召喚された少女 前編
お久しぶりの閑話更新です。
まずはシェディやイグドラシアとか関係のない世界と人たちから始まります。
「よくぞ参った、異界の勇者たちよ!」
いつもの日常だった学校の授業風景が突然変わり、私の瞳に飛び込んできたのは外国のお城の中のような光景と、私たちに言葉をかけた沢山の兵士に護られた王様のような人でした。
「……え?」
思わず漏らした私の声に、兵士たちが敏感に反応して槍の鋭い先を私たちへ向ける。それに数人の女子が抑えた声の悲鳴を上げ、頭が良く状況を察しようとしていた人たちから迂闊な私に睨むような視線が向けられた。
「よい。勇者たちも戸惑っておるのだろう。落ち着いてもらうために食事や飲み物も用意させるが……まずは儂の話を聞いてくれぬか?」
優しげな声音で話す王様らしき人の言葉に、聞きたいこと知りたいことも色々あるけど、私が下手な声を出して槍を向けられたことで、とりあえずはみんな黙って話を聞くことになりました。
まず、王様らしき人は本当に王様で、聖ホルロース王国というこの国の一番偉い人でした。
ホルロース王がいうには、この世界は私たちが住んでいた地球とは別の世界で、現在この世界は異形の生物である『魔物』が現れ、人々の平和が脅かされているそうです。
この世界の人々もそれに対抗したけど、魔物の中には稀に兵士が百人いても勝てないような強い魔物も現れるらしく、いくつもの村や町が魔物の犠牲になったと言っていました。
魔物がやってくる場所は、この大陸の中央にある最も神聖な『霊峰』の麓で、その場所を取り戻すために、魔物が現れる地域の中で最大の国家であり、最も神様に愛されたこの聖ホルロース王国の神官たちがこの世界を護る三柱の女神様に祈りを捧げ、その女神様の力により魔物を倒す『勇者』として私たちを『召喚』したそうです。
「あの、発言をよろしいでしょうか?」
王様のお話が終わり、私たちの反応を窺うように一拍置いた辺りで、クラスの中心にいる男子が手を上げた。
「うむ、勇者よ。問いたいことがあれば聞くといい。我らは誠意を持って応えよう」
「ありがとうございます。ではまず……僕たちは元の世界に帰れるのでしょうか?」
「魔物を倒し、霊峰を取り戻した暁には女神様のお力で帰還も叶うだろう。もちろん、この世界に残りたいのなら貴族位と褒賞を用意しよう」
王様のその言葉に私たちの顔にようやく笑みが浮かぶ。
「それと……どうして僕たちなのでしょうか? 僕たちは戦ったことがありません。ご期待に添えるかどうか……」
確かにその通りです。私たちは都内にある進学校の高校二年生になったばかりのクラスで、誰も命を懸けて戦ったことはないはずです。進学校だからか、私たちのクラスは二十名しかいなくて、その中でも一番戦えない……ううん、邪魔になるのはたぶん私だと思う。
早生まれのせいか、身長が低くてよく中学生に間違えられる。生き物どころか虫も自分から殺したことがなく、気が弱い私は、進級して数週間経ってもクラスメイトともまともに話したこともありませんでした。
そんな私が戦えるわけがありません。でも王様はその質問を予見していたかのようにゆっくりと頷くと、白いお髭を蓄えた口を笑みに変えた。
「もっともな懸念だが勇者よ、だが、心配することはない。女神様のお力で召喚された勇者たちには、女神様の『加護』が宿るのだ」
この世界の三柱の女神様。
人々を愛する愛と美の女神、アストリア。
人々を護る闇を払う戦女神、トールセリア。
人々を慈しむ豊穣の女神、メラルローズ。
人間を護る姉妹の女神様で、その力で召喚された私たちは、この世界でも稀少な女神の『加護』を与えられ、人々を護る『勇気』を得るそうです。
その加護の力は貰った人によって様々で、一見戦いに向かない能力でも、味方の戦いを有利に進めたり、兵士たちに力を与える生産系の能力など、どれも強力なものだと教えてくれました。
「では、勇者様方の加護を確認いたします」
王様の話が終わると、神官さんの一人が前に出て、女神様に戴いたという魔導の水晶球で私たちの加護を調べてくれることになりました。
「おお、ユウキ殿の加護は、『勇者』でございます!」
最初に手を上げた男子、ユウキくんの加護が知らされ、その加護に城内の兵士や神官たちから微かな響めきが零れた。
異界の勇者と呼ばれる私たちの中でも『勇者』の加護は別格らしく、強い攻撃力と護りを備えた、もっとも女神様に愛された存在らしい。
その他にも、ユウキくんの親友である剣道部のケンシくんは、『剣聖』の加護を。
クラス内で不良っぽい男子のコウヤくんには『炎戦士』の加護を。
女子の中でも一番華やかで綺麗な女子であるミナミさんは『聖女』の加護を。
学力テストで一番だと言っていた眼鏡女子のアヤヤさんは『魔導王』の加護を。
その他にも『千里眼』や『完全鑑定』や『魔剣生成』など戦いには向かなくても便利そうな能力ばかりが、調べてくれた神官さんの口から語られた。
「それでは最後に……カナコ殿」
「は、はい」
私の名前が呼ばれて思わず狼狽える。呼び名を統一すると言うことで下の名前で呼ばれることになったけど、それに慣れていない私がまごつくと、すでに随分と時間がかかり、待たされているクラスメイトから矢のような視線が突き刺さる。
慌てて水晶球に手で触れると、疲れた神官さんから若干苛ついたような声で「落ち着いて」と諭され、なんとか心を殺して集中するとようやく私の加護が水晶球に映し出された。
「……カナコ殿の加護は、『召喚』です」
「召喚?」
私の加護は召喚で、異界やこの世界から『必要な存在』を呼び出せるそうです。
本当なら戦いに適した生物を呼び出して、使役して戦わせるらしいのですが、生き物を殺すことも戦わせることも忌避している私は、この世界に居る比較的安全な生物……鶏や豚に似た『家畜』しか呼ぶことができなかった。
「動物呼び出して何するつもり? 戦わないと全員帰れないのよ!」
「オレらの飯を呼び出すってか? 役に立たねぇなら囮でも何でもしろよ」
「言われないと何もできないの? これだから暗い子は……」
スマホも使えない。ネットもない。簡単に手に入るお菓子も娯楽も少ないこの世界でストレスを溜めたクラスメイトたちは、その日から苛立ちを私へぶつけるようになり、様々な嫌がらせをされるようになりました。
クラスの中心的人物であるユウキくんやミナミさんは、一応それを止めはしてくれるけど、積極的に止めているようには見えませんでした。
たぶん、私個人よりもクラスの和を重視したのでしょう。それでも一応は止めてくれましたが、そのせいか、私を取り巻く苛めは表に出ないようなより陰湿的なものへと変わっていきました。
物資の配給や必要な情報を教えてもらえない。
意図的に食事を片付けられて、数少ない私物を捨てられる。
召喚した動物を囮にすることさえ私が躊躇していることが分かると、彼らは食料にもならない無害な動物を捕らえてきては、私に殺すように強要しはじめた。
この世界では、殺せないことは悪いこと。まともに加護も使えない私は何をされても仕方がないと我慢するしかありません。
加護が召喚だったからか、私はいつまでも生き物を殺すことに慣れず、みんなが持っていた他者を殺す『勇気』を持つことができませんでした。
この世界で魔物は〝悪〟です。でも、本当にそうなのでしょうか?
初めて魔物と戦った時から私は違和感を覚えていた。
本やゲームで見た生き物。ユニコーン、ペガサス、グリフォン、竜などの『幻獣』と呼ばれる存在は魔物ではありません。
私だけがおかしいのでしょうか?
この世界で魔物と呼ばれる幻獣たちは狩られて、武器や装飾品の素材とされる。最初は綺麗なペガサスが殺されることに顔を顰めていたクラスメイトたちも、この世界に来たストレスと、簡単に生き物を殺せる『加護』に魅入られるように生き物を殺すようになり、新しい武具が出来ると喜ぶようになっていったのです。
今でも角を切り取られ、そのまま肉にされたユニコーンの姿が目に浮かぶ。
だからでしょうか、クラスメイトたちは徐々に生き物を殺す忌避感を失い、殺すことを愉しむようになって、いまだに現代の倫理観を捨てられない私と徐々に心が離れていきました。
私はどうしても違和感を拭えず、お城にある図書館で歴史を調べることにしました。
私には時間があったのです。食事や集まりに顔を出すと顔を顰められるので、その時間を使って調べることができました。
でも、ある一定の時期から詳細が曖昧になり、何か意図的なものを感じた私が召喚で呼び出したネズミを使って図書室の本を調べてみると、奥にあった隠された書物を発見し、私は真実を知ることになりました。
魔物と呼ばれる存在、幻獣は元々、人類から敬われる存在でした。
ですがそれを良しとしなかった者……当時の女神を信奉する者たちや、幻獣の素材を求める権力者たちが時間をかけて、幻獣が悪である『魔物』だと人々の認識を変えていったのです。
たぶん……これは私の推測になりますが、それに抵抗する幻獣を殺すために私たちを召喚した女神もそれに関わっている。
幻獣は強い力と高い知性を持ち、昔の人々は幻獣を神の如く敬い、彼らもその力で人々を護っていた。それがたかが数百年で急速に幻獣信仰が廃れ、女神信仰に変わったことを考えると、世界単位で認識を変えることに女神の力が使われたのかもしれません。
私はこの国から逃げるべきかと考えた。私の考え方は異端だと思う。ただの宗教戦争と言えばそれまでだけど、一方を悪として無害な幻獣まで殺していることを私は正しいとは思えなかった。でも――
バンッ!
「勇者カナコ。貴殿を人類への裏切り者として拘束する!」
私は扉を蹴破るようにして入ってきた兵士たちに取り押さえられ、処刑台のあるお城の広場に連れ出された。
どこで見つかったのか分からないけど、お城のメイドさんも私の監視役だったとしたらそれも理解できた。
「カナコ……残念だよ。クラスが一丸となって魔物を倒して帰還しようとする時に、君が離反するなんて」
「魔物は可哀想かもしれないけど、私たちが帰るほうが大事でしょ? 居なくなる世界の生き物なんてどうでもいいじゃない」
話を聞いて集まってきたユウキくんやミナミさんが、まるで汚物でも見るような目を私へ向ける。
「私は本を読んで……」
「それがいけないんだよ。僕はクラスの和を乱す君を許すことはできない。もう少し大人になってくれると良かったんだけど」
「地球でどこかの民族が弾圧されていても、高校生の私たちが何か出来るわけでもないでしょ? 長いものには巻かれたほうが身のためよ」
小声で囁いた彼らの言葉に私は目を見開いた。
ユウキくんたちはすべてを知っていた? 知っていてどうせ他の世界だからと、知性のある生き物を殺していたの?
何も知らずにこの世界に染まったクラスメイトたちも加わり、私を責め立て石を投げつける。幾つかの石が身体に当たり、それを止めない兵士たちの足下で動けなくなった私の前に、あの王様が顔を顰めながら現れた。
「まさか、勇者たちの中に魔物に魅入られた者が出ようとはな。人への裏切りは許されるものではない。その魂は死して天に昇ることなく、女神様によって永劫の地獄へ落ちることになるだろう。だが――」
王様はそう言って兵士たちに檻に入った巨大な幻獣を連れてこさせた。
「裏切りの勇者よ、今すぐ立ち上がってこの魔物を殺せ。そして改めて女神様に慈悲を請うのだ。そうすれば苦痛ない死を与えてやろう。……構わんな?」
「ええ、陛下。ご迷惑をお掛けします」
「本当に、仕方のないことだと理解しています」
王様の言葉にユウキくんやミナミさんが簡単に頷いて、他のクラスメイトも同じように私を見下したような目を向けていた。
「…………」
みんなが変わってしまったの? それとも私が子どもすぎたの?
でも、今更分かってももう遅いね……。私はもうすぐ死んでしまうのでしょう。
檻の中に入っている幻獣がこちらを不思議な瞳で見つめていた。……ごめんね、助けられなくて。最後に……あなたを自由にすることならできるかも。
「……『召喚』……」
『――!?――』
突然の出来事にお城の人たちが息を呑む。
檻の中にいた死にかけていた幻獣の姿が消えて、地に伏した私を見下ろすようにエメラルド色の傷ついた細身のドラゴンが私を見下ろしていた。
「……綺麗……」
その神々しい姿に思わず笑みが零れる。その姿は酷く傷ついていたけれど、その高い知性を宿した瞳は変わらず私を見つめていた。
怖くて彼らを召喚できなかったけど、やっぱり悪には思えない。早く逃げて……そう唇を動かそうとしたその瞬間――
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『ひぃい!?』
ドラゴンが完全に魔物に変わる寸前、咆吼をあげてその声を聴いた人々が怯えたように悲鳴をあげた。どうして、いきなり力を使えるようになったのか分からないけど、これなら逃げることはできるはず。でもその時、ドラゴンは死にかけの私を口に咥えて、空へと舞い上がった。
「に、逃がすな! 射手!」
いち早く我に返った王が叫び、兵士が大量の矢を放った。でも、魔物となってもドラゴンは矢を受けても私を放すことなく、そのまま大空を舞い魔物たちが住む霊峰へと私を連れ去った。
その時から、私は人類を救う勇者ではなく、人を裏切った『獣の魔王』と呼ばれ、人類から追われる立場になった。
それから半年あまり、私は逃亡と戦いを続けていた。
私は人を殺せない。戦うのはすべて幻獣たちを守るための戦いだった。私が召喚した幻獣たちは私の言うことを聞いて、仲間たちを救うために戦ってくれた。
あれから色々なことが判明した。ドラゴンが連れ去った霊峰の奥には人の言葉を話すマンティコアのような幻獣が生き残っていて、私の足りない知識を補ってくれた。
幻獣が弱体し狩られるようになった原因は、女神の呪いだった。
三柱の姉妹の女神は、人々に近く敬われる幻獣たちがいるかぎり、けして自分たちが人間から信仰されないことを知っていた。
幻獣はこの世界の魂を調整する管理者であり、女神たちは信仰と共に、自分に都合のよい魂を残すためにその役目も奪おうと画策した。
だから呪いをかけた。人々の認識さえ変えて、人類の敵となるように。
でも、それを人の国に伝えても何も変わらない。幻獣の素材は、この世界の人々にとってすでに欠かせない資源となっていたから。
羽根のように軽く鋼より固い牙や鱗、強い魔力を湛えた魔石、しなやかで強靱なアダマンタイトなど、権力者たちはそれらを求めて女神たちの行為を黙認した。
私たちは女神に騙されて召喚された。人々を救うと言われ、女神が幻獣を滅ぼす手伝いをさせられ、国家の王たちが私腹を肥やす片棒を担がされた。
クラスメイトたちにも私の声はもう届かないでしょう。
一部の人は他の世界だからと自分たちの目的を優先し、他の人たちもこの世界の人の理を受け入れて、他者を蹂躙する快楽に溺れた。
私は何も知らない子どもで、何もできずに傷つけた。
真実を知った後も、私を守り、食料を与えてくれた優しい幻獣たちを死なせた。
私は何も出来ない子どもだった。自分から人の輪に入ることもできず、ただ流されるままに生きてきた。
でも、もう逃げない。
私が召喚した幻獣たちは女神の呪いから解放されていた。私を守るために死んだ幻獣たちのためにも、私は命を削るように何度も召喚して女神の呪いから解き放った。
私がこの世界に来たのはきっと意味がある。
私の能力が『召喚』だったことはきっと意味がある。
私の能力がまだ女神に奪われていないことにも、絶対に意味がある。
もう私は長く生きることはできないでしょう。
この霊峰には女神と違う原初の力が満ちていて、私はその力を取り込み、命を燃やし尽くすようにして最後の召喚を試みた。
でも――
「カナコ、もう終わりにしよう。この戦いは人間の勝利で終わる」
ついに勇者たちが、私たちの最後の砦である霊峰の奥へと攻め込んできた。
剣聖の加護を持つケンシが、私を連れ去ったドラゴンの首を切り落とす。
魔導王の加護を得たアヤヤが、氷の刃でペガサスたちを撃ち落とした。
炎戦士の加護を持つコウヤが、逃げ惑う小さなフェアリーたちを笑いながら追い回し、炎で焼き殺していた。
私や仲間を護っていた幻獣たちは殺された。もうこの地域に残った幻獣は、私の後ろにある洞窟にいる幻獣の幼生だけだった。
「これで終わりよ!」
聖女の加護を持つミナミが投げつけた光の槍が、最後の召喚を行っていた私を守っていたフェアリーたちごと、私の胸に突き刺さる。
ああ……お願い……
「……助けて……」
その瞬間、真っ白な雪が吹き荒れて近づいていた勇者たちを吹き飛ばした。
来てくれた……。
命を懸けた最後の召喚に、その人が応じてくれた。
真っ白な雪が霧に変わり、真っ白な少女の形を成していく。
淡雪に溶ける透き通るような真っ白な髪。
心を見通す宝石のような真っ赤な瞳。
血の色をしたミニドレスにハイヒールのブーツ。
髪色と同じ真っ白な垂れ下がるウサギの耳を揺らした異形のバニーガールは、感情もない瞳で死にかけの私を抱き留めると、そっと頬を撫でてくれた。
異世界の魔人。
世界に請われ、世界を救うために顕現した調停者。
大樹の世界イグドラシアの女神、ディアエクスマキナ。
「……大魔王……白雪兎……」
【シェディ】【種族:バニーガール】【――魔人――】
・Dea Ex Machina. すべてを壊す【悪魔】の右手と、すべてを救う【神】の左手を持つ、電脳世界より生まれ出でた“人造の女神”。
【魔力値:670,000/670,000】
【総合戦闘力:737,000/737,000】
【固有能力:《因果改変》《次元干渉》《餓喰》《神霊語》】
【種族能力:《畏怖》《霧化》】
【素敵鑑定】【神化(尊い)】【亜空間収納】
【大魔王・白雪兎】【イグドラシアの女神】【調停者】
また性懲りもなく、衣装を描きました。
やはり苦手な方もおられると思いますので、活動報告のほうに乗せております。
素人画ですが、苦手でない方はどうぞ。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/642340/blogkey/2714142/
また一時的に完結設定を解除いたします。今回は前編、中編、後篇の予定です。のんびりとお待ちください。




