指らしき物が形成できるようになって、何とか物を掴めるようになったから、外套を着るのも随分と楽になったんだけど……、この外套、汚くない?
考えてみれば、あの奇妙なβプレイヤーが着ていた元から古着っぽい外套は、何度も落として地面に脱ぎ捨てて、一週間以上雨の中も風の中も野ざらし状態で、しかも身長が足らなくて引きずっていたから、生成りの布地は前よりも擦り切れて、はっきり言って薄汚れてみすぼらしくなっていた。
リアルの頃から似たようなものだけど、ゲームの中でまで汚れている必要は無い。って言うか、粗雑に扱えば汚くなるとか、最新式とは言えどれだけリアルなVR世界なんだろう。
私は全身の感覚を聴覚に集中してこの辺りを調べてみる。ここはダメか……。目的のモノが見つからなかったので、移動しながら何度か調べてみると数回目でようやく目的の物を発見した。
ちょろちょろ流れる水の音。
そうです。私はこの小汚くなった外套を洗濯したかったのです。
見つけたのは岩場の影からちょろちょろと湧く小さな湧き水。それが丁度幅30センチ程度の小川になっていたので、そこで洗わせてもらおう。
私は人型の身体を“よっこらせ”っと小川のほとりにしゃがませる。
人型を操るのは糸の付いたマリオネットを動かす感じだけど、スキルレベルが上がったからか単純に慣れたのか、操れる糸の数が増えている感じがする。
小川でじゃぶじゃぶと洗濯物を洗う低級悪魔――何か違う気もするけど、これも昔のゲームとは違うVRゲームの醍醐味だと思考放棄ぎみに考える。
あ~~、精神負荷から逃れる為に、すぐ別のことを考えたり苛々しないようにしてきたけど、性格が随分と『適当』になっている気がする。
そのままなかなか取れない汚れに苦労していると、視界の隅で――360度だから、隅も何もないけど、要するに意識外の視界に何か動く物を見つけた。
ポニョン。
…………なんだこれ。見た目は20センチくらいの、薄緑色の半透明な物体。周りが緑が多いから見事に風景に紛れていたけど、それは、小川の2メートルほど下流で水を掬うように跳びはねていた。
……水饅頭? 感覚的に言うとスライムだと思うけど、トロロボディだった私のようにドロドロじゃなくて、ゼリーみたいに固まってプルプルしている。
この辺りの大人しい自生魔物が水を飲みに来たのかな? 怯えてないのなら私に気付いてないだけかもしれないから、そっとしておこう。
じゃぶじゃぶ。ポニョン。
じゃぶじゃぶ。ポニョン。
……外套を洗うと何故かスライム(仮)は喜ぶように跳びはねる。何だろう?
まぁいいや。それにしてもなかなか汚れが取れない。洗剤を使えば綺麗になると思うけどそんな物は無い。
あんまりゴシゴシ洗うと繊維が傷むし、埃や土汚れはだいたい落ちたけど、特にこの黒い点々とした染みがなかなか……
ポニョン。
洗濯中の外套を持ち上げて汚れを確認していると、濡れた外套の下で、滴る水を受け止めながら、スライム(仮)が跳びはねていた。
いつの間に……ッ!? 何でこの子、私に怯えないの? もしかしてこんな見た目で凄く強いとか?
【スライム?】
【魔力値:5/5】【体力値:5/5】
【総合戦闘力:5】
弱いね……初期の私より遙かに弱い。もしかして怯えるほどの知能がないのかも。
他の可能性としては……裏αテスター? いや、さすがに洗濯物の水を受け止めて喜んでいる知能程度の魔物の中の人が人間だなんて、そんな悲しい発想はしたくない。
ということは本当に魔物か……、変な子だね。
……ん? もしかして、滴る水で遊んでいるんじゃなくて、洗濯物の“汚れ”を喜んでいるとか?
私がそっと濡れた外套を近づけてみると、スライム(仮)はポニョンポニョン嬉しそうに跳ねながら、外套の端っこにむしゃぶりついた。
本当に汚れが好きなのか……あっ! 端っこの部分がちょっと溶けてるっ!
慌てて外套を持ち上げると、スライム(仮)は抗議するようにポニョンポニョン跳びはねた。
……いや、違いは分からん。
汚れを取るのならいいけど、私の一張羅を食べるのは許さない。
通じるかどうか分からないけど、濡れた外套をパンパンと叩いて首を振り、汚れた部分を指さして一度頷いてみせると、スライム(仮)は“分かった”とばかりに、ポニョンポニョン跳びはねた。
いや、違いは分からないんだけどね。
もう一度ゆっくり外套を近づけると、スライム(仮)はちゃんと汚れた部分にくっついて、今度は布地を溶かさず汚れだけを分解する。おお、凄い。偉い。
何か『待て』をされたワンコのようにプルプル震えるスライム(仮)に、私がしっかり頷いてもう一度外套を差し出すと、嬉しそうに外套を這い回り、ものの数秒で外套に残っていた黒い染みが無くなって、すっかり綺麗にしてくれた。
ポニョンポニョンと得意そうに跳びはねる、スライム(仮)。
本当に違いは分からないんだけど、何となく得意そうだったんで褒めるように撫でてやると、本当にゼリーくらいの弾力があった。
水分も一緒に吸収してくれたのか、半乾き状態になった外套をちょっと苦労して羽織ると、それを見てスライム(仮)も嬉しそうに跳びはねた。
まあ身長的に五歳児程度なので、裾は引きずってまた汚れてしまうけど、こればっかりはどうしようもない。
格好も綺麗になったし、それ以上にスライム(仮)が癒しになってくれて、精神的に気分がいい。
それじゃそろそろ行こうかな。連れて行きたい気もするけど、餌付け?しただけの野生の魔物がこのまま懐くとは思えないし、この弱さだと不安がある。
私はスライム(仮)にバイバイと手を振って、再びマリオネット強行軍の苦行を開始すると、また視界の隅でポニョンポニョンと跳びはねながら付いてくるスライム(仮)に気が付いた。
スライムなら地面を這いなよ……。いや、そうじゃなくて、どうして私に付いてきてるの? もうご飯はないよ?
そう考えて一度立ち止まると、スライム(仮)は私の足下まで寄ってきて、待機するようにプルプルと震えた。
……なにこれ、可愛い。
でもどうなってんの? この子。スライム(仮)って……言いにくいな。
良し。久々に気分がいいし、あのエルフの男の子に続いて友人枠弐号ということで、名前を付けよう。
スライムだからスーさん……は、突然釣りでも始めそうで怖いから止めにして、友達兼ペットとしてポチ…ってワンコじゃないし、ああ、もういいや、丸っこいから今から君は『タマ』と呼ぼう。
心の中でそう呼ぶと、いきなりタマはプルプル震え始め、嬉しそうに私の周りを跳びはね回った。
何事……? 何だろう、なんか変な状態になっているのかと、もう一度タマを鑑定してみると。
【タマ】【種族:ゼリースライム】【悪魔シェディの眷属】
【魔力値:10/10】【体力値:10/10】
【総合戦闘力:10】
【特技:お洗濯】
………何故か、表示項目が増えて、タマが私の【眷属】になっていた。
とりあえず裏αテスターじゃないって確定したけど、どうなってるのっ!?
仲間というかペットが出来ました。……だんだんケモケモしくなってきましたね。
スライムの愛らしさが失われるので、成長しても人化も会話もしません。多分(笑)
第一章もそろそろクライマックスが始まります。
次回、タマと山賊退治
夕方更新予定です。




