召喚された少女 中編
三人称のみとなります。
魔物の脅威に脅かされた世界を救うため呼び出された勇者たちは、一人の裏切り者を出し、『獣の魔王』と化した彼女を、ついに魔物が発生するという霊峰の奥まで追い込んだ。
召喚されたクラスメイトたちの心情は、魔王となって離脱したカナコがいたように、決して一枚岩ではない。
ただ女神から課せられた魔物討伐を行い、地球への帰還を目指す者。
加護を得たことで力に酔いしれ、他者を虐げる快感を覚えた者。
称賛を得たことで地球に未練をなくし、何もせずにこの世界に残ろうと画策する者などいたが、それでも彼らが、袂を分かったカナコと違っていたのは、自分の望みを果たすためにこの世界の生き物を殺すことを躊躇わなかったことだ。
「カナコ、もう終わりにしよう。この戦いは人間の勝利で終わる」
カナコを護っていた魔物――ユニコーンやフェアリーなど一見魔物に見えないものを殺して、勇者の加護を持つユウキはカナコに剣を向ける。
他の者はともかく、ユウキや聖女の加護を受けたミナミはこれがただの種族間戦争であることを知っていた。状況が変われば正義も変わる。人間が家畜を殺さなければ生きていけないように、かつてこの世界に置いて覇者であった者でも、立場が変われば悪として狩られることを地球の歴史で理解していたのだ。
クラスの中でその容姿同様に内面の幼さもあったカナコは、それから目を背けることが出来なかったのだろう。
だからこそユウキとミナミは、カナコを『人類の裏切り者』という〝悪〟としたホルロース王の言葉を肯定し、自分たちの望みを叶えるための〝生け贄〟として、カナコ一人を犠牲とすることを選んだ。
「これで終わりよ!」
ミナミが聖女の力で創った光の槍を投げつける。せめてこの世界の凶刃に倒れるのではなく、クラスメイトである自分たちの手で殺すことがせめてもの慈悲だと考えた。
光の槍が彼女を護っていた妖精ごと引き裂いてカナコの胸に突き刺さる。
カナコが纏っていた魔力が飛び散るように天に昇り、泣きそうな顔でその唇が何かを呟いた瞬間、飛び散った魔力が真っ白な雪に変わり、吹雪となって勇者たちを吹き飛ばした。
『!?』
吹き飛ばされたが思っていたほどのダメージはない。いったい何が起きたのか? ユウキたちは突然下がった気温と、骨を食むような寒気に思わず身を震わせる。
倒れたカナコを包むように舞っていた雪が集まり、その中から一人の少女が現れた。
雪のような透明感のある白い髪に白い肌。
その身を包む血の色をした真っ赤なミニドレス。
命を奪い合う戦場に不似合いな姿と可憐な顔立ち。
まるで雪の妖精を思わせるその白い少女は、ふわりと垂れ下がる兎の耳を揺らし、宝石のような真っ赤な瞳で見下ろしていたカナコの頬を撫でると、カナコの唇が静まりかえった中で声を零した。
「……大魔王……白雪兎……」
「……大魔王……?」
唖然とした顔でミナミがその単語を呟く。
白雪兎はまだ分かる。言われてみれば正に白い兎の少女を体現した言葉だと思った。
でも、『大魔王』とはなんの冗談か? 獣の魔王と呼ばれたカナコが、どこかから他の魔王を呼び出したとでもいうのか?
白雪兎と呼ばれた少女は自分たちと同じか、少し年下だろうか? この世界で獣人もエルフも見たことはないが、こんな愛玩動物のような少女に何ができるのか?
「……てめぇ、なにもんだ?」
クラスでも粗野な態度を取るコウヤが苛立ったような声と殺気を白雪兎へ向ける。
得体の知れない力で吹き飛ばされはしたが、女神の加護を受けた勇者たちはほとんどダメージを受けていない。それはその場から弾かれたというより、吹雪に包まれて押し出された感じに近く、勇者たちの多くは得体の知れない力に怯えるより先に、力をつけた自分たちが簡単に飛ばされてしまったことに憤りを覚えた。
突然現れた白雪兎は、そんなコウヤの殺気を気にすることもなく、すべての力を出し切り、力尽きようとしていたカナコの身体をそっと霊峰の大地へ横たえた。
「……もうお休み。あなたたちの〝願い〟は届いたから」
その言葉を聴いたカナコが少しだけ微笑み、目を閉じた彼女の身体が大気に溶けるように薄くなって消滅する。
その光景に唖然とする勇者たちの中で、かけた言葉を無視されることになったコウヤが全身から炎を吹き上げて飛び出した。
「兎女が、俺を無視するんじゃねえっ!!」
女神から与えられる加護は個人の趣味趣向によって変わる。コウヤは進学校で不良ぶってはいても他校の不良と喧嘩もできず、ただ他者から一目置かれたいという欲求と、そうしなければ自分を保てない『嫉妬の炎』を抱えていた。
だからこそ彼は、他者を焼くことを躊躇わない。彼の精神は、この世界の一般兵士どころかただの一般人にさえ及ばない。だからこそ他者を妬み、他者を焼き殺すことで称賛を得られる『勇者』という立場に固執していた。
炎戦士の加護を持つコウヤの炎は、生きた人間でさえ数秒で炭に変えるほどの火力を持つ。
自分より弱そうな女に無視をされた。ただそれだけのことで生み出された炎は大きく燃えあがり、その拳が白い少女を焼いた瞬間、真っ赤な手袋の爪がコウヤの顔面を掴んだ。
炎は白雪兎の髪の毛一本燃やすこともできず、燃えさかる炎の中で掴まれていたコウヤの身体が瞬く間に真っ白な霜に覆われ、凍りついた身体が首から折れて、残った頭部が恐怖の表情を張り付かせたまま握り砕かれた。
「きゃあああああああっ!?」
クラスの中でも中心人物の一人だったコウヤが殺されたことで、女生徒の一人が悲鳴をあげ、浮き足だった勇者たちの中から一人の男が飛び出した。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
「ケンシっ!!」
刀のような剣を構えて飛び出した親友の名をユウキが叫ぶ。
ユウキは数年来の親友である彼のことは誰よりも知っているつもりだ。大会などで何度も優勝した剣道部のケンシは、常々、本気で戦える戦いがしたいと言っていた。
ケンシも現代に生きる学生だ。本気で戦いたいと口では言っていても、命を懸けた戦いをしたいとは思っていなかったはずだ。だが、彼はこの世界に召喚され、剣聖の加護を得たことで命を斬る喜びに目覚めた。
それでも人を斬る機会は多くない。遠征で現れた山賊のような、その場で殺していい敵と遭遇する機会など滅多にあるものではなく、常に殺す相手を捜していたケンシは、次第に女や子どもなどの〝殺してはいけない人〟を殺すことを望むようになった。
ケンシはユウキやミナミのように、地球へ帰還するために戦っていたのではなく、ただ他者を殺すために戦っていたのだ。
クラスメイトの一人が殺されたことで、人間を殺す大義名分を得たケンシは脇目も振らずに白い少女へ刃を向けた。
相手の実力も〝本性〟も見極めもせずに……。
ザク……ッ!
白い少女がケンシに視線を向けもせずに拳を握りしめた瞬間、突然、躓いたように倒れ込んだケンシの心臓に、彼の刀が突き刺さっていた。
「……え? ……あ?」
何も理解できず、蒼白になった顔で奇妙な声を漏らして倒れたケンシの頭を、白い少女の鋭いヒールが踏み潰す。
「……大魔王……」
目の前で親友が死んだことさえ忘れて、ユウキが乾いた声を漏らした。
ユウキは召喚された勇者の中でも『勇者』の加護を持つ故に、生存本能が最大限の危険信号を発していた。
まともではない。尋常ではない。目の前の愛らしい姿も当てにはならない。
仲間たちに『逃げろ』と叫びたかった。だが、乾いた舌が口内に張り付いて声を漏らすことすらできなかった。
仲間たちは『勇者』だった。ユウキのように相手の力を察することはできなくても、仲間の死を怒りに変える〝勇気〟を持っていた。
「みんな、恐れないで! 私がそいつを倒す!」
逃げ腰になっていた仲間たちを鼓舞して、魔導王の加護を持つアヤヤが伝説級の杖を振りかぶる。
「【雷撃迅】!!」
巨大な雷の球が生まれて、放電を繰り返しながら放たれた。
最速にして勇者たちの最大火力による攻撃は、空を飛ぶ竜でさえ一撃で落とし、霊峰に住んでいた数多の幻獣を薙ぎ払ってきた。
だが――
『ぎゃああああああああああああっ!?』
その雷撃に、アヤヤ本人とその周囲に集まっていたクラスメイトたちの悲鳴が響く。
魔法には確率的に3%ほど失敗をする可能性がある。だがそれも装備やアヤヤが持っている伝説級の杖などで限りなく0%にすることはできるが、何故か運悪く失敗をしたアヤヤの電撃は拡散し、本人と周囲を直撃した。
「アヤヤっ、みんなっ! 【範囲回復】!!」
それを見て聖女の加護を持つミナミが治癒魔法を彼女たちに使う。
彼女の力は歴代の聖女の加護を持つ者たちの力とも遜色なく、いくつもの戦いで仲間たちの命を救っていた。
だが、その瞬間、治癒魔法を受けた全員が全身から血を噴き上げ、唖然とした顔をしたアヤヤの首が転がり落ちた。
治癒魔法は万能ではなく、過剰な治癒魔法を与え続ければ肉体が破損する結果となることがある。ミナミの治癒魔法は完璧だった。だが、何故か治癒魔法を受ける前にダメージを受けていなかったことになった彼らは、ミナミの過剰すぎた治癒魔法を受けて即死する結果となった。
「……ぁああ」
その結果にミナミが膝から崩れ落ちる。それを見て動けなかったユウキも絶望の表情を浮かべていた。
白雪兎は何もしてない。ただ、二回だけ手の中の何かを握り潰した仕草だけで、勇者たちのほとんどが死んでしまった。
「僕たちが……何をした?」
そんな呟きがユウキの口から漏れて、初めて白雪兎が彼に赤い瞳を向ける。
「あなたたちは選択を間違えた」
「ぁあ……」
自分たちは何を間違えたのだろう? カナコを……〝仲間〟を裏切ったことが罪なのか? それとも……
「罪を知っていながら認めなかった、愚かさが〝罪〟なのか……」
「女神様の敵を滅ぼせ!!」
その時、声を張り上げた者たちがいた。
「偉大なる女神よ、その加護を与えし勇者たちに『祝福』を!!」
ユウキたち勇者の他にも、彼らをサポートする名目として、女神を信奉する神官たちや兵士たちもこの地に来て、ユウキたちを見張っていた。
数名の神官たちが一斉に祝詞を唱え、兵士たちは傷ついたまだ子どもである勇者たちではなく、神官を護るように取り囲む。
「勇者たちに立ち上がる力を!」
『――ッ!!』
生き残ったわずかな勇者たちは、自分の胸の奥から強大な力が湧き出すのを感じた。
おそらくはこの『女神の祝福』が、加護を与えられた勇者の奥の手なのだろう。身近に迫った〝死〟という恐怖に怯えていたユウキやミナミたちが、急激に薄れていく恐怖に困惑しながら立ち上がる。
実際に生き残ったクラスメイトたちは沸き上がる高揚感に駆られて、白い少女へ向かって武器を抜いた。
だが――
「な、なにこれ!? 私の手が!?」
武器を抜いて振りかぶった一人の女生徒の腕が捻れ、オーガやトロールのように筋肉が肥大化しはじめた。
「お、俺の脚が!?」
「顔が……髪が……いやあああああああああ!?」
十代半ばの少年少女たちの細い身体がいびつに歪み、強引に作り替えられていく痛みと恐怖に悲鳴をあげた。
おそらく一般人は知らなくても神官たちは知っていた。
女神から与えられた加護で敵を殺せるのならそれで良かった。だが、それで女神の敵を倒せないとなったとき、神官たちや人間国家の指導者たちは、召喚された勇者の加護を媒体として生命力を暴走させる、『祝福の祝詞』を使うよう、女神から神託を受けていたのだ。
「勇者たちよ! 安心して使命を果たすがいいっ。例え死すともその魂は女神の元へ召されることだろう!」
『ウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
数倍の力を得て異形と化した勇者たちが、自らの不幸を呪うように血の涙を流した。
意思はある。だが、その自由は女神に奪われ、白い少女に襲いかかり、女神の呪いと自分の意思がぐちゃぐちゃに混ざりあい、異形と化してまともな思考もできなくなったユウキが救いを求めて泣き叫ぶ。
最初から騙されていたのか? 召喚され、人々から救って欲しいと請われ、聞き心地の良い言葉も称賛も、すべて自分たちを騙して女神の敵を倒すためだったのかと。
『ああああああああああああああっ!!』
これが選択を間違った結果なのか? 自分たちが切り捨てたカナコが呼び出した異界の魔王へ、ユウキやミナミが泣きながら慈悲を求めて手を伸ばした。
白雪兎はその姿を憐れむように目を細めて、そっと彼らに両手を差し伸べる。
だが彼らは知らなかった。
この世に神の慈悲など、最初から無いのだと――。
「――【福音】――」
白雪兎の全身から霧と雪が舞い散り、霊山のすべてを包み込んだ。
森が、丘が、河が、雪に触れたすべてが燃えあがり白い炎が焼き尽くす。だが、焼かれた森から一瞬で緑が芽生え、河や湖に清水が湛え、傷ついた動物や幻獣たちが焼かれた炎の中から蘇る。
『――ッ!?』
神官や兵士たち――霊峰の周囲を取り囲んでいた女神を信奉するすべての者が、魂の罪を焼き尽くす『神の慈悲』を受けて、蘇ることなく永劫の苦痛を受けながら燃え尽きた。
そして選択を間違ったユウキたちは、『悪魔の絶望』を受けて、その罪を浄化されることなく苦痛無き死を与えられた。
慈悲という永遠の苦痛の中で罪を浄化する神の左手と、無慈悲に罪を断罪し即座に死を与える悪魔の右手。
人より生まれし異界の女神。大魔王、白雪兎――。
この〝世界〟そのものから救いを請われて召喚されたシェディは、暗雲渦巻く大空へと舞い上がり、霊峰の地脈を震わせて大地を震わせると、大陸中の大地が割れ、山が崩れ、人間国家の建物が崩れていく中で、ついにその〝存在〟が姿を現した。
天を割り、大地を割り、海を割って強大な光の柱が立ち昇り、天変地異に怯えた人間たちが救いを求めて地に伏せた。
その光景にシェディは純白の片刃の剣を抜き放ち、光の柱に向ける。
「――滅びろ、世界に巣食う女神ども――」
次からシェディの語りとなります。
次回、後篇。三柱の女神との戦い。




